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イグニス歴二〇二〇年
ユーラウス森林
異世界イグニス。
この世界は地球とは異なり、人とは別に魔物と呼ばれる不思議な生物がいた。
その魔物は多種多様。
草食で大人しいものもいれば肉食で時に人へ牙を剥くものもいる。
そしてここ、西に広がる巨大な森林地帯【ユーラウス森林】で不気味な声のようなものが聞こえると調査依頼が届き、ギルドと呼ばれる組織に所属する人間四人が調査のためここへ足を踏み入れる。
この森は基本的安全地域に指定されており、出現する魔物はどれも低級レベル。
しかし相手は魔物。
人とは異なるその生物が、例え様子見という理由で軽い攻撃をしたとしても、人間からしてその攻撃自体が脅威になりかねない。
故に四人とも油断していない。
いついかなる時に対応出来るようにと、各々が持つ武器を手にして身構え、慎重に森の奥へと前へ進む。
ザッザッザッザッ。
四人とも無言で前へ進む。
聞こえるのは風の音、地面に芽生える草を踏み付ける音、そして時折聞こえる鳥のさえずりぐらいだろう。
「…奇妙だ」
その静寂に違和感を感じたのか先頭を歩いていた初老のスカーフをつけた男性が足を止める。
それにつられて後ろで跡を追っていた三人も揃いに揃って足を止めた。
どうやら先頭にいる男性は歴戦を生き抜いた故にこの森に詳しいらしく、残り三人の用心棒として同行したようだ。
「き、奇妙…とは?」
先頭を歩く男性の言葉が気掛かりなのか後ろにいたもう一人の男性…というより少年が震えながらも訊ねる。
その震えは恐怖によるものか、それともこれが初めての調査依頼で緊張しているのか、どちらにせよ不安で仕方ないようだ。
「静かすぎる。普通ならゴブリン共が騒いでるはずだが…」
対して男性は冷静に答える。
違和感を感じながらも冷静を保てるのは流石と言うべきか。
だがそれは表面上の話。
男性の額から嫌で冷たい汗が頬を伝って流れ落ちる。
様子からして異常事態のようだ。
これ以上の無い警戒心で違和感を感じながらも前へ進む。
依頼を受けた以上、何かしらの成果を得られなければ依頼者とギルド構成員らが納得しない。
故に危険を承知しながらも森の奥へと進む。
その先にあるのは鬼か蛇か、そんなものわからずままに、ただひたすら前へ…
どれほど進んだことだろうか。
奥に行けば行くほど木々が増え、空にある陽の光を枝の葉が遮り始めた。
少し隙間がある場所から光が差し込み、光のカーテンが完成する。
それでいて未だに静寂。
ここまで奥に来てしまったらゴブリンだけでなく、さらに危険なオーガまで襲ってきてもおかしくない。
だと言うのに。
ゴブリンどころか鹿や小鳥の姿さえ見えない。
先頭を歩いていた男性はさらに嫌な予感がして、思わず足を止めた。
「…困ったな」
ただ一言。
それも呟いた程度の。
それだけだと言うのに最初の文字から最後の文字までしっかりと聞き取れるほどの静寂。
「な、何かお困りで…」
自分より上の立場に当たる人物が困ったと発言したことにより他三人は不安をより一層煽る。
言い始めたのは女性。
それもまだ若く、背には特に特徴もない槍を背負っている。
「…信じられない。空気が違う、ここは俺の知ってる森じゃないようだ…」
男の答えに三人は固唾を飲んだ。
言うには、ここの森は普通じゃない、自分が知っているような森じゃないと言い張る。
信憑性はわからない。
だが男の真剣な表情からして嘘を言ってるつもりは無いようだ。
「ど、どういうことですか?」
「そのまんまだ。いくらなんでも静かすぎるのに加えて魔物の一匹どころか野生の動物さえ見当たらない。分からないことだらけだが、この森に異常が発生しているのは間違いない」
的確な答え、というより男の勘だろう。
だが勘とは言え、時折それが事実となる。
三人は理解している。
十中八九、この森は普通じゃない、別の何かの異変が起きてることぐらい。
まだ新人とはいえ、この三人パーティで何度かこの森に足を踏み入れたからわかる。
その時はここまで奥へ行ったことは無いが、初めて来た時は入口のところでゴブリン十数匹に襲われた経験がある。
だが今はどうだろうか。
入口にもいなければ森の奥深くにさえ動物の気配がない。
生き残ってるのが自分含む四人だけ。
そう錯覚してしまうほどの静寂で、上手く言えない恐怖が三人にまとわりついてきた。
「あ、あの…」
「っ…。待て」
不安で仕方ないのか別のもう一人の少女が男に話をかけようとした所、言葉を遮られ腕で待てと合図する。
風向きが変わったのか、先程より表情が険しい。
他三人はその表情を見たのかさらに不安を煽り、いつ戦闘が起きても対応出来るよう、再び身構える。
その直後、それは起きた。
突然何も無いところから青い電気のようなものが走ると透明のやや大きめな円球体が出現したのだ。
なんの前兆もなく現れたその円球体は激しい風を巻き起こし、地面に衝撃波を薙ぎ払いながら出現し、土を抉りながら次第に大きくなる。
何が起きたのかわからない四人は突風と衝撃波に耐えるだけで精一杯なのか、両腕を交差させて険しい表情をしながら正面を向く。
だがこの時、先頭にいた男性は目を見開いた。
円球体の中に何かがある。
その物体の正体はわからないが自分たちより遥かに大きい存在だと理解した。
「距離を取れ!!」
叫んで指示を出す。
未知だらけの物体でありながら敵という可能性を配慮し、安全第一で出した指示だ。
だがそんなことも叶わず…いや叶った。
あまりにも強すぎる突風に、各々は吹き飛ばされ、強制的に距離が空いてしまったのだ。
身を守る鎧を着込んでいるというのに、それを無視するかのように吹き飛ぶその様は、まるで着込んでる鎧が無意味だと主張するかのように。
そしてそのタイミングで風が弱まり始め、同時に衝撃波も小さくなると地響きがなくなった。
薙ぎ倒された木々に地面に倒れ込んだ四人組、そして中央に巨大なクレーターだけが残った。
「おい!大丈夫か!?」
こびり付いた土を払うと、男性はまず他三人の安否を確認するべく声を掛ける。
後方から「な、なんとか」という声が。
どうやら打ちどころが悪いわけでもなく、全くの無傷で死の心配などなかった。
「あ、あれはなんですか…?魔物?」
同じようにこびり付いた土を払いながら立ち上がる三人。
その内一人の少年は男性に訊ねてみるが、首を傾げられただけで答えなど返ってこなかった。
それはそうだろう。
突然、しかも全長もなく理解し難いことが起きたのだから、逆にどう説明しろと思ってしまう。
「わからないが…確認するぞ」
だからこそ男性は正体を突き止めるべく、クレーター中央に向かっていった。
他三人はあまりノリ気ではなかったが、依頼を受けてしまった以上調査するしかないので渋々それを承知した。
土煙と爆煙が入り交じってるクレーター中央、うっすらだが何か大きな影が見える。
その影はピクリとも動かない。
