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十四章
神の気紛れ
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王城の敷地内にある魔の森の、秘密の異空間の入り口を通ったリーラは、久方ぶりに視界に広がるきらびやかな景色に目を細めた。
大きな湖の上に架かる虹。静かな空間に微かに響くさざ波の音。光が乱反射しているように見える綺羅きらしい空間。
「…良かった」
リーラは黒いローブのフードを後ろに下ろし、左手の薬指に填めたカイヤナイトからの指輪に口付けを落とした。
「カイ様…護ってくれて…有り難うございます…」
リーラは呟き、視線を周囲に巡らせた。
『出入り口付近と、湖の周辺しか探索した事が無いから…別の所も探索してみなければね…いつまでかは分からないけれど、何年間かここで暮らすのだから』
少し張ってきた下腹を掌で撫でながら、リーラは湖を背にして出入り口の蔦が絡まるアーチの奥へと足を進めた。
自分の背丈よりも高い草が繁る場所へと分け行ったリーラは、気の赴くままに奥へと進みながら既視感に鼓動を速めた。
『ああ…何かしら…この感じ…以前にも来た事があるような…』
繁みを抜けると、リーラの目に木と石を組み合わせて造った小屋が飛び込んで来た。
「あ…」
リーラは胸元のローブを握りながら立ち尽くした。
視界に映る景色が、リーラの胸を締め付ける。
蔦が這う小屋の外壁。井戸や木製の小さなブランコにも蔦が這っていた。
雑草らしき草が所々に生えてはいるが、明らかに人が作ったと思える畑には、様々な種類の野菜が生った状態で放置されていた。
リーラは唇を引き結び、震える足をゆっくりと踏み出した。
茶色の木製の扉にも蔦が這い、取っ手に絡まった蔦の尖った三つ葉を指先で撫でた。
扉の取っ手を握り、誰も居ないと分かってはいたが礼儀として扉を指で叩き、入室の許可の合図をした。
応えの静寂を聞き、リーラは一度鼻から息を吐いてから取っ手を引いた。
軋む音を立てながら、扉は開いた。
「ああ…」
予想通り、小屋には人の気配は無かった。
厚手の青色のカーテンが開いた窓には硝子が嵌め込まれ、小屋の奥には大きめだが簡素な作りのベッド。
扉の側には作業台らしきテーブルと釜戸。水を貯める為の水瓶と洗い物をする為の流し台があった。
小さな棚には木製の大小形が様々な食器が各々三人分置かれ、その横の棚には書物が並んでいた。
小屋の中央に小さなテーブルが置かれ、椅子は三脚。一つは子供用に見えた。
リーラは足を踏み出し、ゆっくりと歩いた。
曇った硝子を指でなぞり、付着した埃を見て放置された年月の長さを思う。
開くか疑問だったが、窓を横に引いてみると抵抗無く開いた。
歩くと床板が微かに軋む箇所もあるが、小屋の中は清潔だった。
ベッドのリネンを軽く叩いてみても、埃が舞う事は無かった。
「…保存魔法?」
リーラはテーブルの上に背負っていた革袋を下ろし、下腹を撫でながらベッドに腰を下ろした。
「カイ様…」
膝の上の自分の左手を見て、リーラは指輪を撫でながら愛しい夫を想う。
闇の乙女の過去の記憶は無いが、想いはリーラに引き継がれているのを実感して、泣き笑いの表情になる自分を止められなかった。
『…記憶は無くとも分かる…この場所は…かつて闇の乙女が暮らしていた家…』
三脚ある椅子や食器の数に瞳が潤む。
過去の乙女と依り代との間にも、愛の結晶が育まれた痕跡を見て、リーラは静かに涙を溢した。
「…未来永劫…輪廻の先のその先までも…」
暁月の下で誓った言葉を呟きながら、リーラは円やかな下腹をゆっくりと撫でた。
「離れないと約束したのに…ご免なさい…カイ様…」
リーラはベッドに身を横たわらせ、カイヤナイトを想いながら懺悔した。
自分が思っている以上に疲労していた体は、リーラの意思に反して彼女を眠りの淵に誘った。
異空間は乙女に、久方ぶりの深い眠りを与えてくれた。
時の流れが緩やかに感じる異空間だが、実際の流れに規則性が無い事にリーラは暮らし始めて早々に気が付いた。
ある時は外の世界と同じ時間軸のように時は流れ、またある時は一時間も経過していない緩やかな時間軸の中にいる。
太陽も月も巡らない異空間は、一日の区切りが無いために、どれ程の時間が経過しているのか正確にリーラには分からなかったが、時折外の世界に出て魔の森で魔法の樹木の果実を貰いに行く時の空の様子で時間の経過を計った。
「…早くあなたに逢いたいわ」
異空間へ来た時から更に円みを帯びた腹を撫でながら、リーラは呟いた。
体に刻まれた体内時計を元に規則正しい生活を心掛けているリーラは、夜と決めた時間になると人肌への恋しさに瞳を潤ませた。
「カイヤナイト様…カイ様…」
ベッドの中で自分の体を抱き締めて眠る。
異空間に来た当初は、家族や国や民の事を考えたり、この先の起こり得る問題に対する解決方法を模索したりと、寂しさを感じる余裕が無かったが、最近は夜になると人肌が恋しくてカイヤナイトの事ばかりを想って体を火照らせるようになっていた。
『嫌だわ…お腹に子がいるのに…カイ様が欲しくて…切なくなる…』
母親になろうとしていても、劣情はリーラの中に根付いている事を実感した。
早熟だったリーラは、早くからカイヤナイトによって心身ともに快楽を覚えた。離れて暮らしていた時間の方が長かったため、持て余す欲望を誤魔化す事は慣れていた筈だが、今は誤魔化す事が苦しかった。
『カイ様が欲しい…貴方の熱を体の奥で感じたい…』
淑女としての慎みは王女であった立場からも人一倍あると自負していたが、カイヤナイトが関われば慎みより女としての欲望に身を焦がす。
体の奥が熱を持って疼くが、自慰をする気にはなれなかった。
昔も今も、リーラが欲しいのは肉体的な快楽では無いのだ。
そこに愛しい男の想いがなければ、リーラは満たされる事は無い。
『…私は…きっと誰よりも欲深い…』
カイヤナイトの心も体も、過去も未来も、全てをリーラは自分だけのモノにしたいのだ。
『きっと私以外の乙女達も…そうだった筈…』
隔離された異空間で、全てを失っても孤独に耐えられるのは、乙女の依り代を想う愛が発露だ。
冷静に考えれば、極めて無責任で自分勝手な愛だ。しかし、乙女の愛はそういうモノなのだろう。
心だけでも、肉体だけでも満足出来ない、依り代だけを切望する執着愛。
リーラは抱き締めていた自分の体から腕を緩め、リネンに散った漆黒の髪を指で摘まんで見つめた。
依り代の闇をその身で受けて、依り代だけを浄化する、闇を浄化するための乙女。
『全ての人の闇を浄化出来れば、闇の乙女は聖女と呼ばれたのでしょうね…』
リーラは溜め息を吐き、火照った体を起こした。
「眠れそうにないわね…身を清めて心を静めなければ…」
ベッドから下りたリーラはローブを持って小屋を出た。
畑に実る野菜を見て頬を緩め、今はまだ遊ぶ者の無いブランコに視線を向けて下腹を撫でた。
丈高い繁みには、毎日湖へと散策に向かうリーラが作った小さな道が出来、迷いの無い足取りでリーラはその道を進む。
蔦の絡まるアーチの横を通り過ぎ、定位置である岩の上にローブを置くと、着ていた白い夜着を脱ぐ。誰も侵入して来ない異空間では周囲の視線を警戒する必要も無いため、リーラは躊躇する事もなく下着も脱いで全裸になると、ゆっくりと湖の中へと足を進めた。
冷たくもなく、熱くもない、心地良い水温に、リーラは小さく吐息を洩らした。
湖の水の温度も一定ではなく、身も凍る温度の所もあれば、温泉のように熱い場所もあり、リーラは散策によってその場所を発見して用途によって使い分けていた。
湖の奥へ行くと結界が張られている事を身をもって知ったリーラは、カイヤナイトの言い付けを守って決められた所までは行かない事にしていた。
立てば膝下辺りの水深の所で、リーラは柔らかな水草の感触を臀部に感じながら座り、膝を抱えるようにして水に浸かる。
透明な水はキラキラと光輝き、リーラは虹を見上げてまた吐息を洩らした。
張り出した腹を撫で、以前よりも大きくなった乳房に掌で掬った水をかけて面映ゆ気に笑った。
『カイ様がこの体を見たら、一体どんな顔をされるのかしら…』
身籠った体を見ても欲情してくれるか、リーラは想像も出来なかった。
『乙女は体を繋げ、依り代の精をその身に受け止める事で闇を受け止めて浄化する…けれど…身籠った状態でどうやって依り代の闇を浄化できるのかしら…?過去の乙女達はどうしていたの?』
ふとした疑問を抱いたリーラは、だが、今現在のカイヤナイトの身の内の闇の状態に思い至ると顔を青ざめさせた。
『もう何ヵ月もカイヤナイト様は乙女である私を抱いていない。抱かなければあの方の闇は浄化されないのなら…今どれ程の苦痛の中におられるのか…っ』
「…カイヤナイト様…」
リーラは両の掌で顔を覆い、絞り出すような声で愛しい夫の名を呼んだ。
今の今までカイヤナイト自身の事を思いやれなかった自分本意な未熟さに、リーラは羞恥と憤りを感じて身を震わせた。
「ご免なさい…カイ様…」
「…貴女は何も悪くない…謝るのは、私の方だ…」
背後から聞こえた深い声音に、リーラは肩を跳ね上げた。
『…え?』
リーラは恐る恐る背後を振り返った。
「…っ」
夢に見る程に焦がれた愛しい夫が、記憶の中よりもやつれた様子で佇んでいた。
黒いローブ姿のカイヤナイトは、やつれて見えるがその白皙の美貌は健在だった。寧ろその疲労が見える様子が廃退的な艶やかさを増すスパイスになっており、リーラの腰にぞくぞくとした淫靡な痺れをもたらした。
リーラはかける言葉も身動きも忘れてカイヤナイトを見つめ続けた。
カイヤナイトも湖の中のリーラを見つめ続けた。
濡れた漆黒の髪が貼り付く新雪の如き肌は艶かしく、震い付きたく成る程の色香を漂わせていた。
以前よりもたわわに実った乳房も露で、カイヤナイトは湧き上がる衝動を堪えながら手を差し出した。
「リーラ…私は…まだ、貴女の夫と言える資格があるだろうか?」
震えるカイヤナイトの声に引き寄せられるように、リーラはゆっくりと立ち上がった。
「ああ…」
カイヤナイトは余りの美しさに感嘆した。
華奢な肢体に円やかな乳房と腹部。手で隠された花園の繁みの魅惑。儚さと生命の力強さを併せ持ったリーラは、宛ら美の化身のようだった。
カイヤナイトから目を離さず、ゆっくりと水の中を進むリーラの漆黒の瞳から落ちる涙の雫が、宝石のように輝いてカイヤナイトのリーラへの恋慕を増した。
カイヤナイトから差し出された手に腕を伸ばしたリーラは、指先をそっと彼の指先に触れさせた。
「あ…っ」
力強くリーラの手を握り込み、カイヤナイトは愛しい妻を引き寄せた。
ローブ越しのカイヤナイトの胸の硬さにリーラはほっと安堵の吐息を洩らし、心の赴くままに彼の温もりを甘受した。
濡れた腕を彼の背に回して強く抱き締め、額を強く胸に擦り付けた。
カイヤナイトは幼気なリーラの仕種に口元を緩め、濡れた髪に鼻先を埋めた。
「…ああ…リーラだ…」
吐息混じりのカイヤナイトの声に、リーラは頷いた。
「私は…永遠に貴女の妻です…カイ様…ありがとうございます…会いに来て下さると信じていました…」
「…私を待っていてくれてありがとう…遅くなってすまなかった…」
「いいえ…」
「…貴女が欲しくて…堪らなかった…」
カイヤナイトの切実な声にリーラは微笑みながら頷いた。
「私も…カイ様が欲しかった…沢山…抱いて下さい…」
不安も疑問も葛藤も、愛しい夫を前にすれば全ては霧散する。
リーラは胸に埋めていた顔を上げ、カイヤナイトの怜悧な美貌を見つめた。
『カイ様の瞳…』
独特な光彩を放つカイヤナイトの藍晶石色の瞳の中に自身の顔を見つけたリーラは、幸福を噛み締めながらそっと目を閉じた。
カイヤナイトはリーラを抱き締めていた腕を解き、紅く色付く小さな唇にそっと指を這わせて柔らかく唇を重ねた。
互いの唇の感触に陶然となりながら、ゆっくりと口付けを深くして行く。
互いに優しく舌を擦り合わせ、溢れてくる唾液の味を堪能し合う。
リーラはカイヤナイトの首に両腕を回してカイヤナイトの舌を吸う。舌は熱く、絡まる唾液の甘味に酩酊した。
『…浄化されて行く…』
