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異界者召喚篇
01:冗談じゃねぇ!!
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十七時三十分
東京・某ゲームセンター
「よっしゃ!!オレの勝ち!!」
「くっそー…負けちまった…」
東京のどこかにあるゲームセンター。
数十台のゲーム機のうち、銃を使ってターゲットを撃ち抜くシューティングゲーム機に学生服を着込んだ二人の少年がいた。
対戦で満面な笑みを作っている方が【天谷 蓮】。
男にしては身長が低く、顔たちもどこか幼さが残る中性的だが彼女がいてもおかしくないぐらい顔のパーツが整っている、言わば美少年である。
対して負けて落ち込んでいるのは【如月 竜也】。
蓮と同じ学生なのだろう、全く同じ学生服を着込んでるが、蓮とは違い程よく鍛えられた肉体、顔付きは…蓮と比べたら普通と言ったところだ。
「約束だ。後日パフェ奢れよ?」
「ったく…しょーがねぇ。男に二言はないからな」
二人のやり取りからして相当仲がいいらしく、ゲームの対戦で勝ち負け関係なく互いに笑い合っている。
何を言おう、彼らの趣味はシューティングゲームを中心とした大のゲームオタクでいざ話してみれば意気が統合し、毎日のように学校を終えればゲームセンターに寄っている。
決して幼馴染ではない。
ただ幼馴染以上の仲の良さで、それほどの絆が二人の間に結ばれている。
「じゃあパフェを楽しみにしてるぞ。竜也くん」
「というかなんでパフェなんだよ?他にもっとあるだろ?」
ご機嫌なのか笑みを浮かべながら胸を張る蓮。
対して竜也は苦笑いしながら何故パフェに拘るのか理解出来ず聞いてみたところ…
「甘いのは正義だ」
「…極度の甘党だったな、そういえば」
蓮が言うには「甘いものは世界を救い、人々を救う」、だそうで…まぁ単に甘いものが好きということだ。
だが不思議なことに。
この蓮という小柄な少年はいくら甘いものを食べようが全く太らない体質をしていた。
理由は分からない。
漫画などで言う「美味いものは別腹」というわけか。
「にしても今回の対戦ギリギリだったな。まさか竜也があそこまで成長するなんて」
「もう少しで勝てる、と思ったら急に焦り出して本気出したのはどこのどいつだ?」
「フラグ回収乙です」
「おまっ…」
さらに言えば蓮という少年は昔、シューティングゲームの大会に出場、入賞した経験がある。
対して竜也は特にこうと言ったものはしていない。
高校一、二年生の時に剣道部をしており、ある程度の剣術を学んでいることぐらいだろう。
だが二人は気にしていない。
それほど仲の良さが伺える。
けれどそんな二人にも苦手なものがある。
テスト勉強か?あるいは受験勉強か?
いやどちらとも違う。
二人にとってそっちの方がまだマシだと錯覚してしまうほどの嫌いなもの、それは…。
「おーい!竜也!蓮!」
「「げっ…」」
二人並んで帰路を歩いていると突然後ろから爽やかなイケメンボイスが聞こえてきた。
いざ振り返るとそこには絵に書いたようなイケメンフェイスを持つ一人の美少年が手を振りながら走ってきたのだ。
…周りに複数人の女子を引き連れて。
世にいう、ハーレムというやつだろう。
その女子達は我先にと少年の隣(両側)に立って手を握ろうとしても別の女子に引き剥がされ、簡易的なバトルロイヤルが勃発していた。
そう、二人が苦手なもの。
それが同年代の少女たちに囲まれてる、この【神崎 優斗】という存在そのものが苦手なのである。
運動神経、共に学力も抜群で一度顔を見たら十人中十人が振り返ってもおかしくないと思われる整った顔。
そしてなにより正義感が強く、困った人を見過ごせない性格をしている。
まさに完璧とも言える彼に唯一の欠点がある。
それは極度の鈍感さ。
例えその女性が惚れ込み、猛アピールしているのに何か勘違いして受け取ってしまうという程のもの。
彼にとって悪気は無いのだろう。
だが二人にとってそんな行動が一番苛立ちを覚えるようで、なるべく接触しないようにと距離を取ろうとしているが、残念ながら優斗にとって二人…特に竜也とは幼馴染で何かしらに巻き込もうとする、ある意味問題児である。
後に蓮も神崎優斗という存在を知るが、毎度振り回されている竜也に同情し、友好もあってかほぼ毎日帰りを共に歩いている。
「…おい蓮」
「あぁ、分かってる。三年の付き合いだろ?相棒」
あることをしようと竜也は蓮の顔を見つめるが、何をしようか分かりきっている蓮はニィと笑うと頷いた。
それを見た竜也は「流石だな、兄弟」と言わんばかりにニカッと笑うと踵を回して足のつま先を蹴り上げ、優斗とその取り巻きを背に高速で走った。
逃げである。
逃げ自体が恥であるが、時に役に立つとはよくいったものだ。
「あっ!!ちょっと待ってよ!!」
何故逃げるのか理解出来ない優斗も走る。
運動神経が抜群もあってか、二人と優斗の距離がどんどん縮む一方。
対して二人はそれでも逃げる。
このままだと追いつかれることぐらい理解しているが、表情はどこか余裕がある笑みをしている。
取り巻き達も走る。
ただ二人に興味無いが唯一興味のある優斗が走るのならば自分たちも走ると勝手に意気込んで。
二人は優斗から逃げ。
優斗は二人を追いかけ。
その優斗を取り巻き達が追う。
まさに追われ追いかけの状態が続く中、先頭を走っていた二人は顔を見合わせるとうんと頷き、左右別々に曲がった。
「えっ!?」
突然予測が付かない二人の行動に優斗は迷う。
右へ行けば竜也の元へ、左へ行けば蓮の元へ辿り着くが、それ即ち一方を選べばもう一方を捨てる意味になる。
故に優斗、迷う。
優斗にとって二人は大切な友達…だと一人勝手に思っている。
強引なことに、この男は二人と一緒に帰りたいと願うようで、どちらを選ぶか予想以上に混乱しているようだ。
だがゆっくりと悩んでる暇なんてない。
何せ優斗の背後からはドタバタと少女たちの群れが迫り込んできているのだから。
しかもなんということか。
走っているにも関わらず、我先にと乱闘が始まっている。
すれ違う人々はなんだなんだと視線を一箇所に集めるが、それどころじゃないらしく乱闘は激しさを増す。
「こ、こっちだ!!」
