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第三章 運命を変える7ヶ月間

74:王子にうまく持っていかれました

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 突然の出来事に、私たちは何も言葉が出なかったけれど。さすがというかやはりというか、真っ先に気を取り直したのはイールトさんだった。

「失礼ながら、でん」
「ディーだ。イールト」
「……ディー様は、なぜこちらへ?」
「視察に出ていたんだ。こんな所で会えるとは、奇遇だね」

 爽やかな笑顔で言った第一王子を、私はじとりと見つめた。イールトさんとリジー、アルフィール様も、微笑んではいるものの目は笑ってない。きっと今、私たち四人の心は一つなはずだ。
 嘘だ、後を付けてきたに決まってる! と。

 そもそも第一王子の婚約者であるアルフィール様には、王宮から派遣されている護衛騎士が常に付いている。でも今日はお忍びという事で、アルフィール様は騎士様方を公爵家に置いてきたそうだ。
 だからといって護衛が完全にいないわけではなく、すぐそばにはイールトさんが。少し離れた所から、影と呼ばれる隠密行動に特化した公爵家の私兵が複数、護衛に付いているらしいけれどね。

 だからきっと今日の事は、留守番になった護衛騎士から第一王子へと報告が上がってるはずで。アルフィール様がお忍びで町に行くと聞いて、第一王子は偶然を装って会うべく、ゼリウス様と一緒に町へ来たんだと思う。
 詳しい行き先までは護衛騎士も報告出来なかったと思うけど、先日の話し合いの際、協力者となった私にも何かあってはいけないと、第一王子は王家の影を私に付けると言っていた。今もどこかから見守られているはずだから、きっとその人たちから情報を得て、第一王子は公園までやって来たんだろう。

 そしてこの考えはたぶん正しい。なぜなら、ゼリウス様までビックリした顔で第一王子を見ていたから。
 ……めちゃくちゃ顔に出てるけど、いいのかな。それで。

(殿下は計画を知ってるのに。何で大人しく待っててくれないのかな)

 第一王子とアルフィール様を自然に引き合わせようと色々考えていたにも関わらず勝手な動きをされた事に、沸々と怒りが湧き起こる。たぶんこれは、イールトさんやリジーも同じ気持ちのはずだ。
 けれど何も知らないアルフィール様は、全く違う事を考えたようで。

「まあ! それではこうして会えたのはまるで運命のようですわね」

 ゲームの強制力だと思ったのか、追いかけてくるほど第一王子が私に惚れていると思ったのか。アルフィール様はいち早く立ち直ると、にっこりと笑った。

「そうだね、まるで運命だ」

 蕩けるような笑みで第一王子は返してきて、アルフィール様は安心したように微笑んでいるけれど。今の言葉、第一王子はアルフィール様に向けて言ってるんですよ。言わないけど。

「ちょうど視察は終わった所でね。良かったら一緒に昼食でもどうかな」

 第一王子はアルフィール様に向けて言ってるはずだけど、少しは誤魔化す気持ちもあるようで、私の事もちらりと見ながら言った。
 それをアルフィール様は、都合よく受け取ってくれた。

「シャルラさん、どうされます? わたくし、良ければ席を外しますわ」
「えっ! フィー様も一緒に来てください。私だけじゃどうしたらいいか」
「……フィー様だって?」

 案の定、私を残して帰ろうとするアルフィール様を必死に引き止めた。だってここでアルフィール様を帰したら、どんな目にあうか分からないもの。
 けれど、第一王子の不興を買わないようにと言ったにも関わらず、暑かったはずの気温が一気に下がった気がする。愛称呼びに引っかかりを覚えたらしい第一王子の目が怖くて、息が出来なくなる。

 するとイールトさんが、私を庇うように前に出てくれて。

「ディー様もご存知のように、今日ここにいらっしゃるのはフィー様とシャルラ様ですから」
「……なるほど、そういうことか。せっかく女同士で楽しんでいた所に、私が割り込んだのだ。フィーもシャルラと一緒に来るといい」