リーラの前に張り出している腹部を圧迫しないように柔らかく抱き寄せながら、身を屈めたカイヤナイトもリーラが与えてくれる甘く淫らな口付けに酔った。
口付けが深まれば深まるだけ、カイヤナイトの身を蝕んでいた闇が薄くなって行く。
『…神と比べれば、人の欲など可愛いものだ…』
互いを愛する想いだけではなく、生々しいまでの欲望をさらけ出し、肉体同士を繋げなければ満たされない依り代の中の欲は、神の欲でもあった。
闇を浄化するために乙女がその身を依り代に捧げるのは、神の尽きる事の無い欲のせいだ。
今世の依り代であるカイヤナイトは人である事に固執したが、渇望していた愛しい存在を前にすれば、自身の矮小な覚悟など塵同然だと認めた。
『定めに抗ったところで得られるモノなど無いと分かった…私は依り代だ…依り代の真実とは…乙女を愛するためだけに存在している事…』
カイヤナイトは口付けに応えながら、リーラの体を横に抱き上げた。
「ゃっ…っ」
突然抱き上げられて驚いたリーラは、唇を離してカイヤナイトの首筋にしがみついた。
身籠っていても軽いリーラの体に、カイヤナイトは眉を寄せた。
「リーラ…食事はどうしている?食べているの?」
「え?あ…はい…野菜や果物が中心ですが…」
「それではお腹の子にも良くない。ここには肉となる獣がいない。調達しなければ」
「あ、でも、私は外には…」
「心配無い。原始より狩りは男の役目だ。私が用意する」
「あ…はい…あの…ありがとうございます…」
「それも私が言うべき言葉だな」
「え?」
「私達の子を宿してくれて、ありがとう…」
「カイ様…」
リーラはカイヤナイトの言葉に瞳を潤ませた。
カイヤナイトはリーラの目尻に唇を寄せ、溢れそうな涙を吸って微笑んだ。
「…小屋へ戻ろう。身重の貴女を抱くのに、ここはそぐわない」
カイヤナイトは迷いの無い足取りで湖を背にして歩き出す。岩の上のリーラのローブを取ってリーラの体を隠すように掛けた。
「小屋の事を…ご存知だったのですか?」
「思い出したんだ…昔は勿論知らなかった…」
カイヤナイトは蔦の絡まるアーチを通り過ぎ、繁みの道を進んで真っ直ぐに小屋へと辿り着く。
「…変わらないな」
カイヤナイトは目を細めながら小屋の周りを眺めた。
「…いつかの乙女と依り代の間にも…お子が宿ったのですね…」
リーラは複雑な想いを抑えながら、カイヤナイトを見つめた。
今世の依り代であるカイヤナイトが相手ではないと分かっているが、転生の記憶があるカイヤナイトには、リーラ以外の乙女を抱いた記憶もあり、子を成す喜びも初めてでは無いのだ。
「…そうだね…乙女と依り代との間に生まれた子は…昔確かに一人だけいた」
「…一人?一人だけですか?」
「ああ…」
カイヤナイトは困惑を隠せないリーラの滑らかな額に口付けを落とし、小屋の扉を開けて中に入った。
「中も変わらないな…」
「…保存魔法が最初からかかっていました」
「初代の依り代がかけた魔法だよ」
カイヤナイトは小屋の奥のベッドの上にそっとリーラを横たわらせ、自身のローブを脱いで椅子に放った。
藍色のチュニックの下に黒い長袖のシャツに黒い腰帯を巻き、黒いパンツ姿のカイヤナイトは、大国ゾンネの大公とは思えない程簡素な服装をしていた。
腰に備えていた小太刀を外してテーブルに置き、当然のように服を全て脱いで全裸になった。
久方ぶりに見るカイヤナイトの体は、相変わらず美しかった。
引き締まった筋肉の隆起、神が緻密に設計した造形美の具現を見ているようで、リーラは感嘆した。
「…そんなに見つめられると、流石に照れるね」
カイヤナイトは苦笑を滲ませながらベッドの端に座り、横たわるリーラの滑らかな頬を掌で包んだ。
「…私の姿がリーラは好きか?」
「…はい」
白銀の髪も整い過ぎて酷薄に見える白皙の美貌も、完璧な均衡の骨格の美しさも、禍々しいまでに雄々しくそそり立つ性器の生々しささえも、リーラには全てが好ましくも愛しい。
「…私も貴女の姿が好きだ」
カイヤナイトは酷く切な気な微笑を浮かべた。
「カイ…様…?」
「私達の姿は…転生を繰り返しても変わらない…出逢った時の姿で、変わらぬ魂源で…幾度も巡り合って愛し合ってきた…この意味が分かるか…?」
「ん…」
再びゆっくりと唇を重ねられ、熱い舌で唇の狭間を舐められて、リーラは下腹に切ない熱が溜まるのを意識した。
カイヤナイトの頬と背中に各々手を置くと、目を閉じてリーラはカイヤナイトの舌を迎え入れた。
頬の裏や喉の奥の上顎の柔らかな部位を舌先で擦られて鼻から甘い息が洩れ、舌裏に溜まった唾液を啜られて甘い痺れに舌が震えた。
片腕で体を支えて、リーラの体に負荷が掛からないようにしたカイヤナイトは、前に張り出したリーラの腹を優しく掌で撫でた。
カイヤナイトの掌の熱に応えるように動く胎児の感触に二人は思わず唇をほどいて笑い合った。
「…喜んでいるみたいです」
「何だか…悪い事をしている気分になるね…」
リーラの濡れた赤い唇を親指の腹で拭いながら、カイヤナイトは面映ゆ気に目を細めた。
リーラはカイヤナイトの苦しみが滲んだ瞳を見つめて微笑み、唇を撫でていた彼の手を握ってその指先に口付けた。
「…姿も魂源も変わらず転生を繰り返す意味が何で有れ…今この瞬間にこのように抱き合え、想いを確かめられる尊さ以上に意味のある事などございません…」
「リーラ…」
「愛して下さい…沢山愛して…私にも、愛させて下さい…」
潤む漆黒の瞳の力強さが、カイヤナイトの胸を焦がす。
いつの時代の乙女も、その眼差しの強さは同じだった。
カイヤナイトはリーラに握られた手の位置を変え、指同士を組むように握り直しながら再び唇を重ねた。
優しく啄むように柔らかな唇を吸い、時折舌先で歯列を撫でながらリーラの舌を誘う。
「ん…ふっ…」
誘われて舌をおずおずと突き出したリーラに、ご褒美というようにカイヤナイトは舌を絡めて擦り合わせた。
クチュクチュと粘膜同士が絡み合う淫猥な水音がリーラの鼓膜をも犯す。
水音を聞いているだけで体の奥が潤み、熱い蜜が溢れ出す。
カイヤナイトに抱かれ慣れた体は貪欲だった。羞恥心を凌駕する彼への渇望を堪える事が出来ず、リーラはカイヤナイトの背に回していた片腕を滑らせるように動かして彼の滾った欲望を掌で包んだ。
「…っ…リーラ…」
口付けていた唇から唇を離し、カイヤナイトは拙いながらも淫らな動きを見せるリーラからの手淫に若干の焦りを露にした。
細く華奢な指がカイヤナイトの怒張した熱塊を上下に扱き、先端の窪みから滲み出る精の先走りがその動きを助けてヌチュヌチュと淫靡な音を立てた。
「…くっ…リー…」
カイヤナイトは熱塊に絡み付くリーラの手に手を重ねて動きを止めさせ、快感を堪えたように眉を寄せて一度熱い吐息を洩らした。
「…リーラの中で吐精しなければ…浄化されないんだ…だから…貴女がこんな事をする必要は無い…」
カイヤナイトの欲望を抑えた声音に、リーラは切な気に微笑んだ。
「…浄化するためだけに、カイ様と抱き合いたくはありません…私は、貴方と…ただ…愛し合いたい…」
「リーラ…」
「…それとも、カイ様は…浄化のためだけに私が必要なのですか…?」
「そんなわけが、ある筈無いだろう…?ただ…」
「ただ…?」
「…優しく抱きたいんだ…余り煽らないでくれ…我慢出来なくなる」
「あ!」
リーラの手を握ってベッドに縫い付けるように抑えると、カイヤナイトは蜜に濡れて光る蜜壺に自身の熱塊を擦り付けて揺すった。
淡く黒い茂みの奥に潜む秘芽を圧され、リーラは蟠っていた愉悦が弾けるような感覚に腰を痙攣させた。
「は、ん、ああ…っ…ん」
蜜に濡れた肉襞が熱塊を食むようにパクパクと開閉する。ゆったりとして長いカイヤナイトの腰の動きに応えるように、リーラの腰も淫らに揺れる。
「フフ…いやらしいね…リーラは…」
「言わないで…下さ、はっ、あ…」
「リーラを淫らにしたのは私だからね…もっと欲しがって」
「…奥に欲しい…ん…あ…っ…でも…あう…ん…」
「でも…?」
「あ、赤ちゃん…ん…ふっ…心配で…」
「心配無いよ…優しく抱くから…ん…リーラのここ、凄いね…吸い付いてくる…」
とろみのある蜜でぬかるむ蜜壺の肉襞を擦る熱塊に、動きを引き止めようとするように吸い付いてくる花弁のような肉襞は、まるで別の意思があるかのように貪欲な動きをする。
「…リーラ、四つん這いになれる?」
「はっ…ん…はい…」
カイヤナイトが腰をずらし、横臥していたリーラの背中に腕を回して体を支え、ゆっくりと体勢を変えさせた。
「…ん…」
愉悦に痺れた四肢に力を入れ、獣のように寝台の上で下半身を突き出す体勢に、リーラは羞恥と悦楽の期待に益々濡れた。とろとろと滴る蜜が、糸を引くようにリネンに落ちた。
「フフ…素敵だ…期待で赤く熟れているね…」
「あ、あ、あ、んん…っ」
白く丸い双丘を掌で包み、ゆっくりと開いて後ろの蕾と蜜壺を露にしたカイヤナイトは、溝を舌でなぞるように舐った。
「カイ様…駄目ぇ…っ」
蕾に舌先を突き入られながら、クプクプと音をさせてカイヤナイトを待っている蜜壺の中に彼の中指を挿入されたリーラは頭を振りながら懇願の声を上げた。
「お尻…嫌なの…恥ずかしいから…んっ…ああっ!」
嫌だと言いながらも、むず痒い蕾の快感に連動するように蜜壺の奥が切なく収斂して、しなやかなカイヤナイトの中指を締め付けた。
「熱いね…リーラの奥はどちらも蕩けるくらいに熱い…」
カイヤナイトは甘い声で拒む言葉を紡ぎ続けるリーラの快楽に従順な体に愛しさを募らせ、益々舌と指を情熱的に閃かせて愛撫の濃度を上げた。
『熱い…体が…どこもかしこも…溶けて無くなってしまいそう…っ』
後ろの蕾と蜜壺への同時の愛撫に体は幾度も登り詰め、リーラは甘い責め苦に涙を溢した。
「…欲しい…っ…欲しいのぉ…っ」
「…何が欲しいの?」
カイヤナイトはリーラのたわわな乳房の尖りを指の腹で転がしながら、耳孔を舌で擽りつつ囁くように聞いてくる。
カイヤナイトからの絶え間無い愛撫に蕩けた思考で、リーラは羞恥心も捨てて懇願した。
「カイ様が…カイ様が欲しいの…っ…奥を突いて、擦って欲しい…っ」
汗で濡れた額をリネンに擦り付けながら、リーラは涙混じりに欲望を口にした。
張り出した腹を庇うように、崩れ落ちそうになる体を震えながら支えるリーラの腰を掴み、カイヤナイトは腹に付く程そそり立った熱塊をリーラの泥濘にゆっくりと挿入した。
「ああ!…ん、はぁ…っ…大きい…っ」
身重のリーラを労るように、ゆっくりと奥に挿入されるカイヤナイトの滾りに、リーラの肉襞は淫らに絡み付いて奥へと誘う。
「…っ…リーラ…凄い…蕩けそうだ…」
焦れるほどゆっくりと挿入されたカイヤナイトの滾りは、リーラの最奥に辿り着いても動く事はなかった。リーラの体を背中から抱き締めたまま、カイヤナイトは細いリーラの首筋に幾度も口付けを落とし、紅い花弁を散らした。
『繋がっただけで、私の中の闇が浄化されて行く…力が漲り…体が軽くなって行くのが分かる…』
愉悦に耐えながら、健気にカイヤナイトを受け入れているリーラの体を上から見つめ、カイヤナイトはゆっくりと腰を揺らした。
「はっ、あ…っ…ああっ」
くねる腰のいやらしさにカイヤナイトは突き上げたくなる衝動が沸き上がり、眉間に皺を作って耐える。
いくらカイヤナイトの体に慣れていても、身籠っているうえに数ヶ月振りに男を受け入れるリーラの体を慮り、カイヤナイトは破瓜の時よりも優しくリーラの奥を愛した。
貪欲に引き止めてくる奥襞の動きにぞくぞくとした愉悦を感じ、カイヤナイトは熱い吐息を洩らしながらゆっくりと腰を引いた。
「あ、あ、あ…やっ…」
張り出した先端が抜ける手前まで腰を引いたカイヤナイトは、またゆっくりと奥襞を掻き分けるように挿入した。
「はっ、あ、あ、はぁ…ん…」
引いて、入ってを幾度も繰り返し、リーラの最奥にマグマのような悦楽の塊を育てたカイヤナイトの熱塊も、既に爆発寸前までに膨れ上がってリーラの最奥を苛んでいた。
『もっと…もっと強く突いて…っ…もっと』
カイヤナイトの優しさが逆に辛いリーラだったが、流石に胎児の心配もあって望みを口にする事が出来なかった。
簡素な寝台が立てる軋む音が、二人の肉体が紡ぐ淫靡な音をより淫らに彩る。