そして悩んだ末、右へ選択した。
幼馴染である竜也が余程大切なのだろう、それほど思いが強いのはわかるが、正直にいえばここで諦めずに追いかけるとなるともはやストーカーとしか呼べない。
優斗は走る、竜也を求めて。
取り巻きたちも走る、ただ優斗を求めて。
「はっ、やっぱり俺か…!!腐れ縁ってやつか、クソッタレ…!!」
分担した作戦が思いのほか時間稼ぎとなったのかだいぶ距離が空いたものの、いつの間にか後ろを振り向けば優斗…とその取り巻きたちの姿が見える。
剣道をしていたおかげか、それほど疲れていない竜也はまだ走れるが、やはりと言うべきか優斗との距離が段々近づいてくる。
だが勘違いしないで欲しい。
決して竜也が遅い訳では無い、優斗が速すぎるだけの問題である。
持久力としては竜也の方が上。
しかしこのまま走り続けても振り切れる可能性もなければいずれ追いつかれてしまうだろう。
…まぁ、優斗のためにとその速度に着いてこられる取り巻きたちも褒めるべきか、ただ単にいい加減に諦めろと声を掛けるべきか、未だにはっきりしないが。
「仕方ねぇ…!かくなる上は…!」
一人愚痴を吐くと何を思ったのか走るのを辞め、優斗に振り返って仁王立ちをし始めた。
それを見た優斗は笑顔になるも走りすぎたせいか「ぜぇ…ぜぇ…」と息を切らしながら竜也を見る。
取り巻きたちは…まぁ言わなくてもいいだろう。
「はぁ…はぁ…!!りゅ、竜也!!なんで…逃げるの…!?」
息を切らしながら竜也に訊ねる。
だが竜也は優斗より遠くの方を見て何かに気付いたような表情をして指をさした。
「あーっ!!あそこに荷物を持って歩いてるおばさんがいる!!ありゃ大変そうだなぁ!!」
「えっ!?」
竜也が言うにはその指差す方向の先に大掛かりな荷物を持って大変そうに歩くおばあさんがいる…らしい。
すかさず優斗はその方向へと振り返る。
…だが、何もいない。
いるとすれば未だに息を切らしてる取り巻きたちと夕日を見つめカァーカァーと鳴くカラスぐらいしかいなかった。
「ど、どこにもいないよ?竜…也?」
不思議に思った優斗は再び竜也に向き直ったが、そこに竜也の姿が無かった。
優斗が余所見をしている隙にどこかへ逃げたのだろうが、生憎この道は別れ道が多く、全部探すのに時間がかかってしまう。
古典的な騙し方。
それさえも引っかかる優斗がどれほど真面目で馬鹿正直なのか伺える。
「な、なんで…?」
優斗は少し泣きそうになった。
まぁ、幼馴染に逃げられたショックは同情するが、やり方がストーカーのそれなので自業自得としかいいようがない。
それに優斗には時間が無い。
何せ再び取り巻きたちに囲まれて取り合い合戦の的となってしまったのだから。
そして竜也はと言うと。
「おう、竜也だ。上手く逃げ切れたが、そっちはどうだ?」
『大丈夫だ、問題ない。ストーカー野郎の影もなきゃ取り巻き共の姿もないぜ、相棒』
「フラグはさておき、お前が無事そうで何よりだ。後で合流しよう」
『ちょっ、おまっ。フラグとか言うな、それ絶対後で何かが___』
…何か言っていたような気がしていたが、構わず竜也は手にしていたスマホの通話終了ボタンをタッチする。
上手く隠れることに成功したらしく、今は物陰に隠れて様子を見ながら道端を歩いている。
そして今は蓮との連絡で合流場所へと向かっているところである。
だが彼は油断しない。
あの時騙して事なきことを得たものの、まだ探しているに違いない。
なので出来るだけ周囲の警戒を解かず、なおかつ変な目で見られないようにとなるべく自然に歩くことを心掛ける。
何をそこまでやる必要は無い、と思うが。
毎日蓮と帰っているのに必ずと言っていいほど毎回竜也の前に姿を現してくる。
嫌なものは嫌なものだ。
そんなことが毎回続くと流石に疲れるし逃げたくなるのも一理ある。
「ここ…だよな?」
そして竜也は目的地に辿り着く。
そこは既に使われていない廃墟ビルが目立つ、ガラリとした空き地だった。
その空き地の物陰から蓮の姿が。
…隠れるのはいいが、蓮の特徴的なボサボサ頭が目立つため、誰がなんなのか竜也にとって丸わかりである。
「おい蓮___」
「竜也ぁー!!」
信頼出来る友がいることに安心した竜也はそのまま蓮に話をかけようと近付くが、背後から嫌でも聞きなれた声が聞こえてきた。
「嘘だろこいつ」と思ってるのが丸わかりで絶望的な表情をする竜也はぎこちない動きで背後を見る。
そこにはまだ息を荒くした優斗がいた。
ただ取り巻きたちの姿がない、追い付けないのか、それともただ諦めて行ったのかわからないが、今の竜也にとってそんなことどうでもいい。
彼が考えてるのはただひとつ。
このクソみたいな状況をどうにかしないと…。
「ひ、酷いじゃないか!!逃げるのに加えて騙すなんて!!」
「単にお前が嫌いなんだ、察しろハゲ」
残念なことに、この空き地に逃げれる場所なんてなく、周囲がブロックで積まれて壁が形成されている。
いくら肉体が出来上がってる竜也でも軽々と登ることなんて出来る訳もなく、状況を簡単に言えば袋のネズミ状態だ。
ジリジリと近付く優斗。
それに合わせてジリジリと後ろへ下がる竜也。
額から頬にかけて嫌な汗が流れる。
女ならまだしも、よりによって男同士のストーカーに出くわすなんて、想像するだけでゾッとする。
「とにかく帰ろうよ?家隣でしょ?」
「丁重に断る。お前と一緒にいるとろくな事にならん」
「そう言わずにさ?ほら」
優斗はそう言うと手を伸ばしてきた。
どうやら竜也と手を繋ぎたいらしい。
それを見た竜也は思わず顔色を悪くすると頭の中で「このままだと襲われる!!」などと危険なアラームが鳴り響く。
分かっているが有効な逃げ道なんてない。
増して後ろで隠れている蓮を巻き込むことなんて出来ない。
どうする、考えろ。
竜也は一人頭を抱えて悩み抜く。
だが時間とは待ってくれない。
優斗が伸ばした腕が竜也の腕に___
「おいストーカー野郎。竜也が困ってんじゃねぇか」
その時、蓮が飛び出した。
そして何をするかと思えば竜也の前に立ち、パシィッと優斗が伸ばした腕を叩き落とし、竜也を守った。
突然蓮の登場に優斗は困惑するもキッと睨みを効かせ、蓮を睨む。
「れ、蓮!?な、なんで君が!?」
「バーロー。竜也の近くにはオレがいることを忘れんな、ホモ野郎が」
