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57.Encounter②
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来てしまって後悔ばかりとは、この事だった。
ノー残業デーの今日、田山さんから誘われたこのお店は奇しくも藤澤さんの住んでいる自宅の最寄駅にあり、お洒落なお店というよりもその上品な佇まいから想像してしまうのは『高そう』という事だけ。
こんな上品なお店で、食事をするなんて全く想像していなかった。
そのうえ、上司である田山さんはれっきとした大人の男性。
殆ど男性慣れをしていない私には、個室で男性と2人きりという状況下において緊張するなという方が無理な話だった。そんなガッチガチに固まっている私を、田山さんは熱々のお手拭きで手を拭きながら気遣ってくれる。
「さ、三浦さん。今日は上司と部下の垣根を取っ払っての無礼講だから遠慮しないで」
「は、はい...」
ニコニコしながら田山さんが先にメニューを渡してくれたけれど、その言葉を素直に受け取るなんて出来そうにない。
「まあまあ、そんなに固くならなくても。今日はお説教するわけじゃないんだしね。とりあえず乾杯しよう」
「は、はぁ...」
それでも固さが取れない私の飲み物と自分の飲み物を田山さんはテキパキと頼んてくれた。そして、本題ではなく、他愛のない仕事の話をしながら私の緊張がほぐれてきた頃、仰々しく運ばれてきたのは、ビールとウーロン茶。田山さんの持つグラスビールの琥珀の色と綺麗に分離された泡が自然と視界に入る。
それを見ていたら、藤澤さんがいつもビールを頼んでいたことを思い出してしまった。
...藤澤さんも好きだったのかな、ビール。
そんな事も知らないうちに関係が終わってしまったと、目の前に上司がいるというのに、瞳がウルっと滲んでくる。そのまま俯き、黙ってしまった私を田山さんは頬杖をついて見ていたみたいだけど、気がつかなかった。
「三浦さんさ...」
しばらく自分の世界に入ってしまったものだから、はっとして顔を上げると、田山さんと視線がかち合う。
「もしかして、長女?」
「は、はい。弟が1人...います」
「うん、そんな感じ。俺には2つ下の妹がいるんだ」
私は思いがけず田山さんのプライベートな部分を聞き、親しみがわく。そのおかげなのか、ふっと張り詰めていたものが緩んだ。
...妹さんいるんだ。だから、面倒がいいのかな。
「そうそう、その妹なんだけど。この間、結婚してね」
「それはおめでとうございます...」
田山さんは妹さんと仲が良いみたいで、私はウーロン茶の入ったグラスを持ちながら耳を傾ける。
「でも、俺としては旧友と結婚して欲しかったんだ。そいつ、顔良し、頭よしで非の打ち所がない奴なんだけど、初恋が拗れて女性不信みたいでさ。性格がねじ曲がってるもんだからうちの妹でもダメだったんだよねー」
なんて面白おかしく話してくれて場が和む。
...田山さんてお話し上手だな。流石、やり手営業マン。
私も当初の目的を忘れて彼の話に聞き入ると、田山さんは二杯目のビールを頼んだところで腕時計を確認しているのが見えた。
「もしかして、この後、ご予定でも?」
料理は少しだけしか注文していない。
多忙な上司に迷惑をかけてしまったと焦ると、田山さんは「大丈夫だよ」と気に止める様子もなく、テーブルの上で両手を組み、畏まる。
私がそれに身構えると、彼は私の緊張を察したのか優しい口調で尋ねてきた。
「何があったかは知らないけれど。まだ彼に未練がある?」
一言も恋愛相談をしていないのに、唐突に話題を振られ、しかも確信じみた事を言われる。
...何故、こんな聞き方を?
その事を聞くに聞けずにいると、背後の襖が予告なしに開かれた。
「真奈がいるなら最初から言え!それに時間厳守ってなんだよ...!?」
部屋に入った途端、奥に座っている田山さんに向かい機関銃のように文句を浴びせる突然の来訪者は私に全く気がついておらず。
私はその来訪者を見て、口から心臓が飛び出るほどの衝撃を受ける。
...なんで、藤澤さんが!?