「はぁ…んっ…ああっ、あ、あ、もぉ…っ…」
「リーラ…っ…くっ、リーラ…っ」
獣のように後ろからカイヤナイトを受け入れているリーラは、緩やかだが的確に与えられる愉悦に全身を火照らせた。リネンを手繰り寄せて渇望していた頂の階を登り詰めるために、素直に体をカイヤナイトの動きに委ねた。
嵐のように激しく求められ、忘我の悦楽に身を委ねた過去の交歓とは違う、焦れるほど優しくて甘く残酷な愛の交歓。
貪欲なリーラの最奥が、カイヤナイトの熱塊を離すまいと強く絡み付いて激しく収斂した。
「んん…っ…」
「はっ、あ…っ」
カイヤナイトの腰が動きを止めて、痙攣した。
快感に降りてきていたリーラの子宮が、カイヤナイトの先端に口付ける。
「リーラっ」
「ああっ…はぁっ、んん…っ」
カイヤナイトにギュッと背中から強く抱き締められ、子宮の襞に口付けを返すように情熱を迸らせた愛しい夫の熱をリーラの最奥は貪欲に愛した。
カイヤナイトの迸りを最奥で受け止めた瞬間に頂に登り詰め、息を詰めてガクガクとリーラは腰を跳ね上げた。体を支えていた腕が快感に痺れて脱力し、寝台に倒れ込みそうになった。
カイヤナイトはリーラの体を支え、繋がったまま彼女の背中を胸に凭れさせ、自身の脚に座らせるような体勢になった瞬間、リーラは自重によって深く飲み込んだ熱塊が子宮の入り口を突く衝撃に燻っていた劣情を弾けさせて再び頂の極みに達した。
「くっ」
「あ…あ…っ…」
予想外の悦楽に潤んだ瞳を見開き、喉を詰まらせながら蜜壺からサラサラとした透明な愛液をしぶかせたリーラは、体を小刻みに震わせて意識を飛ばした。
長く緩やかな愛の交歓は、想像以上にリーラの体力を消耗させた。意識を飛ばした後、リーラはそのまま深く眠りに堕ちた。
「リーラ…愛してる…」
気絶するように意識を手放したリーラの体を、カイヤナイトは暫く抱き締め続けた。
蜜と精が溢れた淫猥な結合部にカイヤナイトは指を這わせ、そのまま張り出した腹をゆっくりと撫でた。
余り胎児に負担にならないように、緩やかに愛したつもりだったが、思いがけずに最後に深い挿入になってしまったため、カイヤナイトは胎児とリーラの体に異常が無いか確認した。
触れる掌に応えるように動き出した胎児に唇を引き上げ、ゆっくりとした寝息を立て始めたリーラに安堵の笑みを向けてカイヤナイトは結合を外してリーラを寝台に横たわらせた。
濡れた布巾でリーラの体を清め、寝台のリネンを変えてカイヤナイトもリーラの傍らに横たわった。
互いに生まれたままの姿で身を寄せて眠る幸せを噛み締め、カイヤナイトも暫しの休息のために目を閉じた。
鼻孔を擽るリーラの甘い体臭に愛しさが募り、彼女の体を自身の胸に隙間無く引き寄せた。
『リーラ…どうか…私への愛はそのままに…私を許して欲しい…』
漆黒の髪の中に鼻先を押し付け、軽く口付けをして息を吐いた。
『転生を終わらせるのも、続けるのも…全てはリーラ…貴女しだいだ…』
カイヤナイトは強く目を閉じて、瞼の裏の闇を凝視しながら悠久の時の流れを思う。
『瞼越しの視界は世界そのもの…瞼を開けば光が、閉じれば闇が支配する。瞼は結界…秩序…混沌…カオスは光と闇が存在する限り消滅しない…』
カイヤナイトの脳裡に、創世記の一節が思い浮かぶ。
リーラの頭に額を付け、彼女の意識を自身の意識に同調させた。
『世界は神が創った。混沌とした空間をかき混ぜ、光と闇に分けて世界を創り、生命の種をばら蒔いた。種はやがて芽吹き、花を咲かせ、次の生命を生み出す。生命はやがて知恵を授かり、文明を創り、繁栄した。世界は創造神の名と同じ、ヴェルトラウムと名付けられ、六つの王国と無数の島々で秩序を維持した。
…そう、この世界を創ったのは神の衝動によるものだ。気紛れに創り、気紛れに消滅させようとした…乙女がいなければ…この世界は既に消滅していた…』
無限の空間に漂う混沌を、光と闇に分けてみようと思ったのは、神のただの気紛れだった。
神の所業に意味など無かった。
生命が誕生し、神が気紛れに与えた英知によって進化して行く様を見物するのは、神の暇潰しでしかなかった。
英知によって繁栄し始めた人類は、やがて互いに殺し合い、血を流す事を止めなかった。
初めはそれらを興味深く見物していた神も、繰り返される殺戮に飽き、生み出した世界を消滅させようとした。
だが、神は思い止まった。
一人の人間の乙女の存在が、神の一部の興味を惹いたからだ。
この世界の創造神をヴェルトラウムと名付けたのは一人の乙女だった。
乙女は初めて神を祀った神殿の管理者だった。
戦乱の続く世界で、秩序と安寧を祈る為に神を奉った乙女は、中央大陸の南半分を平定した一族の若き長の妹だった。
白銀の髪。紫水晶色の瞳。新雪の如き肌。しなやかな肢体は女性特有の柔らかな曲線を描き、優美で艶やかな麗人だった。
乙女の神々しいまでの美貌と唯一無二の癒しの力が、戦乱を招く一つの要因であったために、一族の長は神殿の巫女として妹を世間から秘匿した。
乙女は兄に従い、神殿に籠って世界の安寧を祈り続けた。
神の一部は美しい乙女の、その穢れ無き魂の美しさに惹かれた。
世界には、容姿の美しい存在は乙女以外にもいた。美しい魂を持つ人間もまた然り。
だが、乙女は神にとって唯一無二に見えた。
美しい乙女の心に沈澱する、生々しくも真摯で一途な愛情の強さは、誰よりも美しく輝いて見えた。
禁忌と理解していても見返りを求めず、密かに一途に一人の男を愛し続ける乙女の心に、神の一部は惹き付けられた。
図らずも乙女によって固有の名を得てしまった神は、この世界に縛られる事になった。
元来、神には固有の名は無かったからだ。神は神であり、神と同等の存在など無かったからだ。
名を持つ事は、力を得ると同時に存在を縛られると言う事だった。
神は憤った。
実体の無い神は、意思の集合体であり、意思は縛られる事を厭う。
名を受け入れた意思と拒んだ意思は解離した。
神の一部はこの世界の創造神ヴェルトラウムとして、乙女を愛した。
名を受け入れなかった意思は乙女を呪った。
乙女さえ存在しなければ、神は神のままでいられたからだ。
解離した意思はヴェルトラウムを唆した。
肉体を結び付ける事で、愛は円熟し、より完全な真の愛になると。
ヴェルトラウムは乙女の愛を欲した。
乙女の心を占める一人の男への愛を、ヴェルトラウムは自身にと渇望した。
肉体を持たない神が人と愛し合うには、魂を入れる器、依り代が必要だった。
ヴェルトラウムは依り代となる器を求めた。
乙女が愛した男の肉体を依り代と定める事に躊躇などある筈もなかった。
ヴェルトラウムは依り代と定めた男と魂の誓約をした。男の肉体を器とする代わりに、神の力を与えると。
男はヴェルトラウムと誓約を交わし、拒む乙女の純潔を散らした。
依り代に選ばれた男は、乙女が愛し続けた彼女の兄だった。
依り代の魂と融合したヴェルトラウムは、兄である男もまた妹に道ならぬ想いを抱いていた事を知った。
一族の若き長は、得た力を使って平定した土地をモーントと名付けて国とした。長は国の初代の王となった。
王となった男には数多の妻がいた。土地を平定するために幾度となく結んだ豪族の娘達との婚姻は、乙女の心を傷つけ続けた。
幾人もの妻を娶っても、兄は妹を抱き続けた。
乙女と目合う事で神の力を得ているヴェルトラウムとの誓約があるからだけでなく、ただ純粋に乙女を愛しているが故に。
唯一無二の存在であった兄に抱かれて歓喜する体と同じだけ、乙女の心は血を流し続けた。
穢れ無き魂に闇が浸食し、乙女の心は凍りつき、癒しの力を失った。
幾度体を繋げても、愛の言葉を捧げても、渇望した乙女からの愛を得られないヴェルトラウムは憤った。
憤るヴェルトラウムに解離した意思が破滅を唆す。
解離した意思を再び融合させて完全な神となるためには、乙女の存在が邪魔だったのだ。
だからヴェルトラウムを唆した。肉体を愛せば、真の愛を得られると。それが真の愛を失う手段だとヴェルトラウムは気付けなかった。
乙女の愛を渇望していたヴェルトラウムは解離した意思の思惑に気付けず、再び唆される。
世界を消滅させ、再び創り直して真の愛を得れば良いと。
解離した意思は世界を護る結界を破り、秩序を乱した。カオスが世界を覆い、解離した意思が人類を弄びながら破滅へと導いて行く。
魂の誓約によって、ヴェルトラウムと融合していた依り代は、破滅へと向かって行く世界を救う事が出来なかった。
ヴェルトラウムに愛を捧げない乙女を抱く事を止めた依り代には、力が残っていなかったからだ。
ヴェルトラウムの依り代としてではなく、一人の男として唯一無二の女を愛したかった乙女の兄は、妹に初めて自身の言葉で、愛と赦しを乞い、乙女はそれを受け入れた。
肉体も心も魂も繋げて二人は愛を交歓した。
真の愛を得た依り代は、神をも凌ぐ力を得た。
カオスを封印した依り代に、ヴェルトラウムは呪いにも似た宿命を二人の魂に刻み付けた。
転生を繰り返すのは、真の愛を証明するため。
時代も立場も境遇も何もかもが違っても、真の愛で結ばれた魂ならば、巡り合い、再び愛し合う筈であり、それが真の愛の証しだと、ヴェルトラウムは宿命を定めた。
転生を繰り返すうちは、世界を消滅させる事はしないとヴェルトラウムは誓約した。
ヴェルトラウムと魂の誓約をしていた依り代には、その宿命を無効にする事は出来なかった。
「…これが…全ての始まりだったのですね…」
ポツリと、リーラは呟いた。
背中からカイヤナイトに抱き締められながら、リーラは閉じていた瞼を開いた。目尻から涙が筋を作って流れた。
言葉で語るには難しかった始まりの過去を、カイヤナイトは眠るリーラの意識に流した。明晰夢のようなそれを、リーラは有るがままに受け止めた。
「…すまない」
カイヤナイトはリーラの細い肩に口付けた後、その首筋に鼻先を埋めて更に体を抱き寄せた。
「何故…謝るのですか?」
「…私は…貴女を抱きたかった…」
「…カイ様?」
「貴女を妹としてではなく…一人の女として…愛したかった…だからヴェルトラウムとの誓約を交わし、拒む貴女を凌辱した…神の力を得るためなどと…そんなものは建前だった…」
「カイ様…」
「…謝罪しても、私の罪は無くならないが…すまなかった…」
カイヤナイトはリーラからの拒絶の言葉を恐れながら、愚直に謝罪の言葉を繰り返した。すがるように体を抱き締めてくるカイヤナイトの微かな震えに、リーラは戸惑いながらも得心した。
『…あの時…アストリスターで最後に抱き合った時…カイ様は始まりの過去を思い出したのね…』
リーラは肩を包むカイヤナイトのしなやかだが節のある硬い男の手を取ると、そっと口付けを落とした。
「何故…依り代にだけ…転生の記憶を残したのでしょうか…私には記憶は無いのです…過去を見せられても、所詮それは別人の遠い過去でしかないのです」
「リーラ…」
リーラはゆっくりと体を反転させ、カイヤナイトと向き合った。
「カイ様…乙女に転生の記憶が無いのは…もしかしたらヴェルトラウムの優しさなのかもしれませんね」
「優しさ…?」
「だって…記憶を持ったまま、幾度も転生して…辛い事も忘れる事が出来ないのは…苦しいです…」
「…そういう捉え方も、あるのだな…」
カイヤナイトは微苦笑をその白皙の美貌に滲ませ、リーラの額に額を合わせた。
「真の愛を証明するために転生を繰り返す…それが気紛れな神から世界を護るための誓約だった…私が依り代として神の力を全て取り戻すためには、最後にヴェルトラウムと対峙しなければならない」
「対峙…」
「依り代として、ヴェルトラウムの意思をこの身に全て受け入れて…乙女と目合うんだ…」
「それに…なんの意味が…?」
「今の私は身の内の闇を浄化しなければ、依り代の力を使う事が出来ない。ヴェルトラウムと融合した私は、乙女と目合う事で真の神の力を得る事が出来る。ヴェルトラウムとの魂の誓約は生きているんだ…
ヴェルトラウムと融合した私は…恐らくカイヤナイトでは無い…」
「…いいえ…カイ様はカイ様です」
「ありがとう…だが、今の私は例え体は私自身でも、私以外の意思が在る体でリーラを抱きたくない…」
「…だから、人としてカオスを封印しようと?」
リーラの問いにカイヤナイトは苦笑を深くした。