対して蓮は腕を組みながらもべーっと舌を出して挑発する。
中性的な顔立ちもあってか少し可愛げな挑発だが…不思議なことに蓮の頬が少し赤くなっていた。
その赤くなっている蓮を見かねた優斗は…
「…赤くない?熱かな、大丈夫?」
などと相変わらずの鈍感スキルが発動する。
蓮の額に手を当てて熱があるかどうか確認しようとするが…
「気安く触んな!熱ひいてたら学校来てねぇよ」
蓮はそれを手で叩き落として拒む。
ただ単に恥ずかしがっているようだが、照れている訳では無いらしく、言動は至って普通だった。
「とにかく!これ以上竜也に近付いてみろ。今度はテメェの頬を殴るぞ?」
拳を握り、優斗に脅しを入れる。
ただ拳を作った腕がプルプルと震えているあたり、本気で殴る訳ではなく、ただの脅しだけらしい。
そう、ただ脅してるだけ。
蓮は気前だけいっちょ前だが人に傷を付けない、実際には優しい子なのだ。
竜也はそれを理解している。
理解しているからこそ蓮を止めるつもりなどない。
…いやまぁ、優斗のストーカーから離れたいという思いが一番強いと思うが。
「れ、蓮まで酷いよ!!僕達友達だろ!?」
「「それはない」」
見事なまでのハモリ。
三年の付き合いもあってか、二人の思考回路は完全に一致しているとはいえ、ここまで揃いに揃って同意見を述べると双子のように見える。
しかもタイミングや表情、行動までも同じ。
二人揃って嫌な顔をしながら右手でブンブンと振り、即答で返答した。
「そんな…!!」
そんな二人を見てさらにショックを受ける優斗。
また涙目だが、二人は無関心。
泣かれたところでどうとも思わない。
そこまで優斗という存在を嫌ってるんだろう。
「まぁ、そういう事だ。俺には蓮がいて、蓮には俺がいる」
「おいやめろ、照れるだろ相棒」
「…そう言いながら殴ってくるのはやめてくれ」
蓮は竜也の発言が余程恥ずかしかったのか、軽めに拳を作り殴り掛かろうとしたが、剣道部で鍛え抜かれた反射神経を頼りにそれを回避した。
ぶつかったところで痛くない拳だが、殴られることに変わりないのですんなりと避ける。
対して優斗は何も喋らない。
ただじっと下を向いたままで棒立ちしている。
余程ショックなのだろう。
幼馴染の自分が、長いこと一緒に過ごしてない奴に負けたことが。
プルプルと拳を作り、力を込め、涙を流しながらガバッと顔を上げる。
何か意を決したらしく、今までとは違い、優斗の顔は真剣そのもので、つぶらな瞳はキッと鋭く尖らせて睨み付けていた。
「蓮___!!」
そして口を開き、声を上げようとしたとき、それは起きた。
突然地面が輝き出したと思えば、全く見た事のない文字が浮かび上がり、三人を囲むような形で円球状に展開された。
「…へ?」
なんの前兆もなく起きた不可解な現象。
とても現実とは思えず、思わず夢かなにかかと錯覚するも…残念なことにこれは現実らしい。
たまたまその場を目撃した人は驚いた顔で三人を見つめているが、近付こうとしない。
竜也はわけも分からず間の抜けた声を上げる。
蓮も同様に驚いているものの、驚きのあまり声が上がらない。
また優斗も同じだが、動揺しすぎてアタフタと落ち着きのない様子だった。
「れ、蓮!!お前何をした!?」
「し、知らねぇよ!?つか、なんでオレ!?」
「先にお前がここにいたんだ!!なんか仕掛けたんだろ!?」
「仕掛けてねぇしこんなこと出来ると思うか!?けど…わかんねぇけど…なんかやべぇ!!」
ここから逃げ出そうにも、地面が揺れ始めたせいで歩くどころか立つことすら出来ない状態だった。
二人は地面に膝を着き、揺れに耐えようと両手で土を握り締める。
対して優斗はというと…驚きながらもピクリと動かなくなった。
何かに集中しているのだろう。
その目はどこか虚ろで何を見ているのかわからない。
「お、おいどうした!?優斗!!」
「声が…聞こえる…」
一応意識はあるようだが、何を思ったのか急に立ち上がり、天に向けて手を伸ばし始めた。
揺れが激しいと言うにも関わらず平然と立ち上がった優斗は二人の話など聞こえてないらしい。
その姿はまるでどこか、幽霊にでも取り憑かれたんじゃないかと錯覚するほど不気味なものだった。
「はぁ!?声!?なんも聞こえねぇぞ!!」
また二人は優斗がいう声というものは全く聞こえないらしく、ただ聞こえるのは地震の震音だけで人の声など全く聞こえない。
空き地の外にはなんだなんだと集まる野次馬が群がるも平然としている。
どうやら…ありえないことに理不尽とも言える強力な振動が起きているのが、この空き地範囲内のみらしい。
「''助けて''…っていってる…。誰なの…?」
「お、おい何言ってんだよお前!?」
揺れが激しさを増す一方、今度は半透明のドーム状が形成され、空き地全体を包み込む。
もう何が何だかわからない状況だが、二人は考える余裕すらない。
「ちょっ!!マジでやばいぞ!!このままだとオレたち…!!」
レンガ造りの壁が半透明のドーム状の壁に接触すると意図も簡単に粉々となり、地面には黄金に輝く、見たことの無い円型の何かが浮かび上がり、地面を抉り始める。
足場が悪く、さらに体勢を崩した二人は全身を使って踏ん張るものの、優斗はそれでも立ち上がり、天へと手を伸ばす。
「冗談じゃねぇ!!ここでフラグ回収なんて___」
その言葉を最後に、竜也、蓮、優斗を囲んだ半透明のドームが消え失せた。
野次を飛ばしていた人々は消え失せた衝撃波や突風に煽られ、思わず腕で顔を隠して飛ばされないようにと踏ん張った。
そしてその衝撃波と突き刺さるような突風が止むと目を開き、正面で起きた不可解な現象の後を見つめる。
その先にあったのは、ただ空き地だった場所がクレーターに変わっただけで何も残っていない。
そう、何も無い。
あのドーム状の中央にいた若い少年三人の姿がない。
何があったのか理解出来てない…というより追い付いていない人々は各々クレーター跡地に写真を撮り、しばらくするとそれぞれ帰っていった。
まるで先程の三人の少年なんて最初からいなかったかのように、何事もなく帰っていく。
後に、空き地が消失、クレーターの謎と様々なメディアが取り扱うも行方不明となった三人の少年については、金輪際触れていなかった。
果てさて。
謎だらけの現象に巻き込まれた三人はどこへ行ってしまったのか…?
