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コウノトリはキャベツ畑で捕まえて
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世の中の夫婦は、どれくらいの頻度で営むものなのでしょうか。
私、セラフィナイトはモーント王国の侯爵家の出自で、モーント王国はこの世界の中でも珍しい一夫一妻制で、性に対して保守的な国。しかも、セラフィナイトは病弱で深窓中の深窓令嬢だったから、性の知識は一般的な貴族令嬢より浅かった。母親が幼い時に他界した為、具体的な閨知識は乳母からの保守的な物で、つまり、男性に全て任せれば良いと云うやつね。
それでも、早い段階でナハト様と恋仲になり、成人前に婚約したので、キスは一般的な貴族令嬢より早く経験していた。
ナハト様は私を大切に慈しんでくれていたけれど、婚約前にキスしてくるのだから、かなりの情熱家である事が推察できる。
そんなナハト様が、私との肉体的接触をどれ程の理性で耐えていたのか、想像すると申し訳なくなってくる。
病弱なセラフィナイトに無体な事なんて出来なかっただろうから、ナハト様の忍耐に合掌したい。
不健康で、やせっぽちなセラフィナイトだったけれど、何故かお胸だけは早い段階で育ち、現在は前世で云うところのDカップくらいありそうだった。他に肉が付いていないので、そのアンバランス差にコンプレックスを感じていたけれど、ナハト様はありのままのセラフィナイトを愛してくれていた。
でも、今現在、肉付きが良くなってきて、更にお胸のボリュームが増してから、ナハト様が実はお胸好きである事を私は気付かざるを得なかった。
だって、ナハト様、お胸への愛撫が執拗で長いの。
もしかしたら、私のお胸で色々挟んでみたりしたいのかしら、などと一人考えて悩んでしまっていたりする。
前世を思い出す前のセラフィナイトは、そんな知識などあるはずもなく、唇を合わせるだけの可愛らしいキスだけで満足していたけれど、前世を思い出した今の私にはオタクな姉の年齢指定必須なアダルトな世界を半ば強制的に教えられたせいで、かなりの耳年増だったりする。
経験は無いけれど、ナハト様のためならお胸で挟んだり、お口で愛したりするのはウエルカムです。もう少し閨事に慣れたら、是非積極的に行ってみたいです。
「…セラ…もう少し頑張ってくれ」
私の口元にスプーンを差し出すナハト様の憂い顔を見て、私は雛鳥のように口を開いた。
優しいコンソメ味のリゾットをモグモグと咀嚼しながらナハト様の顔にそっと指先を伸ばした。
ナハト様は私の手を拒まず、そっと手に取って自らの頬に充てて頬擦りしてくれた。
伏せられた長い睫毛が影を作って、ナハト様の怜悧な美貌にアンニュイな艶が滲む。
ズクンと、胸が疼いて私は微かに息を飲んだ。
「…セラ、我慢しないで良いから。さぁ、薬を」
ナハト様は敏感に私の状態を察知して、枕を背凭れにしてベッドで食事をしていた私から一旦離れて食器をワゴンに乗せ、薬の容器を手に取った。
ズクンと云うのは、恋心で胸が疼く状態ではなく、私の病気の軽い発作による表現だったりします。
ええ、はい、只今絶賛療養中です。
毎晩のナハト様との愛の交歓に調子に乗った結果、薬で治まっていた症状が表に出てしまいました。つまり、倒れました、はい、すみません。
お胸で挟むうんぬんは、ナハト様との営みが今出来ない私の妄想で夢想で願望です。
筋肉は裏切らないけれど、節度を持って営まないと駄目だと云う事ですね。
うーん、やっぱり毎晩の営みは多すぎたのかしら。ナハト様は優しいから、私の誘いを拒めなかったんだろうなぁ。
自分が閨事好きとは言いたくないけれど、私、ナハト様と営む事が好きみたいで、ナハト様が私の体を心配して控えようとしてくれる夜でも、ついついナハト様を誘惑して行為に励んでしまっていた。恐らく、前世を思い出さないままのセラフィナイトだったら、自分から誘うなんて絶対にしなかっただろうなぁ。
いや、だって、兄弟作らないとならないわけだし。童話のように赤ちゃんはコウノトリが運んでこないし、キャベツの中から出てくる事もないし。
心配そうに私を抱くナハト様も、私の事が大好きだから、なんだかんだ行為は執拗になりがちで。
「…ん」
綺麗なクリスタルで出来た薬の容器を口元に差し出され、私はゆっくりと口を付けて中身を飲み込む。
蜂蜜色のとろみのある薬は以前飲んでいた物と少し違う気がした。
「…もしかして、お薬、変わりましたか?」
私の問いにナハト様は柔らかく微笑んだ。
「再び発作が起こったから、以前飲んでいた薬に改良を加えた。セラの体調や体の成長も考慮して作ってあるから、以前の物より良い筈だ」
空になった容器をワゴンに戻したナハト様の顔を私はじっと見上げた。
白皙の美貌に微かな疲労が滲んでいる事に気付いて、私は唇を引き結んだ。
私が倒れたから、ナハト様は睡眠時間を削って研究室で作業をしていたんだわ。
王宮医師は辞めても、研究を辞めたわけではないナハト様は、私の薬だけは暇を見つけては改良するために邸に作った個人研究室で作業を続けている。
「セラ…?そんな顔をしないでくれ」
ナハト様はベッドの端に座り、そっと私の唇を指先で撫でた。
「でも…また私のせいで…」
「セラ、貴女のせいじゃない。これは私の我が儘だ。セラに関する全てを私は把握していたいし、誰にも手を出して欲しくないんだ」
ナハト様のヤンデレ属性による思考回路だから仕方ないのだろうけど、やはり体調が心配になる。もしかしたら寝ていない日が続いている可能性が大だわ。
「ナハト様…」
私の唇を指の腹で何度も撫でるナハト様の指を、私は咥えて舌で舐めながら必殺技の潤んだ眼差しを送った。
「…セラ…」
困った顔で私を見るナハト様の指をチュウチュウと吸い、その後にその手を掴んで私の胸へと移動させた。
文官だけれど、シルフィード公爵家の私軍の総司令官でもあるナハト様の手は剣を握って戦う事を知っている。一見優美に見えて、触れると硬く大きなその手が私の胸に触れているだけで、私の体はじんわりと発熱し始める。
「セラ…駄目だ…」
「私ならもう大丈夫です。ナハト様のお薬を飲んだんですもの」