「崇高な理由では無くて、失望したか?」
不安気に揺れる藍晶石色の瞳を覗き込み、リーラは慈愛に満ちた笑みを浮かべてカイヤナイトの薄い唇に唇を触れ合わせた。
「いいえ…嬉しいです…」
カイヤナイトは込み上げてくる熱い胸に堪えるように眉を寄せ、リーラの唇に唇を深く重ねた。
「ん…」
リーラも柔軟に口付けを受け入れて、硬いカイヤナイトの胸板に掌を乗せた。
太股にカイヤナイトの立ち上がった中心が触れ、リーラの体の奥が再び切なく疼いた。
互いに視線を交わし、舌を空気に触れさせながら絡め合い、体を優しく撫で合う。
依り代の力に目覚めてから、傷一つ無くなった滑らかで美しいカイヤナイトの体を、リーラは愛しげに掌で慰撫する。
「…はっ…カイ…様…」
「ん…?」
「…お兄様は…怒っていましたか…?」
柔らかく張りのあるたわわな乳房の感触を手で味わっていたカイヤナイトは、ブラウの顔を思い出させられて愛撫の手を止めた。
「…それよりは…心配していた」
「そうですか…そうですよね…」
リーラはカイヤナイトの鎖骨に額を付け、体を寄り添わせて溜め息を吐いた。
「…会いたい?」
カイヤナイトはリーラの後頭部に手を滑らせ、ゆっくりと撫で下ろした。サラサラとした漆黒の髪は指通りが良く、カイヤナイトは何度も手を滑らせて髪を撫でた。
「…会わせる顔がありません」
カイヤナイトの優しい手の動きに、リーラの体から力が抜けて行く。
「大丈夫だ…近いうちに森で会おう」
「でも…」
「大丈夫、この森はリーラを守ってくれる」
確信的なカイヤナイトの言葉に、リーラは長年の疑問を口にした。
「…この森は…この空間は…何なのですか?」
「この森は、始まりの乙女が創ったんだ」
「え…」
カイヤナイトはリーラの頭を自身の腕に乗せて仰向けになり、天井を見つめて息を吐いた。
「乙女の神殿はこの森の中に在った。魔の森と今は言われているが、当初はこの場所は聖域だった」
「聖域…始まりの乙女には…魔力があったのですね」
「乙女の力は唯一無二だった。いつか話した事があったね…治癒魔法は古の魔法だと…始まりの乙女は、万物を癒す力を持っていた」
カイヤナイトはリーラの額に口付けを落としながら説明して行く。リーラもカイヤナイトの胸板に手を当て、優しく撫でながら彼の言葉を聞いた。
「癒しの力…」
「乙女が戦乱の原因の一つだったのは、それが大きい。聖域が魔の森と言われるようになったのは、乙女が結界を張ったからだ」
「結界?」
「始まりの乙女は…兄との子を身籠った。無事、産み育てるために森に人を寄せ付けない結界を張った。乙女であるリーラが、この森に拒まれる事は無い」
始まりの乙女と依り代の初夜を凌辱と言う言葉で説明したカイヤナイトにとって、過去の話をする事は苦痛を伴うのだろう。極力感情は抑えているが、声音に滲む苦さを誤魔化す事は出来ていなかった。
「そうだったのですね」
リーラは殊更軽い相槌を打ち、カイヤナイトの頬に触れるだけの口付けを落とす。
「この空間は…依り代が創った。人や神…ヴェルトラウムから乙女と子を護るために」
「湖の結界は…」
「ヴェルトラウムの干渉だ。この空間は、乙女の力で神と対抗出来る力を得た依り代が創ったが、その力は普遍ではない…リーラ…転生した乙女は皆、魔力を宿さず生まれた。それは、神をも凌ぐ力を始まりの乙女が依り代に与え…魔力を使い果たしたからだ」
「…つまり…私に魔力が無いのには…理由があったのですね」
「ああ…全ては…私のせいだ」
「何故カイ様のせいなのですか?乙女は唯一無二の愛した方のために自分の全てを注いだのです。それは、つまり、自分自身のためにした事。良かった…私…ずっと理由が知りたかったのです」
「リーラ」
「納得出来る理由です…けれど…」
「けれど?」
「私は王族として初めて魔力の無い者として、魔法学院に入学出来なかったと聞いています。今まで王族に乙女は転生しなかったのですか?」
「魔法学院が建立されたのは二百年前だ。それ以前は王公貴族の魔力試験など無かった」
「…おおよそ、二百年振りに私達は転生したと言う事ですか?」
「そうだね…今世の前の転生の時に…魔法学院はまだ無かったから」
「いつかの乙女は、アストリスターに住んでいた事はありますか?」
「…そうだね…その時貴女は領主の令嬢だった」
「ああ…やはり」
「記憶があるの?」
「いいえ…ただの既視感です…知っているような感覚を、アストリスターにいた時何度も感じていただけです…」
「そうだったのか…」
「今のアストリスターは、グラウ様が治めていらっしゃるとか…。カイ様は…今ゾンネの大公として、新王陛下の摂政をされながら、魔法省の大臣をされているとお兄様から聞いておりました…私を訪って下さって嬉しいですが…大丈夫ですか?多忙を極めていらっしゃると思うのですが…」
「貴女は変わらず優しいね…私などより、貴女の方が大変だというのに…」
「私がですか?」
リーラには思いもよらなかったカイヤナイトの言葉に、何度も瞬きを繰り返して小首を傾げた。
一国の王女が、地位も家族も国も失い、子を産み育てるために頼る者もなく異空間で独りで生活している。普通に考えれば、恨み言の一つも出る筈の境遇だった。
「…貴女は本当に…強くて優しい…」
カイヤナイトは戸惑うリーラに破顔し、寝台から身を起こした。
「結界の修繕は残り一国を残して終えた。大公位は返上したので、今の私はただのカイヤナイトだ」
「…返上?皆様がそれを承知しているとは思えません。一方的に宣言されて出奔したのでは?」
リーラも掛布を手繰り寄せて胸元を隠しながら身を起こし、毅然とした態度で寝台から降りたカイヤナイトを見つめた。
カイヤナイトは誤魔化す事はせず、椅子に掛けていた衣服を身に付けながら微笑んだ。
「…流石私の妻だね。何でもお見通しだ」
「カイ様」
咎めるようなリーラの呼び掛けに、カイヤナイトは微笑みを深くした。寝台の脇の床に片膝を突き、リーラの片手を手にして視線を合わせた。
「フランメ王国は結界の修繕に応じない。カイザーをフランメに潜入させて動向を監視させているが、あの国はもう駄目だろう…私が直接結界を修繕しなければ、綻びが決壊になり、カオスに力を与えてしまう」
「まさか、お一人でまたフランメに?止めて下さい!」
「リーラ」
「フランメで何があったか、お忘れですか?」
「あの時はまだ依り代の力が目覚めていなかった。今の私なら」
「駄目です!カイ様を一人で行かせません!」
「リーラ、大丈夫だから。今回はカイザーもいる。忘れたの?私は不死身だ」
「ですが…ルビー王女を侮ってはなりません。王女のカイ様への想いは、最早…愛憎です。結界の修繕に応じないのは、そうすればカイ様が訪れると確信しているからです」
「罠を張っていると?」
「はい。私がルビー王女ならそうします」
「…ならば尚更、一人で行かなければ」
「カイ様!」
「リーラ。一人の方が自由に動ける。前回も、私の甘さが隙を作った。私が傷つけば、その痛みも傷も貴女が代わりに負う事は忘れていない。決して無茶はしない」
「カイ様…嫌です…行かないで…」
カイヤナイトの力を信じてはいても、リーラの心に刻まれたカイヤナイトの痛ましい姿が、リーラの恐怖を呼び起こす。
震えながら涙を溢すリーラを目の当たりにしたカイヤナイトは驚愕し、慌ててリーラを抱き寄せた。
「リーラ…すまない…貴女の心をこれ程傷付けていたとは思わず…浅はかだった」
「カイ様…っ」
リーラはカイヤナイトの硬い胸元に顔を埋め、黒いシャツを握り締めた。
「…私に魔力があれば…お供出来ましたのに…私は…こんな体ですし…こうして我が儘を言うしか出来ない…」
「リーラ…」
「分かっております…カイ様なら大丈夫だと…でも…心配なのです…」
「ああ…分かってる…リーラ、この子を無事出産するまでは、私はフランメには行かないよ」
「え?」
「何も今直ぐフランメに行くとは言ってないよ?この子は私が取り上げる」
リーラの張り出した腹を撫でながらカイヤナイトは微笑んだ。
「…本当ですか?」
「やはり、一人で産むつもりだったんだね」
「…私の存在だけでも知られれば争いの種になります。子供の存在を知られれば、どんな事になるか」
「そうだな…ブラウもその辺りは特に警戒していた。だから、王陛下達にもまだ何も伝えていないんだ」
カイヤナイトの言葉にリーラは唇を引き結んで頷いた。
『私が闇の乙女だと言う事は…お父様には知らせたとお兄様は仰っていた…未だにお母様に伝えていないと言う事は…お父様は王として、私の存在はモーントにとって亡い者として扱った方が良いと考えていらっしゃる筈…』
「リーラ、何を考えている?」
虚空を見つめて固まったリーラの頤に指を滑らせて視線を上げさせ、カイヤナイトは目をすがめた。
「…どういった形なら、周囲を悲しませずに、私の死を受け入れて貰えるでしょうか…」
リーラの言葉にカイヤナイトは瞠目した。
「リーラ…」
「私が闇の乙女だと言う事を受け入れた時から…頭のどこかでその事を考えていました…魔法で姿を変える事が出来ないなら…私が王女として公の場に出る事も…カイ様の妻として当たり前の事をする事も不可能…存在を知られる事が許されない私がいられる場所はこの異空間しかありません…生きていると私を知る方は私を心配します。…ならば死んだ事にすれば、先々の起こりうる問題を回避出来るだけでなく、私の事で煩わせる事も無くなる筈です」
淡々と告げるリーラの言葉を、カイヤナイトは美しい藍晶石色の瞳に哀しみを滲ませながら、静かに聞いた。
何も言わないカイヤナイトを見上げたリーラを、彼は優しく包み込むように抱き締めた。
「…今貴女が考えなければならない事は、無事に子を産む事だけだ」
「カイ様…」
リーラはカイヤナイトの胸に耳を押し当て、彼の鼓動の力強さに安堵の吐息を洩らした。
『…そうね…その通りだわ…』
漆黒の瞳を瞼の裏に隠し、リーラは自身の宿命を彩る闇を見つめた。
『闇は好き…ああ…そうね…私は神の気紛れに感謝さえしている…記憶は無くても分かるわ…始まりの乙女の想いが』
目を閉じながらカイヤナイトの胸に強く耳を押し付けるリーラの頤を指でさらったカイヤナイトは、柔らかな紅い唇を吸った。
吸われる度にじわりと滲む確かな快感に、体の奥が潤む。
『禁忌と知りながら愛する事を止められなかった乙女にとって…初めての夜は凌辱では無かった筈…心の奥底ではどれ程の歓喜に打ち震えていたのだろう…この繰り返される転生は決して呪いなどでは無い…だって私はこんなにも満たされている…未来永劫続く魂の絆に』
「…ん」
深くなる口付けに苦しくなったリーラは、鼻から甘えた息を洩らした。いつの間にか外された掛布は床に落ち、乳房は愛しい夫の手の中で柔らかく形を変えていた。
体を繋げて登り詰めても、果てなく湧き出る欲望の発露は互いを求める想いだった。
『崇高で清らかな愛などいらない。真摯で滑稽で我武者羅なこの欲望こそが…私達の愛…誰にも渡さない…この男は私だけの男…っ』
白銀の髪に指を絡めながら、リーラは愛しい夫の頭を掻き抱いた。
依り代は乙女の真実を知らない。男が女の真を知る事は無いのだろう。女が男の真を知らないように。
リーラは口角を引き上げ、甘い溜め息を洩らした。
「リーラ…?」
唇で細い首筋を辿っていたカイヤナイトが、リーラの笑った気配に視線を合わせた。
リーラは満たされた顔で微笑み、カイヤナイトの薄い唇に舌を伸ばした。
触れれば柔らかな下唇を舌でなぞり、首裏に腕を回して彼の脚を跨いで座った。
「…離れていた分だけ…私を抱いて下さい」
誘うように指を滑らせ、カイヤナイトの衣服に包まれた男を撫でた。
儚く美しいリーラは、カイヤナイトにだけ淫らな自分を見せる。
身籠って尚、艶やかな魅力でカイヤナイトを惑わすリーラは、確かに乙女であったが始まりの乙女とは違う面を持っていた。
『私も彼女も、魂は同じでも、全てが同じなわけではない…。繰り返される転生の中で経験したモノが蓄積され、また棄てられて…私達は今を生きている…』
「愛してる…リーラ…私の乙女…」
「カイヤナイト様…」
衣服をはだけさせ、カイヤナイトの体を寝台の上に仰臥させたリーラは、漲るカイヤナイトの欲望を手で支えて自ら泥濘に押し当て飲み込んで行く。