生物の気配もなく、ピクリとも動かないそれは逆に不気味さだけが漂い、より一層不安を駆り出させる。
言い例えるならそう、地表に直撃した隕石のような、そんな感じだろう。
正体は分からない。
だが確実に何かがある、もしくはいる。
四人の鼓動が早まる。
緊張によるものか、好奇心によるものか。
…いや前者だろう。
こんな時に好奇心があるものなど余程の怖いもの知らずだと思われる。
一歩歩くだけで心音が高まる。
たった一歩、されど一歩、少しずつだが慎重に前へと進む。
そして土煙と爆煙が晴れるとその物体の正体が四人の前であらわとなった。
「なんだ…これは…」
第一声がそれだった。
正体を知ったのはいいが、その物体はどうも説明が付かないものらしく、目を見開いて困惑した表情をして呟いた。
他三人も同様に反応を示す。
それもかつてこれほどのものが現実にあるものかと疑うほどの、それほどの衝撃を受けた。
そこにあったものは人型で___
そこにあったものは鎧のような白鋼で___
そこにあったものは人身をゆうに越す巨大な武器があり___
なによりも、その物体の隣には見慣れない服装を着込んだ少女が横たわっていた。
物体に加え、少女の正体が分からないままだが、服装が乱れた上にボロボロで、傷跡が体の至る所に目立つ。
意識を失っているのか目を閉じたままで物体同様ピクリとも動かなかった。
「人…?人か?」
警戒しながらもクレーターの斜面を駆け下りて近付くと手首を触って生存確認する。
脈は動いてる。
それに微かだが呼吸もしている。
ただ単に意識を失っているだけで死んでいる訳では無い。
しかしこのまま放置してしまうと死ぬ可能性なんて十分ある。
増してやここは森林の奥地。
今は魔物の姿がなくとも完全にいなくなった訳では無い、いずれ戻ってくる可能性も有り得る。
「ど、どうするんですか?」
「言わなくてもわかってるだろ?運ぶぞ、手を貸せ」
女性の両腕を左右に立つ男性と少年の肩に乗せるとゆっくりと慎重に運び始めた。
謎の物体はまだしも、人がいるとなれば子の不可解な一連の出来事について詳しく話してくれる可能性があるからだ。
ただし確実に聞ける訳では無い。
言葉が通じないかもしれないし、果ては警戒して敵視してくることもありうる。
だが可能性は高い方がいい。
それがたとえたった一パーセントだったとしても。
しかし、悲しいことか。
現実なんでもそう簡単に行くと決まっている訳では無い。
グシャリ。
後ろから何かが潰れるような音がした。
その音はとても重量感がある鈍い音で木々を軽く潰れたような音をしている。
それが一定のリズムで鳴り響き、徐々に音が大きくなってきた。
振り返らずともわかる。
何かがこちらに近付いてきてる。
「あ、あの…!!」
「振り返るな!!走れ!!」
危険、明らかに危険。
そんなこと分かってるから男性は叫ぶ。
女性を担ぎながら走る。
だがこのままだと追いつかれるのも時間の問題だ。
非常にも鈍い足音が近付いてきた。
それも先程より速度を上げて。
「…ちっ、仕方ない…!!」
男性は意を決した。
舌打ちをすると女性を担ぐのを辞め、三人の方向より正反対の方へ向く。
すると持っている剣を抜き、身構えて周囲の警戒に入った。
「な、何してるんですか!?このままだと死にますよ!!」
突然の行動に三人のうちの少女が困惑しながら叫ぶが、男性は聞く耳を持たず、ニィと笑った。
だがその笑みはどこか苦しそうで、額から尋常じゃないほどの汗が流れていた。
「お前らは走れ!!そしてこの出来事をギルドに説明しろ!!」
「そ、そんな…!!せ、先輩はどうするんですか!?」
「…生憎、もう長生きなんて出来ない老いぼれだからな。若造のお前らが生き残らないと気分が悪い。ワガママだが、俺が時間を稼ぐ!!振り返らず、とっとと走れ!!」
一度白い歯を見せていたその笑みが消えると真剣な表情で三人に警告する。
突然の別れに少し涙ぐんでる少女がいるも、意を決したのか少年が「…行こう」と呟くと警告通り、振り返らず真っ直ぐ走っていった。
その後ろ姿を見てホッと安心したのか、再び笑みを作る男性。
構えてる剣がカチカチと小刻みに震える。
いや、剣が震えているんじゃない、手も、足も、体も…あらゆる部分が震えている。
全くの未知の存在が姿を見せずにこちらへ近づいてきてる、それなら誰だって恐怖で震えるものだ。
「…ははっ、悪いな」
気持ちを落ち着かせようとポケットから葉巻を一本取り出すと口にくわえて火をつける。
煙が上がって、口の中が苦くて、どこか落ち着くような香りが広がる。
「若造共がいりゃ、こうやって葉巻も吸えねぇからな…」
リラックスしようと葉巻を吸い続けている男性は脳裏にこれまでの出来事が一瞬にして過ぎていく。
生まれた頃からギルドに入るまで。
新人ギルド構成員になってからベテランになるまで。
ベテランになってから愛する人を見つけるまで。
愛する人を見つけたら結婚し、幸せな家族が構成されたまで。
長くて、それでいて短く感じるその出来事は男性にとって悔いはない。
自分の息子娘も同じようにギルドに入って。
妻はギルドを引退しても自分の支えになってくれて。
周りの人間から敬れた、なんとも恵まれた生活だった。
だが今日で終わるだろう。
生き残る可能性だってあるが、それは限りなくゼロに近い。
心残りはせいぜい家族との別れぐらいだ。
そう思うと涙が出そうになるが、ここはぐっとこらえて前を向く。
そしてその鈍い足音の主が男性の前に現れた。
それはどんな鎧よりも硬い甲殻を背負い、前方に非対称の長さで下から上へと伸びる曲角が特徴的な巨大な亀だった。
亀とはいえ、口には無数に立ち並ぶ牙が剥き出し、太い四肢には短くも丈夫そうな爪が三本生えている。
そして顔周りには白い鬣を持つ。
その風貌はまるで本当にこの世に存在する生物なのかと疑うほど恐ろしいものだった。
「こりゃ…大物だな」
人の身どころかちょっとした山と見間違えるほどの巨体を持つその亀は血に濡れたような赤い目をギョロギョロと動かすと武器を構えている男性に目を合わせた。
完全に見下した目。
まるでそこらに転がってる石ころでも眺めるような視線が男性に突き刺さる。
「全く…嫌になる」
対して男性は震えたままニィと笑うと加えていた葉巻をその場に捨てた。
見下されただけで尻もちを着いてしまってもおかしくない視線だと言うのに二本の足で立ち続けてるのは流石と言うべきか。
ガチガチと歯と歯が細かく重なる音を出すが、出来るだけ恐怖を押し殺し、握っていた剣の束をギュッと力を込める。
直後、男性の体の周辺から赤いオーラが放たれた。
武器の能力か、身体を強化させるものらしく、一度踏み込んだだけで小さなクレーターが完成する。
だが巨大な亀は歩みをとめない。
ゆっくり、また一歩とその巨体を動かし、徐々に男性との距離を詰める。
ある程度縮まると軽い咆哮を放った。
しかし、サイズ差がありすぎる故か、軽い咆哮だったとしても人間から、それも身体強化を受けていたとしても思わず耳を塞いでしまうほどの声量が男性に襲いかかる。