ナハト様が作る薬は、研究所で量産される薬と違って速効性がある。膨大な魔力量を誇るナハト様が作る薬は、純度の濃い良質な魔力によって薬草が持つ本来の効能を最大限に引き出しているからだ。
速効性があって、効き目もバッチリなら、常に飲んでいれば発作が起こらないと思うかもしれないけれど、そう簡単にはいかなかったりする。
目詰まりを起こした私の心臓に、ナハト様の魔力が入る事によって一時的に詰りを解消し、魔力の流れを正常にしてくれるのが今飲んだ薬で、飲み過ぎると逆に自分の魔力とナハト様の魔力が喧嘩して、私の心臓を破壊してしまう劇薬に変わる。
だから、飲み方が難しくて、お医者様であるナハト様の的確な診断が必要なのです。お薬は用法、用量を守って、医師の指示に従って服用しないとね。
毎日飲んでいる薬もあるのだけれど、それは私の心臓を保護する為の物で、飲み続ける事で目詰まりを起こし難くするための補助薬みたいなもの。
前世も今世も薬が手放せない人生だけれど、こうして最愛の推しである旦那様と生きていられるのだから、十分幸せではあるわね。
勿論、もっともっと幸せになるために、努力は続けるつもりよ。
「それでも、今日は駄目だ。良い子だから、大人しく寝ていなさい」
「…ナハト様も一緒に寝て下さるなら、大人しく寝ます」
このまま一人で寝てしまったら、ナハト様は睡眠を取る事もしないで働き続けるはず。仕事が多すぎて、休む時間がもったいないと思う気持ちも分かるけれど、ナハト様に今必要なのは睡眠よ。疲れたまま働いても効率が悪いし、半日くらい休んだって世界が終わるわけじゃないわ。
私はナハト様の手を更に引き寄せ、困った顔のままのナハト様をベッドの中に引きずり込んだ。
「セラ…」
「ナハト様…ギュウッて、して下さい」
ナハト様の頭を抱え込み、彼の顔を胸に押し付けた。私とナハト様では身長差があるから、立っている時にこんな事は出来ないわね。
ナハト様は一瞬固まったけれど、諦めたようにゆっくりと息を吐いて私の腰に腕を巻き付けて抱き締め返してくれた。
ナハト様の綺麗な金の髪に鼻先を入れてゆっくりと深呼吸する。ああ、たまらない。この芳しいナハト様の香りは極上の癒しだわ。
ああ、好き。大好き、ナハト様。愛してます。
暫く一人でナハト様の香りと体温を堪能して悦んでいた私の耳に、規則的な寝息が聞こえてきた。
「…ナハト様…」
私のお胸に顔を埋めるようにして、穏やかに眠るナハト様の何とも云えない可愛さに、私の心臓はキュンキュンと拍動した。
髪と同じ色の睫毛がフルフルと震え、いつもは硬く引き締まった唇が少し開いて無防備で、更に寝息がお胸に当たってじんわりと温もりを倍増させてくれる。
ああ、至福だわ。
たまにはこんなふうに穏やかにベッドで過ごすのも良いのかも。
ナハト様の髪に再び鼻先を埋めた私は、彼の香りをアロマ代わりにゆっくりと眠りの海に意識を揺蕩わせた。
倒れてから暫くは大人しく寝室で療養し、二週間後にやっと寝室から出る許可を頂けました。
筋トレはまださせて貰えない代わりに、練習場とは反対の位置にあるシルフィード公爵家の農業研究所へ日参する日々を送っています。
貴族の邸には庭園が付きものだけれど、シルフィード公爵家には温室と農場が敷地内にあります。
勿論、ナハト様が当主になってから農場を作ったから、まだ余り作物は実っていないけれど、領地のためにナハト様は作物の研究と改良も行っていた。
ゾンネ王国は広大で、とても豊かな大国ではあるけれど、食物自給率は私の母国であるモーント王国より低い。
各領地によって自給率は違うのだけれど、シルフィード公爵領は豊かな鉱山がある傍ら、平地が少なくて農業が盛んではなく、国内でも食物自給率は低い方だったりする。
ナハト様は自領で完全自給が出来るように農業や畜産にも力を入れ始め、試験農場を作って領地に適した作物の研究と改良を行っているので、私でも力になれる事があるはずと、散歩がてらに農場へと日参しています。ちなみに、邸から農場まで徒歩一時間掛かるから、私にとってはかなり良い運動になってます。
何故私が力になれるかと申しますと、私の生まれたプランツ侯爵家は植物を育てる事が得意な血筋だったりします。
緑の手と云う特殊能力を持ち、栽培の難しい植物や枯れかけた植物に再び活力を取り戻させる事が得意です。
なんでも、昔々にいた聖女様の血が流れているらしく、大なり小なりその力を持って生まれて来るのがプランツ侯爵家門の一員達なのです。
とりわけ私は一族の中でもトップクラスの魔力保持者で、ただ植物を元気にするだけではなく、不毛の大地を蘇らせて緑豊かにする事が出来る豊穣の加護を持って生まれてきています。
でも、残念ながらその力を使う事は出来ないでいます。何故なら、私の体がポンコツだから。力を使えば、最悪死ぬかもしれないからです。
小さな頃は加減も出来ないし、力が勝手に発動して何度も死にかけました。そういう事で、私の加護の力の事は私の家族とナハト様と幼い時の主治医しか知らない秘密となってます。
小さな頃から私を知っているナハト様も勿論、私が力を使う事には反対していて、土地の改良には加護の力を使わせては貰えないのだけれど、植物の品種改良や育成促進のお手伝いの許可は出してくれました。
昔より力のコントロールが上手くなったし、体力もついたからね。
ふふふ。やはり、筋肉は裏切らないわ。体力向上して、私の目標の為に精進しなければ。
「ごきげんよう、ファーマ」
試験農場の一画で作業をしていたベテラン研究員のファーマ氏は、男爵家の三男で農業研究一筋のナイスミドルです。日焼けした精悍な顔には優しい皺が刻まれ、ミルクティ色の髪は貴族にしては珍しい短髪です。
「奥様、ごきげんよう」
「改良麦の育ちはいかがですか?」
ファーマ氏は、昨日私が育成促進の魔力を使った麦畑の一画にいたので、そう声を掛けた。
「驚くべき速度で成長しております。奥様のおかげで、欲しかったデータの収集が早くできそうです」
私にはよく分からない魔道具の研究用器具達を持って、ファーマ氏は明るい笑みを向けてくれた。
「それは良かったわ。他にもデータ収集を早めたい植物があるなら教えて下さる?」
「でしたら、今日はキャベツの促進をお願いできますでしょうか?」
麦畑の中から出てきたファーマ氏は、助手の青年ライス氏に麦のデータ資料を託すと、待たせていた馬の側まで私をエスコートしてくれた。