「あ、あ、ああ…っ」
「…っ」
互いの体に走る悦楽の痺れを、二人は抗う事もせずに甘受した。
大きな湖の上に架かる虹。静かな空間に微かに響くさざ波の音。光が乱反射しているように見える綺羅きらしい空間。
「…良かった」
リーラは黒いローブのフードを後ろに下ろし、左手の薬指に填めたカイヤナイトからの指輪に口付けを落とした。
「カイ様…護ってくれて…有り難うございます…」
リーラは呟き、視線を周囲に巡らせた。
『出入り口付近と、湖の周辺しか探索した事が無いから…別の所も探索してみなければね…いつまでかは分からないけれど、何年間かここで暮らすのだから』
少し張ってきた下腹を掌で撫でながら、リーラは湖を背にして出入り口の蔦が絡まるアーチの奥へと足を進めた。
自分の背丈よりも高い草が繁る場所へと分け行ったリーラは、気の赴くままに奥へと進みながら既視感に鼓動を速めた。
『ああ…何かしら…この感じ…以前にも来た事があるような…』
繁みを抜けると、リーラの目に木と石を組み合わせて造った小屋が飛び込んで来た。
「あ…」
リーラは胸元のローブを握りながら立ち尽くした。
視界に映る景色が、リーラの胸を締め付ける。
蔦が這う小屋の外壁。井戸や木製の小さなブランコにも蔦が這っていた。
雑草らしき草が所々に生えてはいるが、明らかに人が作ったと思える畑には、様々な種類の野菜が生った状態で放置されていた。
リーラは唇を引き結び、震える足をゆっくりと踏み出した。
茶色の木製の扉にも蔦が這い、取っ手に絡まった蔦の尖った三つ葉を指先で撫でた。
扉の取っ手を握り、誰も居ないと分かってはいたが礼儀として扉を指で叩き、入室の許可の合図をした。
応えの静寂を聞き、リーラは一度鼻から息を吐いてから取っ手を引いた。
軋む音を立てながら、扉は開いた。
「ああ…」
予想通り、小屋には人の気配は無かった。
厚手の青色のカーテンが開いた窓には硝子が嵌め込まれ、小屋の奥には大きめだが簡素な作りのベッド。
扉の側には作業台らしきテーブルと釜戸。水を貯める為の水瓶と洗い物をする為の流し台があった。
小さな棚には木製の大小形が様々な食器が各々三人分置かれ、その横の棚には書物が並んでいた。
小屋の中央に小さなテーブルが置かれ、椅子は三脚。一つは子供用に見えた。
リーラは足を踏み出し、ゆっくりと歩いた。
曇った硝子を指でなぞり、付着した埃を見て放置された年月の長さを思う。
開くか疑問だったが、窓を横に引いてみると抵抗無く開いた。
歩くと床板が微かに軋む箇所もあるが、小屋の中は清潔だった。
ベッドのリネンを軽く叩いてみても、埃が舞う事は無かった。
「…保存魔法?」
リーラはテーブルの上に背負っていた革袋を下ろし、下腹を撫でながらベッドに腰を下ろした。
「カイ様…」
膝の上の自分の左手を見て、リーラは指輪を撫でながら愛しい夫を想う。
闇の乙女の過去の記憶は無いが、想いはリーラに引き継がれているのを実感して、泣き笑いの表情になる自分を止められなかった。
『…記憶は無くとも分かる…この場所は…かつて闇の乙女が暮らしていた家…』
三脚ある椅子や食器の数に瞳が潤む。
過去の乙女と依り代との間にも、愛の結晶が育まれた痕跡を見て、リーラは静かに涙を溢した。
「…未来永劫…輪廻の先のその先までも…」
暁月の下で誓った言葉を呟きながら、リーラは円やかな下腹をゆっくりと撫でた。
「離れないと約束したのに…ご免なさい…カイ様…」
リーラはベッドに身を横たわらせ、カイヤナイトを想いながら懺悔した。
自分が思っている以上に疲労していた体は、リーラの意思に反して彼女を眠りの淵に誘った。
異空間は乙女に、久方ぶりの深い眠りを与えてくれた。
時の流れが緩やかに感じる異空間だが、実際の流れに規則性が無い事にリーラは暮らし始めて早々に気が付いた。
ある時は外の世界と同じ時間軸のように時は流れ、またある時は一時間も経過していない緩やかな時間軸の中にいる。
太陽も月も巡らない異空間は、一日の区切りが無いために、どれ程の時間が経過しているのか正確にリーラには分からなかったが、時折外の世界に出て魔の森で魔法の樹木の果実を貰いに行く時の空の様子で時間の経過を計った。
「…早くあなたに逢いたいわ」
異空間へ来た時から更に円みを帯びた腹を撫でながら、リーラは呟いた。
体に刻まれた体内時計を元に規則正しい生活を心掛けているリーラは、夜と決めた時間になると人肌への恋しさに瞳を潤ませた。
「カイヤナイト様…カイ様…」
ベッドの中で自分の体を抱き締めて眠る。
異空間に来た当初は、家族や国や民の事を考えたり、この先の起こり得る問題に対する解決方法を模索したりと、寂しさを感じる余裕が無かったが、最近は夜になると人肌が恋しくてカイヤナイトの事ばかりを想って体を火照らせるようになっていた。
『嫌だわ…お腹に子がいるのに…カイ様が欲しくて…切なくなる…』
母親になろうとしていても、劣情はリーラの中に根付いている事を実感した。
早熟だったリーラは、早くからカイヤナイトによって心身ともに快楽を覚えた。離れて暮らしていた時間の方が長かったため、持て余す欲望を誤魔化す事は慣れていた筈だが、今は誤魔化す事が苦しかった。
『カイ様が欲しい…貴方の熱を体の奥で感じたい…』
淑女としての慎みは王女であった立場からも人一倍あると自負していたが、カイヤナイトが関われば慎みより女としての欲望に身を焦がす。
体の奥が熱を持って疼くが、自慰をする気にはなれなかった。
昔も今も、リーラが欲しいのは肉体的な快楽では無いのだ。
そこに愛しい男の想いがなければ、リーラは満たされる事は無い。
『…私は…きっと誰よりも欲深い…』
カイヤナイトの心も体も、過去も未来も、全てをリーラは自分だけのモノにしたいのだ。
『きっと私以外の乙女達も…そうだった筈…』
隔離された異空間で、全てを失っても孤独に耐えられるのは、乙女の依り代を想う愛が発露だ。
冷静に考えれば、極めて無責任で自分勝手な愛だ。しかし、乙女の愛はそういうモノなのだろう。
心だけでも、肉体だけでも満足出来ない、依り代だけを切望する執着愛。
リーラは抱き締めていた自分の体から腕を緩め、リネンに散った漆黒の髪を指で摘まんで見つめた。
依り代の闇をその身で受けて、依り代だけを浄化する、闇を浄化するための乙女。
『全ての人の闇を浄化出来れば、闇の乙女は聖女と呼ばれたのでしょうね…』
リーラは溜め息を吐き、火照った体を起こした。
「眠れそうにないわね…身を清めて心を静めなければ…」
ベッドから下りたリーラはローブを持って小屋を出た。
畑に実る野菜を見て頬を緩め、今はまだ遊ぶ者の無いブランコに視線を向けて下腹を撫でた。
丈高い繁みには、毎日湖へと散策に向かうリーラが作った小さな道が出来、迷いの無い足取りでリーラはその道を進む。
蔦の絡まるアーチの横を通り過ぎ、定位置である岩の上にローブを置くと、着ていた白い夜着を脱ぐ。誰も侵入して来ない異空間では周囲の視線を警戒する必要も無いため、リーラは躊躇する事もなく下着も脱いで全裸になると、ゆっくりと湖の中へと足を進めた。
冷たくもなく、熱くもない、心地良い水温に、リーラは小さく吐息を洩らした。
湖の水の温度も一定ではなく、身も凍る温度の所もあれば、温泉のように熱い場所もあり、リーラは散策によってその場所を発見して用途によって使い分けていた。
湖の奥へ行くと結界が張られている事を身をもって知ったリーラは、カイヤナイトの言い付けを守って決められた所までは行かない事にしていた。
立てば膝下辺りの水深の所で、リーラは柔らかな水草の感触を臀部に感じながら座り、膝を抱えるようにして水に浸かる。
透明な水はキラキラと光輝き、リーラは虹を見上げてまた吐息を洩らした。
張り出した腹を撫で、以前よりも大きくなった乳房に掌で掬った水をかけて面映ゆ気に笑った。
『カイ様がこの体を見たら、一体どんな顔をされるのかしら…』
身籠った体を見ても欲情してくれるか、リーラは想像も出来なかった。
『乙女は体を繋げ、依り代の精をその身に受け止める事で闇を受け止めて浄化する…けれど…身籠った状態でどうやって依り代の闇を浄化できるのかしら…?過去の乙女達はどうしていたの?』
ふとした疑問を抱いたリーラは、だが、今現在のカイヤナイトの身の内の闇の状態に思い至ると顔を青ざめさせた。
『もう何ヵ月もカイヤナイト様は乙女である私を抱いていない。抱かなければあの方の闇は浄化されないのなら…今どれ程の苦痛の中におられるのか…っ』
「…カイヤナイト様…」
リーラは両の掌で顔を覆い、絞り出すような声で愛しい夫の名を呼んだ。
今の今までカイヤナイト自身の事を思いやれなかった自分本意な未熟さに、リーラは羞恥と憤りを感じて身を震わせた。
「ご免なさい…カイ様…」
「…貴女は何も悪くない…謝るのは、私の方だ…」
背後から聞こえた深い声音に、リーラは肩を跳ね上げた。
『…え?』
リーラは恐る恐る背後を振り返った。
「…っ」
夢に見る程に焦がれた愛しい夫が、記憶の中よりもやつれた様子で佇んでいた。
黒いローブ姿のカイヤナイトは、やつれて見えるがその白皙の美貌は健在だった。寧ろその疲労が見える様子が廃退的な艶やかさを増すスパイスになっており、リーラの腰にぞくぞくとした淫靡な痺れをもたらした。
リーラはかける言葉も身動きも忘れてカイヤナイトを見つめ続けた。
カイヤナイトも湖の中のリーラを見つめ続けた。
濡れた漆黒の髪が貼り付く新雪の如き肌は艶かしく、震い付きたく成る程の色香を漂わせていた。
以前よりもたわわに実った乳房も露で、カイヤナイトは湧き上がる衝動を堪えながら手を差し出した。
「リーラ…私は…まだ、貴女の夫と言える資格があるだろうか?」
震えるカイヤナイトの声に引き寄せられるように、リーラはゆっくりと立ち上がった。
「ああ…」
カイヤナイトは余りの美しさに感嘆した。
華奢な肢体に円やかな乳房と腹部。手で隠された花園の繁みの魅惑。儚さと生命の力強さを併せ持ったリーラは、宛ら美の化身のようだった。
カイヤナイトから目を離さず、ゆっくりと水の中を進むリーラの漆黒の瞳から落ちる涙の雫が、宝石のように輝いてカイヤナイトのリーラへの恋慕を増した。
カイヤナイトから差し出された手に腕を伸ばしたリーラは、指先をそっと彼の指先に触れさせた。
「あ…っ」
力強くリーラの手を握り込み、カイヤナイトは愛しい妻を引き寄せた。
ローブ越しのカイヤナイトの胸の硬さにリーラはほっと安堵の吐息を洩らし、心の赴くままに彼の温もりを甘受した。
濡れた腕を彼の背に回して強く抱き締め、額を強く胸に擦り付けた。
カイヤナイトは幼気なリーラの仕種に口元を緩め、濡れた髪に鼻先を埋めた。
「…ああ…リーラだ…」
吐息混じりのカイヤナイトの声に、リーラは頷いた。
「私は…永遠に貴女の妻です…カイ様…ありがとうございます…会いに来て下さると信じていました…」
「…私を待っていてくれてありがとう…遅くなってすまなかった…」
「いいえ…」
「…貴女が欲しくて…堪らなかった…」
カイヤナイトの切実な声にリーラは微笑みながら頷いた。
「私も…カイ様が欲しかった…沢山…抱いて下さい…」
不安も疑問も葛藤も、愛しい夫を前にすれば全ては霧散する。
リーラは胸に埋めていた顔を上げ、カイヤナイトの怜悧な美貌を見つめた。
『カイ様の瞳…』
独特な光彩を放つカイヤナイトの藍晶石色の瞳の中に自身の顔を見つけたリーラは、幸福を噛み締めながらそっと目を閉じた。
カイヤナイトはリーラを抱き締めていた腕を解き、紅く色付く小さな唇にそっと指を這わせて柔らかく唇を重ねた。
互いの唇の感触に陶然となりながら、ゆっくりと口付けを深くして行く。
互いに優しく舌を擦り合わせ、溢れてくる唾液の味を堪能し合う。
リーラはカイヤナイトの首に両腕を回してカイヤナイトの舌を吸う。舌は熱く、絡まる唾液の甘味に酩酊した。
『…浄化されて行く…』
リーラの前に張り出している腹部を圧迫しないように柔らかく抱き寄せながら、身を屈めたカイヤナイトもリーラが与えてくれる甘く淫らな口付けに酔った。
口付けが深まれば深まるだけ、カイヤナイトの身を蝕んでいた闇が薄くなって行く。
