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114.異動③
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岡田課長代理に申し送られたのはこの会議室の音響などの片付けだった。この講座には私の他にもう1人管理部からの担当者がいたけれど、その人が講座中に課長代理のアシスタントをしてくれていたので、今回の片付けは私の役割になり、真央ちゃんが手伝いを買って出てくれたのが非常にありがたかった。さっきまで人でいっぱいだったこの部屋は蜘蛛の子を散らすように人がいなくなり、その中で私たちは片付けを始める。
まずは乱雑になってしまっていた椅子や机を綺麗に並べかえ、元どおりの配置に。あらかた終わった所で、私は音響機材の撤収の為、コンセントを抜き、コードを綺麗に纏めていた。ただ、ある一箇所のコンセントが変な場所に刺さっているのでなかなか抜けず、私が無理な体勢でしゃがんで取ろうと四苦八苦していると、自分の仕事を片付けた真央ちゃんが声をかけてくれた。
「それ、私が変わろうか?」
彼女は私より小柄だけれど体育会系。こう見えても私より断然力もちなので、ここは素直にお願いする。お互い位置を入れ変えて、小柄な真央ちゃんは私が入りづらかった奥へとすんなり手を伸ばす。
「どう、取れる?」
後ろから見ても、彼女も少し苦労しているのが分かる。
「うーん、もう少し...」
「管理部の誰かに声をかけようか?」
「いや、ちょっと待ってて。いけそうだから」
今度は違う体勢でアプローチをかけようとしているみたいで、それを見守っていたら、どういうわけだかこんな状況にも関わらず課長代理の話になった。
「ねぇ、優里ちゃんはどう思った?今日の課長、うちの課にいた時と違って、爽やかっていうか...何というか...変じゃなかった?」
「そう?課長代理はいつもあんな感じだよ?」
「えー、嘘だぁ。あんな胡散臭い笑顔でよく話せるよ、全く...」
「そんなに胡散臭い...かなぁ?」
「だって、私といた時なんかあんな風に笑いもしなくてさー、皮肉ばっかり...」
すると、真央ちゃんと世間話をしていた私の隣に、どこから来たのか岡田課長代理が気配もなく並ぶ。
「そ、そう...?」
流石にこの時ばかりは、本人を目の前にして動揺したせいか、受け答えがしどろもどろになってしまう。それでも真央ちゃんはコンセントと格闘しているから、課長代理の存在に少しも気がつかないで嬉々として話を繋げていた。逆に私の方が冷や汗タラタラ、いたたまれず、彼女の背中と課長代理の顔を交互に見るしかなく。
「ま、真央ちゃん...課長代理の話は、そ、その辺で終わりにした方が...」
さりげなく話題を変えようとしたけれど、上手く伝える事ができず言葉に詰まってしまう。そんな中、遂にそのコンセントが抜けた。スポンという擬音が似合いそうなくらいすっぽ抜けてしまい、彼女は勢い余って体勢を崩してしまった。
「きゃあっ!!?」「危ないっ!!」
反射神経の鈍い私より先に彼女の身体は私の隣の人が受け止める。そのおかげで真央ちゃんは床に頭をぶつけるのを免れた。
「ごめん...優里ちゃん。ありがと...う?」
彼女は受け止めたのが私だと勘違いして恐る恐る顔を上げると、人の顔を凝視。私と違う人だと分かり、口をパクパクさせた。
「か、か、か、かっ、かぁっ?!」
彼女がそんな状況に陥るのも無理はない。さっきから噂していた課長代理が目の前に現れたのだから。彼は彼女の身体を立たせながら、フッと口元を緩める。
「鳴沢はいつからカラスになったんだ?...それと笑顔が胡散臭くて悪かったな」
「い、いや、それは...」
こんな風に課長代理が皮肉を言うのを初めて聞いた。いつもはきちんと襟を正して部下である私にすら敬語使う人なのに。その彼に真央ちゃんが言い訳できずにいると、課長代理は嫌味混じりに畳み掛ける。
「相変わらず、注意力散漫。新入社員研修からやり直すか?」
彼女を立たせた課長代理は腕を組み、呆れたようにため息を吐く。それには真央ちゃんもスカートの裾を払いながらも言い訳していた。
「い、いや...今日はたまたま調子が悪くて。いつもは、もっと、ちゃんとして...ます」
「は?注意力が足りないのに、調子が良いも悪いもあるか。君のその生まれ持った性格だろう?」
「......それを言うなら課長だって!性格悪いですよ、後ろで黙って聞いているなんて」
「本人を前にしてタチの悪い噂話をする君に、言われる筋合いはないと思うが?」
ポンポンと次から次へと言葉のキャッチボールが続く。結構、課長代理もキツイことを言っているけれど、真央ちゃんも負けてはいない。ムキになっている真央ちゃんはともかくとして、それでも彼は彼女と話すのを楽しんでいるようで、彼女のことが可愛くて仕方ないみたいに見えた。私から見ればこの軽妙なやりとりはまるで夫婦漫才。口を挟むことなく話を聞いていた私は笑いそうになるのを必死でこらえ、気を紛らわすために借りてきたコードやなにやらを纏めて、紙袋に入れておいた。
...ここでのお邪魔虫はきっと私かな?