「キャベツ畑までは少々距離がございます。宜しければ、こちらの馬にお乗り頂けますか?」
「まぁ、馬で行くの?どうしましょう、私、恥ずかしながら乗馬の経験は無くて」
魔法が当たり前のこの世界では、転移魔法なんかもあるのだけど、魔力量によって移動出来る距離に差が出たりする。それに、やはり、移動の度に移動魔法を使うと疲れてしまうので、基本的には馬や馬車を使って移動するのだけれど、私は病弱だった為に乗馬の練習は禁止されていた。馬車での移動も滅多にしなかったくらいなのだから、当然と云えば当然なのだけれど。
「それは失礼致しました。徒歩では少し距離がございますので、馬でと思ったのですが…」
「ファーマ殿、転移魔法が得意な者がいましたら奥様をお連れできるのではないですか?」
今日の護衛である赤髪のシェリーが、私の背後から提案してくれた。
私も転移魔法のやり方は知っているけれど、植物への促進魔法と違って一度に魔力量をかなり消費するので、私の心臓に負担がかかる。だから使うのを禁止されているから、もし魔法で転移するならば誰かに連れて行って貰わなければならない。
自分以外の人間を一緒に転移させるのは高度な技術と魔力量が沢山必要だから、普通の人では難しい。
「それが、本日は転移魔法が得意な者が皆出払っておりますので」
ファーマ氏は困った顔をして、微かに首を傾げた。
精悍な顔をしたナイスミドルの小首傾げなんて、可愛いわ。何だか少し違う性癖の扉が開いてしまいそう。ナハト様がナイスミドルな年齢になった時を妄想した私は、ファーマ氏をみながらうっとりしてしまった。
「…私が連れて行くから、お前達は下がって良い」
不意に予想外の愛しい声が聞こえて、私は妄想から現実に戻ってキョロキョロしてしまった。
私の前に立つファーマ氏の後方から、早足で近付いてくるナハト様のお姿の尊さは神様以上だわ。
後光が射しているように光り輝く金の髪と、公爵家当主の証しである、深い暗赤色のマントを靡かせながら歩み寄る姿は正しく美の神。
この世界の服装は古代ギリシャやローマ、中世ヨーロッパ等の世界観がごちゃ混ぜになっていて、それぞれの国や領地によって衣服の造りやデザインなんかが違う。ゾンネ王国は中世ヨーロッパよりの衣服が主流のようだけど、ナハト様が治めるシルフィード公爵領は古代ローマ風との折衷デザインが多く見られる。
ただ、今のナハト様は王城からの政務を終えて直行でこちらに来たからか、襟元にはシンプルなクラバットが巻かれ、丈の長いスーツの上衣を着ていた。武官なら腰に剣を帯びているのだけど、文官であるナハト様の引き締まった腰には何も無い。
ちなみに、今日の私の服装は古代ローマよりのドレスです。コルセットは勿論この世界にもあるけれど、元々細すぎるセラフィナイトには不要な物だし、体を締め付けるコルセットは体調不良の原因になるからとナハト様からも禁止されている。
「ナハト様!」
いつもより早い帰宅に私は嬉しくなり、淑女にあるまじき行動とは分かっていたけれど我慢出来ずにナハト様に抱き付いてしまった。
私に抱き付かれてもバランスを崩す事なく私の体を支えてくれたナハト様だけれど、いつものあの全てを包み込むような甘やかな眼差しを向けてはくれなかった。
あれ?どうしたのかしら?何か怒ってる?
抑えてはいるけれど、ナハト様から殺気にも似た冷ややかな気配が流れてくるのは気のせいかしら。
「御意に」
ファーマ氏やシェリーは慌ててそれぞれの礼を取り、ナハト様は彼等を一瞥しながら私の体を横抱きにした。
「え?あ、あの、ナハト様!?」
「しっかり掴まりなさい」
耳元で聞こえる良く通った美声が、いつもより冷たく感じるから、やはりナハト様は何かに対して怒っている気がする。
おかしいわ。怒らせるような事をした覚えがないのだけど。
内心ぐるぐるしながらも、言われた通りに彼の首に腕を回して密着すると、ナハト様は無詠唱で転移魔法を使用した。
一瞬見えている視界がグニャリと曲がり、体が外からの空気に引っ張られ、次に落下するような感覚がした。怖くなってナハト様に更にしがみ付いたら、優しく背中を撫でられた。
「セラフィナイト…もう着いたよ」
「…あ」
強く閉じていた瞼を開け、周りに視線を走らせた私は安堵の吐息を吐き出した。
「ナハト様は凄いです。詠唱する事もなく、軽々と私を連れて転移出来るのですもの」
才能豊かなナハト様は、甚大な魔力量に胡座をかかずに学生時代から魔力の研鑽を怠らず、魔法省所属の魔法使いになれる程に魔法の扱いに長けている。幾ら王城から近い領地とは云え、ナハト様は王都の邸に居を移さずに領地の本邸に転移魔法を使用して毎日帰ってくる。一般的には王城や宮殿勤務の方々は、王都の所謂タウンハウスと呼ばれる別邸を活動拠点にしていて、自領に毎日帰る事などしない。
「…セラフィナイト」
ナハト様は私に視線を合わせたまま、抑揚を抑えた声で私の名を呼んだ。先ほどから愛称呼びじゃなくて正式な名前で私を呼んでるから、そういう時はナハト様のご機嫌が良くない時だわ。
あれ?嫌だわ。何故かヤンデレモードに突入してしまっているわ。目がいつものナハト様じゃないわ。え?どうして?原因が全く分からないんですけれど、私の身が危ない事だけは分かるわ。
「ナハト様?」
私は内心冷や汗を流しながらも、にっこりと笑いながらナハト様の頬に口付けた。
「お早いお帰りで嬉しいです」
「…後でまた、王城に戻らなければならない」
暗い眼差しのナハト様の瞳を私はきちんと受け止めて、視線を逸らさずナハト様を見つめ続ける。
ナハト様がヤンデレモードを発動するのは、基本的に私のナハト様への愛情が薄れたと彼自身が感じた時と、私を誰かに奪われるか失う危惧に恐怖している時だから、とにかくナハト様への愛情を伝え続けるしか対処方が無い。
「まぁ!ではまた、暫くお会い出来ないのですね…今日のお戻りは遅くなりそうですか?」
「…何故、帰宅時間が知りたいのだ?」
「だって…今日こそは、ナハト様に抱いて頂きたくて」
「…っ」
私は羞恥を抑えてナハト様に分かりやすく愛情を伝える。頬や耳が赤くなるのは、大目に見て欲しいわ。
ナハト様は意外な事を聞いたと云うように驚いた目をしている。
「まだ…私を想ってくれているのか?」
「当たり前ですわ」
「…では…何故、私以外の男にあのような顔を向けたのだ」
え?どう云う事?