『…神と比べれば、人の欲など可愛いものだ…』
互いを愛する想いだけではなく、生々しいまでの欲望をさらけ出し、肉体同士を繋げなければ満たされない依り代の中の欲は、神の欲でもあった。
闇を浄化するために乙女がその身を依り代に捧げるのは、神の尽きる事の無い欲のせいだ。
今世の依り代であるカイヤナイトは人である事に固執したが、渇望していた愛しい存在を前にすれば、自身の矮小な覚悟など塵同然だと認めた。
『定めに抗ったところで得られるモノなど無いと分かった…私は依り代だ…依り代の真実とは…乙女を愛するためだけに存在している事…』
カイヤナイトは口付けに応えながら、リーラの体を横に抱き上げた。
「ゃっ…っ」
突然抱き上げられて驚いたリーラは、唇を離してカイヤナイトの首筋にしがみついた。
身籠っていても軽いリーラの体に、カイヤナイトは眉を寄せた。
「リーラ…食事はどうしている?食べているの?」
「え?あ…はい…野菜や果物が中心ですが…」
「それではお腹の子にも良くない。ここには肉となる獣がいない。調達しなければ」
「あ、でも、私は外には…」
「心配無い。原始より狩りは男の役目だ。私が用意する」
「あ…はい…あの…ありがとうございます…」
「それも私が言うべき言葉だな」
「え?」
「私達の子を宿してくれて、ありがとう…」
「カイ様…」
リーラはカイヤナイトの言葉に瞳を潤ませた。
カイヤナイトはリーラの目尻に唇を寄せ、溢れそうな涙を吸って微笑んだ。
「…小屋へ戻ろう。身重の貴女を抱くのに、ここはそぐわない」
カイヤナイトは迷いの無い足取りで湖を背にして歩き出す。岩の上のリーラのローブを取ってリーラの体を隠すように掛けた。
「小屋の事を…ご存知だったのですか?」
「思い出したんだ…昔は勿論知らなかった…」
カイヤナイトは蔦の絡まるアーチを通り過ぎ、繁みの道を進んで真っ直ぐに小屋へと辿り着く。
「…変わらないな」
カイヤナイトは目を細めながら小屋の周りを眺めた。
「…いつかの乙女と依り代の間にも…お子が宿ったのですね…」
リーラは複雑な想いを抑えながら、カイヤナイトを見つめた。
今世の依り代であるカイヤナイトが相手ではないと分かっているが、転生の記憶があるカイヤナイトには、リーラ以外の乙女を抱いた記憶もあり、子を成す喜びも初めてでは無いのだ。
「…そうだね…乙女と依り代との間に生まれた子は…昔確かに一人だけいた」
「…一人?一人だけですか?」
「ああ…」
カイヤナイトは困惑を隠せないリーラの滑らかな額に口付けを落とし、小屋の扉を開けて中に入った。
「中も変わらないな…」
「…保存魔法が最初からかかっていました」
「初代の依り代がかけた魔法だよ」
カイヤナイトは小屋の奥のベッドの上にそっとリーラを横たわらせ、自身のローブを脱いで椅子に放った。
藍色のチュニックの下に黒い長袖のシャツに黒い腰帯を巻き、黒いパンツ姿のカイヤナイトは、大国ゾンネの大公とは思えない程簡素な服装をしていた。
腰に備えていた小太刀を外してテーブルに置き、当然のように服を全て脱いで全裸になった。
久方ぶりに見るカイヤナイトの体は、相変わらず美しかった。
引き締まった筋肉の隆起、神が緻密に設計した造形美の具現を見ているようで、リーラは感嘆した。
「…そんなに見つめられると、流石に照れるね」
カイヤナイトは苦笑を滲ませながらベッドの端に座り、横たわるリーラの滑らかな頬を掌で包んだ。
「…私の姿がリーラは好きか?」
「…はい」
白銀の髪も整い過ぎて酷薄に見える白皙の美貌も、完璧な均衡の骨格の美しさも、禍々しいまでに雄々しくそそり立つ性器の生々しささえも、リーラには全てが好ましくも愛しい。
「…私も貴女の姿が好きだ」
カイヤナイトは酷く切な気な微笑を浮かべた。
「カイ…様…?」
「私達の姿は…転生を繰り返しても変わらない…出逢った時の姿で、変わらぬ魂源で…幾度も巡り合って愛し合ってきた…この意味が分かるか…?」
「ん…」
再びゆっくりと唇を重ねられ、熱い舌で唇の狭間を舐められて、リーラは下腹に切ない熱が溜まるのを意識した。
カイヤナイトの頬と背中に各々手を置くと、目を閉じてリーラはカイヤナイトの舌を迎え入れた。
頬の裏や喉の奥の上顎の柔らかな部位を舌先で擦られて鼻から甘い息が洩れ、舌裏に溜まった唾液を啜られて甘い痺れに舌が震えた。
片腕で体を支えて、リーラの体に負荷が掛からないようにしたカイヤナイトは、前に張り出したリーラの腹を優しく掌で撫でた。
カイヤナイトの掌の熱に応えるように動く胎児の感触に二人は思わず唇をほどいて笑い合った。
「…喜んでいるみたいです」
「何だか…悪い事をしている気分になるね…」
リーラの濡れた赤い唇を親指の腹で拭いながら、カイヤナイトは面映ゆ気に目を細めた。
リーラはカイヤナイトの苦しみが滲んだ瞳を見つめて微笑み、唇を撫でていた彼の手を握ってその指先に口付けた。
「…姿も魂源も変わらず転生を繰り返す意味が何で有れ…今この瞬間にこのように抱き合え、想いを確かめられる尊さ以上に意味のある事などございません…」
「リーラ…」
「愛して下さい…沢山愛して…私にも、愛させて下さい…」
潤む漆黒の瞳の力強さが、カイヤナイトの胸を焦がす。
いつの時代の乙女も、その眼差しの強さは同じだった。
カイヤナイトはリーラに握られた手の位置を変え、指同士を組むように握り直しながら再び唇を重ねた。
優しく啄むように柔らかな唇を吸い、時折舌先で歯列を撫でながらリーラの舌を誘う。
「ん…ふっ…」
誘われて舌をおずおずと突き出したリーラに、ご褒美というようにカイヤナイトは舌を絡めて擦り合わせた。
クチュクチュと粘膜同士が絡み合う淫猥な水音がリーラの鼓膜をも犯す。
水音を聞いているだけで体の奥が潤み、熱い蜜が溢れ出す。
カイヤナイトに抱かれ慣れた体は貪欲だった。羞恥心を凌駕する彼への渇望を堪える事が出来ず、リーラはカイヤナイトの背に回していた片腕を滑らせるように動かして彼の滾った欲望を掌で包んだ。
「…っ…リーラ…」
口付けていた唇から唇を離し、カイヤナイトは拙いながらも淫らな動きを見せるリーラからの手淫に若干の焦りを露にした。
細く華奢な指がカイヤナイトの怒張した熱塊を上下に扱き、先端の窪みから滲み出る精の先走りがその動きを助けてヌチュヌチュと淫靡な音を立てた。
「…くっ…リー…」
カイヤナイトは熱塊に絡み付くリーラの手に手を重ねて動きを止めさせ、快感を堪えたように眉を寄せて一度熱い吐息を洩らした。
「…リーラの中で吐精しなければ…浄化されないんだ…だから…貴女がこんな事をする必要は無い…」
カイヤナイトの欲望を抑えた声音に、リーラは切な気に微笑んだ。
「…浄化するためだけに、カイ様と抱き合いたくはありません…私は、貴方と…ただ…愛し合いたい…」
「リーラ…」
「…それとも、カイ様は…浄化のためだけに私が必要なのですか…?」
「そんなわけが、ある筈無いだろう…?ただ…」
「ただ…?」
「…優しく抱きたいんだ…余り煽らないでくれ…我慢出来なくなる」
「あ!」
リーラの手を握ってベッドに縫い付けるように抑えると、カイヤナイトは蜜に濡れて光る蜜壺に自身の熱塊を擦り付けて揺すった。
淡く黒い茂みの奥に潜む秘芽を圧され、リーラは蟠っていた愉悦が弾けるような感覚に腰を痙攣させた。
「は、ん、ああ…っ…ん」
蜜に濡れた肉襞が熱塊を食むようにパクパクと開閉する。ゆったりとして長いカイヤナイトの腰の動きに応えるように、リーラの腰も淫らに揺れる。
「フフ…いやらしいね…リーラは…」
「言わないで…下さ、はっ、あ…」
「リーラを淫らにしたのは私だからね…もっと欲しがって」
「…奥に欲しい…ん…あ…っ…でも…あう…ん…」
「でも…?」
「あ、赤ちゃん…ん…ふっ…心配で…」
「心配無いよ…優しく抱くから…ん…リーラのここ、凄いね…吸い付いてくる…」
とろみのある蜜でぬかるむ蜜壺の肉襞を擦る熱塊に、動きを引き止めようとするように吸い付いてくる花弁のような肉襞は、まるで別の意思があるかのように貪欲な動きをする。
「…リーラ、四つん這いになれる?」
「はっ…ん…はい…」
カイヤナイトが腰をずらし、横臥していたリーラの背中に腕を回して体を支え、ゆっくりと体勢を変えさせた。
「…ん…」
愉悦に痺れた四肢に力を入れ、獣のように寝台の上で下半身を突き出す体勢に、リーラは羞恥と悦楽の期待に益々濡れた。とろとろと滴る蜜が、糸を引くようにリネンに落ちた。
「フフ…素敵だ…期待で赤く熟れているね…」
「あ、あ、あ、んん…っ」
白く丸い双丘を掌で包み、ゆっくりと開いて後ろの蕾と蜜壺を露にしたカイヤナイトは、溝を舌でなぞるように舐った。
「カイ様…駄目ぇ…っ」
蕾に舌先を突き入られながら、クプクプと音をさせてカイヤナイトを待っている蜜壺の中に彼の中指を挿入されたリーラは頭を振りながら懇願の声を上げた。
「お尻…嫌なの…恥ずかしいから…んっ…ああっ!」
嫌だと言いながらも、むず痒い蕾の快感に連動するように蜜壺の奥が切なく収斂して、しなやかなカイヤナイトの中指を締め付けた。
「熱いね…リーラの奥はどちらも蕩けるくらいに熱い…」
カイヤナイトは甘い声で拒む言葉を紡ぎ続けるリーラの快楽に従順な体に愛しさを募らせ、益々舌と指を情熱的に閃かせて愛撫の濃度を上げた。
『熱い…体が…どこもかしこも…溶けて無くなってしまいそう…っ』
後ろの蕾と蜜壺への同時の愛撫に体は幾度も登り詰め、リーラは甘い責め苦に涙を溢した。
「…欲しい…っ…欲しいのぉ…っ」
「…何が欲しいの?」
カイヤナイトはリーラのたわわな乳房の尖りを指の腹で転がしながら、耳孔を舌で擽りつつ囁くように聞いてくる。
カイヤナイトからの絶え間無い愛撫に蕩けた思考で、リーラは羞恥心も捨てて懇願した。
「カイ様が…カイ様が欲しいの…っ…奥を突いて、擦って欲しい…っ」
汗で濡れた額をリネンに擦り付けながら、リーラは涙混じりに欲望を口にした。
張り出した腹を庇うように、崩れ落ちそうになる体を震えながら支えるリーラの腰を掴み、カイヤナイトは腹に付く程そそり立った熱塊をリーラの泥濘にゆっくりと挿入した。
「ああ!…ん、はぁ…っ…大きい…っ」
身重のリーラを労るように、ゆっくりと奥に挿入されるカイヤナイトの滾りに、リーラの肉襞は淫らに絡み付いて奥へと誘う。
「…っ…リーラ…凄い…蕩けそうだ…」
焦れるほどゆっくりと挿入されたカイヤナイトの滾りは、リーラの最奥に辿り着いても動く事はなかった。リーラの体を背中から抱き締めたまま、カイヤナイトは細いリーラの首筋に幾度も口付けを落とし、紅い花弁を散らした。
『繋がっただけで、私の中の闇が浄化されて行く…力が漲り…体が軽くなって行くのが分かる…』
愉悦に耐えながら、健気にカイヤナイトを受け入れているリーラの体を上から見つめ、カイヤナイトはゆっくりと腰を揺らした。
「はっ、あ…っ…ああっ」
くねる腰のいやらしさにカイヤナイトは突き上げたくなる衝動が沸き上がり、眉間に皺を作って耐える。
いくらカイヤナイトの体に慣れていても、身籠っているうえに数ヶ月振りに男を受け入れるリーラの体を慮り、カイヤナイトは破瓜の時よりも優しくリーラの奥を愛した。
貪欲に引き止めてくる奥襞の動きにぞくぞくとした愉悦を感じ、カイヤナイトは熱い吐息を洩らしながらゆっくりと腰を引いた。
「あ、あ、あ…やっ…」
張り出した先端が抜ける手前まで腰を引いたカイヤナイトは、またゆっくりと奥襞を掻き分けるように挿入した。
「はっ、あ、あ、はぁ…ん…」
引いて、入ってを幾度も繰り返し、リーラの最奥にマグマのような悦楽の塊を育てたカイヤナイトの熱塊も、既に爆発寸前までに膨れ上がってリーラの最奥を苛んでいた。
『もっと…もっと強く突いて…っ…もっと』
カイヤナイトの優しさが逆に辛いリーラだったが、流石に胎児の心配もあって望みを口にする事が出来なかった。
簡素な寝台が立てる軋む音が、二人の肉体が紡ぐ淫靡な音をより淫らに彩る。
「はぁ…んっ…ああっ、あ、あ、もぉ…っ…」
「リーラ…っ…くっ、リーラ…っ」
獣のように後ろからカイヤナイトを受け入れているリーラは、緩やかだが的確に与えられる愉悦に全身を火照らせた。リネンを手繰り寄せて渇望していた頂の階を登り詰めるために、素直に体をカイヤナイトの動きに委ねた。
