社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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74.多分、決戦は金曜日。③

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2月13日、金曜日。ちょっと曇り。
明日の土曜日は会社の休日なので今日がうちの社員にとってはバレンタインに当たる日だった。そんな理由で今朝の私は義理チョコの紙袋を持って出社している。
それから会社に近づくにつれ、私のような紙袋を持っている女子社員を数人見かけた。

...あれは義理チョコかな、それとも?

明日会えるのは約束している人たちだけのはずだから、もしかしたら、今日新しい恋が生まれるかもしれないと想像する。 

...藤澤さんとお付き合いしていなかったら、私も彼に本命チョコをあげようとしていたかな?あー、やっぱりそれは無理。見ているだけで精一杯。

両想いになったはずなのに、まだ私の片想いは続いているみたいだ。
だから、今日は私にとっては本当のバレンタインではないけれど、少しでも彼の姿を見かける事ができたらいいなって思っていた。

※※※

朝からなんとなく、ソワソワ落ち着かなくて。いつ、課内の男性社員に義理チョコを渡すのかなって思っていたら、お昼休み少し前に配る事になった。
今日は私も美波ちゃんも外回りがなかったので、鈴木さんと3人で手分けをして手渡しをして回る。

「いつもお世話になっています。そのお礼の義理チョコでーす」

「お、今日はバレンタインかぁ。三浦さん、サンキュ!」

隣の席の佐山さんはにこやかに受け取ってくれて、そんな感じで何人かにも。でも、うちは営業部なので中には戻ってきていない人もいて、その人にはデスクの上にメモ書きを添えて置いておく。

そして、田山さんのデスクの方を見ると彼も戻ってきてはいなかった。田山さんへの義理チョコは、美波ちゃんがあげたがっていたけれど本命をあげるからという理由で鈴木さんにそれを止められ、私があげる事になっている。

...ちゃんと、藤澤さんとの事でお礼言いたかったんだけどな。

彼は新商品販売の絡みでここのところ多忙な様子。その為、会社では2人になる事はなく、込み入った話が出来なかった。私は仕方なしに、チョコをデスクに置き他の人と同じようにメモ書きを添える。ただ、他の人とは少しだけ文面を違えた。

『その節はお世話なり本当にありがとうございました。おかげさまで上手くいきそうです。』

勘のいい田山さんなら、この文面で藤澤さんとの事を察してくれるかなって思う。
あとの残りの義理チョコは、営業部ではなくお昼休みに入ったら研究室の方へと予定していた。実は課内の義理チョコを買った別の日に私はまたチョコを買いに行っており、買ったのは合計4つ。

内容はというと本命1つに義理3つ。
その中の3つは全く同じチョコでお世話になった研究所の人たちへのものだった。

1つは、お世話になってはいないけれどあげないと絶対うるさい松浦の分。
1つは、藤澤さんの隣のデスクの真田主任。この人とは一緒にお仕事をしたことはなかったのだけれど、研究所に行くと気にかけてくれて、今ではちょこちょこ話せるような間柄になっていた。

そして、もう1つは藤澤...主任としての分。
プライベートはともかく一緒にお仕事をしている時は、荷物を運んでもらったり、ちんぷんかんぷんな専門用語を分かりやすく教えてもらったり新入社員の私にはとても勉強になった。

そんな風にお世話になっていたのに、義理チョコをあげないというのはなんとなく変かなという思いもあり。もちろん、明日の本命チョコは時間をかけて選んだ別のものを用意してあるので、一応、社交辞令として、藤澤...主任向けに。

なんて口実をつけてはみたものの、私は彼に会いたかっただけなのかもしれない。

※※※

「これで、オッケー」

昼食を早々に食べ終え、自分のデスクの上にロッカーから持ってきた義理チョコを置き、その数を指差し確認。ちょうど、そこへ美波ちゃんも昼食から戻ってきた。

「それ、もしかして研究所へ持っていく分?」

「うん。そうだよ」

「良かった。それなら、これもついでに」

彼女は手に持っていた紙袋を2つ、私のデスクへさりげなく置いた。

「これは?」

「もちろん、あちらへの義理チョコ。やっぱり一応、社交辞令だからね」

彼女は、極力研究所には行きたくない人。私はその理由を知っているので、あえて、そこには触れなかった。

「誰と誰の分?」

「松浦さんと...その、藤澤...主任?」

彼女は藤澤さんの名前を言う時だけ、一瞬、視線を逸らす。私は聞き間違いではないかと思わず聞き返す。

「藤澤主任...って、あの?」

すると、やっぱり同じことを言われた。

「もう、仕方ないじゃない。苦手だけどお世話にはなったんだから!」

彼女にとって嫌な事を聞いてしまったのか、最後の方には少々逆ギレ気味。それでも、私は彼女からの義理チョコを快く受け取って了解する。なんだかんだ言っても好きな人の事をちゃんと認めてもらえたのが、私には嬉しかったのだ。

結局、研究所へ持っていくチョコの数は合計5個になる。

紙袋の多さから、それを持って廊下を歩くと悪目立ちしてしまいそうだったけれど、今日はそういう日だからと開き直ることにした。

そして、研究所に向かう時にふと気になり鈴木さんのデスクの方を見ると彼女はいなかった。

...もう、向こうに行ったのかな?

向こうでかち合わないといいな、とか。
いても、パーっと置いて、パーっと帰ってきちゃおう、とか。

軽くシミュレーションを頭の中で済ませてから、慌てて研究所の方へと急ぐ。
今日は義理チョコをあげる日なので、気にしないと自分に言い聞かせ、午後から行かなくてはいけない所もあったので、それにも間に合わせなくてはと必死だった。

「こんにちはー」

営業部では、お昼休憩終わり頃の時間。
それでも所員の個々のデスクのあるこの部屋には、休憩時間が人によりマチマチなせいか、誰もいなくてガランとしていた。

私は受付のカウンター越しからいつもの癖である席に目を向ける。そこはもちろん藤澤さんの席で、彼の姿は見当たらなく。

...なんだ、お留守.....あれ?

その代わりいつもすっきりと片付けられているはずのデスクの上には、何やら紙袋みたいなものがいろいろ置いてあるのが遠目で分かってしまった。

...まさか、全部チョコ!?

覚悟はしていたけれど予想以上だったので、私は手元にある紙袋とそちらを思わず見比べてしまう。

...あれだけあったら私のなんて無意味っぽい。でも、ミナミちゃんにも頼まれたし。

その場で迷い立ちすくんでしまうと、時間だけが無駄にどんどん過ぎてゆく。

...どうしよう、時間が。

腕時計を見ながら焦り始めると、たまたま受付カウンター近くを通りかかった白衣の女性に声をかけられて、助かった。

「うちの所員に何かご用件でしょうか?...あ、それとも、そちらを誰かに渡せばよろしいですか?」

彼女も同性なので今日がなんの日かわかったうえでで、気を利かせてくれている。
それなのに切羽詰まっていた私は。

「あの、松浦...さんを呼んでもらえませんか?」

今日は藤澤さんの顔を見られれば満足だったはずのに欲が出てしまった。

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