「セラフィナイト、私は…っ」
「あ…っ!」
ナハト様は私の体を横抱きにしたまま、噛み付くように私の唇に唇を重ねた。
「ん、ん、んふ…っ」
「はぁ、セラ…っ…私の」
最初から舌を絡め、喉の奥さえ犯すような激しい口付けを与えられて、私は必死にそれを受け止める。ナハト様の熱い唾液が口腔内に沢山溜まり、私はそれを喉を鳴らして飲む。
口付けだけで私の体はナハト様を受け入れる準備を整え、紐パンツのクロッチ部分が濡れに濡れているのが分かる。
私を横抱きにしているナハト様は、私が腰をもじもじと揺らしている事を敏感に察し、私の舌に吸い付きながら目を細めた。淡青色の澄んだ瞳に狂暴な劣情が宿っていて、私の背中がビリビリと期待に痺れた。
「あふ…あ、ナ…ハト様…?」
「…セラにはお仕置きが必要だね」
互いの唾液に濡れた唇を離しながら、ナハト様は冷淡で淫靡な笑みをその美貌にのせた。
「お…仕置き…?」
淫靡な響きに私の膣がキュンキュンと疼く。そういう趣味は無いけれど、ナハト様がそれをする事で安心するならドンと来いです。
「私以外の男に見惚れていただろう?浮気は許さないよ、セラフィナイト」
んん?見惚れて?誰が、誰に?
私が頭の中を疑問符だらけにしているうちに、ナハト様は口付けで腰砕けになった私を、まだ小さな葉っぱが五枚くらいしかつけていないキャベツ達が整然と並ぶ畑の、畝と畝の間に私をそっと下ろした。
「あ…っ」
腰砕けの私は勿論自力で立てる筈もなく、かくんと膝が折れて地面に座りこみそうになった。
ナハト様は分かっていたのか、当たり前のように私を抱き寄せて支えた。
困りました。膝がガクガクします。お腹の奥がキュンキュンして痛いくらいです。もしやお仕置きとは放置プレイですか?
「セラ…ファーマみたいな男も好みなのか?」
ファーマ氏?何でファーマ氏の名前が出てくるの?確かに彼はナイスミドルの所謂イケオジ風ではあるけれど、私の好みは前世も今世もナハト様オンリーよ。唯一無二よ。
「ナハト…様…?」
私は何だか分からないけれど、変な誤解をしているナハト様のヤンデレモードを解除すべく、力の入らない体を彼の引き締まった体に隙間が無いほど密着させて彼の首に腕を回した。
「ナハト様しか好きじゃありません…ナハト様しかいりません…ナハト様…」
キャベツ畑の周囲には誰もいないけれど、ここは遮る物もない畑の中で、私達が立っているのは畑の真ん中。流石にこんな場所で最後までイタスのは無理があるから、別の場所に移動する事を提案したい。
「ん…あ…はぁ…や…」
提案したいのに、ナハト様の美しい手が、私のお尻を刺激する。ナハト様の右手は私を支える為に腰に回り、左手はグニグニと揉むような動きでお尻を愛撫する。
いつもより強めに掴まれて揉みこまれると、その動きに連動して私の秘密の花園があからさまな水音を立てるので恥ずかしい。
このまま、拒否しないとここで営まれてしまう雰囲気を、ビシビシ感じております。ああ、でも、私がナハト様を拒否なんて出来るはずもないし、拒否なんかしたらナハト様のヤンデレモードが、モードじゃなくなってリアルに病んでしまう可能性が大だわ。
「ナハト様…」
私は喘ぎながら必死にナハト様に懇願する。
「ナハト様が欲しいです…沢山欲しい…」
お髭の存在なんて感じられない滑らかなナハト様の肌は舌で辿ってもツルツルしている。顎先に歯を充てながら甘噛する私を、ナハト様は熱くて暗い眼差しで見下ろしてくれた。
「寝台で…ん、んふ…た、沢山…はぁ、愛し合い、ましょう…?」
ドレスの裾はいつの間にかたくし上げられ、お尻を掴んでいたナハト様の指が濡れた私の花園の入り口に差し入れられた。
「…今直ぐにでも受け入れられそうなくらい、濡れているな…」
鼓膜を震わす美声に込められた淫靡な揶揄に、私の背中がぞくぞくといやらしい期待に震えた。嫌だわ、どうしましょう。お腹の奥が熱いわ。花園から止めどなく蜜が溢れ出て、内股を伝うのが分かる。
「ナ…ハト…さまぁ…」
はぁはぁと、隠しきれない興奮が呼気に表れ、ナハト様の指が動きやすいように、はしたなくも自ら脚を開いてしまう。
駄目よ、セラフィナイト。四阿で営んでしまった前科はあれど、やはり閨事は室内で健全に営むのが常識よ。前世だったら、警察のお世話になってしまう案件よ。場所を移動するのよ。さぁ、ナハト様にもう一度言うのよ、私。
「ナ…」
「セラ…愛してるよ」
震える唇を開いた瞬間告げらたナハト様の言葉に、私は言葉を飲み込んだ。
私が負けた瞬間だった。
「あ、ああ!」
「セラ…私のセラ!」
この日私は初めての体位を経験し、また更に深い快感の頂きを見た。
この世界に駅弁なんて無いけれど、まぁ、つまりそう云う事です。
恐らく今までで一番深くナハト様を受け入れ、暫くお休みしていた営みによって蓄積されていた元気な沢山のおたまじゃくし達がいたからなのだと思うわ。
思い返せば、この日が、コウノトリさんをキャベツ畑で捕まえた日だったのだと思います。
私、セラフィナイトはモーント王国の侯爵家の出自で、モーント王国はこの世界の中でも珍しい一夫一妻制で、性に対して保守的な国。しかも、セラフィナイトは病弱で深窓中の深窓令嬢だったから、性の知識は一般的な貴族令嬢より浅かった。母親が幼い時に他界した為、具体的な閨知識は乳母からの保守的な物で、つまり、男性に全て任せれば良いと云うやつね。
それでも、早い段階でナハト様と恋仲になり、成人前に婚約したので、キスは一般的な貴族令嬢より早く経験していた。
ナハト様は私を大切に慈しんでくれていたけれど、婚約前にキスしてくるのだから、かなりの情熱家である事が推察できる。
そんなナハト様が、私との肉体的接触をどれ程の理性で耐えていたのか、想像すると申し訳なくなってくる。
病弱なセラフィナイトに無体な事なんて出来なかっただろうから、ナハト様の忍耐に合掌したい。
