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第2章

第17話

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都会の雑踏の中トボトボと
社長のマンションに向かって歩く。
視線は下向きで小さな小石を見つけて
軽く蹴ってみる。

少しだけ小石が前進した後
また軽く蹴るとまた小石は前進していく。
その様をただ眺めながら歩いた。

さっきの社長の笑顔は反則だ。


純粋に喜んでくれるなら
なんだってしてやりたい。
なんて思ってしまった。


社長は平然とブスって言うし
色んな女性に手を出すし
掃除に対してものすごく厳しいし。

でも仕事には熱心で
私が作った料理は残さず食べてくれて
それもいつも美味しいって言ってくれて。
ブスって言われて私が怒った時
ちゃんと謝ってくれた。
部屋を異世界グッズ満載にしても
怒らないで好きにさせてくれてる。
優しいところも沢山あって…。

だけど社長を好きになんかならない。

…なってはいけない。

好きになればきっと社長は
私から距離を取るだろう。
社長は誰か一人を選ぶ人じゃない。
半年社長のそばでみてきて
同じ女性を連れ帰ったところを見たことがない。

社長はワンナイトだって言ってたし
割り切っている。

きっと私が恋をしたなんて知られたら
重たいって思うと思う。
そして絶対私を手元に置くのはやめる。

そうなれば平々凡々でニートな私と
あんなおっきな会社の社長なんて
天と地の差ほど世界が違うんだから
もう二度と会えなくなる。

(会えなくなるのは嫌だな。)

だったらこのままこの芽生え始めた
気持ちに気づかぬフリをしなくては。
気づいてはいけない。
こんな感情は邪魔になるだけ。

(社長を好きにはならない。)

小石を蹴り続けていたら
足に力が入ってしまって勢いよく
小石が転がっていってしまう。

コロコロと転がった後カツンと
前を歩く人の靴に当たってしまった。

やってしまった!
と思い前の人が振り向いたと同時に謝った。

「すみませ………さ…としさん?」

「…音羽」

振り向いた人を見て
心臓が止まりそうになる。
こげ茶に染めた髪は以前と変わらない。
だけど少しタレ目の目は大人さを増している。

ドクドクと途端に鼓動が大きくなり始めて
足は自然と震えてくる。
体も強張ってくるのがわかる。
一秒でも早くこの場を去らなければと
思っても足が竦んで一歩も動けない。

ただ目線は彼に釘付けになる。

(どうして彼がこっちにいるの)

「久しぶり」

3年ぶりに会う彼は
年齢を重ねて更に大人びていた。

「…そうですね。」

小さく笑った彼を見て
瞬時に当時のことが鮮明に思い出して
私の胸を締め付けていく。

彼は…

「会いたいな。なんて思ってたら会えたからびっくり」

ニコニコと愛嬌のある笑顔は
前と一緒だ。

「…私は会いたくなかったです。」

反射的に目をそらすと
フッとため息交じりの声が聞こえてくる。

「冷たいな。前はあんなに慕ってくれてたのに」


「ッ!それは貴方が!」

「妻とは離婚したよ。」

思わず目を合わせてしまえば
3年前と変わらない笑顔で
何食わぬ顔で言った。

「ここではなんだからどこか二人きりで話せるところ行かない?時間はあるよね?」

そう言って私に近づいてきて
私の腕を掴んでくる。

「話すことなんてないので離してください!」

掴まれた腕を離そうと
振り回したらさらに強く掴まれて
引っ張られてしまう。

「つれないなぁ。音羽のせいでどれだけ僕が散々な目にあったのか覚えてないの?」

びくりと肩が上がり一瞬抵抗が緩んだ。
その隙を彼は見逃さずに
歩き出そうとした時----。


「悪いけど音羽を返してもらう。」


掴まれていない反対の手が
急に強く引っ張られたかと思うと
体勢を崩して硬い何かにぶつかってしまう。

いつも嗅ぎ慣れた匂いが鼻をくすぐったと
思って上を向くと
そこには天宮社長が私を抱きしめて
そっと私に微笑んでくれていた。

「社長…」

思わずホッとしてしまう。
強張っていた体が社長に抱きとめられて
一瞬で解けていく。

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