ただの咆哮。
それだけだというのにビリビリと体に伝わってくる。
仮に身体能力が向上する効果がなかったら、鼓膜が破れていたのかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
男性の背筋からスーッと冷や汗が流れ出た。
「デカブツがぁ!!行くぞぉ!!」
亀の軽い方向と男性による叫び声。
その二重の音声が戦いの合図となり、距離を詰めて行った。
しばらく後。
その後どうなったのか、誰にも分からない。
ただ巨大な爆発音が響き、そこら一帯に衝撃波が飛び、男性の叫び声と化け物のようなおぞましい咆哮が聞こえたそうだ。
同刻
カンブリラ海洋・海賊船団
一方。
ユーラウス森林より遠い場所に存在する海、【カンブリラ海洋】。
果てを見渡しても海が続く中、一箇所だけ激しい戦闘が繰り広げられていた。
その中央にはマストに髑髏マークが着いた、いかにも巨大な海賊船が数隻あるものの、大砲を装填しては着火して砲弾を放っている。
相手は何か。
海を管理する政府の犬を乗せた船だろうか。
いや違う。
海賊船以外に船など見当たらない。
では何か。
それは水中に潜んでいる存在と戦っている。
「こっちに来るぞ!!」
「砲撃隊!!構え!!」
よく見たら鋭い刃を持つ背鰭が海面から顔を覗かせ、船を囲む形でグルグルと回っている。
水をも切り裂くその刃は大きく、背鰭だけでも人の身ほどの大きさを持つ。
もしあれに人が巻き込まれるとすれば。
真っ二つになるどころか、むしろ八つ裂きにされてしまうのがオチだろう。
「撃てぇー!!」
海賊船に備わっている大砲が大きな鈍い音と火薬の匂いを噴出させながら砲弾を放つ。
偏差的に撃たれたその砲弾は背鰭に直撃するも、圧倒的な切れ味を持つ刃の前では真っ二つに裂かれ、爆風を起こすも効果が薄い。
切り裂かられ、威力が軽減されたというのもあるが、何よりも恐ろしいのがその背鰭の持ち主であろう生物の頑丈さにある。
うっすらとだが、青と水色をベースにした色鮮やかな鱗を纏うその生物は、機動力を減らさずにして沈むことも無く、同時に砲弾の爆発にすら耐え抜く強度を誇っていた。
「着弾!!効果…なし!!」
「くそ…なんなんだこいつは!!」
愚痴を吐きつつも次の砲撃準備に入るも、刃を持つその背鰭は軌道を変えて一隻の船に向かっていく。
そしてその背鰭と船(正しくは船底)と接触すると何事も無かったかのように船ごと真っ二つにした。
木造とはいえ、魔物の攻撃に耐え抜く強度を持った船が、簡単に真っ二つになったのはもはや圧巻としか言えない。
船員はみな、真っ二つによってバランスを崩し沈もうとする船にしがみつき、海に落ちないように踏ん張るが、もう時間の問題としか言いようがない。
先に海へ落ちていった者は苦しそうにジタバタと暴れると何かに引きずり込まれたかのように水中へ潜ることを最後に、青い海が赤い液体に変化する。
恐らくは…いや考えたくもない。
当たり前の光景なのだろうが、想像しただけでやはりゾッとしてしまう。
「バケモノめ!!」
「サメの方がよっぽど可愛い方だなぁ!!」
しかしながら、海賊達に恐れというものを知らない。
いや、正しくは忘れてしまったのだろう。
彼らは海賊、船を襲っては金を奪い、酒を浴びては人の命さえ簡単に奪う集団であるから。
だが何よりも。
海が自分達の縄張りだと思い込んでる彼らにとって海で死ねるというのは本望とも呼べるかもしれない。
故に彼らは恐れない。
故に彼らは自ら海へ飛び込み、剣を構えて背鰭の持ち主と対峙する。
しかし悲しいことか。
水中での機動力は圧倒的に向こうが上。
どう考えても負け戦だ。
しかしながら彼らは諦めない、海で死ねるならと次々と飛び込む。
だが彼らは知らない。
この未知の相手をしているのは海だけではないということを。
同刻
ニヴル山脈・山頂
四季関係なく年中無休で絶え間なく吹雪が降りかかるニヴル山脈。
常に乱層雲が山全体を覆い尽くし、空に浮かぶ陽の光を拒み続けた結果、何かしらの寒さ対策をしなければまともな活動が出来ない、言わば死の山と化していた。
故に、耐寒のために白い毛皮を覆った白銀の巨人こと【イエティー】や敢えて氷の結晶を身に纏うことで甲殻の強度に成功した【カルキノス】など、雪に特化した魔物が多い。
魔物の巣窟となってしまったこの山に住まうどころか訪れる人などおらず、長年放置された山である。
だがこの日、ギルドを始めとする多くの人々がこの山に注目した。
何故なら、覆っていた乱層雲が綺麗さっぱり消え失せていたのだ。
その影響により陽の光に照らされ、雪の表面を焼き溶かすと、そこから水となって流れ始める。
突然の異常事態にイエティーやカルキノスがそそくさと逃亡。
耐寒に特化した彼らにとって陽の光でさえ苦手なのだろう。
だが異常はこれだけではない。
雪が溶けるというのもあるが、一番異常にきたしてるのがその温度である。
暑い、とにかく暑い。
いやむしろ暑いではなく熱いという表現が正しいか。
ニヴル山脈周辺を覆うほどの大規模な熱風が雪を溶かし、雪木を薙ぎ倒しては逃げ遅れた魔物を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた魔物は百をゆうに越す熱に覆われ、ついには消し炭となって絶命してしまった。
その熱風の奥、溶ける雪や文字通り消し飛ばされる魔物を見て満足そうなものがいた。
赤とオレンジの羽毛に覆われた大鷲のようなそれは、翼を広げる度に周囲の空気を圧縮させ、羽ばたくことで放出、羽毛の間にある鱗粉を撒き散らしながら熱の風を放っている。
牙はなく、代わりにどんな氷でも粉砕しそうな鋭い嘴を持ち、足先と翼先にも雪を切り裂いてしまいそうな黒い爪を持ち合わせている。
一見巨大な赤い大鷲のように見えるが、よく見ると鱗や尾から伸びる黒赤の甲殻があるため、完全に大鷲とは断言出来ないようだ。
しかしその大鷲自体がかなりの戦闘能力を有しているらしく、魔物は熱風からというより、突如現れた大鷲から逃げているように見える。
本能的に危険だと感じたのだろう。
もっとも、熱風に吹き飛ばされて消し炭にされている訳だが。
自分より敵がいないとわかった大鷲はそのまま羽ばたいて山頂へ降り立つと天に向けて甲高い咆哮を上げる。
その咆哮は重くて強いものではなく、鋭く耳に響くような咆哮で、上空に浮かぶ雲を吹き飛ばした。
直後に…ありえないことに、空間がガラスのように亀裂が走ったではないか。
本来走る場所ではない亀裂がピシピシと嫌な音を立てながら広がり、ついにはパリンと乾いた音と共に砕け散った。
するとどうだろうか。
穴が空いた黒い空間から翼を持つ化け物たちが一斉に侵入してきたのだ。
その化け物の一体一体はあらゆる魔物より巨体で、それでいながら翼を持つ故に高速で空中を泳ぐように羽ばたいている。
しばらくして、数え切れない数まで侵入してきた化け物たちは地に足が着くと喉を鳴らしながら周囲の警戒をする。
