社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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72.多分、決戦は金曜日。①

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2月のデパートはバレンタイン商戦真っ只中。

今まで私は大学の時の義理チョコを適当にコンビニで買ったことしかなく、男性の多いうちの会社では毎年バレンタインの義理チョコというものは慣例的になっていると教わった。それだから、社内恋愛に発展するのも多いとも。
そんな会社に勤めている私は、本日、課内の男性社員への義理チョコの為にデパートへ同じ課の女子と買い出しに来ている。

今日のメンバーは同じ課の美波ちゃんと先輩の鈴木さん。

社内であげる人数や金額を打ち合わせたはずなのに、人の波をかいくぐり手分けをして全て買い終えた頃には疲労感で、もうグッタリ。疲れ切った私たちは、幾つかの紙袋を抱えたまま、上の階のレストランで夕食を食べていこうと話になった。

でも、これだけ疲れていても、女性としてのお喋りは楽しい。もちろん、今日の話題のメインは今週の金曜日に控えたバレンタインデーのお話。

「田山さんに本命チョコ受け取ってもらえるといいんだけど...」

少々、弱気発言の美波ちゃんは入社当時から田山さん狙い。彼女は見た目にも可愛いし私から見れば全然オッケーだと思うけれど、その彼女をもってしても彼は難攻不落のよう。うちの社内恋愛事情に疎い私でも田山さんの人気が社外問わずずば抜けて高いのは知っており、その理由もわかる気がする。

...田山さんは美波ちゃんの理想の人だもんなあ。相変わらずブレてない。

「あら、今年はいけるんじゃないかしら?田山君、今、彼女はいないって噂だけど」

上司のリーダーの事を「田山君」と気軽に呼べる鈴木さんは、おっとりとした眼鏡女子。眼鏡を外した方が綺麗なんて、嘘みたいな本当の話を体現する彼女は、田山さんと同じ年の同期入社だった。だから、同期のよしみで田山さんと仲も良いみたいで、彼との事を応援してくれる鈴木さんを美波ちゃんはとても慕っている。

私はというと、今日まで鈴木さんとは殆ど親しくなかった。あの告白を目撃してしまったせいか、あれからお互い話しづらくて。美波ちゃんはそんな私たちの出来事を全く知らないから私を誘ってくれたわけだけれど、意外なことに話は弾んだ。そんな中、無邪気に先輩の恋バナを聞く美波ちゃん。

「ねぇ、鈴木先輩の本命は?」

「私は...」

その質問に口を濁した鈴木さんは、何故か私をチラリ。

「...藤澤さん..かしら」

他の女性の口から彼の名前を聞くのは慣れていない私も、そんな予感がしていた。

「藤澤って...研究室の、あの...?」

ミナミちゃんは彼の名前を聞いた途端表情を曇らせる。それもそのはず、彼女は彼の事が大の苦手だった。実はそこまでなるには深~いワケがある。あの飲み会の後、うちと彼の研究班は予定通りプロジェクトが一緒になり、美波ちゃんは彼が田山さんと社内で1番仲の良い友人だと知った。そのうえで藤澤さんを通じ難攻不落の田山さんと少しでも親しくなろうと、彼に猛アピール。初めて会った飲み会の時の藤澤さんは優しかったから、彼女はそちらの攻略の方が簡単だと思ったらしい。

そんな恋する女心を「仕事の話以外、君と話す気はない」と仕事に厳しい彼からバッサリ斬られたというお話。

それからというもの美波ちゃんは研究室へはなるべく近づかなくなってしまい、陰で藤澤さんの事を「クールビューティー」と皮肉っていた。

...それは分からなくもないけれど。

松浦も入社当時は彼のことをメチャクチャ怖がっていたし、仕事に関しては男女の区別をするような人ではないって話していた。だから、田山さんみたいに目立つ人ではあったけれど女性社員からの評価はどちらかというと苦手な人が多そう。

そんな事は藤澤さん自身が百も承知で。ただ、最近は少し違う...ような?

自分の考えに耽っていると美波ちゃんが鈴木さんの相手にムキになって意義を申し立てていた。

「ダメですよ、あのクールビューティーは!見た目はお似合いですけど、全然女性に優しくないし。鈴木先輩なら、もっと...」

美波ちゃんはここぞとばかりに大好きなワインも飲まず、藤澤さんの悪口を捲したてる。昔だったら、そういうのは気にならなかったけれど、付き合っている今、好きな人の悪口は聞きたくない。そこは鈴木さんも同じだったみたいで、毅然とした態度で彼女を窘めた。

「美波、良い加減にしなさい。貴方だって嫌でしょ?私が田山君の悪口を言ったら」

「...それは....その」

美波ちゃんは鈴木さんに言われて、悪口をピタリと止める。こういう時堂々と彼のことを好きだと言える鈴木さんが少し羨ましかった。

「ヤダ、私ったら。大人気なくムキになってゴメンね。ほら、美波も飲んで飲んで」

「は、はい...」

少しピリッとした妙な空気が流れたけれどその雰囲気を変えようと気遣いをしてくれる鈴木さんは、私なんかよりもずっと素敵なオトナ女子。それに比べ、なんで藤澤さんはこんなお子様な私を選んでくれたのだろうと、お酒に弱い私はウーロン茶を飲みながら悶々とする。

「そういえば、鈴木先輩とクールビューティーとの馴れ初めっていつですか?私、ずっと聞いてみたかったんですよね」

ワインをほどほどに嗜んだ美波ちゃんは、さっきとは違って、上機嫌。そんな美波ちゃんに、同じくほろ酔いな感じの鈴木さんが、ワイングラスを回しながらふふふと微笑む。

「あら?私、話していなかったかしら?」

「そうですよぉ~、勿体ぶらないで教えて下さ~い」

女子というのは、恋バナが大好物。特に美波ちゃんはその傾向が強いみたい。

...私もいつもだったら恋バナに縁がないから好奇心で聞けるけれど、今は。

その願いもむなしく、話は途切れることはなかった。

「実はね...私の一目惚れなの」

アンニュイな感じで話す鈴木さんは同性の私から見ても、ドキッとするくらい艶っぽい。

「ウソ!鈴木先輩からの一目惚れ?」

美波ちゃんは色めき立ち、私もその事実にはビックリだった。

「どこで、どんな風に?」

お酒が入っているから、自分の感情のままに矢継ぎ早に質問する美波ちゃん。それには少し鈴木さんも困っていたみたいだけれど、そこは好きな人の話だもの。誰だって誰かに話したいに決まってる。

「うちの本社に来たのは今年度からだったけど、私、田山君からちょくちょく話を聞いていたの。それから、初めてお話しできたのは、今年の入社式だったかしら。その時にね...」

「...それって、私たちの入社式ですか?」

「そうよ。偶然、その日にお手伝いで駆り出されて。彼とたまたま受付のお仕事を一緒にしたの。その時の彼がすごく親切で、優しくて」

「えぇ!?あのクールビューティーが優しい!?信じらんない!!それに、そんな運命的な出会いなんてあります?すごいロマンチック!」

美波ちゃんは普段見向きもしない藤澤さんとの馴れ初めなのに大興奮。鈴木さんだってまんざらでもないみたいだった。私はというと、藤澤さんが私たちの入社式の場にいた事に言葉もなく愕然としていた。

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