嵐のように激しく求められ、忘我の悦楽に身を委ねた過去の交歓とは違う、焦れるほど優しくて甘く残酷な愛の交歓。
貪欲なリーラの最奥が、カイヤナイトの熱塊を離すまいと強く絡み付いて激しく収斂した。
「んん…っ…」
「はっ、あ…っ」
カイヤナイトの腰が動きを止めて、痙攣した。
快感に降りてきていたリーラの子宮が、カイヤナイトの先端に口付ける。
「リーラっ」
「ああっ…はぁっ、んん…っ」
カイヤナイトにギュッと背中から強く抱き締められ、子宮の襞に口付けを返すように情熱を迸らせた愛しい夫の熱をリーラの最奥は貪欲に愛した。
カイヤナイトの迸りを最奥で受け止めた瞬間に頂に登り詰め、息を詰めてガクガクとリーラは腰を跳ね上げた。体を支えていた腕が快感に痺れて脱力し、寝台に倒れ込みそうになった。
カイヤナイトはリーラの体を支え、繋がったまま彼女の背中を胸に凭れさせ、自身の脚に座らせるような体勢になった瞬間、リーラは自重によって深く飲み込んだ熱塊が子宮の入り口を突く衝撃に燻っていた劣情を弾けさせて再び頂の極みに達した。
「くっ」
「あ…あ…っ…」
予想外の悦楽に潤んだ瞳を見開き、喉を詰まらせながら蜜壺からサラサラとした透明な愛液をしぶかせたリーラは、体を小刻みに震わせて意識を飛ばした。
長く緩やかな愛の交歓は、想像以上にリーラの体力を消耗させた。意識を飛ばした後、リーラはそのまま深く眠りに堕ちた。
「リーラ…愛してる…」
気絶するように意識を手放したリーラの体を、カイヤナイトは暫く抱き締め続けた。
蜜と精が溢れた淫猥な結合部にカイヤナイトは指を這わせ、そのまま張り出した腹をゆっくりと撫でた。
余り胎児に負担にならないように、緩やかに愛したつもりだったが、思いがけずに最後に深い挿入になってしまったため、カイヤナイトは胎児とリーラの体に異常が無いか確認した。
触れる掌に応えるように動き出した胎児に唇を引き上げ、ゆっくりとした寝息を立て始めたリーラに安堵の笑みを向けてカイヤナイトは結合を外してリーラを寝台に横たわらせた。
濡れた布巾でリーラの体を清め、寝台のリネンを変えてカイヤナイトもリーラの傍らに横たわった。
互いに生まれたままの姿で身を寄せて眠る幸せを噛み締め、カイヤナイトも暫しの休息のために目を閉じた。
鼻孔を擽るリーラの甘い体臭に愛しさが募り、彼女の体を自身の胸に隙間無く引き寄せた。
『リーラ…どうか…私への愛はそのままに…私を許して欲しい…』
漆黒の髪の中に鼻先を押し付け、軽く口付けをして息を吐いた。
『転生を終わらせるのも、続けるのも…全てはリーラ…貴女しだいだ…』
カイヤナイトは強く目を閉じて、瞼の裏の闇を凝視しながら悠久の時の流れを思う。
『瞼越しの視界は世界そのもの…瞼を開けば光が、閉じれば闇が支配する。瞼は結界…秩序…混沌…カオスは光と闇が存在する限り消滅しない…』
カイヤナイトの脳裡に、創世記の一節が思い浮かぶ。
リーラの頭に額を付け、彼女の意識を自身の意識に同調させた。
『世界は神が創った。混沌とした空間をかき混ぜ、光と闇に分けて世界を創り、生命の種をばら蒔いた。種はやがて芽吹き、花を咲かせ、次の生命を生み出す。生命はやがて知恵を授かり、文明を創り、繁栄した。世界は創造神の名と同じ、ヴェルトラウムと名付けられ、六つの王国と無数の島々で秩序を維持した。
…そう、この世界を創ったのは神の衝動によるものだ。気紛れに創り、気紛れに消滅させようとした…乙女がいなければ…この世界は既に消滅していた…』
無限の空間に漂う混沌を、光と闇に分けてみようと思ったのは、神のただの気紛れだった。
神の所業に意味など無かった。
生命が誕生し、神が気紛れに与えた英知によって進化して行く様を見物するのは、神の暇潰しでしかなかった。
英知によって繁栄し始めた人類は、やがて互いに殺し合い、血を流す事を止めなかった。
初めはそれらを興味深く見物していた神も、繰り返される殺戮に飽き、生み出した世界を消滅させようとした。
だが、神は思い止まった。
一人の人間の乙女の存在が、神の一部の興味を惹いたからだ。
この世界の創造神をヴェルトラウムと名付けたのは一人の乙女だった。
乙女は初めて神を祀った神殿の管理者だった。
戦乱の続く世界で、秩序と安寧を祈る為に神を奉った乙女は、中央大陸の南半分を平定した一族の若き長の妹だった。
白銀の髪。紫水晶色の瞳。新雪の如き肌。しなやかな肢体は女性特有の柔らかな曲線を描き、優美で艶やかな麗人だった。
乙女の神々しいまでの美貌と唯一無二の癒しの力が、戦乱を招く一つの要因であったために、一族の長は神殿の巫女として妹を世間から秘匿した。
乙女は兄に従い、神殿に籠って世界の安寧を祈り続けた。
神の一部は美しい乙女の、その穢れ無き魂の美しさに惹かれた。
世界には、容姿の美しい存在は乙女以外にもいた。美しい魂を持つ人間もまた然り。
だが、乙女は神にとって唯一無二に見えた。
美しい乙女の心に沈澱する、生々しくも真摯で一途な愛情の強さは、誰よりも美しく輝いて見えた。
禁忌と理解していても見返りを求めず、密かに一途に一人の男を愛し続ける乙女の心に、神の一部は惹き付けられた。
図らずも乙女によって固有の名を得てしまった神は、この世界に縛られる事になった。
元来、神には固有の名は無かったからだ。神は神であり、神と同等の存在など無かったからだ。
名を持つ事は、力を得ると同時に存在を縛られると言う事だった。
神は憤った。
実体の無い神は、意思の集合体であり、意思は縛られる事を厭う。
名を受け入れた意思と拒んだ意思は解離した。
神の一部はこの世界の創造神ヴェルトラウムとして、乙女を愛した。
名を受け入れなかった意思は乙女を呪った。
乙女さえ存在しなければ、神は神のままでいられたからだ。
解離した意思はヴェルトラウムを唆した。
肉体を結び付ける事で、愛は円熟し、より完全な真の愛になると。
ヴェルトラウムは乙女の愛を欲した。
乙女の心を占める一人の男への愛を、ヴェルトラウムは自身にと渇望した。
肉体を持たない神が人と愛し合うには、魂を入れる器、依り代が必要だった。
ヴェルトラウムは依り代となる器を求めた。
乙女が愛した男の肉体を依り代と定める事に躊躇などある筈もなかった。
ヴェルトラウムは依り代と定めた男と魂の誓約をした。男の肉体を器とする代わりに、神の力を与えると。
男はヴェルトラウムと誓約を交わし、拒む乙女の純潔を散らした。
依り代に選ばれた男は、乙女が愛し続けた彼女の兄だった。
依り代の魂と融合したヴェルトラウムは、兄である男もまた妹に道ならぬ想いを抱いていた事を知った。
一族の若き長は、得た力を使って平定した土地をモーントと名付けて国とした。長は国の初代の王となった。
王となった男には数多の妻がいた。土地を平定するために幾度となく結んだ豪族の娘達との婚姻は、乙女の心を傷つけ続けた。
幾人もの妻を娶っても、兄は妹を抱き続けた。
乙女と目合う事で神の力を得ているヴェルトラウムとの誓約があるからだけでなく、ただ純粋に乙女を愛しているが故に。
唯一無二の存在であった兄に抱かれて歓喜する体と同じだけ、乙女の心は血を流し続けた。
穢れ無き魂に闇が浸食し、乙女の心は凍りつき、癒しの力を失った。
幾度体を繋げても、愛の言葉を捧げても、渇望した乙女からの愛を得られないヴェルトラウムは憤った。
憤るヴェルトラウムに解離した意思が破滅を唆す。
解離した意思を再び融合させて完全な神となるためには、乙女の存在が邪魔だったのだ。
だからヴェルトラウムを唆した。肉体を愛せば、真の愛を得られると。それが真の愛を失う手段だとヴェルトラウムは気付けなかった。
乙女の愛を渇望していたヴェルトラウムは解離した意思の思惑に気付けず、再び唆される。
世界を消滅させ、再び創り直して真の愛を得れば良いと。
解離した意思は世界を護る結界を破り、秩序を乱した。カオスが世界を覆い、解離した意思が人類を弄びながら破滅へと導いて行く。
魂の誓約によって、ヴェルトラウムと融合していた依り代は、破滅へと向かって行く世界を救う事が出来なかった。
ヴェルトラウムに愛を捧げない乙女を抱く事を止めた依り代には、力が残っていなかったからだ。
ヴェルトラウムの依り代としてではなく、一人の男として唯一無二の女を愛したかった乙女の兄は、妹に初めて自身の言葉で、愛と赦しを乞い、乙女はそれを受け入れた。
肉体も心も魂も繋げて二人は愛を交歓した。
真の愛を得た依り代は、神をも凌ぐ力を得た。
カオスを封印した依り代に、ヴェルトラウムは呪いにも似た宿命を二人の魂に刻み付けた。
転生を繰り返すのは、真の愛を証明するため。
時代も立場も境遇も何もかもが違っても、真の愛で結ばれた魂ならば、巡り合い、再び愛し合う筈であり、それが真の愛の証しだと、ヴェルトラウムは宿命を定めた。
転生を繰り返すうちは、世界を消滅させる事はしないとヴェルトラウムは誓約した。
ヴェルトラウムと魂の誓約をしていた依り代には、その宿命を無効にする事は出来なかった。
「…これが…全ての始まりだったのですね…」
ポツリと、リーラは呟いた。
背中からカイヤナイトに抱き締められながら、リーラは閉じていた瞼を開いた。目尻から涙が筋を作って流れた。
言葉で語るには難しかった始まりの過去を、カイヤナイトは眠るリーラの意識に流した。明晰夢のようなそれを、リーラは有るがままに受け止めた。
「…すまない」
カイヤナイトはリーラの細い肩に口付けた後、その首筋に鼻先を埋めて更に体を抱き寄せた。
「何故…謝るのですか?」
「…私は…貴女を抱きたかった…」
「…カイ様?」
「貴女を妹としてではなく…一人の女として…愛したかった…だからヴェルトラウムとの誓約を交わし、拒む貴女を凌辱した…神の力を得るためなどと…そんなものは建前だった…」
「カイ様…」
「…謝罪しても、私の罪は無くならないが…すまなかった…」
カイヤナイトはリーラからの拒絶の言葉を恐れながら、愚直に謝罪の言葉を繰り返した。すがるように体を抱き締めてくるカイヤナイトの微かな震えに、リーラは戸惑いながらも得心した。
『…あの時…アストリスターで最後に抱き合った時…カイ様は始まりの過去を思い出したのね…』
リーラは肩を包むカイヤナイトのしなやかだが節のある硬い男の手を取ると、そっと口付けを落とした。
「何故…依り代にだけ…転生の記憶を残したのでしょうか…私には記憶は無いのです…過去を見せられても、所詮それは別人の遠い過去でしかないのです」
「リーラ…」
リーラはゆっくりと体を反転させ、カイヤナイトと向き合った。
「カイ様…乙女に転生の記憶が無いのは…もしかしたらヴェルトラウムの優しさなのかもしれませんね」
「優しさ…?」
「だって…記憶を持ったまま、幾度も転生して…辛い事も忘れる事が出来ないのは…苦しいです…」
「…そういう捉え方も、あるのだな…」
カイヤナイトは微苦笑をその白皙の美貌に滲ませ、リーラの額に額を合わせた。
「真の愛を証明するために転生を繰り返す…それが気紛れな神から世界を護るための誓約だった…私が依り代として神の力を全て取り戻すためには、最後にヴェルトラウムと対峙しなければならない」
「対峙…」
「依り代として、ヴェルトラウムの意思をこの身に全て受け入れて…乙女と目合うんだ…」
「それに…なんの意味が…?」
「今の私は身の内の闇を浄化しなければ、依り代の力を使う事が出来ない。ヴェルトラウムと融合した私は、乙女と目合う事で真の神の力を得る事が出来る。ヴェルトラウムとの魂の誓約は生きているんだ…
ヴェルトラウムと融合した私は…恐らくカイヤナイトでは無い…」
「…いいえ…カイ様はカイ様です」
「ありがとう…だが、今の私は例え体は私自身でも、私以外の意思が在る体でリーラを抱きたくない…」
「…だから、人としてカオスを封印しようと?」
リーラの問いにカイヤナイトは苦笑を深くした。
「崇高な理由では無くて、失望したか?」
不安気に揺れる藍晶石色の瞳を覗き込み、リーラは慈愛に満ちた笑みを浮かべてカイヤナイトの薄い唇に唇を触れ合わせた。
「いいえ…嬉しいです…」
カイヤナイトは込み上げてくる熱い胸に堪えるように眉を寄せ、リーラの唇に唇を深く重ねた。
