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学園の沙汰は委員(おに)次第

鬼の噂は夜の店から

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 レンの叫び声が、店内に響き渡る。
 店に来ていた客が唖然としながらその様子を眺め、女性達はクスクスと笑い声を漏らす。
 剛も頭を痛めながら、その光景を見る。
 殴られているレンは確かに痛がっている。
 痛がっているが、たまに嬉しそうな顔をしてるのは、自分の目がおかしいのだろうか。

「レンさん……あなたって人は……」

 殴られるなら、誰でも良いんじゃないのか。
 肺に溜まりつつある息を吐き出していると、高貴とみる子の会話が喧騒の中から聞こえてきた。
 視線をレンから二人に向け、耳を澄ませる。

「そういえば。最近、『鬼神』と名乗る鬼が現れて、冥府の不良達を配下にしているそうですよ」

「鬼神? そいつは、王太子(かみ)に喧嘩売ってんのかァ? 殺されるぞ」

 うん、絶対に殺される。
 声には出さず、剛も同意する。
 鬼神を名乗れるのは、鬼でありながら神として奉られた者か、閻魔やイザナミといった神の血縁者だけだ。
 閻魔とイザナミの血縁者の中でも、二人の孫で次代の閻魔大王に選ばれている冥府の王太子は規律に厳しいと噂され、獄卒たちも震え上がるほどだ。

「前にも『鬼神』って名乗ってる鬼が居たけど、その人とは別人みたいなの。本物の鬼神さんは何処に行っちゃったのかしら」

「王太子に消されたんじゃねえの?」

 笑みを深くしているみる子に、高貴は適当な言葉を返す。
 前にも現れた鬼神は、噂だけなら、剛の耳にも入っている。
 その男、鬼の面を被り、長く赤い髪を振り乱しながら、鉄パイプ一本で歌舞鬼町の不良達を蹴散らし、不良達の頂点に君臨していたと言う。
 彼が現れたのは、自分達が中学三年生の時の一月。姿が消えたのはその年の三月末だそうだ。
 その翌月に伊織と高貴が府立歌舞鬼高等学校獄卒科に入学、執行委員会が設立された。
 鬼の面に、赤い髪をした鬼神。

「(赤い髪なら今此処にいるが、まさか……!)」

 疑うような視線で高貴を見つめていると、視線に気づいた彼が眉間に皺を寄せる。

「なんだよ」

「高貴さんが鬼神だったり?」

「馬鹿言うな」

 孤児院に獄卒見習いと言う名の鬼が居るのに、夜な夜な抜け出して喧嘩など出来るわけがない。バレたらハエ叩きではなく、バットでケツを叩かれそうだ。
 そう言われるとそうだなと、剛は思う。
 我らが委員長は、目敏い事でも有名だ。
 今日この店に来た事は、絶対に隠し通さなければならない。
 今の時点で校則をいくつか破っているのだ。見つかったら、執行委員会クビと、それ以上の罰が下されるだろう。
 罰を帳消しにするような行いをすれば、学校側は目を瞑ってくれるだろうが、伊織の方はどうだろうか。信用している部下が揃ってキャバクラに来ていたと知ったら、どう思うだろうか。

「伊織さん、申し訳ありません……!」

「この場にいない奴に謝ってどうするんだよ」

「だって……!」

 剛が言葉を返そうとしたところで、店内を震わせる重たく大きな音が耳に響いた。
 何事かと、店内にいた者たちが入り口に顔を向けると同時に、室内が瞬く間に煙に包まれて、剛は口を塞いだ。
 防ぎきれなかった煙が気管支を刺激し、我慢できず咳き込む。
 煙の中で、客と女性たちの叫び声が上がる。

「何だ何だ?」

「高貴坊ちゃああああああああああん! 大変でぇす! 襲撃でぇす!」

 煙の中から、オネェ系を自称する配膳係が、煙の中から慌てた様子で駆け込む。
 彼の見事なスキンヘッドは煤と汗にまみれベトベトだ。
 顔を寄せる彼から、高貴は一歩身を引いた。

「顔が近い! 汗拭いてこいよ! そのまま店に出んなよ!」

「私の事はいいでぇす! その前に襲撃犯が、」

 配膳係の言葉はそれ以上続く事なく、ぐにゃりと顔がへし曲がり、高貴の目線の先にある壁に身体が吹っ飛ばされる。
 壁に亀裂をつけて、男の身体は壁にめり込んだ。
 薄れつつある煙の中で、一瞬の静けさが、店内を満たす。
 誰も彼もが、目を大きく開いて、配膳係の男を見つめていた。
 剛も言葉を無くして、ゆっくりと視線をさまよわせる。
 そして、見つけた。今しがた振るわれた獲物を。
 鬼の金棒。それも、女性たちが持っていたものよりも大きい。
 ゆるゆると視線を動かして、獲物の柄を見る。
 配膳係が居た場所に、大柄な男が狂気を剥き出しにして、そこに佇んでいた。
 赤い塗料で塗られた鬼の面で顔は隠されており、素顔はわからない。体型は剛よりも一回り大きく、一般的な大きさの扉を通りぬけるのに難儀しそうだ。
 彼の背後には、裏地に派手な刺繍を施し、表地は真っ黒な学ランに身を包んだ男が二人控えていた。

「あ、あなたたちは……」

 剛の口から出た言葉は、今にも消えそうなほど小さかった。
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