それらの紙袋を手に取り、さも、今思い出したように。
「私、これを資材室に返却してくるから。真央ちゃん、後はよろしくね。あ、課長代理もお願いしまーす」
「ちょっ、ちょっと?優里ちゃん??」
私は呼び止めようと慌てている彼女を、気がつかないふり、見ないふりで、さっさと、ここから退場した。
...あの2人はお似合いだと思うんだけど。
ただ、課長代理は既婚者で真央ちゃんとはどうにもならない。それでもこの位なら許されるかなと少々重い紙袋を二つ手に持ちながら、鼻歌交じりに資材室へと向かう。
好きな人がいつでも側にいるって羨ましい。
今までは藤澤さんがいるのが当たり前だった。
これからは藤澤さんがいない事が当たり前になる。
そういうのが、彼が話していた心変わりとすれば悲しかった。
いつも一緒に歩いていた廊下の窓の外を眺め、彼の面影を思い出してしまうと寂しくて、胸が苦しくなりそうだ。
そんな気持ちを抱え俯き加減に歩いていると、不意に向かいから歩いてきた人に声をかけられる。
「ごめん!三浦さんだけに後片付けさせちゃったみたいで」
同じ課の山本さんがすまなそうに息を切らせて目の前に立ち止まっていた。彼は自分の仕事を終え、わざわざ手伝いに来てくれたのだろう。
まずは乱雑になってしまっていた椅子や机を綺麗に並べかえ、元どおりの配置に。あらかた終わった所で、私は音響機材の撤収の為、コンセントを抜き、コードを綺麗に纏めていた。ただ、ある一箇所のコンセントが変な場所に刺さっているのでなかなか抜けず、私が無理な体勢でしゃがんで取ろうと四苦八苦していると、自分の仕事を片付けた真央ちゃんが声をかけてくれた。
「それ、私が変わろうか?」
彼女は私より小柄だけれど体育会系。こう見えても私より断然力もちなので、ここは素直にお願いする。お互い位置を入れ変えて、小柄な真央ちゃんは私が入りづらかった奥へとすんなり手を伸ばす。
「どう、取れる?」
後ろから見ても、彼女も少し苦労しているのが分かる。
「うーん、もう少し...」
「管理部の誰かに声をかけようか?」
「いや、ちょっと待ってて。いけそうだから」
今度は違う体勢でアプローチをかけようとしているみたいで、それを見守っていたら、どういうわけだかこんな状況にも関わらず課長代理の話になった。
「ねぇ、優里ちゃんはどう思った?今日の課長、うちの課にいた時と違って、爽やかっていうか...何というか...変じゃなかった?」
「そう?課長代理はいつもあんな感じだよ?」
「えー、嘘だぁ。あんな胡散臭い笑顔でよく話せるよ、全く...」
「そんなに胡散臭い...かなぁ?」
「だって、私といた時なんかあんな風に笑いもしなくてさー、皮肉ばっかり...」
すると、真央ちゃんと世間話をしていた私の隣に、どこから来たのか岡田課長代理が気配もなく並ぶ。
「そ、そう...?」
流石にこの時ばかりは、本人を目の前にして動揺したせいか、受け答えがしどろもどろになってしまう。それでも真央ちゃんはコンセントと格闘しているから、課長代理の存在に少しも気がつかないで嬉々として話を繋げていた。逆に私の方が冷や汗タラタラ、いたたまれず、彼女の背中と課長代理の顔を交互に見るしかなく。
「ま、真央ちゃん...課長代理の話は、そ、その辺で終わりにした方が...」
さりげなく話題を変えようとしたけれど、上手く伝える事ができず言葉に詰まってしまう。そんな中、遂にそのコンセントが抜けた。スポンという擬音が似合いそうなくらいすっぽ抜けてしまい、彼女は勢い余って体勢を崩してしまった。
