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第一章 人生が変わった7日間
26:本音がこぼれました
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「シャルちゃん、少し休憩しようか」
私が本を落としたからか、イールトさんは口調を崩し、紅茶を入れ直してくれた。一気に肩の力が抜けてホッと息を吐いていると、イールトさんは貝の形をした焼菓子と一緒にカップを置いてくれた。
「わあ、可愛いですね! これ、何ですか?」
「マドレーヌっていうお菓子だよ。昨日アルフィールお嬢様が来られた時も出てたけど……シャルちゃんは食べてなかったね。初めて?」
「はい! 昨日は見たことないお菓子がいっぱいありましたけど、食べれなかったので嬉しいです!」
ワクワクが抑えきれないまま、躊躇なく手を伸ばそうとしたけれど、イールトさんが立ったままなのに気付いて首を傾げた。
「イールトさんは座らないんですか?」
「俺? 俺はいいよ」
「えっ、座ってくださいよ。今は私たちしかいませんし。一緒に休憩しましょう?」
「……じゃあ、少しだけ」
イールトさんは手際よく自分の紅茶も入れると、私の向かいに腰を下ろした。好きな人と同じテーブルでお茶出来るなんて、幸せすぎる。
にやけそうな顔に気付かれたくないから、初めての焼菓子……マドレーヌに手を伸ばす。一口かじれば、しっとりとした食感と甘さが広がって、自然と頬が緩んだ。
「やっぱりシャルちゃんは、自然のままがいいね」
不意にかけられた声に、ハッとする。うっかりまた大口を開けて食べてたかもしれない……!
「あ……そうですよね。私、全然うまく出来なくて」
「いや、そうじゃないんだ。ただ……アルフィールお嬢様の口真似は、失敗だったかなって思って」
「そういえば、さっき笑ってましたよね? 酷いです!」
「しまったな、気付かれてたか」
イールトさんは楽しげに笑うと、柔らかな眼差しで言葉を継いだ。
「でも本当に、アルフィールお嬢様の真似はしなくていいよ。シャルちゃんの場合は……そうだな。使用人と話す時は、友達と話す感覚を意識した方がいいと思う」
「友達、ですか。分かりました。やってみます」
「うん。頑張って」
正直に言えば、友達はほとんどいない。同年代の子たちと遊ぶ暇なんてなかったから。でも、孤児院の子どもたちとは遊んでいたから、その時の気持ちになればきっと気楽に話せるようになるだろう。……頑張らなきゃ。
密かに気合いを入れていると、イールトさんはゆっくりカップに口を付けた。イールトさんもアルフィール様みたいに手付きが優雅で、見惚れてしまう。
「どうかした?」
「あ、いえ……えっと」
どうしよう。見つめてたのを気付かれた! どうにかして、誤魔化さないと……!
「さっきの。さっきの話なんですけど、私が聖魔法を使えるって、本当なんですか?」
咄嗟に出た質問は、実際に気になっていた事だからちょうど良かった。本当に質問したかっただけなんです、って顔をして返事を待ってみる。
するとイールトさんは、どこか寂しげに視線を落とした。
「そうだよ。シャルちゃんは聖魔法を使える」
「使える人は限られてるのに、どうして分かるんですか? もしかして、それもヒロインと関係が?」
「うん。アルフィールお嬢様のお話だと、ヒロインは回復魔法を使えるそうだよ」
やっぱりそうか。そういうことなら……。
「じゃあ、私がもし回復魔法を使えなかったら、ジミ恋のヒロインじゃないってことですよね」
そう。私が本当に聞きたかったのはこれだ。私がヒロインだというのが何かの間違いだったなら、王子様と結婚する意味がなくなるんだ。
けれどイールトさんは、苦笑して頭を振った。
「いいや。シャルちゃんは使えるよ。もうすでに使ってるから、ヒロインなのは間違いない」
「私が魔法を使ったっていうんですか? いつ?」
「馬車の事故の時。シャルちゃんは回復魔法で俺を助けたんだよ」
イールトさんは真面目に話してるみたいだけど、到底信じられない。だってあの時……。
「イールトさんは無傷だったんじゃないんですか?」
「違うよ。本当は死にかけてたんだ。シャルちゃんが魔法をかけてくれなかったら、俺は間違いなく死んでたよ」
思いがけない話に、息が詰まる。でも嘘だなんて言えない。
だって私は、それが本当の話なんだって分かる。母さんが死ぬはずだった馬車の事故だ。イールトさんがボロボロになってたのも見た。顔が真っ白でぐったりしてて、どんなに声をかけても目を覚さなくて、呼吸も浅かったイールトさんの姿が……。
「シャルちゃん、しっかり! 俺は大丈夫だから」
「は、はい……」
いつの間にか、息ができなくなってたみたいで。イールトさんが立ち上がって私の背をさすってくれた。
どうにか返事をすると、イールトさんはホッと息を吐き、冷たくなっていた私の手を握った。
「君が助けてくれたんだ。ありがとう、シャルちゃん。……お礼を言うのが遅くなってごめんね」
「いえ……。母さんを助けてもらったわけですから。イールトさんが、無事で良かった」
「うん、ごめん」
じわりと涙が目に滲んで。こぼれ落ちそうになる雫を、イールトさんはハンカチでそっと拭ってくれた。
心配そうに私を見るイールトさんの目は優しくて。私の手を包み込むように温めてくれるイールトさんの手は、大きくて安心出来る。
(やっぱり好きだよ……。でも、私は本当にヒロインなんだ)
胸がギュッと締め付けられるように苦しくなって。気付いたら、ポロリと言葉が溢れていた。
「私、王子様と結婚なんてしたくないです」
私が本を落としたからか、イールトさんは口調を崩し、紅茶を入れ直してくれた。一気に肩の力が抜けてホッと息を吐いていると、イールトさんは貝の形をした焼菓子と一緒にカップを置いてくれた。
「わあ、可愛いですね! これ、何ですか?」
「マドレーヌっていうお菓子だよ。昨日アルフィールお嬢様が来られた時も出てたけど……シャルちゃんは食べてなかったね。初めて?」
「はい! 昨日は見たことないお菓子がいっぱいありましたけど、食べれなかったので嬉しいです!」
ワクワクが抑えきれないまま、躊躇なく手を伸ばそうとしたけれど、イールトさんが立ったままなのに気付いて首を傾げた。
「イールトさんは座らないんですか?」
「俺? 俺はいいよ」
「えっ、座ってくださいよ。今は私たちしかいませんし。一緒に休憩しましょう?」
「……じゃあ、少しだけ」
イールトさんは手際よく自分の紅茶も入れると、私の向かいに腰を下ろした。好きな人と同じテーブルでお茶出来るなんて、幸せすぎる。
にやけそうな顔に気付かれたくないから、初めての焼菓子……マドレーヌに手を伸ばす。一口かじれば、しっとりとした食感と甘さが広がって、自然と頬が緩んだ。
「やっぱりシャルちゃんは、自然のままがいいね」
不意にかけられた声に、ハッとする。うっかりまた大口を開けて食べてたかもしれない……!