「ん…」
リーラも柔軟に口付けを受け入れて、硬いカイヤナイトの胸板に掌を乗せた。
太股にカイヤナイトの立ち上がった中心が触れ、リーラの体の奥が再び切なく疼いた。
互いに視線を交わし、舌を空気に触れさせながら絡め合い、体を優しく撫で合う。
依り代の力に目覚めてから、傷一つ無くなった滑らかで美しいカイヤナイトの体を、リーラは愛しげに掌で慰撫する。
「…はっ…カイ…様…」
「ん…?」
「…お兄様は…怒っていましたか…?」
柔らかく張りのあるたわわな乳房の感触を手で味わっていたカイヤナイトは、ブラウの顔を思い出させられて愛撫の手を止めた。
「…それよりは…心配していた」
「そうですか…そうですよね…」
リーラはカイヤナイトの鎖骨に額を付け、体を寄り添わせて溜め息を吐いた。
「…会いたい?」
カイヤナイトはリーラの後頭部に手を滑らせ、ゆっくりと撫で下ろした。サラサラとした漆黒の髪は指通りが良く、カイヤナイトは何度も手を滑らせて髪を撫でた。
「…会わせる顔がありません」
カイヤナイトの優しい手の動きに、リーラの体から力が抜けて行く。
「大丈夫だ…近いうちに森で会おう」
「でも…」
「大丈夫、この森はリーラを守ってくれる」
確信的なカイヤナイトの言葉に、リーラは長年の疑問を口にした。
「…この森は…この空間は…何なのですか?」
「この森は、始まりの乙女が創ったんだ」
「え…」
カイヤナイトはリーラの頭を自身の腕に乗せて仰向けになり、天井を見つめて息を吐いた。
「乙女の神殿はこの森の中に在った。魔の森と今は言われているが、当初はこの場所は聖域だった」
「聖域…始まりの乙女には…魔力があったのですね」
「乙女の力は唯一無二だった。いつか話した事があったね…治癒魔法は古の魔法だと…始まりの乙女は、万物を癒す力を持っていた」
カイヤナイトはリーラの額に口付けを落としながら説明して行く。リーラもカイヤナイトの胸板に手を当て、優しく撫でながら彼の言葉を聞いた。
「癒しの力…」
「乙女が戦乱の原因の一つだったのは、それが大きい。聖域が魔の森と言われるようになったのは、乙女が結界を張ったからだ」
「結界?」
「始まりの乙女は…兄との子を身籠った。無事、産み育てるために森に人を寄せ付けない結界を張った。乙女であるリーラが、この森に拒まれる事は無い」
始まりの乙女と依り代の初夜を凌辱と言う言葉で説明したカイヤナイトにとって、過去の話をする事は苦痛を伴うのだろう。極力感情は抑えているが、声音に滲む苦さを誤魔化す事は出来ていなかった。
「そうだったのですね」
リーラは殊更軽い相槌を打ち、カイヤナイトの頬に触れるだけの口付けを落とす。
「この空間は…依り代が創った。人や神…ヴェルトラウムから乙女と子を護るために」
「湖の結界は…」
「ヴェルトラウムの干渉だ。この空間は、乙女の力で神と対抗出来る力を得た依り代が創ったが、その力は普遍ではない…リーラ…転生した乙女は皆、魔力を宿さず生まれた。それは、神をも凌ぐ力を始まりの乙女が依り代に与え…魔力を使い果たしたからだ」
「…つまり…私に魔力が無いのには…理由があったのですね」
「ああ…全ては…私のせいだ」
「何故カイ様のせいなのですか?乙女は唯一無二の愛した方のために自分の全てを注いだのです。それは、つまり、自分自身のためにした事。良かった…私…ずっと理由が知りたかったのです」
「リーラ」
「納得出来る理由です…けれど…」
「けれど?」
「私は王族として初めて魔力の無い者として、魔法学院に入学出来なかったと聞いています。今まで王族に乙女は転生しなかったのですか?」
「魔法学院が建立されたのは二百年前だ。それ以前は王公貴族の魔力試験など無かった」
「…おおよそ、二百年振りに私達は転生したと言う事ですか?」
「そうだね…今世の前の転生の時に…魔法学院はまだ無かったから」
「いつかの乙女は、アストリスターに住んでいた事はありますか?」
「…そうだね…その時貴女は領主の令嬢だった」
「ああ…やはり」
「記憶があるの?」
「いいえ…ただの既視感です…知っているような感覚を、アストリスターにいた時何度も感じていただけです…」
「そうだったのか…」
「今のアストリスターは、グラウ様が治めていらっしゃるとか…。カイ様は…今ゾンネの大公として、新王陛下の摂政をされながら、魔法省の大臣をされているとお兄様から聞いておりました…私を訪って下さって嬉しいですが…大丈夫ですか?多忙を極めていらっしゃると思うのですが…」
「貴女は変わらず優しいね…私などより、貴女の方が大変だというのに…」
「私がですか?」
リーラには思いもよらなかったカイヤナイトの言葉に、何度も瞬きを繰り返して小首を傾げた。
一国の王女が、地位も家族も国も失い、子を産み育てるために頼る者もなく異空間で独りで生活している。普通に考えれば、恨み言の一つも出る筈の境遇だった。
「…貴女は本当に…強くて優しい…」
カイヤナイトは戸惑うリーラに破顔し、寝台から身を起こした。
「結界の修繕は残り一国を残して終えた。大公位は返上したので、今の私はただのカイヤナイトだ」
「…返上?皆様がそれを承知しているとは思えません。一方的に宣言されて出奔したのでは?」
リーラも掛布を手繰り寄せて胸元を隠しながら身を起こし、毅然とした態度で寝台から降りたカイヤナイトを見つめた。
カイヤナイトは誤魔化す事はせず、椅子に掛けていた衣服を身に付けながら微笑んだ。
「…流石私の妻だね。何でもお見通しだ」
「カイ様」
咎めるようなリーラの呼び掛けに、カイヤナイトは微笑みを深くした。寝台の脇の床に片膝を突き、リーラの片手を手にして視線を合わせた。
「フランメ王国は結界の修繕に応じない。カイザーをフランメに潜入させて動向を監視させているが、あの国はもう駄目だろう…私が直接結界を修繕しなければ、綻びが決壊になり、カオスに力を与えてしまう」
「まさか、お一人でまたフランメに?止めて下さい!」
「リーラ」
「フランメで何があったか、お忘れですか?」
「あの時はまだ依り代の力が目覚めていなかった。今の私なら」
「駄目です!カイ様を一人で行かせません!」
「リーラ、大丈夫だから。今回はカイザーもいる。忘れたの?私は不死身だ」
「ですが…ルビー王女を侮ってはなりません。王女のカイ様への想いは、最早…愛憎です。結界の修繕に応じないのは、そうすればカイ様が訪れると確信しているからです」
「罠を張っていると?」
「はい。私がルビー王女ならそうします」
「…ならば尚更、一人で行かなければ」
「カイ様!」
「リーラ。一人の方が自由に動ける。前回も、私の甘さが隙を作った。私が傷つけば、その痛みも傷も貴女が代わりに負う事は忘れていない。決して無茶はしない」
「カイ様…嫌です…行かないで…」
カイヤナイトの力を信じてはいても、リーラの心に刻まれたカイヤナイトの痛ましい姿が、リーラの恐怖を呼び起こす。
震えながら涙を溢すリーラを目の当たりにしたカイヤナイトは驚愕し、慌ててリーラを抱き寄せた。
「リーラ…すまない…貴女の心をこれ程傷付けていたとは思わず…浅はかだった」
「カイ様…っ」
リーラはカイヤナイトの硬い胸元に顔を埋め、黒いシャツを握り締めた。
「…私に魔力があれば…お供出来ましたのに…私は…こんな体ですし…こうして我が儘を言うしか出来ない…」
「リーラ…」
「分かっております…カイ様なら大丈夫だと…でも…心配なのです…」
「ああ…分かってる…リーラ、この子を無事出産するまでは、私はフランメには行かないよ」
「え?」
「何も今直ぐフランメに行くとは言ってないよ?この子は私が取り上げる」
リーラの張り出した腹を撫でながらカイヤナイトは微笑んだ。
「…本当ですか?」
「やはり、一人で産むつもりだったんだね」
「…私の存在だけでも知られれば争いの種になります。子供の存在を知られれば、どんな事になるか」
「そうだな…ブラウもその辺りは特に警戒していた。だから、王陛下達にもまだ何も伝えていないんだ」
カイヤナイトの言葉にリーラは唇を引き結んで頷いた。
『私が闇の乙女だと言う事は…お父様には知らせたとお兄様は仰っていた…未だにお母様に伝えていないと言う事は…お父様は王として、私の存在はモーントにとって亡い者として扱った方が良いと考えていらっしゃる筈…』
「リーラ、何を考えている?」
虚空を見つめて固まったリーラの頤に指を滑らせて視線を上げさせ、カイヤナイトは目をすがめた。
「…どういった形なら、周囲を悲しませずに、私の死を受け入れて貰えるでしょうか…」
リーラの言葉にカイヤナイトは瞠目した。
「リーラ…」
「私が闇の乙女だと言う事を受け入れた時から…頭のどこかでその事を考えていました…魔法で姿を変える事が出来ないなら…私が王女として公の場に出る事も…カイ様の妻として当たり前の事をする事も不可能…存在を知られる事が許されない私がいられる場所はこの異空間しかありません…生きていると私を知る方は私を心配します。…ならば死んだ事にすれば、先々の起こりうる問題を回避出来るだけでなく、私の事で煩わせる事も無くなる筈です」
淡々と告げるリーラの言葉を、カイヤナイトは美しい藍晶石色の瞳に哀しみを滲ませながら、静かに聞いた。
何も言わないカイヤナイトを見上げたリーラを、彼は優しく包み込むように抱き締めた。
「…今貴女が考えなければならない事は、無事に子を産む事だけだ」
「カイ様…」
リーラはカイヤナイトの胸に耳を押し当て、彼の鼓動の力強さに安堵の吐息を洩らした。
『…そうね…その通りだわ…』
漆黒の瞳を瞼の裏に隠し、リーラは自身の宿命を彩る闇を見つめた。
『闇は好き…ああ…そうね…私は神の気紛れに感謝さえしている…記憶は無くても分かるわ…始まりの乙女の想いが』
目を閉じながらカイヤナイトの胸に強く耳を押し付けるリーラの頤を指でさらったカイヤナイトは、柔らかな紅い唇を吸った。
吸われる度にじわりと滲む確かな快感に、体の奥が潤む。
『禁忌と知りながら愛する事を止められなかった乙女にとって…初めての夜は凌辱では無かった筈…心の奥底ではどれ程の歓喜に打ち震えていたのだろう…この繰り返される転生は決して呪いなどでは無い…だって私はこんなにも満たされている…未来永劫続く魂の絆に』
「…ん」
深くなる口付けに苦しくなったリーラは、鼻から甘えた息を洩らした。いつの間にか外された掛布は床に落ち、乳房は愛しい夫の手の中で柔らかく形を変えていた。
体を繋げて登り詰めても、果てなく湧き出る欲望の発露は互いを求める想いだった。
『崇高で清らかな愛などいらない。真摯で滑稽で我武者羅なこの欲望こそが…私達の愛…誰にも渡さない…この男は私だけの男…っ』
白銀の髪に指を絡めながら、リーラは愛しい夫の頭を掻き抱いた。
依り代は乙女の真実を知らない。男が女の真を知る事は無いのだろう。女が男の真を知らないように。
リーラは口角を引き上げ、甘い溜め息を洩らした。
「リーラ…?」
唇で細い首筋を辿っていたカイヤナイトが、リーラの笑った気配に視線を合わせた。
リーラは満たされた顔で微笑み、カイヤナイトの薄い唇に舌を伸ばした。
触れれば柔らかな下唇を舌でなぞり、首裏に腕を回して彼の脚を跨いで座った。
「…離れていた分だけ…私を抱いて下さい」
誘うように指を滑らせ、カイヤナイトの衣服に包まれた男を撫でた。
儚く美しいリーラは、カイヤナイトにだけ淫らな自分を見せる。
身籠って尚、艶やかな魅力でカイヤナイトを惑わすリーラは、確かに乙女であったが始まりの乙女とは違う面を持っていた。
『私も彼女も、魂は同じでも、全てが同じなわけではない…。繰り返される転生の中で経験したモノが蓄積され、また棄てられて…私達は今を生きている…』
「愛してる…リーラ…私の乙女…」
「カイヤナイト様…」
衣服をはだけさせ、カイヤナイトの体を寝台の上に仰臥させたリーラは、漲るカイヤナイトの欲望を手で支えて自ら泥濘に押し当て飲み込んで行く。
「あ、あ、ああ…っ」
「…っ」
互いの体に走る悦楽の痺れを、二人は抗う事もせずに甘受した。
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