【午後十八時・東京都某所にて、如月 竜也、天谷 蓮、神崎 優斗。以上三名、空き地を最後に行方不明】
「…んあ?」
心地よい風が寝っ転がってる人の頬に触れると、上体を起こして確認する。
ここは森林らしく、一本一本が太い木々に囲まれた場所で、その人…竜也は目を覚ます。
「なんだ…ここ…?」
困惑するのも無理もない。
目が覚めると全く知らない場所にいれば誰だって戸惑う。
立ち上がって再び周りを見ても、あるのは木、木、果てしなく木。
奥まで広がっているが、果てしなく広大なためか暗くてよく見えなかった。
「あ…おい蓮!!」
そんなことはさておき。
何よりも大事な兄弟分である蓮の安否が心配なのか声を荒らげながら振り返るも、そこには誰もいなかった。
あるのは数え切れない木と竜也の哀愁を具現化したような風吹き、そして竜也を中央にして広がるクレーターの跡だけだった。
「…は、はは…冗談…だよな…?」
何が起きたのかわからないが、竜也はそんなことどうでもいい。
何よりも蓮が心配で、どこか動揺している。
乾いた笑いが出るも嫌な予感がして、咄嗟にカバンから自分のスマホを取り出した。
スマホの画面が割れている。
恐らくあの謎の現象に巻き込まれた際に傷がついたようだが、そんなことお構い無しに竜也は蓮の連絡先へと耳を当てる。
『お掛けになった電話番号は、現在お繋できません』
無意味だった。
スマホから聞こえる無機質な声だけが響くだけで何も起きずに終わった。
その声を聞いた竜也は思わず握っていたスマホを地面に落とした。
よく見るとスマホには圏外と表示され、大事な兄弟分である蓮との連絡が取れないことに絶望しているようだ。
蓮が死んだというわけではない。
ただ訳の分からないことに巻き込まれてバラバラとなった今、心配で仕方ないらしく、竜也の心の中で何かに絞めらるような感覚に襲われ、心臓の鼓動が早くなる。
「い、いやまだだ!!まだ大丈夫だ…!あいつはそう簡単に死ぬようなやつじゃ…」
一人で何度もそう言い聞かせる。
もはや優斗など眼中に無いようで、それより大切な蓮の事がどうも頭から離れられないらしい。
だが竜也も馬鹿ではない。
祈りなど当然効くはずもないので取り敢えずこの森からの脱出を試みる。
ここがどこだかわからない。
もしかしたら人がいる可能性がある、そんな淡い期待を胸に、クレーターを駆け上がる。
あれから数分…いや数時間後か。
ただひたすら森を歩き、前へと進む。
だがいくら前へ進めど森から出られない。
むしろ同じところをグルグルと回ってるんじゃないかと錯覚し始めた頃、やけに開けた場所に出た。
そこは木々が少ない故か空から陽の光が差し込み、自然のカーテンが織り成している。
「なんだあれ…」
しかし竜也が注目したのはその幻想的なカーテンではなく、その中央に崩れ落ちている白鋼の塊だった。
よく見るとその白鋼は巨大な人の形をしており、腕や足、また武器のようなものも確認出来る。
だが竜也が気にしてるのはそこじゃない。
いや、厳密に言えばその物体の正体も興味があるものの、なによりも注目していたのはそのクレーターの形である。
綺麗な円形型で地面を抉った跡が目立つそのクレーターは、まるで自分が最初に起きたあのクレーターそっくりだった。
「…いや、まさかな」
だが直ぐに考えるのをやめた。
例え同じ場所から来たとしてもあんな白鋼の兵器のようなものなど見たこともなければ存在するかどうかすら疑わしい。
仮にあったとしてもそれがなんのためにあるのか理解出来ない。
竜也は自衛官に関しては全く知らないものだが、あんな兵器が現実にあるわけがないぐらい分かっている。
「ん?」
と、ここで竜也、ある物に気付く。
その視線の先には脈打つ心臓のように強弱で赤く光る、謎の物体だった。
遠くから見ると鈍く光る何かだが、近寄ってそのものを見てみると、腕輪のようなもので真ん中に赤いランプが点滅している。
これが何を意味するのか。
今の竜也では全く理解出来ない、それどころか今の状況に追い付けない。
「分からないけど、とりあえず拾っておくか。もしかしたら誰かの落し物かもしれないし…」
最初は拾うつもりなどなかったが、常時脈打つように光る腕輪がどうも気になり、拾うとカバンの中へと突っ込んだ。
何かの役に立つのかもしれないと一瞬脳裏にそう遮ったが、使い方がわからない以上期待なんてできるようなもんじゃない。
ただ単に好奇心。
それだけで落ちていた腕輪を拾った。
___ズゥンッ
…拾った瞬間、何か鈍い音がした。
その何かが持ち上がり、地面に接触したような、とても重い音を掻き立てる。
方向からして竜也の真後ろ。
森の奥に何かがいるようだ。
「っ!!」
当然だが、竜也は警戒する。
同時に体の震えが出てきた。
場所がわからないとはいえ、森に違いない。
となるともちろんそこに生息する動物などいるわけで、森の危険生物と言えばクマかオオカミぐらいだろう。
だが実物など昔、小さい頃に動物園でクマやオオカミを見てきたが、ここまで足音がはっきりとわかることなど、生まれて初めてである。
奥は暗闇ではっきりと見えない。
しかしその奥で何かがいる。
未知の森林に迷った人は見えない何かがこちらに近付いてくるとなれば恐怖するのも当然のこと。
___ズゥンッ、ズゥンッ
音が徐々に大きくなるにつれ、地響きが揺れ始めた。
同時に奥の暗闇からうっすらと影が見えるが、その影を見る限り、足音の持ち主がいかに巨大なものなのかハッキリとわかった。
あまりにもデカい。
正確的な大きさは分からないが、少なくともクマやオオカミが可愛く見えてしまうほどの大きさだ。
その巨体を持つ影は周囲の太くて倍以上の大きさを持つ巨木を軽々と何事も無かったかのように薙ぎ倒し、真っ直ぐ進む。
進行方向は直進。
つまりは竜也の方向へ進んでいる。
「あ、あ…」
竜也は言葉を失う。
野生生物を間近にして見上げるのは生まれて初めてだろう。
震えを起こしながらも影の持ち主を見て、開いた口が塞がらない状態で固まっている。
それもそのはず。
今竜也が見上げているのは四足歩行の巨大な亀のような生物なのだから。
東京・某ゲームセンター
「よっしゃ!!オレの勝ち!!」
