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「君は今、」

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「出番まで、あと三分だ」

「出る準備しておけよ」と言って、パパが控え室から出ていく。きっと、会場がちゃんと整えられているかどうか確認しに行ったのだろう。
 一人になった俺は、鏡の中の自分を見る。同じ顔、同じ服。違うのは、角が生えているかどうかだけ。
 いつかのように、こつんと額を鏡に当てて、手のひらも鏡に触れさせる。鏡はクーラーの冷気で、ひんやりと冷えていた。

「聞いた? 好きなだけ居ていいって」

 ずっと、気になっていたのだ。いつまで、パパの家に居ていいんだろうって。大学卒業まで居てもいいと言われていたけれど、それは彼女が出来る前の話。生活は移り行くものだから、言われた時とは答えが変わっているかもしれない。だから、ずっと不安に思っていたのだ。パパの答えが変わったかもしれないって。でも、変わってなかった。
 胸の内側がぽかぽかする。何もしてないのに、頬が緩む。

「ねえ。俺は今、幸せだよ。君の方はどう? 君は今、幸せ?」

 鏡の中の俺は答えない。代わりに、外のスタッフが俺を呼ぶ声がする。するりと鏡から離れると同時に、パパが顔を覗かせた。「おいで」とパパの口が動く。

「しっかりな」

 パパに肩を叩かれて送り出される。部屋を出る直前で鏡を振り返ると、鏡の中の俺がじっと俺を見ていた。俺は鏡に向かって、ゆっくりと口を開く。

「いってきます」

 初めての単独ステージは、ショッピングモールの広場に作られた小さなステージ。遠い昔、パパたちもここで単独ライブを行った場所だそうだ。ステージの前には、俺の青緑色をしたペンライトと、夜空と同じ色の扇子が振られている。観客席の後方で並んで立つ幼馴染みと寺の孫、パパとママの姿を見つけて、頬が綻ぶと同時に気合いが入った。

「〈みなさん、こんにちは。本日は単独ライブへのご来場誠にありがとうございます。 今からあなたの心に風を吹かせてみせましょう〉」

 ──扇子を振る準備はよろしいですか?

 観客席へ向けて、手を差し伸べた。
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