不健康で、やせっぽちなセラフィナイトだったけれど、何故かお胸だけは早い段階で育ち、現在は前世で云うところのDカップくらいありそうだった。他に肉が付いていないので、そのアンバランス差にコンプレックスを感じていたけれど、ナハト様はありのままのセラフィナイトを愛してくれていた。
でも、今現在、肉付きが良くなってきて、更にお胸のボリュームが増してから、ナハト様が実はお胸好きである事を私は気付かざるを得なかった。
だって、ナハト様、お胸への愛撫が執拗で長いの。
もしかしたら、私のお胸で色々挟んでみたりしたいのかしら、などと一人考えて悩んでしまっていたりする。
前世を思い出す前のセラフィナイトは、そんな知識などあるはずもなく、唇を合わせるだけの可愛らしいキスだけで満足していたけれど、前世を思い出した今の私にはオタクな姉の年齢指定必須なアダルトな世界を半ば強制的に教えられたせいで、かなりの耳年増だったりする。
経験は無いけれど、ナハト様のためならお胸で挟んだり、お口で愛したりするのはウエルカムです。もう少し閨事に慣れたら、是非積極的に行ってみたいです。
「…セラ…もう少し頑張ってくれ」
私の口元にスプーンを差し出すナハト様の憂い顔を見て、私は雛鳥のように口を開いた。
優しいコンソメ味のリゾットをモグモグと咀嚼しながらナハト様の顔にそっと指先を伸ばした。
ナハト様は私の手を拒まず、そっと手に取って自らの頬に充てて頬擦りしてくれた。
伏せられた長い睫毛が影を作って、ナハト様の怜悧な美貌にアンニュイな艶が滲む。
ズクンと、胸が疼いて私は微かに息を飲んだ。
「…セラ、我慢しないで良いから。さぁ、薬を」
ナハト様は敏感に私の状態を察知して、枕を背凭れにしてベッドで食事をしていた私から一旦離れて食器をワゴンに乗せ、薬の容器を手に取った。
ズクンと云うのは、恋心で胸が疼く状態ではなく、私の病気の軽い発作による表現だったりします。
ええ、はい、只今絶賛療養中です。
毎晩のナハト様との愛の交歓に調子に乗った結果、薬で治まっていた症状が表に出てしまいました。つまり、倒れました、はい、すみません。
お胸で挟むうんぬんは、ナハト様との営みが今出来ない私の妄想で夢想で願望です。
筋肉は裏切らないけれど、節度を持って営まないと駄目だと云う事ですね。
うーん、やっぱり毎晩の営みは多すぎたのかしら。ナハト様は優しいから、私の誘いを拒めなかったんだろうなぁ。
自分が閨事好きとは言いたくないけれど、私、ナハト様と営む事が好きみたいで、ナハト様が私の体を心配して控えようとしてくれる夜でも、ついついナハト様を誘惑して行為に励んでしまっていた。恐らく、前世を思い出さないままのセラフィナイトだったら、自分から誘うなんて絶対にしなかっただろうなぁ。
いや、だって、兄弟作らないとならないわけだし。童話のように赤ちゃんはコウノトリが運んでこないし、キャベツの中から出てくる事もないし。
心配そうに私を抱くナハト様も、私の事が大好きだから、なんだかんだ行為は執拗になりがちで。
「…ん」
綺麗なクリスタルで出来た薬の容器を口元に差し出され、私はゆっくりと口を付けて中身を飲み込む。
蜂蜜色のとろみのある薬は以前飲んでいた物と少し違う気がした。
「…もしかして、お薬、変わりましたか?」
私の問いにナハト様は柔らかく微笑んだ。
「再び発作が起こったから、以前飲んでいた薬に改良を加えた。セラの体調や体の成長も考慮して作ってあるから、以前の物より良い筈だ」
空になった容器をワゴンに戻したナハト様の顔を私はじっと見上げた。
白皙の美貌に微かな疲労が滲んでいる事に気付いて、私は唇を引き結んだ。
私が倒れたから、ナハト様は睡眠時間を削って研究室で作業をしていたんだわ。
王宮医師は辞めても、研究を辞めたわけではないナハト様は、私の薬だけは暇を見つけては改良するために邸に作った個人研究室で作業を続けている。
「セラ…?そんな顔をしないでくれ」
ナハト様はベッドの端に座り、そっと私の唇を指先で撫でた。
「でも…また私のせいで…」
「セラ、貴女のせいじゃない。これは私の我が儘だ。セラに関する全てを私は把握していたいし、誰にも手を出して欲しくないんだ」
ナハト様のヤンデレ属性による思考回路だから仕方ないのだろうけど、やはり体調が心配になる。もしかしたら寝ていない日が続いている可能性が大だわ。
「ナハト様…」
私の唇を指の腹で何度も撫でるナハト様の指を、私は咥えて舌で舐めながら必殺技の潤んだ眼差しを送った。
「…セラ…」
困った顔で私を見るナハト様の指をチュウチュウと吸い、その後にその手を掴んで私の胸へと移動させた。
文官だけれど、シルフィード公爵家の私軍の総司令官でもあるナハト様の手は剣を握って戦う事を知っている。一見優美に見えて、触れると硬く大きなその手が私の胸に触れているだけで、私の体はじんわりと発熱し始める。
「セラ…駄目だ…」
「私ならもう大丈夫です。ナハト様のお薬を飲んだんですもの」
ナハト様が作る薬は、研究所で量産される薬と違って速効性がある。膨大な魔力量を誇るナハト様が作る薬は、純度の濃い良質な魔力によって薬草が持つ本来の効能を最大限に引き出しているからだ。
速効性があって、効き目もバッチリなら、常に飲んでいれば発作が起こらないと思うかもしれないけれど、そう簡単にはいかなかったりする。
目詰まりを起こした私の心臓に、ナハト様の魔力が入る事によって一時的に詰りを解消し、魔力の流れを正常にしてくれるのが今飲んだ薬で、飲み過ぎると逆に自分の魔力とナハト様の魔力が喧嘩して、私の心臓を破壊してしまう劇薬に変わる。
だから、飲み方が難しくて、お医者様であるナハト様の的確な診断が必要なのです。お薬は用法、用量を守って、医師の指示に従って服用しないとね。
毎日飲んでいる薬もあるのだけれど、それは私の心臓を保護する為の物で、飲み続ける事で目詰まりを起こし難くするための補助薬みたいなもの。