「くっそー…負けちまった…」
東京のどこかにあるゲームセンター。
数十台のゲーム機のうち、銃を使ってターゲットを撃ち抜くシューティングゲーム機に学生服を着込んだ二人の少年がいた。
対戦で満面な笑みを作っている方が【天谷 蓮】。
男にしては身長が低く、顔たちもどこか幼さが残る中性的だが彼女がいてもおかしくないぐらい顔のパーツが整っている、言わば美少年である。
対して負けて落ち込んでいるのは【如月 竜也】。
蓮と同じ学生なのだろう、全く同じ学生服を着込んでるが、蓮とは違い程よく鍛えられた肉体、顔付きは…蓮と比べたら普通と言ったところだ。
「約束だ。後日パフェ奢れよ?」
「ったく…しょーがねぇ。男に二言はないからな」
二人のやり取りからして相当仲がいいらしく、ゲームの対戦で勝ち負け関係なく互いに笑い合っている。
何を言おう、彼らの趣味はシューティングゲームを中心とした大のゲームオタクでいざ話してみれば意気が統合し、毎日のように学校を終えればゲームセンターに寄っている。
決して幼馴染ではない。
ただ幼馴染以上の仲の良さで、それほどの絆が二人の間に結ばれている。
「じゃあパフェを楽しみにしてるぞ。竜也くん」
「というかなんでパフェなんだよ?他にもっとあるだろ?」
ご機嫌なのか笑みを浮かべながら胸を張る蓮。
対して竜也は苦笑いしながら何故パフェに拘るのか理解出来ず聞いてみたところ…
「甘いのは正義だ」
「…極度の甘党だったな、そういえば」
蓮が言うには「甘いものは世界を救い、人々を救う」、だそうで…まぁ単に甘いものが好きということだ。
だが不思議なことに。
この蓮という小柄な少年はいくら甘いものを食べようが全く太らない体質をしていた。
理由は分からない。
漫画などで言う「美味いものは別腹」というわけか。
「にしても今回の対戦ギリギリだったな。まさか竜也があそこまで成長するなんて」
「もう少しで勝てる、と思ったら急に焦り出して本気出したのはどこのどいつだ?」
「フラグ回収乙です」
「おまっ…」
さらに言えば蓮という少年は昔、シューティングゲームの大会に出場、入賞した経験がある。
対して竜也は特にこうと言ったものはしていない。
高校一、二年生の時に剣道部をしており、ある程度の剣術を学んでいることぐらいだろう。
だが二人は気にしていない。
それほど仲の良さが伺える。
けれどそんな二人にも苦手なものがある。
テスト勉強か?あるいは受験勉強か?
いやどちらとも違う。
二人にとってそっちの方がまだマシだと錯覚してしまうほどの嫌いなもの、それは…。
「おーい!竜也!蓮!」
「「げっ…」」
二人並んで帰路を歩いていると突然後ろから爽やかなイケメンボイスが聞こえてきた。
いざ振り返るとそこには絵に書いたようなイケメンフェイスを持つ一人の美少年が手を振りながら走ってきたのだ。
…周りに複数人の女子を引き連れて。
世にいう、ハーレムというやつだろう。
その女子達は我先にと少年の隣(両側)に立って手を握ろうとしても別の女子に引き剥がされ、簡易的なバトルロイヤルが勃発していた。
そう、二人が苦手なもの。
それが同年代の少女たちに囲まれてる、この【神崎 優斗】という存在そのものが苦手なのである。
運動神経、共に学力も抜群で一度顔を見たら十人中十人が振り返ってもおかしくないと思われる整った顔。
そしてなにより正義感が強く、困った人を見過ごせない性格をしている。
まさに完璧とも言える彼に唯一の欠点がある。
それは極度の鈍感さ。
例えその女性が惚れ込み、猛アピールしているのに何か勘違いして受け取ってしまうという程のもの。
彼にとって悪気は無いのだろう。
だが二人にとってそんな行動が一番苛立ちを覚えるようで、なるべく接触しないようにと距離を取ろうとしているが、残念ながら優斗にとって二人…特に竜也とは幼馴染で何かしらに巻き込もうとする、ある意味問題児である。
後に蓮も神崎優斗という存在を知るが、毎度振り回されている竜也に同情し、友好もあってかほぼ毎日帰りを共に歩いている。
「…おい蓮」
「あぁ、分かってる。三年の付き合いだろ?相棒」
あることをしようと竜也は蓮の顔を見つめるが、何をしようか分かりきっている蓮はニィと笑うと頷いた。
それを見た竜也は「流石だな、兄弟」と言わんばかりにニカッと笑うと踵を回して足のつま先を蹴り上げ、優斗とその取り巻きを背に高速で走った。
逃げである。
逃げ自体が恥であるが、時に役に立つとはよくいったものだ。
「あっ!!ちょっと待ってよ!!」
何故逃げるのか理解出来ない優斗も走る。
運動神経が抜群もあってか、二人と優斗の距離がどんどん縮む一方。
対して二人はそれでも逃げる。
このままだと追いつかれることぐらい理解しているが、表情はどこか余裕がある笑みをしている。
取り巻き達も走る。
ただ二人に興味無いが唯一興味のある優斗が走るのならば自分たちも走ると勝手に意気込んで。
二人は優斗から逃げ。
優斗は二人を追いかけ。
その優斗を取り巻き達が追う。
まさに追われ追いかけの状態が続く中、先頭を走っていた二人は顔を見合わせるとうんと頷き、左右別々に曲がった。
「えっ!?」
突然予測が付かない二人の行動に優斗は迷う。
右へ行けば竜也の元へ、左へ行けば蓮の元へ辿り着くが、それ即ち一方を選べばもう一方を捨てる意味になる。
故に優斗、迷う。
優斗にとって二人は大切な友達…だと一人勝手に思っている。
強引なことに、この男は二人と一緒に帰りたいと願うようで、どちらを選ぶか予想以上に混乱しているようだ。
だがゆっくりと悩んでる暇なんてない。
何せ優斗の背後からはドタバタと少女たちの群れが迫り込んできているのだから。
しかもなんということか。
走っているにも関わらず、我先にと乱闘が始まっている。
すれ違う人々はなんだなんだと視線を一箇所に集めるが、それどころじゃないらしく乱闘は激しさを増す。
「こ、こっちだ!!」
そして悩んだ末、右へ選択した。
幼馴染である竜也が余程大切なのだろう、それほど思いが強いのはわかるが、正直にいえばここで諦めずに追いかけるとなるともはやストーカーとしか呼べない。
優斗は走る、竜也を求めて。
