短編集:嵌められたスパイ

Fata.シャーロック

文字の大きさ
上 下
7 / 16
嵌められたスパイ

奪われたもの

しおりを挟む
 すぐに玄関の扉が開く音が聞こえ、僕は内心慌てる。メモリの件について話していることをマフィン君が知ったら、きっとまた面倒なことになる。

「まだ決まらないのかい」僕はシャーロックに催促した。
「僕は暇じゃない。とっとと終わりにしたいんだ。君もいつまでこんな茶番に付き合っているつもりだい」
「そうだな、そろそろここらで幕とするか」

 シャーロックは短くなった煙草をベット脇の灰皿に投げ捨て、封筒を僕の膝に落とし、「指を出せ」と低く言った。
 
 へえ、指一本で済ましてくれるのか。
 優しいじゃないかと少し拍子抜けしながら、僕はさっと右手を出した。白くて細くてすらりと長い、どんな時でも思い通りに動いてくれた自慢の指たちを。
 利き手ほどではないけれど、この指たちには今までずいぶん世話になった。離れた子は後で手厚く葬ってあげよう。

 シャーロックは樫の木のように細く頑丈な手で僕の手を掴む。そして、品定めでもするつもりか、ゆっくりと親指で僕の指の一本一本に触れた。さらさらと、なでるように。
 ただその動作があんまり遅いので、僕は戸惑った。じらしているようには見えない。彼はまるで、感傷に浸っているみたいだった。僕の指を切るのがそんなに惜しいのか? 意味が分からない。

 そうこうする内にも階段を上がって来るマフィン君の足音が聞こえ、僕はもう我慢出来なくなった。もう少しで「馬鹿じゃないか、君の指じゃないのに!」と怒鳴る所だった。
 ところがその時、シャーロックはいきなり床に膝をついた。僕の座る椅子にぴたり身を寄せる格好で。そして、僕の手を握っていない方の手で懐から何かを抜き取ると、

 それを・・・僕の指にはめた・・・・・・・


 は?


 絶句する僕の首筋にシャーロックの手が伸びた。まるで死人のそれのように冷え切った細い指。彼は僕の耳元に顔を寄せ、いっそ戦慄を覚えるほどに魅惑的なテノールで囁いた。

「俺はお前の人生をもらう」

 全身の血が逆流し、頭の中が真っ白になった。僕は立ち上がろうとしたけれど、シャーロックに肩を抑えられていたのと酷いめまいを覚えたのとでそれが叶わなかった。
 僕は薬指に嵌った銀色の輪をなで回した。心の何処かではまだ、これが指輪型の爆弾であることを期待していた。でも僕の精密な指の感覚は、紛う事なきプラチナの質感と小さく彫られたSとRの文字をすぐに探り当てる。ちょっと待て、これは僕とこの男の頭文字じゃないか。

「じょ、冗談だろう、シャーロック」
「何がだ」

 僕は再び煙草に火を付けるシャーロックの瞳を、食い入るように見た。けれど彼の瞳はやけに透き通っていて、いつものような嘘も企みも陰りも全く姿を消していた。ただ炎が揺れているだけ。そして僕が僕を見つめ返しているだけだ。そこへ来て、僕はようやく全てを理解した。

「つまり、」僕は手の平で額を覆った。
「全部芝居だったんだね?」

 マフィン君の告白から、切れ者過ぎるあの返しまで、これは全部が全部罠だったんだな?

「ああ」シャーロックは僕を見もせずに頷いた。
「あいつは自分に演劇の才能があることを知って喜んでいたな」

 うかつだった……。僕は溜息をついた。
 僕はマフィン君のことを「真面目で優しい子だ」と決めつけ過ぎていた。いや、普段は本当にそうなのだけど、よく考えてみれば彼は、母親を騙して家出も当然にここへ引っ越して来たという前科があった。
 目的のためなら嘘も芝居も辞さない悪漢ピカロ。彼はそれに変身したのではない。本質がそうだったのだ。ああ、何故それに気づかなかった!

「でも、一体何と引き換えに協力させたんだ」
「目的が達成された暁には、今後一生に渡ってお前さんの邪魔をする者はいなくなるだろうと予言した。特にユウミさんとの仲のことを」

 やられた……。

 僕はうめいた。確かにこの男との契約で、僕はこれから先の自由と時間を奪われた。大家のユウミさんと結ばれるという未来は、これで完全になくなってしまったのだ。ああ、なんて酷い現実。夢なら今すぐ覚めて欲しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...