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第二章 諦めない70日間
63:怒ってしまいました
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曲は変わってしまうし第一王子は来ないし、ラステロくんとゼリウス様からダンスに誘われるし。予定外の事があまりに多すぎたから、泣きたいぐらい途方に暮れていたけれど。どこからともなく颯爽と現れたイールトさんは、あっさりと私を助け出してくれた。
……まさかそのまま踊る事になるとは思わなかったけれどね。
「アン、ドゥ、トロワ…… そう、ここでターンするよ」
聞き慣れたイールトさんの声と安心出来る香りに、気持ちは自然と落ち着いて。言われた通りにステップに集中する。
初めて聞く曲で初めて踊るのに、イールトさんの指示は的確で分かりやすく、私でも何とか踊る事が出来て。ようやく慣れてくると、緊張は一気に解けていった。
(イールトさんが来てくれて良かった)
私を助けてくれたのは、ラステロくんたちのルートに入れないためだって分かってる。それでも手袋越しに伝わる温もりは確かなもので、好きな人が私を掴んでくれている事がどうしようもなく嬉しかった。
心のまま微笑みを浮かべれば、イールトさんも優しい目を返してくれて。思いがけず訪れた二人だけの時間に胸が弾む。
その喜びは、いつの間にか口から溢れていて。イールトさんと踊れて良かったと、助けてくれてありがとうとお礼を言えば、イールトさんは切なげに微笑んだ。
「いや、こちらこそごめんね。まさかこうなるとは思わなくて」
(ああ、そうだった。これはイールトさんの望みとは違うんだ。それなのに私は、何をしてるんだろう。喜んでる場合じゃないのに)
予定外の出来事は、私のせいでもイールトさんのせいでもない。どうしてこんな事態になってしまったのか全く分からないけれど、これが何を示すのかは明白で。浮かべる後悔は、アルフィール様の心配だけであるべきだ。
けれど私は、うっかり浮かれてしまった事でイールトさんに嫌われてしまわないかと、そっちの方が気になっていて。最低な自分に気付いて、震えが走った。
「この後、どうなるんでしょうか……」
誤魔化すために口をついた言葉は、何について聞きたかった事なんだろう。
けれどイールトさんはそんな汚い私の内面に気付かず「一緒に頑張ろう」って言ってくれて。私はどんな顔をすればいいのか分からなくなって、小声で応えるだけで精一杯だった。
だから二曲目が終わった時、思わず固まってしまった。第一王子に連れられてやって来たアルフィール様の顔色は、真っ青になっていたから。
「イールト。すまないがアルフィールを頼めるか。顔色が悪い」
「もちろんです。シャルラ様、すみませんがここで」
「私は大丈夫だから気にしないで。アルフィール様、お大事になさって下さい」
私は自然に言えただろうか。アルフィール様を支えながら去っていくイールトさんの背に、申し訳なさだけがひたすらに募る。
「シャルラ嬢、ぜひ私にも君の時間をくれないか」
「殿下、でも……」
ジミ恋で王子と踊るべきなのは二曲目だ。それが終わった今、第一王子と踊る事に何の意味も見出せないし、そもそも知らない曲じゃ踊れない。
どうにかして逃げないとと思っていたら、聞き慣れた曲が流れてきた。
「え、これって……」
「運命のワルツだ。これなら君も踊れるだろう?」
穏やかに微笑んでるはずの第一王子が不気味に見える。だってこれじゃまるで……。
「知ってたんですか?」
「私の手を取るなら答えよう」
睨みたい気持ちを抑えて、必死に笑顔を作って第一王子と手を重ねる。周囲から鋭い視線が突き刺さって居心地が悪いけれど、噴き出そうな怒りと共に飲み込んだ。
第一王子は何も気にしたそぶりも見せず、いたってにこやかに私をリードしていく。
「イールトに習ったのだろう。なかなかいい動きだ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「そんなに怒るな。私とて反省はしている」
ついさっき、イールトさんとのダンスを楽しんでしまった私が怒る資格はないけれど。それでもやっぱり何でこんな事をしたのかと、気持ちが溢れていたんだろう。珍しく困惑したように第一王子は眉を下げた。