取り巻きたちも走る、ただ優斗を求めて。
「はっ、やっぱり俺か…!!腐れ縁ってやつか、クソッタレ…!!」
分担した作戦が思いのほか時間稼ぎとなったのかだいぶ距離が空いたものの、いつの間にか後ろを振り向けば優斗…とその取り巻きたちの姿が見える。
剣道をしていたおかげか、それほど疲れていない竜也はまだ走れるが、やはりと言うべきか優斗との距離が段々近づいてくる。
だが勘違いしないで欲しい。
決して竜也が遅い訳では無い、優斗が速すぎるだけの問題である。
持久力としては竜也の方が上。
しかしこのまま走り続けても振り切れる可能性もなければいずれ追いつかれてしまうだろう。
…まぁ、優斗のためにとその速度に着いてこられる取り巻きたちも褒めるべきか、ただ単にいい加減に諦めろと声を掛けるべきか、未だにはっきりしないが。
「仕方ねぇ…!かくなる上は…!」
一人愚痴を吐くと何を思ったのか走るのを辞め、優斗に振り返って仁王立ちをし始めた。
それを見た優斗は笑顔になるも走りすぎたせいか「ぜぇ…ぜぇ…」と息を切らしながら竜也を見る。
取り巻きたちは…まぁ言わなくてもいいだろう。
「はぁ…はぁ…!!りゅ、竜也!!なんで…逃げるの…!?」
息を切らしながら竜也に訊ねる。
だが竜也は優斗より遠くの方を見て何かに気付いたような表情をして指をさした。
「あーっ!!あそこに荷物を持って歩いてるおばさんがいる!!ありゃ大変そうだなぁ!!」
「えっ!?」
竜也が言うにはその指差す方向の先に大掛かりな荷物を持って大変そうに歩くおばあさんがいる…らしい。
すかさず優斗はその方向へと振り返る。
…だが、何もいない。
いるとすれば未だに息を切らしてる取り巻きたちと夕日を見つめカァーカァーと鳴くカラスぐらいしかいなかった。
「ど、どこにもいないよ?竜…也?」
不思議に思った優斗は再び竜也に向き直ったが、そこに竜也の姿が無かった。
優斗が余所見をしている隙にどこかへ逃げたのだろうが、生憎この道は別れ道が多く、全部探すのに時間がかかってしまう。
古典的な騙し方。
それさえも引っかかる優斗がどれほど真面目で馬鹿正直なのか伺える。
「な、なんで…?」
優斗は少し泣きそうになった。
まぁ、幼馴染に逃げられたショックは同情するが、やり方がストーカーのそれなので自業自得としかいいようがない。
それに優斗には時間が無い。
何せ再び取り巻きたちに囲まれて取り合い合戦の的となってしまったのだから。
そして竜也はと言うと。
「おう、竜也だ。上手く逃げ切れたが、そっちはどうだ?」
『大丈夫だ、問題ない。ストーカー野郎の影もなきゃ取り巻き共の姿もないぜ、相棒』
「フラグはさておき、お前が無事そうで何よりだ。後で合流しよう」
『ちょっ、おまっ。フラグとか言うな、それ絶対後で何かが___』
…何か言っていたような気がしていたが、構わず竜也は手にしていたスマホの通話終了ボタンをタッチする。
上手く隠れることに成功したらしく、今は物陰に隠れて様子を見ながら道端を歩いている。
そして今は蓮との連絡で合流場所へと向かっているところである。
だが彼は油断しない。
あの時騙して事なきことを得たものの、まだ探しているに違いない。
なので出来るだけ周囲の警戒を解かず、なおかつ変な目で見られないようにとなるべく自然に歩くことを心掛ける。
何をそこまでやる必要は無い、と思うが。
毎日蓮と帰っているのに必ずと言っていいほど毎回竜也の前に姿を現してくる。
嫌なものは嫌なものだ。
そんなことが毎回続くと流石に疲れるし逃げたくなるのも一理ある。
「ここ…だよな?」
そして竜也は目的地に辿り着く。
そこは既に使われていない廃墟ビルが目立つ、ガラリとした空き地だった。
その空き地の物陰から蓮の姿が。
…隠れるのはいいが、蓮の特徴的なボサボサ頭が目立つため、誰がなんなのか竜也にとって丸わかりである。
「おい蓮___」
「竜也ぁー!!」
信頼出来る友がいることに安心した竜也はそのまま蓮に話をかけようと近付くが、背後から嫌でも聞きなれた声が聞こえてきた。
「嘘だろこいつ」と思ってるのが丸わかりで絶望的な表情をする竜也はぎこちない動きで背後を見る。
そこにはまだ息を荒くした優斗がいた。
ただ取り巻きたちの姿がない、追い付けないのか、それともただ諦めて行ったのかわからないが、今の竜也にとってそんなことどうでもいい。
彼が考えてるのはただひとつ。
このクソみたいな状況をどうにかしないと…。
「ひ、酷いじゃないか!!逃げるのに加えて騙すなんて!!」
「単にお前が嫌いなんだ、察しろハゲ」
残念なことに、この空き地に逃げれる場所なんてなく、周囲がブロックで積まれて壁が形成されている。
いくら肉体が出来上がってる竜也でも軽々と登ることなんて出来る訳もなく、状況を簡単に言えば袋のネズミ状態だ。
ジリジリと近付く優斗。
それに合わせてジリジリと後ろへ下がる竜也。
額から頬にかけて嫌な汗が流れる。
女ならまだしも、よりによって男同士のストーカーに出くわすなんて、想像するだけでゾッとする。
「とにかく帰ろうよ?家隣でしょ?」
「丁重に断る。お前と一緒にいるとろくな事にならん」
「そう言わずにさ?ほら」
優斗はそう言うと手を伸ばしてきた。
どうやら竜也と手を繋ぎたいらしい。
それを見た竜也は思わず顔色を悪くすると頭の中で「このままだと襲われる!!」などと危険なアラームが鳴り響く。
分かっているが有効な逃げ道なんてない。
増して後ろで隠れている蓮を巻き込むことなんて出来ない。
どうする、考えろ。
竜也は一人頭を抱えて悩み抜く。
だが時間とは待ってくれない。
優斗が伸ばした腕が竜也の腕に___
「おいストーカー野郎。竜也が困ってんじゃねぇか」
その時、蓮が飛び出した。
そして何をするかと思えば竜也の前に立ち、パシィッと優斗が伸ばした腕を叩き落とし、竜也を守った。
突然蓮の登場に優斗は困惑するもキッと睨みを効かせ、蓮を睨む。
「れ、蓮!?な、なんで君が!?」
「バーロー。竜也の近くにはオレがいることを忘れんな、ホモ野郎が」
対して蓮は腕を組みながらもべーっと舌を出して挑発する。
中性的な顔立ちもあってか少し可愛げな挑発だが…不思議なことに蓮の頬が少し赤くなっていた。