ただ単に降りてきた訳では無い。
驚くことにこの地帯全体を地獄に変えた大鷲を守るような陣形で見回っているのだ。
本能に従い、活動する魔物とは違い、明らかに計画的な行動…これを察するに彼らはただの魔物ではなく、ちゃんとした知能を得ているようだ。
それでいながら凶暴性と残虐性を備えている。
現に熱風から逃れた魔物たちを鋭い牙で挟み肉を食らっている。
さて、ここで想像して欲しい。
この魔物以上に危険な生命体が…人間の街にやってきた、としたら…。
…言うまでもない。
その時の人間たちはもう既に…。
同刻
某城下町
「敵襲!!敵襲ぅ!!」
カンカンと鐘の音が城下町に響き渡った。
本来なら対魔物用として街全体に巨大な壁を形成しているが、空を飛ぶその化け物たちの前では軽々と突破されてしまった。
空からやってきた彼らは街に降り立つと女、子供、老人関係なく、目に入ったもの全てを食らおうと口を開く。
人々は逃げ惑う。
我先にと安全な場所を探しても地獄絵図の光景が嫌でも目に映ってしまう。
この街のギルド構成員、また騎士団も出動して化け物たちの討伐に向かうも数が数もあってか押されてしまう一方。
重い鎧を着込んでる騎士がまるで紙くずのように吹き飛ばされ___
鋭い爪や牙によって身体を紙のように八つ裂きにされ___
巨木とも言えるような尾が薙ぎ払い、ギルド構成員と騎士団員がまとめて吹き飛ばされた。
さらに恐ろしいことに、その化け物の口が赤く光ったと思えば高熱を帯びた玉が発射された。
その玉が何かにぶつかるとその場で爆発を起こし、人間諸共レンガ造りの建造物まで粉々に粉砕する。
巻き込まれた人間はもちろんのこと、直撃を免れた人間はその爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて軽い骨折を起こしてしまう。
だが決して殺せない相手ではない。
犠牲を払いながらも着実に一頭ずつ倒していくも、殺しても殺してもその数が減らない。
「おいなんだよこいつら!!」
「わからない…!!だが敵に間違いない!!殺せ!!」
「うわあああぁぁっ!!人が…人が食われたぁ!!」
「くそっ!!死ね!!死ねよォ!!」
なんの前触れもなく、突如として現れた化け物たちは人を喰い、踏み潰し、焼き殺す。
一方的な蹂躙で戦いにはならなかった。
ギルド構成員、騎士団員達はただこの街の防衛をするだけで精一杯で次々と、目の前で仲間達が食われ、潰され、焼かれていく。
街が瞬く間に戦場となった今、人々は戦うことしか選択肢がない。
だが、全滅なんて時間の問題に過ぎない。
ギルド構成員、騎士団員を統合して合計数百人いたものの、既に指で数える程の数しか生き残っていなかった。
対して化け物たちはそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかり立て続けに人間を襲う。
向こうからすれば目障りな害虫がいる、という認識なのだろう。
対話は勿論だが和解の猶予もない。
ただ殺すのみ、二足歩行で走る害虫を絶滅させると言わんばかりに。
故に生き残ったギルド構成員達も、騎士団員達も戦い続ける。
いや、正確には抵抗だろう。
彼らは諦めるつもりなんてさらさらない。
無謀な戦い、負け戦だ。
そんなこと誰よりも一番理解している彼らが何故そこまでして戦うのか?
それは単に信念があるから。
生まれ育ったこの故郷を荒らす不届き者の存在が許さないから命を賭して戦うのだ。
殺せない相手ではない。
どれほど数が多いとはいえ必ず底が尽きる筈だ。
その希望を胸に剣を振るい、弓で射抜き、槍で突き刺した。
この悪夢を終わらせるために。
この惨劇を終わらせるために。
小さな希望を信じて、ただ武器を___
…だが、残念なことに。
圧倒的な絶望がその小さな希望すら飲み込んでしまった。
「お、おい!!あれを見ろ!!」
一人の兵士はある化け物を見つけ、周囲の気を促した。
指差すその先には他の化け物とは違う姿をした化け物が時計塔の頂上からこちらを見下ろしている。
全身には血に濡れたような赤黒い鱗を持ち、身を守るような形で展開した甲殻が特徴的なその化け物は背に付いているコウモリのような翼を広げて羽ばたき、生き残った人間の前に降り立った。
太い二本の脚が地面に接触すると地面が割れるがお構いなく二足歩行で立ち上がり、口を大きく開けると咆哮を上げる。
その音量はとてつもなく重いもので周囲に並んでいたガレキの建造物が一瞬にして吹き飛ばされ、土煙を巻き上げて空気を振動させた。
もちろんのこと戦っていたギルド構成員、兵士も耳を塞ぎ込んで怯んでしまう。
いくら強く塞いでも耳の鼓膜まで響く大音量。
中には耐えきれなかったらしく、地面に膝をつけてもがき苦しむ人もいた。
突風、振動、衝撃波。
何もかもがたった一つの、生物の叫びから生まれてくるなんて信じられないだろう。
咆哮を上げた瞬間、全身の鱗や甲殻の間にグツグツと熱い熱気を発するその化け物は、耳鳴りに襲われてまともに動けないギルド構成員や騎士団の兵士に近付き、太い腕に付いている、短くて太くて硬い爪が掻き立てられ、そのまま…
化け物が出現して僅か一時間。
ある城下町が地図から消え失せた。
理由など言わなくてもわかっている。
人も、建造物も、何もかもがその化け物によって跡形もなく消されてしまったのだから。
後に異世界イグニス全域にこんな知らせが届いた。
「空飛ぶ化け物が人を襲った」
「上空に亀裂が入り、そこから化け物が出てきた」
「空間が歪んだと思えば、そこから謎の金属が出現した」
どれも頭を悩ませそうな報告だが、大多数の人間が口を揃えてそう言ってる以上、信じる他ない。
そして後にイグニスの人々は化け物をドラゴンと呼称し、対策を練ることに専念したが、当然有効な打開策など出るはずもなく、ただ時間が過ぎてゆく。
危険な存在、ドラゴン。
その出現により、世界は一変した。
魔物や人が殺され、いくつかの街を失ったこと。
生態に変化が訪れ、あるべき環境がありえない環境に急速に変化してしまったこと。
世界各地に例の白鋼の物体が出現するも、正体は不明だが今も尚どこかに出現し続けてること。
そして…。
人々はいつしかドラゴンの出現という惨劇をこう口にした。
竜災、と。
数週間後
ギルドルド帝国・召喚の間
ドラゴン襲来から数週間後。
イグニスは滅びの道を辿っている。
このままでは人類おろそか魔物さえ絶滅してしまう。
危機を感じた人々は、ついに苦渋の選択をする。
【召喚の儀】
言うなれば、異界の人間をこの世界に呼び寄せる儀式である。
この異世界イグニスの歴史にはこうつづられている。
『世界の滅びが来たりしとき、異界の者現れん。其の者は災いを滅ぼす者、人の子に光をもたらさんとする者。救世主であるが故に世界を救う』
その名を…『勇者』と。
現代
地球・東京
そして今。
この地球という星に異世界へ召喚された者がイグニスへと迷い込む。
ユーラウス森林
異世界イグニス。
