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第二章 諦めない70日間

38:聖魔法持ちの娘が現れるなんて(ゼリウス視点)

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 王立魔法学園に通う学生の多くは馬車を使うが、この国の王族ともなればその必要もない。学園には王宮と繋がる転移陣があるからだ。
 シャルラ嬢をイールトに引き渡すと、ディラインとジェイド、俺の三人は、いつものように転移陣のある職員塔へ向かった。

「あ、殿下。遅かったね。やっぱりあの子と一緒だった?」
「ああ、まあな。まさかお前が、わざわざ知らせてくるとは思わなかったが」
「イールトってば、新入生を必死に探してるんだもん。いつも落ち着いてるのに何事かと思うでしょ? さすがにボクも放っておけなくてさぁ」

 転移陣が敷かれている塔の一室では、俺やジェイドと同じく側近候補で、ディラインの従兄弟いとこでもあるラステロが待っていた。

 ラステロは無邪気な笑みを浮かべているが、その見た目に騙されると痛い目にあうのは確実だ。
 魔導士団長を務めるグリニジェリ公爵の息子であるこいつは、魔力が格段に強く天才的な素養も持っている。そのため次男であるにも関わらず公爵家の後継となり、長男との関係は悪化した。その結果、こいつの腹の中は真っ黒に染まっているからだ。

 まあ俺は、この一つ歳下の食えない男を気に入っているがな。力は強さだ。立太子を確実視されているディラインを守り支えるのに、これほど頼りになる仲間はいない。

 そんな才能溢れるラステロだから、常人には難しい魔力の質も感じとる事が出来る。この学園程度の広さなら、自然とこいつの魔力探知に引っかかるだろう。
 だから今日初めて感じ取った魔力の存在……中途入学してきたシャルラ嬢の居場所にこいつは気がついて。俺たちに伝書魔法を飛ばして、知らせて来たというわけだ。

「それで、アレは直せたのか?」
「うん。応急処置だけど、とりあえずは大丈夫」
「殿下。詳しくは執務室で話しましょう。ラステロ、まずは起動してくれ」
「りょーかい」

 ジェイドの指摘を受けて、俺たちは転移陣を使い王宮へ飛んだ。
 転移陣を起動させるのは、俺たちでもやろうと思えば出来るが、それなりに魔力を食われる。だからこれは、いつもラステロの役割だ。
 ラステロは父で魔導士団長のグリニジェリ公爵から、直々に指導を受けている。まだ入学して間もないというのに、学園の卒業生以上の攻撃魔法も放てるこいつの魔力量は桁違いだった。

 王宮内にあるディラインの執務室には、防音魔法が施されている。メイドが昼食を運び入れ、俺たち四人だけになると、ラステロは先ほどの話を続けた。

「それでシールドの話だけどさ。魔導士団にはもう連絡してあるから、明日にはちゃんと直ってると思うよ」
「そうか。ご苦労だったな」
「そっちはどうだったの?」
「子猫を拾った以外、収穫はなかった」

 ディラインの言う子猫こと、シャルラ嬢と出会った裏庭に俺たちがいたのは偶然じゃない。
 テスト結果を配られていた午前中に、学園を守る防護結界シールドの一部に綻びが見つかった。そのため、ラステロは応急処置に。俺たちはその原因を探りに裏庭付近を見て回っていた。

 ここラスキュリオ王国の王都パルセは、外周を防護壁で囲われているが、魔物の中にはドラゴンなど飛行するものもいる。
 上空の守りを補うべく、王都全体を包むようにシールドが施されているが、それでもまだ守りは足りない。王都周辺には魔の森があるため、万が一魔物が溢れた際、シールドが一枚だけでは守りきれない可能性があるからだ。

 そのため、王都の中でも魔の森に近い場所に魔導士団と王立魔法学園が建てられていた。この二箇所でさらにシールドを重ねがけしておけば、緊急時の時間稼ぎになる上、ある程度まとまった戦力で対抗する事も出来るというわけだ。
 そんな王都の守りの要ともいえる学園のシールドに綻びが見つかった。これはかなり大きな問題となる出来事で、ディラインの元へすぐに報告されていた。

「原因不明かぁ。なかなか厄介だね。その子が関わってる可能性は?」
「ないだろうな。ラスだって分かっているだろう? あれはモルセン管理官の娘だ」
「殿下の理由はそれだけじゃないでしょ?」

 ラステロの問い返しに、ディラインは顔をしかめた。これはつまり、そういう事なんだろう。
 俺の気持ちを代弁するように、ジェイドが小さくため息を吐いた。

「ラステロ。君から見ても、あの子は聖魔法持ちで間違いないんだな? だから殿下に……シールドに害を成さない存在だと言いたいんだろう?」
「やっぱり本人から聞いてたんだね。信じられないなら学長像に聞いてみれば?」
「君のそういう所が僕は嫌いだよ」
「ジェイドが嫌いなのは、あの長話でしょ? ボクは結構好きだけどね。色んな裏話を教えてくれるし」
「どこから仕入れてるのかと思えば、あそこからなのか⁉︎」
「他にもあるよ? 女の子たちは噂話が大好きだしね」
「君はいい加減、節度を覚えた方がいい」
「ジェイドはもっと柔軟になるべきだと、ボクは思うけどなぁ」

 機嫌良さげに笑うラステロに、ジェイドが閉口するのはいつもの事だ。それでもラステロは、揶揄うようにジェイドに絡み続ける。

 俺たち四人は幼馴染だが、最近のジェイドは次期宰相となる事を意識し始めたのか、ディラインとは主従の線を引き、臣下として接している。
 だからジェイドは、ディラインの前では滅多に感情的にはならなくなったが。それもラステロ相手だと形なしだ。
 面倒くさいと思うが、これを放置しておくとそう遠くないうちにジェイドが切れる。そろそろ俺が口を挟む頃合いだろう。

「さっさと食べないと食事が冷めるぞ。ディラインも食べろよ」
「……そうだな」

 気落ちした様子のディラインだが、食は進むようだ。ジェイドとラステロも、大人しく食べ始める。
 ちなみに俺は、この不毛な会話の間に先に食べ終えた。空腹は苛立ちに繋がるからな。みんなの腹が膨れて気持ちが落ち着くまで、のんびりと茶でも飲んでいよう。

 そうしてみんなの食事が終わり一息つくと、ディラインがぼそりと呟いた。

「それにしても、本当に現れるとはな」
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