「あ……そうですよね。私、全然うまく出来なくて」
「いや、そうじゃないんだ。ただ……アルフィールお嬢様の口真似は、失敗だったかなって思って」
「そういえば、さっき笑ってましたよね? 酷いです!」
「しまったな、気付かれてたか」
イールトさんは楽しげに笑うと、柔らかな眼差しで言葉を継いだ。
「でも本当に、アルフィールお嬢様の真似はしなくていいよ。シャルちゃんの場合は……そうだな。使用人と話す時は、友達と話す感覚を意識した方がいいと思う」
「友達、ですか。分かりました。やってみます」
「うん。頑張って」
正直に言えば、友達はほとんどいない。同年代の子たちと遊ぶ暇なんてなかったから。でも、孤児院の子どもたちとは遊んでいたから、その時の気持ちになればきっと気楽に話せるようになるだろう。……頑張らなきゃ。
密かに気合いを入れていると、イールトさんはゆっくりカップに口を付けた。イールトさんもアルフィール様みたいに手付きが優雅で、見惚れてしまう。
「どうかした?」
「あ、いえ……えっと」
どうしよう。見つめてたのを気付かれた! どうにかして、誤魔化さないと……!
「さっきの。さっきの話なんですけど、私が聖魔法を使えるって、本当なんですか?」
咄嗟に出た質問は、実際に気になっていた事だからちょうど良かった。本当に質問したかっただけなんです、って顔をして返事を待ってみる。
するとイールトさんは、どこか寂しげに視線を落とした。
「そうだよ。シャルちゃんは聖魔法を使える」
「使える人は限られてるのに、どうして分かるんですか? もしかして、それもヒロインと関係が?」
「うん。アルフィールお嬢様のお話だと、ヒロインは回復魔法を使えるそうだよ」
やっぱりそうか。そういうことなら……。
「じゃあ、私がもし回復魔法を使えなかったら、ジミ恋のヒロインじゃないってことですよね」
そう。私が本当に聞きたかったのはこれだ。私がヒロインだというのが何かの間違いだったなら、王子様と結婚する意味がなくなるんだ。
けれどイールトさんは、苦笑して頭を振った。
「いいや。シャルちゃんは使えるよ。もうすでに使ってるから、ヒロインなのは間違いない」
「私が魔法を使ったっていうんですか? いつ?」
「馬車の事故の時。シャルちゃんは回復魔法で俺を助けたんだよ」
イールトさんは真面目に話してるみたいだけど、到底信じられない。だってあの時……。
「イールトさんは無傷だったんじゃないんですか?」
「違うよ。本当は死にかけてたんだ。シャルちゃんが魔法をかけてくれなかったら、俺は間違いなく死んでたよ」
思いがけない話に、息が詰まる。でも嘘だなんて言えない。
だって私は、それが本当の話なんだって分かる。母さんが死ぬはずだった馬車の事故だ。イールトさんがボロボロになってたのも見た。顔が真っ白でぐったりしてて、どんなに声をかけても目を覚さなくて、呼吸も浅かったイールトさんの姿が……。
「シャルちゃん、しっかり! 俺は大丈夫だから」
「は、はい……」
いつの間にか、息ができなくなってたみたいで。イールトさんが立ち上がって私の背をさすってくれた。
どうにか返事をすると、イールトさんはホッと息を吐き、冷たくなっていた私の手を握った。
「君が助けてくれたんだ。ありがとう、シャルちゃん。……お礼を言うのが遅くなってごめんね」
「いえ……。母さんを助けてもらったわけですから。イールトさんが、無事で良かった」
「うん、ごめん」
じわりと涙が目に滲んで。こぼれ落ちそうになる雫を、イールトさんはハンカチでそっと拭ってくれた。
心配そうに私を見るイールトさんの目は優しくて。私の手を包み込むように温めてくれるイールトさんの手は、大きくて安心出来る。
(やっぱり好きだよ……。でも、私は本当にヒロインなんだ)
胸がギュッと締め付けられるように苦しくなって。気付いたら、ポロリと言葉が溢れていた。
「私、王子様と結婚なんてしたくないです」
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