前世も今世も薬が手放せない人生だけれど、こうして最愛の推しである旦那様と生きていられるのだから、十分幸せではあるわね。
勿論、もっともっと幸せになるために、努力は続けるつもりよ。
「それでも、今日は駄目だ。良い子だから、大人しく寝ていなさい」
「…ナハト様も一緒に寝て下さるなら、大人しく寝ます」
このまま一人で寝てしまったら、ナハト様は睡眠を取る事もしないで働き続けるはず。仕事が多すぎて、休む時間がもったいないと思う気持ちも分かるけれど、ナハト様に今必要なのは睡眠よ。疲れたまま働いても効率が悪いし、半日くらい休んだって世界が終わるわけじゃないわ。
私はナハト様の手を更に引き寄せ、困った顔のままのナハト様をベッドの中に引きずり込んだ。
「セラ…」
「ナハト様…ギュウッて、して下さい」
ナハト様の頭を抱え込み、彼の顔を胸に押し付けた。私とナハト様では身長差があるから、立っている時にこんな事は出来ないわね。
ナハト様は一瞬固まったけれど、諦めたようにゆっくりと息を吐いて私の腰に腕を巻き付けて抱き締め返してくれた。
ナハト様の綺麗な金の髪に鼻先を入れてゆっくりと深呼吸する。ああ、たまらない。この芳しいナハト様の香りは極上の癒しだわ。
ああ、好き。大好き、ナハト様。愛してます。
暫く一人でナハト様の香りと体温を堪能して悦んでいた私の耳に、規則的な寝息が聞こえてきた。
「…ナハト様…」
私のお胸に顔を埋めるようにして、穏やかに眠るナハト様の何とも云えない可愛さに、私の心臓はキュンキュンと拍動した。
髪と同じ色の睫毛がフルフルと震え、いつもは硬く引き締まった唇が少し開いて無防備で、更に寝息がお胸に当たってじんわりと温もりを倍増させてくれる。
ああ、至福だわ。
たまにはこんなふうに穏やかにベッドで過ごすのも良いのかも。
ナハト様の髪に再び鼻先を埋めた私は、彼の香りをアロマ代わりにゆっくりと眠りの海に意識を揺蕩わせた。
倒れてから暫くは大人しく寝室で療養し、二週間後にやっと寝室から出る許可を頂けました。
筋トレはまださせて貰えない代わりに、練習場とは反対の位置にあるシルフィード公爵家の農業研究所へ日参する日々を送っています。
貴族の邸には庭園が付きものだけれど、シルフィード公爵家には温室と農場が敷地内にあります。
勿論、ナハト様が当主になってから農場を作ったから、まだ余り作物は実っていないけれど、領地のためにナハト様は作物の研究と改良も行っていた。
ゾンネ王国は広大で、とても豊かな大国ではあるけれど、食物自給率は私の母国であるモーント王国より低い。
各領地によって自給率は違うのだけれど、シルフィード公爵領は豊かな鉱山がある傍ら、平地が少なくて農業が盛んではなく、国内でも食物自給率は低い方だったりする。
ナハト様は自領で完全自給が出来るように農業や畜産にも力を入れ始め、試験農場を作って領地に適した作物の研究と改良を行っているので、私でも力になれる事があるはずと、散歩がてらに農場へと日参しています。ちなみに、邸から農場まで徒歩一時間掛かるから、私にとってはかなり良い運動になってます。
何故私が力になれるかと申しますと、私の生まれたプランツ侯爵家は植物を育てる事が得意な血筋だったりします。
緑の手と云う特殊能力を持ち、栽培の難しい植物や枯れかけた植物に再び活力を取り戻させる事が得意です。
なんでも、昔々にいた聖女様の血が流れているらしく、大なり小なりその力を持って生まれて来るのがプランツ侯爵家門の一員達なのです。
とりわけ私は一族の中でもトップクラスの魔力保持者で、ただ植物を元気にするだけではなく、不毛の大地を蘇らせて緑豊かにする事が出来る豊穣の加護を持って生まれてきています。
でも、残念ながらその力を使う事は出来ないでいます。何故なら、私の体がポンコツだから。力を使えば、最悪死ぬかもしれないからです。
小さな頃は加減も出来ないし、力が勝手に発動して何度も死にかけました。そういう事で、私の加護の力の事は私の家族とナハト様と幼い時の主治医しか知らない秘密となってます。
小さな頃から私を知っているナハト様も勿論、私が力を使う事には反対していて、土地の改良には加護の力を使わせては貰えないのだけれど、植物の品種改良や育成促進のお手伝いの許可は出してくれました。
昔より力のコントロールが上手くなったし、体力もついたからね。
ふふふ。やはり、筋肉は裏切らないわ。体力向上して、私の目標の為に精進しなければ。
「ごきげんよう、ファーマ」
試験農場の一画で作業をしていたベテラン研究員のファーマ氏は、男爵家の三男で農業研究一筋のナイスミドルです。日焼けした精悍な顔には優しい皺が刻まれ、ミルクティ色の髪は貴族にしては珍しい短髪です。
「奥様、ごきげんよう」
「改良麦の育ちはいかがですか?」
ファーマ氏は、昨日私が育成促進の魔力を使った麦畑の一画にいたので、そう声を掛けた。
「驚くべき速度で成長しております。奥様のおかげで、欲しかったデータの収集が早くできそうです」
私にはよく分からない魔道具の研究用器具達を持って、ファーマ氏は明るい笑みを向けてくれた。
「それは良かったわ。他にもデータ収集を早めたい植物があるなら教えて下さる?」
「でしたら、今日はキャベツの促進をお願いできますでしょうか?」
麦畑の中から出てきたファーマ氏は、助手の青年ライス氏に麦のデータ資料を託すと、待たせていた馬の側まで私をエスコートしてくれた。
「キャベツ畑までは少々距離がございます。宜しければ、こちらの馬にお乗り頂けますか?」
「まぁ、馬で行くの?どうしましょう、私、恥ずかしながら乗馬の経験は無くて」
魔法が当たり前のこの世界では、転移魔法なんかもあるのだけど、魔力量によって移動出来る距離に差が出たりする。それに、やはり、移動の度に移動魔法を使うと疲れてしまうので、基本的には馬や馬車を使って移動するのだけれど、私は病弱だった為に乗馬の練習は禁止されていた。馬車での移動も滅多にしなかったくらいなのだから、当然と云えば当然なのだけれど。