その赤くなっている蓮を見かねた優斗は…
「…赤くない?熱かな、大丈夫?」
などと相変わらずの鈍感スキルが発動する。
蓮の額に手を当てて熱があるかどうか確認しようとするが…
「気安く触んな!熱ひいてたら学校来てねぇよ」
蓮はそれを手で叩き落として拒む。
ただ単に恥ずかしがっているようだが、照れている訳では無いらしく、言動は至って普通だった。
「とにかく!これ以上竜也に近付いてみろ。今度はテメェの頬を殴るぞ?」
拳を握り、優斗に脅しを入れる。
ただ拳を作った腕がプルプルと震えているあたり、本気で殴る訳ではなく、ただの脅しだけらしい。
そう、ただ脅してるだけ。
蓮は気前だけいっちょ前だが人に傷を付けない、実際には優しい子なのだ。
竜也はそれを理解している。
理解しているからこそ蓮を止めるつもりなどない。
…いやまぁ、優斗のストーカーから離れたいという思いが一番強いと思うが。
「れ、蓮まで酷いよ!!僕達友達だろ!?」
「「それはない」」
見事なまでのハモリ。
三年の付き合いもあってか、二人の思考回路は完全に一致しているとはいえ、ここまで揃いに揃って同意見を述べると双子のように見える。
しかもタイミングや表情、行動までも同じ。
二人揃って嫌な顔をしながら右手でブンブンと振り、即答で返答した。
「そんな…!!」
そんな二人を見てさらにショックを受ける優斗。
また涙目だが、二人は無関心。
泣かれたところでどうとも思わない。
そこまで優斗という存在を嫌ってるんだろう。
「まぁ、そういう事だ。俺には蓮がいて、蓮には俺がいる」
「おいやめろ、照れるだろ相棒」
「…そう言いながら殴ってくるのはやめてくれ」
蓮は竜也の発言が余程恥ずかしかったのか、軽めに拳を作り殴り掛かろうとしたが、剣道部で鍛え抜かれた反射神経を頼りにそれを回避した。
ぶつかったところで痛くない拳だが、殴られることに変わりないのですんなりと避ける。
対して優斗は何も喋らない。
ただじっと下を向いたままで棒立ちしている。
余程ショックなのだろう。
幼馴染の自分が、長いこと一緒に過ごしてない奴に負けたことが。
プルプルと拳を作り、力を込め、涙を流しながらガバッと顔を上げる。
何か意を決したらしく、今までとは違い、優斗の顔は真剣そのもので、つぶらな瞳はキッと鋭く尖らせて睨み付けていた。
「蓮___!!」
そして口を開き、声を上げようとしたとき、それは起きた。
突然地面が輝き出したと思えば、全く見た事のない文字が浮かび上がり、三人を囲むような形で円球状に展開された。
「…へ?」
なんの前兆もなく起きた不可解な現象。
とても現実とは思えず、思わず夢かなにかかと錯覚するも…残念なことにこれは現実らしい。
たまたまその場を目撃した人は驚いた顔で三人を見つめているが、近付こうとしない。
竜也はわけも分からず間の抜けた声を上げる。
蓮も同様に驚いているものの、驚きのあまり声が上がらない。
また優斗も同じだが、動揺しすぎてアタフタと落ち着きのない様子だった。
「れ、蓮!!お前何をした!?」
「し、知らねぇよ!?つか、なんでオレ!?」
「先にお前がここにいたんだ!!なんか仕掛けたんだろ!?」
「仕掛けてねぇしこんなこと出来ると思うか!?けど…わかんねぇけど…なんかやべぇ!!」
ここから逃げ出そうにも、地面が揺れ始めたせいで歩くどころか立つことすら出来ない状態だった。
二人は地面に膝を着き、揺れに耐えようと両手で土を握り締める。
対して優斗はというと…驚きながらもピクリと動かなくなった。
何かに集中しているのだろう。
その目はどこか虚ろで何を見ているのかわからない。
「お、おいどうした!?優斗!!」
「声が…聞こえる…」
一応意識はあるようだが、何を思ったのか急に立ち上がり、天に向けて手を伸ばし始めた。
揺れが激しいと言うにも関わらず平然と立ち上がった優斗は二人の話など聞こえてないらしい。
その姿はまるでどこか、幽霊にでも取り憑かれたんじゃないかと錯覚するほど不気味なものだった。
「はぁ!?声!?なんも聞こえねぇぞ!!」
また二人は優斗がいう声というものは全く聞こえないらしく、ただ聞こえるのは地震の震音だけで人の声など全く聞こえない。
空き地の外にはなんだなんだと集まる野次馬が群がるも平然としている。
どうやら…ありえないことに理不尽とも言える強力な振動が起きているのが、この空き地範囲内のみらしい。
「''助けて''…っていってる…。誰なの…?」
「お、おい何言ってんだよお前!?」
揺れが激しさを増す一方、今度は半透明のドーム状が形成され、空き地全体を包み込む。
もう何が何だかわからない状況だが、二人は考える余裕すらない。
「ちょっ!!マジでやばいぞ!!このままだとオレたち…!!」
レンガ造りの壁が半透明のドーム状の壁に接触すると意図も簡単に粉々となり、地面には黄金に輝く、見たことの無い円型の何かが浮かび上がり、地面を抉り始める。
足場が悪く、さらに体勢を崩した二人は全身を使って踏ん張るものの、優斗はそれでも立ち上がり、天へと手を伸ばす。
「冗談じゃねぇ!!ここでフラグ回収なんて___」
その言葉を最後に、竜也、蓮、優斗を囲んだ半透明のドームが消え失せた。
野次を飛ばしていた人々は消え失せた衝撃波や突風に煽られ、思わず腕で顔を隠して飛ばされないようにと踏ん張った。
そしてその衝撃波と突き刺さるような突風が止むと目を開き、正面で起きた不可解な現象の後を見つめる。
その先にあったのは、ただ空き地だった場所がクレーターに変わっただけで何も残っていない。
そう、何も無い。
あのドーム状の中央にいた若い少年三人の姿がない。
何があったのか理解出来てない…というより追い付いていない人々は各々クレーター跡地に写真を撮り、しばらくするとそれぞれ帰っていった。
まるで先程の三人の少年なんて最初からいなかったかのように、何事もなく帰っていく。
後に、空き地が消失、クレーターの謎と様々なメディアが取り扱うも行方不明となった三人の少年については、金輪際触れていなかった。
果てさて。
謎だらけの現象に巻き込まれた三人はどこへ行ってしまったのか…?
