社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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68.Le rouge alevres②

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デパートに入り藤澤さんの後を追うと化粧品メーカーが並ぶコーナーへと近づく。やっぱりここは女性特有の場所で独特の雰囲気があり、男性には肩身が狭そう。てっきりこの場所は素通りしてどこか他の目的地へ行くとばかり思っていたので、彼が立ち寄ろうとしたのが予想外だった。男性である彼は人通りの邪魔にならぬよう通路の端に立ち止まり、私もその場で。

「どうかしたんですか?」

「うん...実はいつも気になっててさ。アレは本当にそうなのかと」

彼は私にだけ見えるように小さく指をさしたのは某化粧品メーカーのポスター。当時、どこぞのメーカーもこぞって販売していた【落ちない口紅】という代物だった。私はそういうメイクの類には疎いので首をかしげる。

「どうなんでしょう。私は試したことがないので、よく分からないのですが...」

「え?ユリは持っていないの?」

「実は、そういうのには疎くて..」

こんなところで女子力の無さを彼にさらけ出すのはと思ったけれど、ウソをついても仕方がなかったのでここは正直に話す。すると、藤澤さんが目を輝かせた。

「なら、プレゼントするよ」

「はい?」

いいとも悪いとも返事をする間を与えられず、彼は嬉々として私を誘う。私は何がなんだかさっぱりで。

...ど、どうして??さっきカップを買ってもらったばかりで。今度は口紅まで?

さっきのカップと違い、プレゼントされるには何か意味ありげな気がしてならない。ただ、いくら頭を働かせても他の男性とお付き合いした事のない私にはその正解が分かるわけがなく。あっという間に地味な私とは全く違う綺麗なお姉様方のいる、某メーカーのコーナーへ導かれてしまった。

そして、彼はある女性に声をかける。

「いらっしゃいませ」

その人は綺麗所の中でも華があるはっと目を引くような美人で、それでも藤澤さんはその美人に対して臆する事はなかった。

「約束通り連れてきたよ。彼女は同じ会社の三浦優里さん。こちらは...」

彼に紹介されるや否や、驚きの声を私と彼女はほぼ同時に声があげる。

「あら?...」

「あ...」

よくよく顔を間近で見ると彼女は由香と同じ化粧品会社の先輩で軽く一度だけ面識があった。化粧品に精通している彼女のおかげで藤澤さんの香水を探せたのだ。

「...まさか、2人とも知り合い?」

藤澤さんに問われて、私は頷いた。

...なんて世間は狭い。

彼女も私を覚えてくれていたらしく驚いた顔をした後、ニッコリと私に微笑む。

「...はじめまして、じゃないですよね。いつも主人がお世話になってます」

...しゅ、主人?まさか...藤澤さん?

思いがけない言葉に思わず隣を確認するように見てしまうと、彼は私の意図を即座に理解し、憮然と反応した。

「優里が想像しているのは全くの誤解。彼女はわざと大事な事を言わなかったんだよ」

...大事なコト?

私に弁解する藤澤さんを和かに笑っている綺麗なお姉様。先ほどまでのお堅い営業スマイルが一瞬にして解ける。

「あら、分かっちゃった?」

「それだけワザとらしく言えば誰だって分かるさ。でもこの際だから言っておく。今後、彼女にはそういう冗談はやめろ」

「やだぁ、軽いジョークのつもりなのに」

軽くたしなめられた彼女はオホホと口元を抑えるおばさまのような仕草で笑う。そんな仕草でさえ色っぽく見え、私が男の人だったら彼女に好かれるためになんでも言う事を聞いてしまいそうなくらい魅力的だ。それなのに藤澤さんは惑わされる事なく厳しい顔をして、彼女を咎める。

「ふざけるな。今の冗談はタチが悪すぎる」

彼が女性に向かってこんな厳しい口調で話しているのを初めて見た。しかも、最後には睨みを利かせているし。それでも彼女は少しも動じておらず、かえってそれが彼に相当親しみがある証明にも見えた。私はそんな2人の関係性が気になってしまう。

...誰かに似ていると思うんだけど。どういう関係?

私が彼女の顔を人知れずうかがい見ていると、それを察した彼の方から。

「こちらはね、笠岡真奈さん。優里と同じ営業部の笠岡の奥さんなんだ」

「笠岡さんの...」

言われて、笠岡さんの穏やかな笑顔が浮かぶ。

...こんな綺麗な奥様がいたんだ。

「こ、こちらこそいつもご主人にはお世話になっております」

藤澤さんと変な関係を想像してしまったと、バツが悪くなり慌てて頭を下げた。

「ふふふ。噂通りなのね...」

...噂?

意味深な言葉を言い、妖艶な笑みを浮かべている笠岡さんの奥様。そんな彼女になぜか彼はご機嫌斜め。

「余計な事は詮索しないでもらえる?今日はわざわざお客としてきたんだから」

「そうでした。では、本日はどのようなご用件で」

さっきまでと違い、彼女は営業スマイルでカウンター越しに藤澤さんの用件を伺い始める。私はその2人の様子を遠巻きになって見ていた。

客観的に見ると絵になる美男美女。私には2人の雰囲気が似ている気がして、夫婦にすら見えてきた。

...藤澤さんには、やっぱりああいう人なのかな。

いけないと思いつつ、浮かんでは消えるモヤっとした劣等感。私のそんな気持ちをよそに何やら商談を終えた彼は、私の肩に手を置いた。その手の感触が私の劣等感を少し和らげてくれて。

「彼女の事をくれぐれも頼む」

「かしこまりました」

私の事を念をおして、流石の彼もこの場にはいたたまれなくなったようだ。買い物を終えたら連絡してくれと告げて、いつの間にかいなくなる。私はこの場で相対する彼女と2人だけの方が気が重かった。

「あ、あの...」

「では、こちらの商品をまずはお試しになってはいかがでしょう?」

紹介されるままにウィンドウに目を落とすといろいろな種類の口紅がずらり。それを彼女は慣れた手つきで数点取り出し、接客しながら話しかけてきた。

「三浦さんとは不思議なご縁があるみたい。こちらこそよろしくお願いしますね。で、どこから話しましょうか?」 

「...え?」

てっきり、化粧品の説明をされるのかと思っていたので、その言葉に耳を疑い聞き返すと。

「ここからは、彼にはオフレコという事で。堅苦しいご挨拶は抜きにして女同士楽しいお喋りでも」

人差し指で内緒のポーズをする彼女は小悪魔のように可憐で、何やら藤澤さんの事をプライベートで知っている雰囲気だった。私はその甘い囁きに抗えず、耳を傾ける。
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