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99.迂闊という名の油断。①藤澤視点
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「温泉に行きたい...」
最近とにかく海外に行くことが多くなった俺は、次の出張に備え荷物のパッキングをしていると何の気なしに呟いた。すぐ近くで俺の洗濯物を畳んでくれている優里に聞かせる為に。
「温泉、ですか?」
こちらの思惑通り優里は反応してくれて、手を止める。
「そう。優里と温泉に行きたい」
彼女はここでようやく自分に投げかけられた言葉だと知り、部屋に掛けてあったカレンダーを見つめた。今は4月半ば。俺が呟いた意図に気がついた彼女は困惑している。
「すぐそこのお休みだとGWですよね。その時は日本にいてお休みが取れそうなんですか?」
「うん。そこなんだよ、問題は...」
俺が渋い顔で天井を見上げると、殆どワガママの言わない彼女はすぐに俺を案じてくれた。
「無理しなくて良いですよ。こうして、一緒にいてもらえるだけで私は嬉しいですから」
今は俺の仕事の休みが不安定な為、彼女は全面的にこちらに合わせてくれている。以前のように遠出したりすることが殆どなくなり、恋人らしい事をしてあげていない。その為に彼女に不満はないのだろうか?と、気になっていたのだ。
優里が望む事をしてあげたいという気持ちが日に日に強くなる。これは今まで付き合った恋人に持った感情と明らかに違っており、こんなに彼女に執着する日がくるとは夢にも思わなかった。そんなままならない感情に振り回されっぱなしだ。
「...やっぱり、これじゃいけない。5月はダメかもしれないけれど、絶対6月には休みが取れるようにするから」
「大丈夫ですか...?そんなに無理しなくても」
彼女は出来ない約束ならしないで欲しいというタイプ。それはクリスマスイブの時に身をもって知った。だから、5月連休は絶望的だとしても6月は絶対休みをとれる勝算があったので口にしている。
それでも、彼女には微かに疑いの目で見られてしまったのは、日頃の行いが悪かったせいだろうか?それに負けじと「6月には」と連呼した。
※※※
俺が連続して海外出張に行く理由は、隣のデスクの真田さんの家庭の事情にある。新婚の彼には身重の妻がおり、日本を離れがたい真田さんのピンチヒッターだったに過ぎない。5月の連休は優里の予想通り休みが取れなかった。代わりに彼の子供が無事生まれたという朗報を聞く。俺の肩の荷がようやくおりた瞬間だった。
ただ、ピンチヒッターとはいえども入社早々に憧れた場所に勤務し、その素晴らしい環境は自分の経験値を上げる財産になっていた。もし、ここに勤める機会があればこんな中途半端に日本と行き来する事なく、じっくりと年単位で腰を据えてがいいだろうと思ったほどに収穫もあった。
それでもそんなチャンスが巡ってくるのは、随分と先の話、いや、ないかもしれない。
だが、その時が来たら、そのチャンスを逃すまいと密かに思っていた。
出張が落ち着つくといつものルーティンワーク。次第に身体も時差から解放されて、仕事以外の事を考える余裕も出てくる。
...優里がウチで待っててくれるのは、嬉しかった。
仕事中にもかかわらず、にやけそうになるのを抑えて。暇だったのでデスクの上の小さな卓上カレンダーの6月のある日に、自分だけの印をこっそりとつける。印をつけた日は優里の誕生日。本人には確認せずとも、前もって田山から個人情報だけは仕入れていた。
初めて迎える可愛い彼女の誕生日という大事なイベント。海外に行っている間、不満を漏らさず、ずっと出迎えてくれた彼女の労を労いたいなという気持ちと、一緒にいたいという気持ちが交錯する。
実はもう少し俺の仕事が落ち着いたら、彼女に話そうと思っていたことがあった。
それは結婚を前提とした期限付きの同棲の提案である。
俺の方は今すぐに結婚しても良いのだが、なんせ彼女は大変な就職活動を終え、ある程度名の知れた会社に入ったばかり。 ここまで育ててくれた親御さんの気持ちが偲ばれ、反対されるのは目に見えている。それに彼女が仕事を続けたいかどうかも今の時点で分からない。
だから、その未来の為に彼女の実家に挨拶をしたって良いと思っている。
その辺りは彼女の意向に全面的に従うとして、いくつか休みの取れそうな日を自分のスケジュール帳でピックアップ。その後、充実した気持ちで午後からの仕事に取り掛かる。