 イールトさんの一言から、愛称呼びの理由を察したんだろう。重苦しい空気がふわりと解き放たれて、第一王子は機嫌良さそうにアルフィール様に目を向ける。
 自分もアルフィール様を愛称呼びするのに違和感を抱かせないためか、さらっと私の事も呼び捨てにしてきた。もう何も言わないよ、私は。好きにしてください。

 でもアルフィール様は全てを諦めた私と違って、どうしても二人きりにさせたいようだった。

「割り込んだなんて、そんな。わたくしはシャルラさんから、でん」
「ディーと呼んでくれ。フィー」
「……ディー様とお出かけするのにどこがいいかと、相談を受けていただけですの。今日はその下見に来ていただけですから、このままお二人で楽しまれた方がいいですわ」
「下見か。どこに行く予定だったんだ?」
「この後はレストランで昼食を取り、雑貨屋に寄ってカフェで一休みする予定でしたのよ」
「そこはフィーが選んだ場所なのか?」
「ええ、そうですわ。シャルラさんは上町に来られるのは初めてだそうですから。オススメをご紹介するつもりでしたの。場所や店名をお伝えしますから、お二人で……」
「それならフィーもいた方がいいだろう。君の勧めなのだから。……シャルラ、君もそう思うだろう?」

 アルフィール様が全てを言い終える前に、第一王子は微笑みを私に向けた。でもその目は笑ってない。言葉では尋ねてるけど、私の答えに自由なんてないよね。分かってます。
 そしてアルフィール様も私に笑みを向けてるけど、やっぱり目が笑ってない。二人で行ってこいという気持ちが、目線だけで伝わってくる。
 でもこの二人を相手にするなら、どちらに付くかは決まってる。ごめんなさい、アルフィール様。

「はい、でん」
「ディーだ。シャルラ」
「……ディー様の仰る通りです。フィー様、私を置いていかないでください」

 私の返事を聞いて第一王子は嬉しそうだけれど、当然ながらアルフィール様は不服そうだ。だから私は、アルフィール様の手を引いてそっと耳元へ口を寄せた。

「私だけじゃ、どれをらいいのか分かりません。助けてください」
「……仕方ありませんわね」

 そっと囁けば、アルフィール様はまだ会話の選択肢を教えていない事に気付いてくれたようだ。苦笑しつつも頷いてくれて、私たちは第一王子とゼリウス様も交えて、公園のすぐそばにあるレストランへ向かった。

 レストランには個室があって、私たち六人はその個室で昼食を取った。今日はお忍びだから身分に差はないはずだと第一王子が言ってくれて。イールトさんとリジー、ゼリウス様も一緒にみんなでテーブルを囲めたから、私も嬉しかった。
 そうしてアルフィール様が耳打ちしてくれたメニューを頼んだり、色んなお喋りをしたりして。それなりに楽しい時間を六人で過ごし、解散となった。

「フィーは楽しい場を色々と知ってるようだ。下見など必要ないから、これからも私とシャルラが出かける際には付き合ってくれないか」
「そんな、お邪魔になりますわ」
「邪魔ではない。どちらにせよリウもいるのだから二人きりにはならないんだ。それに君が一緒なら、万が一私の正体に気付かれたとしても醜聞にはならないだろう? 君の勧めるシャルラの良さを、私ももっと知りたい。協力してほしい」

 婚約者が勧める他の女を受け入れた上に、その仲を深める協力をしろとか、どう考えてもおかしな事を第一王子は言ってるわけだけれど。ゲーム通りに進めたいアルフィール様にとって、そんなおかしさは些細な事らしかった。

「仕方ありませんわね。分かりましたわ」
「ありがとう、フィー。恩に着るよ。ではシャルラ、フィー。また学園で」

 こうしてなぜか、今後も第一王子と私のデートにアルフィール様も同行する事が決まり。第一王子は心の底から満足そうに笑って、去って行った。

 その飾らない笑みが私と第一王子の仲が深まったからだと思ったのか、アルフィール様は安心した様子で微笑んでいて。突然やって来てここまで持っていった第一王子の手管に、私は空恐ろしく思いつつも感心してしまう。
 何とはなしにイールトさんに目を向ければ、イールトさんも苦笑していて。振り回された疲れを感じつつも、苦労を共にした不思議な連帯感に満たされるのだった。
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