「きゃあっ!!?」「危ないっ!!」
反射神経の鈍い私より先に彼女の身体は私の隣の人が受け止める。そのおかげで真央ちゃんは床に頭をぶつけるのを免れた。
「ごめん...優里ちゃん。ありがと...う?」
彼女は受け止めたのが私だと勘違いして恐る恐る顔を上げると、人の顔を凝視。私と違う人だと分かり、口をパクパクさせた。
「か、か、か、かっ、かぁっ?!」
彼女がそんな状況に陥るのも無理はない。さっきから噂していた課長代理が目の前に現れたのだから。彼は彼女の身体を立たせながら、フッと口元を緩める。
「鳴沢はいつからカラスになったんだ?...それと笑顔が胡散臭くて悪かったな」
「い、いや、それは...」
こんな風に課長代理が皮肉を言うのを初めて聞いた。いつもはきちんと襟を正して部下である私にすら敬語使う人なのに。その彼に真央ちゃんが言い訳できずにいると、課長代理は嫌味混じりに畳み掛ける。
「相変わらず、注意力散漫。新入社員研修からやり直すか?」
彼女を立たせた課長代理は腕を組み、呆れたようにため息を吐く。それには真央ちゃんもスカートの裾を払いながらも言い訳していた。
「い、いや...今日はたまたま調子が悪くて。いつもは、もっと、ちゃんとして...ます」
「は?注意力が足りないのに、調子が良いも悪いもあるか。君のその生まれ持った性格だろう?」
「......それを言うなら課長だって!性格悪いですよ、後ろで黙って聞いているなんて」
「本人を前にしてタチの悪い噂話をする君に、言われる筋合いはないと思うが?」
ポンポンと次から次へと言葉のキャッチボールが続く。結構、課長代理もキツイことを言っているけれど、真央ちゃんも負けてはいない。ムキになっている真央ちゃんはともかくとして、それでも彼は彼女と話すのを楽しんでいるようで、彼女のことが可愛くて仕方ないみたいに見えた。私から見ればこの軽妙なやりとりはまるで夫婦漫才。口を挟むことなく話を聞いていた私は笑いそうになるのを必死でこらえ、気を紛らわすために借りてきたコードやなにやらを纏めて、紙袋に入れておいた。
...ここでのお邪魔虫はきっと私かな?
それらの紙袋を手に取り、さも、今思い出したように。
「私、これを資材室に返却してくるから。真央ちゃん、後はよろしくね。あ、課長代理もお願いしまーす」
「ちょっ、ちょっと?優里ちゃん??」
私は呼び止めようと慌てている彼女を、気がつかないふり、見ないふりで、さっさと、ここから退場した。
...あの2人はお似合いだと思うんだけど。
ただ、課長代理は既婚者で真央ちゃんとはどうにもならない。それでもこの位なら許されるかなと少々重い紙袋を二つ手に持ちながら、鼻歌交じりに資材室へと向かう。
好きな人がいつでも側にいるって羨ましい。
今までは藤澤さんがいるのが当たり前だった。
これからは藤澤さんがいない事が当たり前になる。
そういうのが、彼が話していた心変わりとすれば悲しかった。
いつも一緒に歩いていた廊下の窓の外を眺め、彼の面影を思い出してしまうと寂しくて、胸が苦しくなりそうだ。
そんな気持ちを抱え俯き加減に歩いていると、不意に向かいから歩いてきた人に声をかけられる。
「ごめん!三浦さんだけに後片付けさせちゃったみたいで」
同じ課の山本さんがすまなそうに息を切らせて目の前に立ち止まっていた。彼は自分の仕事を終え、わざわざ手伝いに来てくれたのだろう。
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