この世界は地球とは異なり、人とは別に魔物と呼ばれる不思議な生物がいた。
その魔物は多種多様。
草食で大人しいものもいれば肉食で時に人へ牙を剥くものもいる。
そしてここ、西に広がる巨大な森林地帯【ユーラウス森林】で不気味な声のようなものが聞こえると調査依頼が届き、ギルドと呼ばれる組織に所属する人間四人が調査のためここへ足を踏み入れる。
この森は基本的安全地域に指定されており、出現する魔物はどれも低級レベル。
しかし相手は魔物。
人とは異なるその生物が、例え様子見という理由で軽い攻撃をしたとしても、人間からしてその攻撃自体が脅威になりかねない。
故に四人とも油断していない。
いついかなる時に対応出来るようにと、各々が持つ武器を手にして身構え、慎重に森の奥へと前へ進む。
ザッザッザッザッ。
四人とも無言で前へ進む。
聞こえるのは風の音、地面に芽生える草を踏み付ける音、そして時折聞こえる鳥のさえずりぐらいだろう。
「…奇妙だ」
その静寂に違和感を感じたのか先頭を歩いていた初老のスカーフをつけた男性が足を止める。
それにつられて後ろで跡を追っていた三人も揃いに揃って足を止めた。
どうやら先頭にいる男性は歴戦を生き抜いた故にこの森に詳しいらしく、残り三人の用心棒として同行したようだ。
「き、奇妙…とは?」
先頭を歩く男性の言葉が気掛かりなのか後ろにいたもう一人の男性…というより少年が震えながらも訊ねる。
その震えは恐怖によるものか、それともこれが初めての調査依頼で緊張しているのか、どちらにせよ不安で仕方ないようだ。
「静かすぎる。普通ならゴブリン共が騒いでるはずだが…」
対して男性は冷静に答える。
違和感を感じながらも冷静を保てるのは流石と言うべきか。
だがそれは表面上の話。
男性の額から嫌で冷たい汗が頬を伝って流れ落ちる。
様子からして異常事態のようだ。
これ以上の無い警戒心で違和感を感じながらも前へ進む。
依頼を受けた以上、何かしらの成果を得られなければ依頼者とギルド構成員らが納得しない。
故に危険を承知しながらも森の奥へと進む。
その先にあるのは鬼か蛇か、そんなものわからずままに、ただひたすら前へ…
どれほど進んだことだろうか。
奥に行けば行くほど木々が増え、空にある陽の光を枝の葉が遮り始めた。
少し隙間がある場所から光が差し込み、光のカーテンが完成する。
それでいて未だに静寂。
ここまで奥に来てしまったらゴブリンだけでなく、さらに危険なオーガまで襲ってきてもおかしくない。
だと言うのに。
ゴブリンどころか鹿や小鳥の姿さえ見えない。
先頭を歩いていた男性はさらに嫌な予感がして、思わず足を止めた。
「…困ったな」
ただ一言。
それも呟いた程度の。
それだけだと言うのに最初の文字から最後の文字までしっかりと聞き取れるほどの静寂。
「な、何かお困りで…」
自分より上の立場に当たる人物が困ったと発言したことにより他三人は不安をより一層煽る。
言い始めたのは女性。
それもまだ若く、背には特に特徴もない槍を背負っている。
「…信じられない。空気が違う、ここは俺の知ってる森じゃないようだ…」
男の答えに三人は固唾を飲んだ。
言うには、ここの森は普通じゃない、自分が知っているような森じゃないと言い張る。
信憑性はわからない。
だが男の真剣な表情からして嘘を言ってるつもりは無いようだ。
「ど、どういうことですか?」
「そのまんまだ。いくらなんでも静かすぎるのに加えて魔物の一匹どころか野生の動物さえ見当たらない。分からないことだらけだが、この森に異常が発生しているのは間違いない」
的確な答え、というより男の勘だろう。
だが勘とは言え、時折それが事実となる。
三人は理解している。
十中八九、この森は普通じゃない、別の何かの異変が起きてることぐらい。
まだ新人とはいえ、この三人パーティで何度かこの森に足を踏み入れたからわかる。
その時はここまで奥へ行ったことは無いが、初めて来た時は入口のところでゴブリン十数匹に襲われた経験がある。
だが今はどうだろうか。
入口にもいなければ森の奥深くにさえ動物の気配がない。
生き残ってるのが自分含む四人だけ。
そう錯覚してしまうほどの静寂で、上手く言えない恐怖が三人にまとわりついてきた。
「あ、あの…」
「っ…。待て」
不安で仕方ないのか別のもう一人の少女が男に話をかけようとした所、言葉を遮られ腕で待てと合図する。
風向きが変わったのか、先程より表情が険しい。
他三人はその表情を見たのかさらに不安を煽り、いつ戦闘が起きても対応出来るよう、再び身構える。
その直後、それは起きた。
突然何も無いところから青い電気のようなものが走ると透明のやや大きめな円球体が出現したのだ。
なんの前兆もなく現れたその円球体は激しい風を巻き起こし、地面に衝撃波を薙ぎ払いながら出現し、土を抉りながら次第に大きくなる。
何が起きたのかわからない四人は突風と衝撃波に耐えるだけで精一杯なのか、両腕を交差させて険しい表情をしながら正面を向く。
だがこの時、先頭にいた男性は目を見開いた。
円球体の中に何かがある。
その物体の正体はわからないが自分たちより遥かに大きい存在だと理解した。
「距離を取れ!!」
叫んで指示を出す。
未知だらけの物体でありながら敵という可能性を配慮し、安全第一で出した指示だ。
だがそんなことも叶わず…いや叶った。
あまりにも強すぎる突風に、各々は吹き飛ばされ、強制的に距離が空いてしまったのだ。
身を守る鎧を着込んでいるというのに、それを無視するかのように吹き飛ぶその様は、まるで着込んでる鎧が無意味だと主張するかのように。
そしてそのタイミングで風が弱まり始め、同時に衝撃波も小さくなると地響きがなくなった。
薙ぎ倒された木々に地面に倒れ込んだ四人組、そして中央に巨大なクレーターだけが残った。
「おい!大丈夫か!?」
こびり付いた土を払うと、男性はまず他三人の安否を確認するべく声を掛ける。
後方から「な、なんとか」という声が。
どうやら打ちどころが悪いわけでもなく、全くの無傷で死の心配などなかった。
「あ、あれはなんですか…?魔物?」
同じようにこびり付いた土を払いながら立ち上がる三人。
その内一人の少年は男性に訊ねてみるが、首を傾げられただけで答えなど返ってこなかった。
それはそうだろう。
突然、しかも全長もなく理解し難いことが起きたのだから、逆にどう説明しろと思ってしまう。
「わからないが…確認するぞ」
だからこそ男性は正体を突き止めるべく、クレーター中央に向かっていった。
他三人はあまりノリ気ではなかったが、依頼を受けてしまった以上調査するしかないので渋々それを承知した。
土煙と爆煙が入り交じってるクレーター中央、うっすらだが何か大きな影が見える。
その影はピクリとも動かない。
生物の気配もなく、ピクリとも動かないそれは逆に不気味さだけが漂い、より一層不安を駆り出させる。
言い例えるならそう、地表に直撃した隕石のような、そんな感じだろう。
正体は分からない。