【午後十八時・東京都某所にて、如月 竜也、天谷 蓮、神崎 優斗。以上三名、空き地を最後に行方不明】
「…んあ?」
心地よい風が寝っ転がってる人の頬に触れると、上体を起こして確認する。
ここは森林らしく、一本一本が太い木々に囲まれた場所で、その人…竜也は目を覚ます。
「なんだ…ここ…?」
困惑するのも無理もない。
目が覚めると全く知らない場所にいれば誰だって戸惑う。
立ち上がって再び周りを見ても、あるのは木、木、果てしなく木。
奥まで広がっているが、果てしなく広大なためか暗くてよく見えなかった。
「あ…おい蓮!!」
そんなことはさておき。
何よりも大事な兄弟分である蓮の安否が心配なのか声を荒らげながら振り返るも、そこには誰もいなかった。
あるのは数え切れない木と竜也の哀愁を具現化したような風吹き、そして竜也を中央にして広がるクレーターの跡だけだった。
「…は、はは…冗談…だよな…?」
何が起きたのかわからないが、竜也はそんなことどうでもいい。
何よりも蓮が心配で、どこか動揺している。
乾いた笑いが出るも嫌な予感がして、咄嗟にカバンから自分のスマホを取り出した。
スマホの画面が割れている。
恐らくあの謎の現象に巻き込まれた際に傷がついたようだが、そんなことお構い無しに竜也は蓮の連絡先へと耳を当てる。
『お掛けになった電話番号は、現在お繋できません』
無意味だった。
スマホから聞こえる無機質な声だけが響くだけで何も起きずに終わった。
その声を聞いた竜也は思わず握っていたスマホを地面に落とした。
よく見るとスマホには圏外と表示され、大事な兄弟分である蓮との連絡が取れないことに絶望しているようだ。
蓮が死んだというわけではない。
ただ訳の分からないことに巻き込まれてバラバラとなった今、心配で仕方ないらしく、竜也の心の中で何かに絞めらるような感覚に襲われ、心臓の鼓動が早くなる。
「い、いやまだだ!!まだ大丈夫だ…!あいつはそう簡単に死ぬようなやつじゃ…」
一人で何度もそう言い聞かせる。
もはや優斗など眼中に無いようで、それより大切な蓮の事がどうも頭から離れられないらしい。
だが竜也も馬鹿ではない。
祈りなど当然効くはずもないので取り敢えずこの森からの脱出を試みる。
ここがどこだかわからない。
もしかしたら人がいる可能性がある、そんな淡い期待を胸に、クレーターを駆け上がる。
あれから数分…いや数時間後か。
ただひたすら森を歩き、前へと進む。
だがいくら前へ進めど森から出られない。
むしろ同じところをグルグルと回ってるんじゃないかと錯覚し始めた頃、やけに開けた場所に出た。
そこは木々が少ない故か空から陽の光が差し込み、自然のカーテンが織り成している。
「なんだあれ…」
しかし竜也が注目したのはその幻想的なカーテンではなく、その中央に崩れ落ちている白鋼の塊だった。
よく見るとその白鋼は巨大な人の形をしており、腕や足、また武器のようなものも確認出来る。
だが竜也が気にしてるのはそこじゃない。
いや、厳密に言えばその物体の正体も興味があるものの、なによりも注目していたのはそのクレーターの形である。
綺麗な円形型で地面を抉った跡が目立つそのクレーターは、まるで自分が最初に起きたあのクレーターそっくりだった。
「…いや、まさかな」
だが直ぐに考えるのをやめた。
例え同じ場所から来たとしてもあんな白鋼の兵器のようなものなど見たこともなければ存在するかどうかすら疑わしい。
仮にあったとしてもそれがなんのためにあるのか理解出来ない。
竜也は自衛官に関しては全く知らないものだが、あんな兵器が現実にあるわけがないぐらい分かっている。
「ん?」
と、ここで竜也、ある物に気付く。
その視線の先には脈打つ心臓のように強弱で赤く光る、謎の物体だった。
遠くから見ると鈍く光る何かだが、近寄ってそのものを見てみると、腕輪のようなもので真ん中に赤いランプが点滅している。
これが何を意味するのか。
今の竜也では全く理解出来ない、それどころか今の状況に追い付けない。
「分からないけど、とりあえず拾っておくか。もしかしたら誰かの落し物かもしれないし…」
最初は拾うつもりなどなかったが、常時脈打つように光る腕輪がどうも気になり、拾うとカバンの中へと突っ込んだ。
何かの役に立つのかもしれないと一瞬脳裏にそう遮ったが、使い方がわからない以上期待なんてできるようなもんじゃない。
ただ単に好奇心。
それだけで落ちていた腕輪を拾った。
___ズゥンッ
…拾った瞬間、何か鈍い音がした。
その何かが持ち上がり、地面に接触したような、とても重い音を掻き立てる。
方向からして竜也の真後ろ。
森の奥に何かがいるようだ。
「っ!!」
当然だが、竜也は警戒する。
同時に体の震えが出てきた。
場所がわからないとはいえ、森に違いない。
となるともちろんそこに生息する動物などいるわけで、森の危険生物と言えばクマかオオカミぐらいだろう。
だが実物など昔、小さい頃に動物園でクマやオオカミを見てきたが、ここまで足音がはっきりとわかることなど、生まれて初めてである。
奥は暗闇ではっきりと見えない。
しかしその奥で何かがいる。
未知の森林に迷った人は見えない何かがこちらに近付いてくるとなれば恐怖するのも当然のこと。
___ズゥンッ、ズゥンッ
音が徐々に大きくなるにつれ、地響きが揺れ始めた。
同時に奥の暗闇からうっすらと影が見えるが、その影を見る限り、足音の持ち主がいかに巨大なものなのかハッキリとわかった。
あまりにもデカい。
正確的な大きさは分からないが、少なくともクマやオオカミが可愛く見えてしまうほどの大きさだ。
その巨体を持つ影は周囲の太くて倍以上の大きさを持つ巨木を軽々と何事も無かったかのように薙ぎ倒し、真っ直ぐ進む。
進行方向は直進。
つまりは竜也の方向へ進んでいる。
「あ、あ…」
竜也は言葉を失う。
野生生物を間近にして見上げるのは生まれて初めてだろう。
震えを起こしながらも影の持ち主を見て、開いた口が塞がらない状態で固まっている。
それもそのはず。
今竜也が見上げているのは四足歩行の巨大な亀のような生物なのだから。
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