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決意の時
しおりを挟むケルヴィンの噂は
瞬く間に王都中に広まった。
ケルヴィンが隣国の王女様を見染めて
近々国に帰ってくる。
どこに行っても皆がそう噂をしていた。
同じ王族であるアルヴィンに
噂の真相を確かめに勇気あるものまで
現れる始末だ。
その度にアルヴィンは隣にいる
ユーフォリアに気を使って
そんなことはただの噂だから
真実ではない。と
ひとりひとり丁寧に否定し続けた。
王宮の舞踏会。
今日もそんな勇気ある貴族の子息が
お酒の勢いを借りてまで
アルヴィン達二人に真相を
聞きにやってきた。
「殿下やはりケルヴィン様は近々王女様とご帰国なされるんですか?」
ユーフォリアは無意識に
添えていた手がアルヴィンの腕を強く握る。
社交の場では臆面にも顔に出してはいけない。
平静と笑顔でいるが
内心は平気ではいられなかった。
「全くの誤解だ。何故そんな話が広まっているのか理解できん。」
「王都にいる貴族達はみなそう思っていますよ!ねえユーフォリア嬢!」
名前を呼ばれついにびくりと
してしまう。
普段なら隣にいるユーフォリアにまで
同意や意見を求めたりしない。
しかしこの子息は今日はもうすでに
酔っているみたいだった。
酔いの勢いだ。
「リアに馴れ馴れしく話しかけないでくれたまえ。」
アルヴィンはそう言って
強引に子息との会話を打ち切り
ユーフォリアをバルコニーまで
連れ出してくれた。
「アルごめんなさい。無理やり連れ出してくれてありがとう」
「気にするな。後で彼の父にはたっぷり仕返しするつもりだ。」
「やらかしたのは彼なのに。ご領主様が可哀想だわ。」
そんな冗談を含んだやり取りでさえ
ユーフォリアは憂いを帯びた瞳で
ドレスから少しだけ覗く足元を見つめる。
「リア!」
アルヴィンはユーフォリアの名を呼ぶと
ぎゅっと抱きしめる。
「ここには今は二人しかいない。
さっさと泣け。泣き虫姫。」
「…アル。」
ぎゅっとアルヴィンの腕を
握り締める。
抱きしめられた時のアルヴィンの香りは
ケルヴィンとは少し違う爽やかな香り。
その違いに涙が止まらなくなってしまう。
「…リア辛いなら本当に俺の花嫁になるか?」
「…アル?」
ケルヴィンの香りを思い出そうとした
ユーフォリアにアルヴィンが
何を言っているのか理解できなかった。
「今はまだ信じて待って。としか俺からは言えない。だけどリアが苦しいなら
もう待てないって言うなら。」
抱きしめていた腕を解くと
ユーフォリアの肩に触れる。
少しだけ屈んで真っ直ぐにユーフォリアの目を見て言う。
「リア俺の花嫁になれ。」
心臓がトクンと鳴った。
「な、何言ってるの?」
ユーフォリアの目が泳ぐ。
アルヴィンの真剣な眼差しは
ユーフォリアを射抜くように見つめられ
落ち着きをなくしてしまう。
「リア。俺は兄上よりお前のが大切だ。
だからリアが苦しいなら俺が全力でお前を幸せにしてやる。」
「……」
「兄上を忘れて俺のところに来い。」
真剣な眼差しとその声音に
即座に断ることができなかった。
一瞬迷ってしまったのだ。
そんな気持ちがユーフォリアを
罪悪感がいっぱいになった時
アルヴィンを押し切りその場を後にした。
アルヴィンの気持ちは純粋に嬉しかった。
ケルヴィンから何も連絡がなく
噂だけしかわからないから
どうしても疑ってしまう。
こんな寂しい気持ちから
大好きな人を信じてあげられない狭量さから
このまま逃げ出したくなった。
そんな時のアルヴィンの言葉は
ユーフォリアにとって
それが一番傷つかなくてすむ
最良の選択だと思った。
そう思った瞬間。
(私が好きなのはケルヴィン様)
頭に幼い日の
ケルヴィンの告白をしてくれた
笑顔を思い出した。
『僕が好きなのはリアだけだよ。』
子供の頃の話だ。
人の気持ちは移ろいやすい。
それでもユーフォリアにとって
ケルヴィンは絶対的信頼できる人だ。
噂や手紙だけで本人の口から
何も聞いていない。
執務室で言ってくれた言葉を
ユーフォリア自身が信じなくて
どうするんだ。
アルヴィンにあんな事まで言わせて
この2年間何をしていたのだろう。
寂しさと不安に押しつぶされそうになって
アルヴィンの優しい誘惑に負けそうになるまで
自分のあまりにも弱いことに
この時になってようやく気付くなんて。
その夜屋敷に帰ったユーフォリアは
ケルヴィンに手紙をしたためた。
****
ケルヴィン様。
ユーフォリアはシンフォニアで
頑張ります。
****
これまで書いてきた中で一番短い文章だった。
ユーフォリアはそれ以来
ケルヴィンが帰ってくるまで
手紙を出すことはなかった。
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