だが確実に何かがある、もしくはいる。
四人の鼓動が早まる。
緊張によるものか、好奇心によるものか。
…いや前者だろう。
こんな時に好奇心があるものなど余程の怖いもの知らずだと思われる。
一歩歩くだけで心音が高まる。
たった一歩、されど一歩、少しずつだが慎重に前へと進む。
そして土煙と爆煙が晴れるとその物体の正体が四人の前であらわとなった。
「なんだ…これは…」
第一声がそれだった。
正体を知ったのはいいが、その物体はどうも説明が付かないものらしく、目を見開いて困惑した表情をして呟いた。
他三人も同様に反応を示す。
それもかつてこれほどのものが現実にあるものかと疑うほどの、それほどの衝撃を受けた。
そこにあったものは人型で___
そこにあったものは鎧のような白鋼で___
そこにあったものは人身をゆうに越す巨大な武器があり___
なによりも、その物体の隣には見慣れない服装を着込んだ少女が横たわっていた。
物体に加え、少女の正体が分からないままだが、服装が乱れた上にボロボロで、傷跡が体の至る所に目立つ。
意識を失っているのか目を閉じたままで物体同様ピクリとも動かなかった。
「人…?人か?」
警戒しながらもクレーターの斜面を駆け下りて近付くと手首を触って生存確認する。
脈は動いてる。
それに微かだが呼吸もしている。
ただ単に意識を失っているだけで死んでいる訳では無い。
しかしこのまま放置してしまうと死ぬ可能性なんて十分ある。
増してやここは森林の奥地。
今は魔物の姿がなくとも完全にいなくなった訳では無い、いずれ戻ってくる可能性も有り得る。
「ど、どうするんですか?」
「言わなくてもわかってるだろ?運ぶぞ、手を貸せ」
女性の両腕を左右に立つ男性と少年の肩に乗せるとゆっくりと慎重に運び始めた。
謎の物体はまだしも、人がいるとなれば子の不可解な一連の出来事について詳しく話してくれる可能性があるからだ。
ただし確実に聞ける訳では無い。
言葉が通じないかもしれないし、果ては警戒して敵視してくることもありうる。
だが可能性は高い方がいい。
それがたとえたった一パーセントだったとしても。
しかし、悲しいことか。
現実なんでもそう簡単に行くと決まっている訳では無い。
グシャリ。
後ろから何かが潰れるような音がした。
その音はとても重量感がある鈍い音で木々を軽く潰れたような音をしている。
それが一定のリズムで鳴り響き、徐々に音が大きくなってきた。
振り返らずともわかる。
何かがこちらに近付いてきてる。
「あ、あの…!!」
「振り返るな!!走れ!!」
危険、明らかに危険。
そんなこと分かってるから男性は叫ぶ。
女性を担ぎながら走る。
だがこのままだと追いつかれるのも時間の問題だ。
非常にも鈍い足音が近付いてきた。
それも先程より速度を上げて。
「…ちっ、仕方ない…!!」
男性は意を決した。
舌打ちをすると女性を担ぐのを辞め、三人の方向より正反対の方へ向く。
すると持っている剣を抜き、身構えて周囲の警戒に入った。
「な、何してるんですか!?このままだと死にますよ!!」
突然の行動に三人のうちの少女が困惑しながら叫ぶが、男性は聞く耳を持たず、ニィと笑った。
だがその笑みはどこか苦しそうで、額から尋常じゃないほどの汗が流れていた。
「お前らは走れ!!そしてこの出来事をギルドに説明しろ!!」
「そ、そんな…!!せ、先輩はどうするんですか!?」
「…生憎、もう長生きなんて出来ない老いぼれだからな。若造のお前らが生き残らないと気分が悪い。ワガママだが、俺が時間を稼ぐ!!振り返らず、とっとと走れ!!」
一度白い歯を見せていたその笑みが消えると真剣な表情で三人に警告する。
突然の別れに少し涙ぐんでる少女がいるも、意を決したのか少年が「…行こう」と呟くと警告通り、振り返らず真っ直ぐ走っていった。
その後ろ姿を見てホッと安心したのか、再び笑みを作る男性。
構えてる剣がカチカチと小刻みに震える。
いや、剣が震えているんじゃない、手も、足も、体も…あらゆる部分が震えている。
全くの未知の存在が姿を見せずにこちらへ近づいてきてる、それなら誰だって恐怖で震えるものだ。
「…ははっ、悪いな」
気持ちを落ち着かせようとポケットから葉巻を一本取り出すと口にくわえて火をつける。
煙が上がって、口の中が苦くて、どこか落ち着くような香りが広がる。
「若造共がいりゃ、こうやって葉巻も吸えねぇからな…」
リラックスしようと葉巻を吸い続けている男性は脳裏にこれまでの出来事が一瞬にして過ぎていく。
生まれた頃からギルドに入るまで。
新人ギルド構成員になってからベテランになるまで。
ベテランになってから愛する人を見つけるまで。
愛する人を見つけたら結婚し、幸せな家族が構成されたまで。
長くて、それでいて短く感じるその出来事は男性にとって悔いはない。
自分の息子娘も同じようにギルドに入って。
妻はギルドを引退しても自分の支えになってくれて。
周りの人間から敬れた、なんとも恵まれた生活だった。
だが今日で終わるだろう。
生き残る可能性だってあるが、それは限りなくゼロに近い。
心残りはせいぜい家族との別れぐらいだ。
そう思うと涙が出そうになるが、ここはぐっとこらえて前を向く。
そしてその鈍い足音の主が男性の前に現れた。
それはどんな鎧よりも硬い甲殻を背負い、前方に非対称の長さで下から上へと伸びる曲角が特徴的な巨大な亀だった。
亀とはいえ、口には無数に立ち並ぶ牙が剥き出し、太い四肢には短くも丈夫そうな爪が三本生えている。
そして顔周りには白い鬣を持つ。
その風貌はまるで本当にこの世に存在する生物なのかと疑うほど恐ろしいものだった。
「こりゃ…大物だな」
人の身どころかちょっとした山と見間違えるほどの巨体を持つその亀は血に濡れたような赤い目をギョロギョロと動かすと武器を構えている男性に目を合わせた。
完全に見下した目。
まるでそこらに転がってる石ころでも眺めるような視線が男性に突き刺さる。
「全く…嫌になる」
対して男性は震えたままニィと笑うと加えていた葉巻をその場に捨てた。
見下されただけで尻もちを着いてしまってもおかしくない視線だと言うのに二本の足で立ち続けてるのは流石と言うべきか。
ガチガチと歯と歯が細かく重なる音を出すが、出来るだけ恐怖を押し殺し、握っていた剣の束をギュッと力を込める。
直後、男性の体の周辺から赤いオーラが放たれた。
武器の能力か、身体を強化させるものらしく、一度踏み込んだだけで小さなクレーターが完成する。
だが巨大な亀は歩みをとめない。
ゆっくり、また一歩とその巨体を動かし、徐々に男性との距離を詰める。
ある程度縮まると軽い咆哮を放った。
しかし、サイズ差がありすぎる故か、軽い咆哮だったとしても人間から、それも身体強化を受けていたとしても思わず耳を塞いでしまうほどの声量が男性に襲いかかる。
ただの咆哮。
それだけだというのにビリビリと体に伝わってくる。