「それは失礼致しました。徒歩では少し距離がございますので、馬でと思ったのですが…」
「ファーマ殿、転移魔法が得意な者がいましたら奥様をお連れできるのではないですか?」
今日の護衛である赤髪のシェリーが、私の背後から提案してくれた。
私も転移魔法のやり方は知っているけれど、植物への促進魔法と違って一度に魔力量をかなり消費するので、私の心臓に負担がかかる。だから使うのを禁止されているから、もし魔法で転移するならば誰かに連れて行って貰わなければならない。
自分以外の人間を一緒に転移させるのは高度な技術と魔力量が沢山必要だから、普通の人では難しい。
「それが、本日は転移魔法が得意な者が皆出払っておりますので」
ファーマ氏は困った顔をして、微かに首を傾げた。
精悍な顔をしたナイスミドルの小首傾げなんて、可愛いわ。何だか少し違う性癖の扉が開いてしまいそう。ナハト様がナイスミドルな年齢になった時を妄想した私は、ファーマ氏をみながらうっとりしてしまった。
「…私が連れて行くから、お前達は下がって良い」
不意に予想外の愛しい声が聞こえて、私は妄想から現実に戻ってキョロキョロしてしまった。
私の前に立つファーマ氏の後方から、早足で近付いてくるナハト様のお姿の尊さは神様以上だわ。
後光が射しているように光り輝く金の髪と、公爵家当主の証しである、深い暗赤色のマントを靡かせながら歩み寄る姿は正しく美の神。
この世界の服装は古代ギリシャやローマ、中世ヨーロッパ等の世界観がごちゃ混ぜになっていて、それぞれの国や領地によって衣服の造りやデザインなんかが違う。ゾンネ王国は中世ヨーロッパよりの衣服が主流のようだけど、ナハト様が治めるシルフィード公爵領は古代ローマ風との折衷デザインが多く見られる。
ただ、今のナハト様は王城からの政務を終えて直行でこちらに来たからか、襟元にはシンプルなクラバットが巻かれ、丈の長いスーツの上衣を着ていた。武官なら腰に剣を帯びているのだけど、文官であるナハト様の引き締まった腰には何も無い。
ちなみに、今日の私の服装は古代ローマよりのドレスです。コルセットは勿論この世界にもあるけれど、元々細すぎるセラフィナイトには不要な物だし、体を締め付けるコルセットは体調不良の原因になるからとナハト様からも禁止されている。
「ナハト様!」
いつもより早い帰宅に私は嬉しくなり、淑女にあるまじき行動とは分かっていたけれど我慢出来ずにナハト様に抱き付いてしまった。
私に抱き付かれてもバランスを崩す事なく私の体を支えてくれたナハト様だけれど、いつものあの全てを包み込むような甘やかな眼差しを向けてはくれなかった。
あれ?どうしたのかしら?何か怒ってる?
抑えてはいるけれど、ナハト様から殺気にも似た冷ややかな気配が流れてくるのは気のせいかしら。
「御意に」
ファーマ氏やシェリーは慌ててそれぞれの礼を取り、ナハト様は彼等を一瞥しながら私の体を横抱きにした。
「え?あ、あの、ナハト様!?」
「しっかり掴まりなさい」
耳元で聞こえる良く通った美声が、いつもより冷たく感じるから、やはりナハト様は何かに対して怒っている気がする。
おかしいわ。怒らせるような事をした覚えがないのだけど。
内心ぐるぐるしながらも、言われた通りに彼の首に腕を回して密着すると、ナハト様は無詠唱で転移魔法を使用した。
一瞬見えている視界がグニャリと曲がり、体が外からの空気に引っ張られ、次に落下するような感覚がした。怖くなってナハト様に更にしがみ付いたら、優しく背中を撫でられた。
「セラフィナイト…もう着いたよ」
「…あ」
強く閉じていた瞼を開け、周りに視線を走らせた私は安堵の吐息を吐き出した。
「ナハト様は凄いです。詠唱する事もなく、軽々と私を連れて転移出来るのですもの」
才能豊かなナハト様は、甚大な魔力量に胡座をかかずに学生時代から魔力の研鑽を怠らず、魔法省所属の魔法使いになれる程に魔法の扱いに長けている。幾ら王城から近い領地とは云え、ナハト様は王都の邸に居を移さずに領地の本邸に転移魔法を使用して毎日帰ってくる。一般的には王城や宮殿勤務の方々は、王都の所謂タウンハウスと呼ばれる別邸を活動拠点にしていて、自領に毎日帰る事などしない。
「…セラフィナイト」
ナハト様は私に視線を合わせたまま、抑揚を抑えた声で私の名を呼んだ。先ほどから愛称呼びじゃなくて正式な名前で私を呼んでるから、そういう時はナハト様のご機嫌が良くない時だわ。
あれ?嫌だわ。何故かヤンデレモードに突入してしまっているわ。目がいつものナハト様じゃないわ。え?どうして?原因が全く分からないんですけれど、私の身が危ない事だけは分かるわ。
「ナハト様?」
私は内心冷や汗を流しながらも、にっこりと笑いながらナハト様の頬に口付けた。
「お早いお帰りで嬉しいです」
「…後でまた、王城に戻らなければならない」
暗い眼差しのナハト様の瞳を私はきちんと受け止めて、視線を逸らさずナハト様を見つめ続ける。
ナハト様がヤンデレモードを発動するのは、基本的に私のナハト様への愛情が薄れたと彼自身が感じた時と、私を誰かに奪われるか失う危惧に恐怖している時だから、とにかくナハト様への愛情を伝え続けるしか対処方が無い。
「まぁ!ではまた、暫くお会い出来ないのですね…今日のお戻りは遅くなりそうですか?」
「…何故、帰宅時間が知りたいのだ?」
「だって…今日こそは、ナハト様に抱いて頂きたくて」
「…っ」
私は羞恥を抑えてナハト様に分かりやすく愛情を伝える。頬や耳が赤くなるのは、大目に見て欲しいわ。
ナハト様は意外な事を聞いたと云うように驚いた目をしている。
「まだ…私を想ってくれているのか?」
「当たり前ですわ」
「…では…何故、私以外の男にあのような顔を向けたのだ」
え?どう云う事?
