社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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116.異動⑤

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この頃の真央ちゃんはいつも誰かを探していた。私が唯一知っている事はその人がK大絡みの人で、同期の真奈美ちゃんもK大出身だったからその事がキッカケで仲良くなったようだった。だから、真央ちゃんが松田さんに興味を持った理由も何となく察していた。

それを知ったのは藤澤さんが転勤してからの事で。藤澤さんもK大出身だったし、彼からもうちの会社はK大出身者が多いと聞いていたので、もう少し早くその事を知っていたら真央ちゃんに協力できたのかとも思えた。

「俺がK大で何か不満でも?」

私たちの興味の意味を図りかねている松田さんからは憮然として逆質問喰らってしまう。それには真央ちゃんと私は顔を見合わせ、自分たちが聞いた事にいささか気まずくて。

「いや、そういうワケでは..ねぇ」

その何とも言えない空気の中、1人だけ蚊帳の外の松浦が配られた資料をペラペラ捲りながら、空気の読めない一言で場が一転。

「...それは、三浦の戯言だから聞かないでいいっす」

「戯言?」

首を捻る松田さんを尻目にヤツはとんでもない事を言い放った。

「そっ。こいつ、藤澤さんに片想い中のストーカーっす」
 
その人聞きの悪い言葉に、気まずい想いをしていた私が我を忘れて即座に反応。

「ひっ...人前で何て事を!」

私は身を乗り出すようにして松浦が持っているプリントを奪い、彼に対してバシバシ叩きながら、慌てて弁解。そのストーカー発言で真央ちゃんは言葉を失い、松田さんは声を出して笑ったのち、ハッとして口元を手で隠した。それから、周りに注意をしながら、声のトーンを抑え気味に尋ねてきた。

「...三浦さんも藤澤先輩を知ってるの?...っていうか、片想い中?」

そんな風に聞かれてしまったら、答えないわけにはいかず、しぶしぶに。

「片想いっていうか、その何ていうか...」

私が返事に困って口を濁していると、松浦も声を小さく口を挟む。

「憧れの域を出ていないバリバリの片想いっす。今年のバレンタインなんか、彼女がいるっつーのに、チョコを渡そうとしていた勇者ですから」

「そうだったんだ...」と松田さんは、私を憐れんでくれて私は居た堪れなくなってしまう。

「ちょっと、変な事追加して言わないでよ!」

「事実だろうが!!」

勝手に話を作ってくれる松浦には頭にきて今度は空気のように無視をすると、松田さんは困った顔をしていた。

「う...ん、三浦さんには言いにくいんだけど。松浦の言う通り、藤澤さんには本命の彼女がいてね。本当、バレンタインの時なんか見てられないくらいの浮かれっぷりで」

頬杖をつき、彼の事を懐かしむ松田さんの言葉にドキッとする。

バレンタインの時の彼女は、私だから。

どんな風に浮かれてましたか?なんて、付き合っている時なら聞いてみたい気もするけどもともと聞ける立場ではないし、今はまだ他人事みたいに笑って聞けそうになくて。

ただ、顔が反射的に火照るだけで、それを松浦にデリカシーなく咎められる。

「バーカ。変な想像して、なに顔を赤くしてんだよ。お前の事じゃないって!」

「...そんなの、言われなくても分かってる」

最初から、手の届かなかった人だもの。
今の私の立場の方が正しい現実だって事も分かっている。

しんみり当時の彼を人知れず思い出してしまうと、松浦も松田さんと同じように藤澤さんの事を懐かしがった。

「ま、あのルックスじゃ...身近にいたら気にならないといえば嘘になるか。あの色気で男の俺ですらたまに怪しい変な気持ちになりそうだもの」

「それ、分かるわー」

男性社員の2人が藤澤さんの話をなにやらおかしな方向へ話を進め出し、心の中でちょっと引き始めると、真央ちゃんも同じだったみたいで。

「...あのぅ、藤澤さんって男の人ですよね?」

「そうだよ?」

彼女の問いに当たり前じゃん、みたいな顔の松田さんと松浦。私はそういう話には入っていけそうにないので、聞き耳を立てながら黙っていた。

すると松田さんは次から次へと私たちより長く藤澤さんを知っているものだから、ここからは彼の独壇場。

先輩あの人はさ。自分の容姿が他人からどう見られているかなんて、気にも留めない」

「そのうえ、頭だって人並み以上でありえないくらい緻密だし」

「でもって、それをひけらかさない...というか、無頓着、無関心。俺が先輩だったら、その恵まれたモノを最大限に生かそうと思うけどね、いろんな意味で」

そこに「そうそう」と付き合いが少しある松浦が合いの手を打つ。私は藤澤さんが同性からそんな風に見られているんだと、初めて知る。

...私の知っている藤澤さんは、全然違う。

たまに意地悪なことを言うけれど、とても優しくて、笑うと可愛くて...。

他の人たちの話をよそに彼との思い出に浸ると、自然と笑みが溢れてしまう位に、外見的なことよりも、内面的なものの方がとても魅力的で私のとても好きな人だった。

会えなくなって、もう数ヶ月、片時も忘れた事はなかった。

...元気かな、藤澤さん。

ふうっと溜息をつき前を向くと、ちょうど講師の課長代理が会議室に入ってきた所。今日の私はスライド係だったので、真央ちゃんたちのいる席からは離れ、1番後ろの席へと移動する。そこには、今日は山本さんも助っ人で入っており私たちは並んで座る事になった。そして、講義中、課長代理の話に合わせ、私はパソコンを操作し、スライド画面を壇上のスクリーンへと映し出す。

今日はそんな単純作業で、初回よりも慣れたせいか気持ち的に余裕だった。隣の山本さんも暗いのをいい事に、軽く欠伸とかしたりして、何となくリラックスムード。そんな空気が漂う中、私と同じようにパソコンを弄る山本さんに小声で話しかけられる。

「...この講座が始まる前、楽しそうに話していたね」

「み、見てたんですか?すみません、つい...知り合いがいたもので」

用事があって声をかけられなかったのかと謝ると、山本さんは小さく手を横に振った。

「いや、別に大した用事はないよ。ただ、三浦さんが珍しく男性社員と話していたからさ。それもすごく楽しそうに」

「そんなに楽しそう...でしたか?」

「うん、とても。だから、どちらかが彼氏なのかと思って」

...やだ、また誤解されちゃう!?

「ち、違いますよー。1人は大学の時からの友人で、もう1人はその友人の知り合いで(笑)」

私は笑いながら無難にやり過ごしたつもり、だった。
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