仮に身体能力が向上する効果がなかったら、鼓膜が破れていたのかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
男性の背筋からスーッと冷や汗が流れ出た。
「デカブツがぁ!!行くぞぉ!!」
亀の軽い方向と男性による叫び声。
その二重の音声が戦いの合図となり、距離を詰めて行った。
しばらく後。
その後どうなったのか、誰にも分からない。
ただ巨大な爆発音が響き、そこら一帯に衝撃波が飛び、男性の叫び声と化け物のようなおぞましい咆哮が聞こえたそうだ。
同刻
カンブリラ海洋・海賊船団
一方。
ユーラウス森林より遠い場所に存在する海、【カンブリラ海洋】。
果てを見渡しても海が続く中、一箇所だけ激しい戦闘が繰り広げられていた。
その中央にはマストに髑髏マークが着いた、いかにも巨大な海賊船が数隻あるものの、大砲を装填しては着火して砲弾を放っている。
相手は何か。
海を管理する政府の犬を乗せた船だろうか。
いや違う。
海賊船以外に船など見当たらない。
では何か。
それは水中に潜んでいる存在と戦っている。
「こっちに来るぞ!!」
「砲撃隊!!構え!!」
よく見たら鋭い刃を持つ背鰭が海面から顔を覗かせ、船を囲む形でグルグルと回っている。
水をも切り裂くその刃は大きく、背鰭だけでも人の身ほどの大きさを持つ。
もしあれに人が巻き込まれるとすれば。
真っ二つになるどころか、むしろ八つ裂きにされてしまうのがオチだろう。
「撃てぇー!!」
海賊船に備わっている大砲が大きな鈍い音と火薬の匂いを噴出させながら砲弾を放つ。
偏差的に撃たれたその砲弾は背鰭に直撃するも、圧倒的な切れ味を持つ刃の前では真っ二つに裂かれ、爆風を起こすも効果が薄い。
切り裂かられ、威力が軽減されたというのもあるが、何よりも恐ろしいのがその背鰭の持ち主であろう生物の頑丈さにある。
うっすらとだが、青と水色をベースにした色鮮やかな鱗を纏うその生物は、機動力を減らさずにして沈むことも無く、同時に砲弾の爆発にすら耐え抜く強度を誇っていた。
「着弾!!効果…なし!!」
「くそ…なんなんだこいつは!!」
愚痴を吐きつつも次の砲撃準備に入るも、刃を持つその背鰭は軌道を変えて一隻の船に向かっていく。
そしてその背鰭と船(正しくは船底)と接触すると何事も無かったかのように船ごと真っ二つにした。
木造とはいえ、魔物の攻撃に耐え抜く強度を持った船が、簡単に真っ二つになったのはもはや圧巻としか言えない。
船員はみな、真っ二つによってバランスを崩し沈もうとする船にしがみつき、海に落ちないように踏ん張るが、もう時間の問題としか言いようがない。
先に海へ落ちていった者は苦しそうにジタバタと暴れると何かに引きずり込まれたかのように水中へ潜ることを最後に、青い海が赤い液体に変化する。
恐らくは…いや考えたくもない。
当たり前の光景なのだろうが、想像しただけでやはりゾッとしてしまう。
「バケモノめ!!」
「サメの方がよっぽど可愛い方だなぁ!!」
しかしながら、海賊達に恐れというものを知らない。
いや、正しくは忘れてしまったのだろう。
彼らは海賊、船を襲っては金を奪い、酒を浴びては人の命さえ簡単に奪う集団であるから。
だが何よりも。
海が自分達の縄張りだと思い込んでる彼らにとって海で死ねるというのは本望とも呼べるかもしれない。
故に彼らは恐れない。
故に彼らは自ら海へ飛び込み、剣を構えて背鰭の持ち主と対峙する。
しかし悲しいことか。
水中での機動力は圧倒的に向こうが上。
どう考えても負け戦だ。
しかしながら彼らは諦めない、海で死ねるならと次々と飛び込む。
だが彼らは知らない。
この未知の相手をしているのは海だけではないということを。
同刻
ニヴル山脈・山頂
四季関係なく年中無休で絶え間なく吹雪が降りかかるニヴル山脈。
常に乱層雲が山全体を覆い尽くし、空に浮かぶ陽の光を拒み続けた結果、何かしらの寒さ対策をしなければまともな活動が出来ない、言わば死の山と化していた。
故に、耐寒のために白い毛皮を覆った白銀の巨人こと【イエティー】や敢えて氷の結晶を身に纏うことで甲殻の強度に成功した【カルキノス】など、雪に特化した魔物が多い。
魔物の巣窟となってしまったこの山に住まうどころか訪れる人などおらず、長年放置された山である。
だがこの日、ギルドを始めとする多くの人々がこの山に注目した。
何故なら、覆っていた乱層雲が綺麗さっぱり消え失せていたのだ。
その影響により陽の光に照らされ、雪の表面を焼き溶かすと、そこから水となって流れ始める。
突然の異常事態にイエティーやカルキノスがそそくさと逃亡。
耐寒に特化した彼らにとって陽の光でさえ苦手なのだろう。
だが異常はこれだけではない。
雪が溶けるというのもあるが、一番異常にきたしてるのがその温度である。
暑い、とにかく暑い。
いやむしろ暑いではなく熱いという表現が正しいか。
ニヴル山脈周辺を覆うほどの大規模な熱風が雪を溶かし、雪木を薙ぎ倒しては逃げ遅れた魔物を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた魔物は百をゆうに越す熱に覆われ、ついには消し炭となって絶命してしまった。
その熱風の奥、溶ける雪や文字通り消し飛ばされる魔物を見て満足そうなものがいた。
赤とオレンジの羽毛に覆われた大鷲のようなそれは、翼を広げる度に周囲の空気を圧縮させ、羽ばたくことで放出、羽毛の間にある鱗粉を撒き散らしながら熱の風を放っている。
牙はなく、代わりにどんな氷でも粉砕しそうな鋭い嘴を持ち、足先と翼先にも雪を切り裂いてしまいそうな黒い爪を持ち合わせている。
一見巨大な赤い大鷲のように見えるが、よく見ると鱗や尾から伸びる黒赤の甲殻があるため、完全に大鷲とは断言出来ないようだ。
しかしその大鷲自体がかなりの戦闘能力を有しているらしく、魔物は熱風からというより、突如現れた大鷲から逃げているように見える。
本能的に危険だと感じたのだろう。
もっとも、熱風に吹き飛ばされて消し炭にされている訳だが。
自分より敵がいないとわかった大鷲はそのまま羽ばたいて山頂へ降り立つと天に向けて甲高い咆哮を上げる。
その咆哮は重くて強いものではなく、鋭く耳に響くような咆哮で、上空に浮かぶ雲を吹き飛ばした。
直後に…ありえないことに、空間がガラスのように亀裂が走ったではないか。
本来走る場所ではない亀裂がピシピシと嫌な音を立てながら広がり、ついにはパリンと乾いた音と共に砕け散った。
するとどうだろうか。
穴が空いた黒い空間から翼を持つ化け物たちが一斉に侵入してきたのだ。
その化け物の一体一体はあらゆる魔物より巨体で、それでいながら翼を持つ故に高速で空中を泳ぐように羽ばたいている。
しばらくして、数え切れない数まで侵入してきた化け物たちは地に足が着くと喉を鳴らしながら周囲の警戒をする。
ただ単に降りてきた訳では無い。
驚くことにこの地帯全体を地獄に変えた大鷲を守るような陣形で見回っているのだ。
