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第2章

第19話

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「はぁ…もうダメ。これで30社目…」

大学内にある大きな食堂。
中でもその場所は大きな窓があり
日当たりがよくて
12月の寒い時期には
お日様の日差しのおかげで
いつもと変わらず暖かく
人気のエリアだ。

もちろん暖房が効いているから
寒いわけではないが
冬の時期はなんとなく
日差しがあるこの一角に
人が集まることが多い。

そんな音羽たちも例に漏れず
2限が休講だったため
早々に食堂にきてこの場所を
確保したのだ。

「30社なんてまだまだじゃない。
だけどこの時期に内定ないのはやばい。あんた確実にフリーターじゃん。」

アハハと笑うのはすでに
内定を頂いている礼奈だ。

「礼奈は春から大手商社に内定もらってるから余裕だろうけどさ!フリーター…やだ過ぎる!」 


さっき注文したミートパスタは
ほんのりと湯気が出て美味しそうに見える。

けれど食べるよりも先に
机に肘をついて頭を抱えた。


流石に大学卒業後にフリーターは
まずい…。

いろんな職種の説明会行って
聞いたりしたけど
全然ピンとこなくて
ただ稼ぎに行くのは違うし
そこに腰を据えてずっと
働きたいと思うと適当にできないし…。


て考えてたらもう卒業も
残り4ヶ月。

4年になって
なんとなくとりあえず受けてみたものの
書類の段階で落とされた数
25社。残りの5社は1次選考で。

いつも健闘を祈られてばかり。

「だいたい音羽は正直すぎるのよ。まじめに動機なしなんてあり得ないでしょ?適当に御社の社風が気に入ってとかでいいじゃん!」

呆れながら礼奈は言う。

「わかってるよ!私もそう思って嘘吐こうとしたけどいざ面接の時にどうしても口から嘘が言えないんだもん!」


はぁーと大きくため息をついてから
項垂れる。

正直なこの口が心底恨めしい…。

「もう最悪今のバイト先に就職したら??」

呆れ笑いながら目の前のハンバーグを
突いている礼奈に
私は妙案だと思い勢いよく顔を上げた。

「それだわ!」

「え、あんたマジで言ってんの?」

「もちろん!智さんと離れる心配もないし仕事も特に不満ないし!」

「あのねぇ。バイトと社員じゃ仕事内容違うでしょ?」


今度こそ本気で呆れられたが
私は別段気にもしなかった。

好きな人と同じ職場なんて
幸せでしかないとこの時は本気で
そう思ったから。

「ていうか、あの男なんか怪しくない?」

さっき頼んだパスタをようやく
食べようとして
クルクルとフォークに巻いてから
パクリと口に放り込む。

もぐもぐと食べながら礼奈の言葉に
少しだけ訝しんだ。

「怪しい?智さんが??」

「そう。なんていうか…女の影があるっていうか…」

少しだけ言いづらそうに
だけど私の耳にはしっかりと伝わって
私はケラケラと笑ってしまう。

「智さんに限ってまさか!」

あり得ない!とでも言うように
首を左右に振ってからもう一度
ミートパスタを頬張った。

「あんたが傷つかなければ私はいんだけど。」

「大丈夫!でも礼奈ありがとう大好き!」

礼奈の心配は杞憂だ。
智さんに限って二股とか浮気とか
そんなこと絶対しないって言い切れる。

だっていつだって彼は私を見てくれるし
連絡だってマメだ。
基本的にはお店で働いているから
浮気する時間なんてきっとない。

休みの日もほとんどお店のことで
忙しいって言ってたし。

「音羽本当に傷つかないでよ?」

「うん!ありがとう!」

礼奈はいつも私のことを心配してくれる。
杞憂でもその気持ちが本当に嬉しい。

大学からの付き合いで
まだだったの4年だけど
ずっと前から一緒にいるような感覚だ。


それから他愛もない会話を楽しみながら
昼食の時間を過ごした。











「それでね。礼奈がここで正社員にしてもらえって言ったんです。」

「ああ。それはいい考えだね。正社員だと忙しくなるけど僕も全面的にフォローするし。」

忙しかったお店も
お客さんが途切れた合間に
智さんと休憩が被ったため
控え室で昼間の礼奈との話をした。

私が今働いているここは
駅近にあるイタリアンレストラン。

イタリアンなだけあって
洋風なお店がとっても可愛くて
異世界好きな私には
初めて見た時ここで働いてみたい!
ってそう思った。

その直感で即行動に移して
大学2年の頃からアルバイトとして
働いている。

はじめは少しだけ格式張った雰囲気に
圧倒されてミスばかりだったけど
そこの店長である智さん自らが
丁寧に指導してくれて
今ではそこそこに働けていると
私は思っている。

「これからはもっと長く一緒に居られるね。」


ニコリと智さんは微笑んでから
斜め向かいに座る私の頭を優しく撫でた。

「はい!」

7つ年上の彼は
優しい笑顔が素敵で
指導もすごく丁寧で
入ってすぐに私は智さんのことが
好きになった。

智さんがフリーだと知った時
気持ちが止められなくて
せめて私の気持ちだけでも知ってほしい。
そう思って告白したのが1年前。

同じ気持ちだと智さんが言ってくれた時
天にも登るほど嬉しかった。

この優しく頭を撫でてくれる
大人な手が大好き。

お店のことで忙しい智さんと
少しでも長く一緒に居たくて。

ひょっとしたら
そんな気持ちがあったから
就職活動が上手くいかないのかも。

恋愛にかまけている時期では
ないのはわかっている。

自分の将来をそんなことで
棒に振るつもりはないけど
このまま智さんと一緒にここで
働いていきたいな。


なんてこの時の私は
熱に浮かされたように
周りが見えていなかった。
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