社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
上 下
99 / 199

99.迂闊という名の油断。①藤澤視点

しおりを挟む
「温泉に行きたい...」

最近とにかく海外に行くことが多くなった俺は、次の出張に備え荷物のパッキングをしていると何の気なしに呟いた。すぐ近くで俺の洗濯物を畳んでくれている優里に聞かせる為に。

「温泉、ですか?」

こちらの思惑通り優里は反応してくれて、手を止める。

「そう。優里と温泉に行きたい」

彼女はここでようやく自分に投げかけられた言葉だと知り、部屋に掛けてあったカレンダーを見つめた。今は4月半ば。俺が呟いた意図に気がついた彼女は困惑している。

「すぐそこのお休みだとGWですよね。その時は日本にいてお休みが取れそうなんですか?」

「うん。そこなんだよ、問題は...」

俺が渋い顔で天井を見上げると、殆どワガママの言わない彼女はすぐに俺を案じてくれた。

「無理しなくて良いですよ。こうして、一緒にいてもらえるだけで私は嬉しいですから」

今は俺の仕事の休みが不安定な為、彼女は全面的にこちらに合わせてくれている。以前のように遠出したりすることが殆どなくなり、恋人らしい事をしてあげていない。その為に彼女に不満はないのだろうか?と、気になっていたのだ。

優里が望む事をしてあげたいという気持ちが日に日に強くなる。これは今まで付き合った恋人に持った感情と明らかに違っており、こんなに彼女に執着する日がくるとは夢にも思わなかった。そんなままならない感情に振り回されっぱなしだ。

「...やっぱり、これじゃいけない。5月はダメかもしれないけれど、絶対6月には休みが取れるようにするから」

「大丈夫ですか...?そんなに無理しなくても」
   
彼女は出来ない約束ならしないで欲しいというタイプ。それはクリスマスイブの時に身をもって知った。だから、5月連休は絶望的だとしても6月は絶対休みをとれる勝算があったので口にしている。

それでも、彼女には微かに疑いの目で見られてしまったのは、日頃の行いが悪かったせいだろうか?それに負けじと「6月には」と連呼した。

※※※

俺が連続して海外出張に行く理由は、隣のデスクの真田さんの家庭の事情にある。新婚の彼には身重の妻がおり、日本を離れがたい真田さんのピンチヒッターだったに過ぎない。5月の連休は優里の予想通り休みが取れなかった。代わりに彼の子供が無事生まれたという朗報を聞く。俺の肩の荷がようやくおりた瞬間だった。

ただ、ピンチヒッターとはいえども入社早々に憧れた場所に勤務し、その素晴らしい環境は自分の経験値を上げる財産になっていた。もし、ここに勤める機会があればこんな中途半端に日本と行き来する事なく、じっくりと年単位で腰を据えてがいいだろうと思ったほどに収穫もあった。

それでもそんなチャンスが巡ってくるのは、随分と先の話、いや、ないかもしれない。
だが、その時が来たら、そのチャンスを逃すまいと密かに思っていた。

出張が落ち着つくといつものルーティンワーク。次第に身体も時差から解放されて、仕事以外の事を考える余裕も出てくる。

...優里がウチで待っててくれるのは、嬉しかった。

仕事中にもかかわらず、にやけそうになるのを抑えて。暇だったのでデスクの上の小さな卓上カレンダーの6月のある日に、自分だけの印をこっそりとつける。印をつけた日は優里の誕生日。本人には確認せずとも、前もって田山から個人情報だけは仕入れていた。

初めて迎える可愛い彼女の誕生日という大事なイベント。海外に行っている間、不満を漏らさず、ずっと出迎えてくれた彼女の労を労いたいなという気持ちと、一緒にいたいという気持ちが交錯する。

実はもう少し俺の仕事が落ち着いたら、彼女に話そうと思っていたことがあった。
それは結婚を前提とした期限付きの同棲の提案である。

俺の方は今すぐに結婚しても良いのだが、なんせ彼女は大変な就職活動を終え、ある程度名の知れた会社に入ったばかり。 ここまで育ててくれた親御さんの気持ちが偲ばれ、反対されるのは目に見えている。それに彼女が仕事を続けたいかどうかも今の時点で分からない。

だから、その未来の為に彼女の実家に挨拶をしたって良いと思っている。
その辺りは彼女の意向に全面的に従うとして、いくつか休みの取れそうな日を自分のスケジュール帳でピックアップ。その後、充実した気持ちで午後からの仕事に取り掛かる。

自分としては準備を怠っているつもりは、全くなかった。


いろいろな意味で。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...