本能に従い、活動する魔物とは違い、明らかに計画的な行動…これを察するに彼らはただの魔物ではなく、ちゃんとした知能を得ているようだ。
それでいながら凶暴性と残虐性を備えている。
現に熱風から逃れた魔物たちを鋭い牙で挟み肉を食らっている。
さて、ここで想像して欲しい。
この魔物以上に危険な生命体が…人間の街にやってきた、としたら…。
…言うまでもない。
その時の人間たちはもう既に…。
同刻
某城下町
「敵襲!!敵襲ぅ!!」
カンカンと鐘の音が城下町に響き渡った。
本来なら対魔物用として街全体に巨大な壁を形成しているが、空を飛ぶその化け物たちの前では軽々と突破されてしまった。
空からやってきた彼らは街に降り立つと女、子供、老人関係なく、目に入ったもの全てを食らおうと口を開く。
人々は逃げ惑う。
我先にと安全な場所を探しても地獄絵図の光景が嫌でも目に映ってしまう。
この街のギルド構成員、また騎士団も出動して化け物たちの討伐に向かうも数が数もあってか押されてしまう一方。
重い鎧を着込んでる騎士がまるで紙くずのように吹き飛ばされ___
鋭い爪や牙によって身体を紙のように八つ裂きにされ___
巨木とも言えるような尾が薙ぎ払い、ギルド構成員と騎士団員がまとめて吹き飛ばされた。
さらに恐ろしいことに、その化け物の口が赤く光ったと思えば高熱を帯びた玉が発射された。
その玉が何かにぶつかるとその場で爆発を起こし、人間諸共レンガ造りの建造物まで粉々に粉砕する。
巻き込まれた人間はもちろんのこと、直撃を免れた人間はその爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて軽い骨折を起こしてしまう。
だが決して殺せない相手ではない。
犠牲を払いながらも着実に一頭ずつ倒していくも、殺しても殺してもその数が減らない。
「おいなんだよこいつら!!」
「わからない…!!だが敵に間違いない!!殺せ!!」
「うわあああぁぁっ!!人が…人が食われたぁ!!」
「くそっ!!死ね!!死ねよォ!!」
なんの前触れもなく、突如として現れた化け物たちは人を喰い、踏み潰し、焼き殺す。
一方的な蹂躙で戦いにはならなかった。
ギルド構成員、騎士団員達はただこの街の防衛をするだけで精一杯で次々と、目の前で仲間達が食われ、潰され、焼かれていく。
街が瞬く間に戦場となった今、人々は戦うことしか選択肢がない。
だが、全滅なんて時間の問題に過ぎない。
ギルド構成員、騎士団員を統合して合計数百人いたものの、既に指で数える程の数しか生き残っていなかった。
対して化け物たちはそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかり立て続けに人間を襲う。
向こうからすれば目障りな害虫がいる、という認識なのだろう。
対話は勿論だが和解の猶予もない。
ただ殺すのみ、二足歩行で走る害虫を絶滅させると言わんばかりに。
故に生き残ったギルド構成員達も、騎士団員達も戦い続ける。
いや、正確には抵抗だろう。
彼らは諦めるつもりなんてさらさらない。
無謀な戦い、負け戦だ。
そんなこと誰よりも一番理解している彼らが何故そこまでして戦うのか?
それは単に信念があるから。
生まれ育ったこの故郷を荒らす不届き者の存在が許さないから命を賭して戦うのだ。
殺せない相手ではない。
どれほど数が多いとはいえ必ず底が尽きる筈だ。
その希望を胸に剣を振るい、弓で射抜き、槍で突き刺した。
この悪夢を終わらせるために。
この惨劇を終わらせるために。
小さな希望を信じて、ただ武器を___
…だが、残念なことに。
圧倒的な絶望がその小さな希望すら飲み込んでしまった。
「お、おい!!あれを見ろ!!」
一人の兵士はある化け物を見つけ、周囲の気を促した。
指差すその先には他の化け物とは違う姿をした化け物が時計塔の頂上からこちらを見下ろしている。
全身には血に濡れたような赤黒い鱗を持ち、身を守るような形で展開した甲殻が特徴的なその化け物は背に付いているコウモリのような翼を広げて羽ばたき、生き残った人間の前に降り立った。
太い二本の脚が地面に接触すると地面が割れるがお構いなく二足歩行で立ち上がり、口を大きく開けると咆哮を上げる。
その音量はとてつもなく重いもので周囲に並んでいたガレキの建造物が一瞬にして吹き飛ばされ、土煙を巻き上げて空気を振動させた。
もちろんのこと戦っていたギルド構成員、兵士も耳を塞ぎ込んで怯んでしまう。
いくら強く塞いでも耳の鼓膜まで響く大音量。
中には耐えきれなかったらしく、地面に膝をつけてもがき苦しむ人もいた。
突風、振動、衝撃波。
何もかもがたった一つの、生物の叫びから生まれてくるなんて信じられないだろう。
咆哮を上げた瞬間、全身の鱗や甲殻の間にグツグツと熱い熱気を発するその化け物は、耳鳴りに襲われてまともに動けないギルド構成員や騎士団の兵士に近付き、太い腕に付いている、短くて太くて硬い爪が掻き立てられ、そのまま…
化け物が出現して僅か一時間。
ある城下町が地図から消え失せた。
理由など言わなくてもわかっている。
人も、建造物も、何もかもがその化け物によって跡形もなく消されてしまったのだから。
後に異世界イグニス全域にこんな知らせが届いた。
「空飛ぶ化け物が人を襲った」
「上空に亀裂が入り、そこから化け物が出てきた」
「空間が歪んだと思えば、そこから謎の金属が出現した」
どれも頭を悩ませそうな報告だが、大多数の人間が口を揃えてそう言ってる以上、信じる他ない。
そして後にイグニスの人々は化け物をドラゴンと呼称し、対策を練ることに専念したが、当然有効な打開策など出るはずもなく、ただ時間が過ぎてゆく。
危険な存在、ドラゴン。
その出現により、世界は一変した。
魔物や人が殺され、いくつかの街を失ったこと。
生態に変化が訪れ、あるべき環境がありえない環境に急速に変化してしまったこと。
世界各地に例の白鋼の物体が出現するも、正体は不明だが今も尚どこかに出現し続けてること。
そして…。
人々はいつしかドラゴンの出現という惨劇をこう口にした。
竜災、と。
数週間後
ギルドルド帝国・召喚の間
ドラゴン襲来から数週間後。
イグニスは滅びの道を辿っている。
このままでは人類おろそか魔物さえ絶滅してしまう。
危機を感じた人々は、ついに苦渋の選択をする。
【召喚の儀】
言うなれば、異界の人間をこの世界に呼び寄せる儀式である。
この異世界イグニスの歴史にはこうつづられている。
『世界の滅びが来たりしとき、異界の者現れん。其の者は災いを滅ぼす者、人の子に光をもたらさんとする者。救世主であるが故に世界を救う』
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※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
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