「セラフィナイト、私は…っ」
「あ…っ!」
ナハト様は私の体を横抱きにしたまま、噛み付くように私の唇に唇を重ねた。
「ん、ん、んふ…っ」
「はぁ、セラ…っ…私の」
最初から舌を絡め、喉の奥さえ犯すような激しい口付けを与えられて、私は必死にそれを受け止める。ナハト様の熱い唾液が口腔内に沢山溜まり、私はそれを喉を鳴らして飲む。
口付けだけで私の体はナハト様を受け入れる準備を整え、紐パンツのクロッチ部分が濡れに濡れているのが分かる。
私を横抱きにしているナハト様は、私が腰をもじもじと揺らしている事を敏感に察し、私の舌に吸い付きながら目を細めた。淡青色の澄んだ瞳に狂暴な劣情が宿っていて、私の背中がビリビリと期待に痺れた。
「あふ…あ、ナ…ハト様…?」
「…セラにはお仕置きが必要だね」
互いの唾液に濡れた唇を離しながら、ナハト様は冷淡で淫靡な笑みをその美貌にのせた。
「お…仕置き…?」
淫靡な響きに私の膣がキュンキュンと疼く。そういう趣味は無いけれど、ナハト様がそれをする事で安心するならドンと来いです。
「私以外の男に見惚れていただろう?浮気は許さないよ、セラフィナイト」
んん?見惚れて?誰が、誰に?
私が頭の中を疑問符だらけにしているうちに、ナハト様は口付けで腰砕けになった私を、まだ小さな葉っぱが五枚くらいしかつけていないキャベツ達が整然と並ぶ畑の、畝と畝の間に私をそっと下ろした。
「あ…っ」
腰砕けの私は勿論自力で立てる筈もなく、かくんと膝が折れて地面に座りこみそうになった。
ナハト様は分かっていたのか、当たり前のように私を抱き寄せて支えた。
困りました。膝がガクガクします。お腹の奥がキュンキュンして痛いくらいです。もしやお仕置きとは放置プレイですか?
「セラ…ファーマみたいな男も好みなのか?」
ファーマ氏?何でファーマ氏の名前が出てくるの?確かに彼はナイスミドルの所謂イケオジ風ではあるけれど、私の好みは前世も今世もナハト様オンリーよ。唯一無二よ。
「ナハト…様…?」
私は何だか分からないけれど、変な誤解をしているナハト様のヤンデレモードを解除すべく、力の入らない体を彼の引き締まった体に隙間が無いほど密着させて彼の首に腕を回した。
「ナハト様しか好きじゃありません…ナハト様しかいりません…ナハト様…」
キャベツ畑の周囲には誰もいないけれど、ここは遮る物もない畑の中で、私達が立っているのは畑の真ん中。流石にこんな場所で最後までイタスのは無理があるから、別の場所に移動する事を提案したい。
「ん…あ…はぁ…や…」
提案したいのに、ナハト様の美しい手が、私のお尻を刺激する。ナハト様の右手は私を支える為に腰に回り、左手はグニグニと揉むような動きでお尻を愛撫する。
いつもより強めに掴まれて揉みこまれると、その動きに連動して私の秘密の花園があからさまな水音を立てるので恥ずかしい。
このまま、拒否しないとここで営まれてしまう雰囲気を、ビシビシ感じております。ああ、でも、私がナハト様を拒否なんて出来るはずもないし、拒否なんかしたらナハト様のヤンデレモードが、モードじゃなくなってリアルに病んでしまう可能性が大だわ。
「ナハト様…」
私は喘ぎながら必死にナハト様に懇願する。
「ナハト様が欲しいです…沢山欲しい…」
お髭の存在なんて感じられない滑らかなナハト様の肌は舌で辿ってもツルツルしている。顎先に歯を充てながら甘噛する私を、ナハト様は熱くて暗い眼差しで見下ろしてくれた。
「寝台で…ん、んふ…た、沢山…はぁ、愛し合い、ましょう…?」
ドレスの裾はいつの間にかたくし上げられ、お尻を掴んでいたナハト様の指が濡れた私の花園の入り口に差し入れられた。
「…今直ぐにでも受け入れられそうなくらい、濡れているな…」
鼓膜を震わす美声に込められた淫靡な揶揄に、私の背中がぞくぞくといやらしい期待に震えた。嫌だわ、どうしましょう。お腹の奥が熱いわ。花園から止めどなく蜜が溢れ出て、内股を伝うのが分かる。
「ナ…ハト…さまぁ…」
はぁはぁと、隠しきれない興奮が呼気に表れ、ナハト様の指が動きやすいように、はしたなくも自ら脚を開いてしまう。
駄目よ、セラフィナイト。四阿で営んでしまった前科はあれど、やはり閨事は室内で健全に営むのが常識よ。前世だったら、警察のお世話になってしまう案件よ。場所を移動するのよ。さぁ、ナハト様にもう一度言うのよ、私。
「ナ…」
「セラ…愛してるよ」
震える唇を開いた瞬間告げらたナハト様の言葉に、私は言葉を飲み込んだ。
私が負けた瞬間だった。
「あ、ああ!」
「セラ…私のセラ!」
この日私は初めての体位を経験し、また更に深い快感の頂きを見た。
この世界に駅弁なんて無いけれど、まぁ、つまりそう云う事です。
恐らく今までで一番深くナハト様を受け入れ、暫くお休みしていた営みによって蓄積されていた元気な沢山のおたまじゃくし達がいたからなのだと思うわ。
思い返せば、この日が、コウノトリさんをキャベツ畑で捕まえた日だったのだと思います。
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