自分としては準備を怠っているつもりは、全くなかった。
いろいろな意味で。
最近とにかく海外に行くことが多くなった俺は、次の出張に備え荷物のパッキングをしていると何の気なしに呟いた。すぐ近くで俺の洗濯物を畳んでくれている優里に聞かせる為に。
「温泉、ですか?」
こちらの思惑通り優里は反応してくれて、手を止める。
「そう。優里と温泉に行きたい」
彼女はここでようやく自分に投げかけられた言葉だと知り、部屋に掛けてあったカレンダーを見つめた。今は4月半ば。俺が呟いた意図に気がついた彼女は困惑している。
「すぐそこのお休みだとGWですよね。その時は日本にいてお休みが取れそうなんですか?」
「うん。そこなんだよ、問題は...」
俺が渋い顔で天井を見上げると、殆どワガママの言わない彼女はすぐに俺を案じてくれた。
「無理しなくて良いですよ。こうして、一緒にいてもらえるだけで私は嬉しいですから」
今は俺の仕事の休みが不安定な為、彼女は全面的にこちらに合わせてくれている。以前のように遠出したりすることが殆どなくなり、恋人らしい事をしてあげていない。その為に彼女に不満はないのだろうか?と、気になっていたのだ。
優里が望む事をしてあげたいという気持ちが日に日に強くなる。これは今まで付き合った恋人に持った感情と明らかに違っており、こんなに彼女に執着する日がくるとは夢にも思わなかった。そんなままならない感情に振り回されっぱなしだ。
「...やっぱり、これじゃいけない。5月はダメかもしれないけれど、絶対6月には休みが取れるようにするから」
「大丈夫ですか...?そんなに無理しなくても」
彼女は出来ない約束ならしないで欲しいというタイプ。それはクリスマスイブの時に身をもって知った。だから、5月連休は絶望的だとしても6月は絶対休みをとれる勝算があったので口にしている。
それでも、彼女には微かに疑いの目で見られてしまったのは、日頃の行いが悪かったせいだろうか?それに負けじと「6月には」と連呼した。
※※※
俺が連続して海外出張に行く理由は、隣のデスクの真田さんの家庭の事情にある。新婚の彼には身重の妻がおり、日本を離れがたい真田さんのピンチヒッターだったに過ぎない。5月の連休は優里の予想通り休みが取れなかった。代わりに彼の子供が無事生まれたという朗報を聞く。俺の肩の荷がようやくおりた瞬間だった。
ただ、ピンチヒッターとはいえども入社早々に憧れた場所に勤務し、その素晴らしい環境は自分の経験値を上げる財産になっていた。もし、ここに勤める機会があればこんな中途半端に日本と行き来する事なく、じっくりと年単位で腰を据えてがいいだろうと思ったほどに収穫もあった。
それでもそんなチャンスが巡ってくるのは、随分と先の話、いや、ないかもしれない。
だが、その時が来たら、そのチャンスを逃すまいと密かに思っていた。
出張が落ち着つくといつものルーティンワーク。次第に身体も時差から解放されて、仕事以外の事を考える余裕も出てくる。
...優里がウチで待っててくれるのは、嬉しかった。
仕事中にもかかわらず、にやけそうになるのを抑えて。暇だったのでデスクの上の小さな卓上カレンダーの6月のある日に、自分だけの印をこっそりとつける。印をつけた日は優里の誕生日。本人には確認せずとも、前もって田山から個人情報だけは仕入れていた。
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実はもう少し俺の仕事が落ち着いたら、彼女に話そうと思っていたことがあった。
それは結婚を前提とした期限付きの同棲の提案である。
俺の方は今すぐに結婚しても良いのだが、なんせ彼女は大変な就職活動を終え、ある程度名の知れた会社に入ったばかり。 ここまで育ててくれた親御さんの気持ちが偲ばれ、反対されるのは目に見えている。それに彼女が仕事を続けたいかどうかも今の時点で分からない。
だから、その未来の為に彼女の実家に挨拶をしたって良いと思っている。
その辺りは彼女の意向に全面的に従うとして、いくつか休みの取れそうな日を自分のスケジュール帳でピックアップ。その後、充実した気持ちで午後からの仕事に取り掛かる。
自分としては準備を怠っているつもりは、全くなかった。
いろいろな意味で。
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