反省してるだなんて、王族は普通、人前で口にしない。でも今日この場には、魔力を転送する魔法陣があるから何の魔法も使えない。音楽も流れてるし、ダンスの時は密着している。口元が見えないようにしつつ小声で話せば、誰にも聞かれないという事なんだろう。
けれど反省してるって事は、やっぱりこれはこの人が仕組んだ事で確定なわけで。
「何でこんなことを? 私、言いましたよね。アルフィール様は、ご自分の知る未来と違うことが起きるのを怖がってるって。不安にさせないって、殿下も言ってたじゃないですか」
思わず棘のある言い方をしてしまったけれど、第一王子は怒る事もなく。気まずそうに瞳を揺らした。
……まさかそのまま踊る事になるとは思わなかったけれどね。
「アン、ドゥ、トロワ…… そう、ここでターンするよ」
聞き慣れたイールトさんの声と安心出来る香りに、気持ちは自然と落ち着いて。言われた通りにステップに集中する。
初めて聞く曲で初めて踊るのに、イールトさんの指示は的確で分かりやすく、私でも何とか踊る事が出来て。ようやく慣れてくると、緊張は一気に解けていった。
(イールトさんが来てくれて良かった)
私を助けてくれたのは、ラステロくんたちのルートに入れないためだって分かってる。それでも手袋越しに伝わる温もりは確かなもので、好きな人が私を掴んでくれている事がどうしようもなく嬉しかった。
心のまま微笑みを浮かべれば、イールトさんも優しい目を返してくれて。思いがけず訪れた二人だけの時間に胸が弾む。
その喜びは、いつの間にか口から溢れていて。イールトさんと踊れて良かったと、助けてくれてありがとうとお礼を言えば、イールトさんは切なげに微笑んだ。
「いや、こちらこそごめんね。まさかこうなるとは思わなくて」
(ああ、そうだった。これはイールトさんの望みとは違うんだ。それなのに私は、何をしてるんだろう。喜んでる場合じゃないのに)
予定外の出来事は、私のせいでもイールトさんのせいでもない。どうしてこんな事態になってしまったのか全く分からないけれど、これが何を示すのかは明白で。浮かべる後悔は、アルフィール様の心配だけであるべきだ。
けれど私は、うっかり浮かれてしまった事でイールトさんに嫌われてしまわないかと、そっちの方が気になっていて。最低な自分に気付いて、震えが走った。
「この後、どうなるんでしょうか……」
誤魔化すために口をついた言葉は、何について聞きたかった事なんだろう。
けれどイールトさんはそんな汚い私の内面に気付かず「一緒に頑張ろう」って言ってくれて。私はどんな顔をすればいいのか分からなくなって、小声で応えるだけで精一杯だった。
だから二曲目が終わった時、思わず固まってしまった。第一王子に連れられてやって来たアルフィール様の顔色は、真っ青になっていたから。
「イールト。すまないがアルフィールを頼めるか。顔色が悪い」
「もちろんです。シャルラ様、すみませんがここで」
「私は大丈夫だから気にしないで。アルフィール様、お大事になさって下さい」
私は自然に言えただろうか。アルフィール様を支えながら去っていくイールトさんの背に、申し訳なさだけがひたすらに募る。
「シャルラ嬢、ぜひ私にも君の時間をくれないか」
「殿下、でも……」
ジミ恋で王子と踊るべきなのは二曲目だ。それが終わった今、第一王子と踊る事に何の意味も見出せないし、そもそも知らない曲じゃ踊れない。
どうにかして逃げないとと思っていたら、聞き慣れた曲が流れてきた。
「え、これって……」
「運命のワルツだ。これなら君も踊れるだろう?」
穏やかに微笑んでるはずの第一王子が不気味に見える。だってこれじゃまるで……。
「知ってたんですか?」
「私の手を取るなら答えよう」
睨みたい気持ちを抑えて、必死に笑顔を作って第一王子と手を重ねる。周囲から鋭い視線が突き刺さって居心地が悪いけれど、噴き出そうな怒りと共に飲み込んだ。
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「イールトに習ったのだろう。なかなかいい動きだ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「そんなに怒るな。私とて反省はしている」
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