驚いたまま彼の姿を凝視していると、文句を言い終えた藤澤さんが我に帰り、ようやく私の存在に気がついた。
「...!?」
私を見たと同時に息を飲んで、その場に固まっている。彼にとっても、私がここにいる事は想定外の様だった。
お互い顔を見合わせ言葉に詰まっていると、彼の方から辿々しくも「...こんばんは」と当たり障りのない挨拶をしてきて、それでも私が返せないでいると向かいの田山さんが堪えきれないといった様子で噴き出した。
「ぶっ、なんだそれ。新種のギャグか?いやー、久々見たわ。お前のその驚いた顔」
相当おかしかったのか、身体をくの字にしてお腹を抱える様に笑っている。
私はそんな上司の姿に呆気にとられてしまうと、ひとしきり笑い終えた田山さんは藤澤さんに指図した。
「ずっと立ってないで座れば?」
笑いながら言う田山さんに対して、藤澤さんは憮然とした様子で私の隣に座る。
こんな風に近距離に来られるのは久しぶりだったので、藤澤さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。彼の方は私の方を殆ど見なかった。
田山さんはそんな私たちの態度に焦れたみたいで。
「なんでそんなに2人の関係が拗れているのさ?もしやと思うけど、藤澤が浮気でもしたの?」
「は?」
突拍子のない質問に、藤澤さんは反論するというより反射的に反応する。
私はというと浮気疑惑よりも私たちの関係がバレていることに驚いていた。
田山さんは残り少ないビールを飲み干し、私たちの反応にニンマリ。
「まさか...2人とも付き合ってるのバレてないと思ったの?俺はとっくに知っていたのに」
田山さんの言葉に初めて私の顔を伺う様に見る藤澤さん。疑いの眼差しを向けられていると感じた私は、小さく顔を横に振り否定するジェスチャーをした。
すると、彼はすぐに私を信じてくれて顔を顰める。どうやら、どこからバレたのかと考え込んでいるみたいだった。それには私も同感で。
何故だろうと思っていると、田山さんはすぐに種明かしをしてくれた。
ノー残業デーの今日、田山さんから誘われたこのお店は奇しくも藤澤さんの住んでいる自宅の最寄駅にあり、お洒落なお店というよりもその上品な佇まいから想像してしまうのは『高そう』という事だけ。
こんな上品なお店で、食事をするなんて全く想像していなかった。
そのうえ、上司である田山さんはれっきとした大人の男性。
殆ど男性慣れをしていない私には、個室で男性と2人きりという状況下において緊張するなという方が無理な話だった。そんなガッチガチに固まっている私を、田山さんは熱々のお手拭きで手を拭きながら気遣ってくれる。
「さ、三浦さん。今日は上司と部下の垣根を取っ払っての無礼講だから遠慮しないで」
「は、はい...」
ニコニコしながら田山さんが先にメニューを渡してくれたけれど、その言葉を素直に受け取るなんて出来そうにない。
「まあまあ、そんなに固くならなくても。今日はお説教するわけじゃないんだしね。とりあえず乾杯しよう」
「は、はぁ...」
それでも固さが取れない私の飲み物と自分の飲み物を田山さんはテキパキと頼んてくれた。そして、本題ではなく、他愛のない仕事の話をしながら私の緊張がほぐれてきた頃、仰々しく運ばれてきたのは、ビールとウーロン茶。田山さんの持つグラスビールの琥珀の色と綺麗に分離された泡が自然と視界に入る。
それを見ていたら、藤澤さんがいつもビールを頼んでいたことを思い出してしまった。
...藤澤さんも好きだったのかな、ビール。
そんな事も知らないうちに関係が終わってしまったと、目の前に上司がいるというのに、瞳がウルっと滲んでくる。そのまま俯き、黙ってしまった私を田山さんは頬杖をついて見ていたみたいだけど、気がつかなかった。
「三浦さんさ...」
しばらく自分の世界に入ってしまったものだから、はっとして顔を上げると、田山さんと視線がかち合う。
「もしかして、長女?」
「は、はい。弟が1人...います」
「うん、そんな感じ。俺には2つ下の妹がいるんだ」
私は思いがけず田山さんのプライベートな部分を聞き、親しみがわく。そのおかげなのか、ふっと張り詰めていたものが緩んだ。
...妹さんいるんだ。だから、面倒がいいのかな。
「そうそう、その妹なんだけど。この間、結婚してね」
「それはおめでとうございます...」
田山さんは妹さんと仲が良いみたいで、私はウーロン茶の入ったグラスを持ちながら耳を傾ける。
「でも、俺としては旧友と結婚して欲しかったんだ。そいつ、顔良し、頭よしで非の打ち所がない奴なんだけど、初恋が拗れて女性不信みたいでさ。性格がねじ曲がってるもんだからうちの妹でもダメだったんだよねー」
なんて面白おかしく話してくれて場が和む。
...田山さんてお話し上手だな。流石、やり手営業マン。
私も当初の目的を忘れて彼の話に聞き入ると、田山さんは二杯目のビールを頼んだところで腕時計を確認しているのが見えた。
「もしかして、この後、ご予定でも?」
料理は少しだけしか注文していない。
多忙な上司に迷惑をかけてしまったと焦ると、田山さんは「大丈夫だよ」と気に止める様子もなく、テーブルの上で両手を組み、畏まる。
私がそれに身構えると、彼は私の緊張を察したのか優しい口調で尋ねてきた。
「何があったかは知らないけれど。まだ彼に未練がある?」
一言も恋愛相談をしていないのに、唐突に話題を振られ、しかも確信じみた事を言われる。
...何故、こんな聞き方を?
その事を聞くに聞けずにいると、背後の襖が予告なしに開かれた。
「真奈がいるなら最初から言え!それに時間厳守ってなんだよ...!?」
部屋に入った途端、奥に座っている田山さんに向かい機関銃のように文句を浴びせる突然の来訪者は私に全く気がついておらず。
私はその来訪者を見て、口から心臓が飛び出るほどの衝撃を受ける。
...なんで、藤澤さんが!?
驚いたまま彼の姿を凝視していると、文句を言い終えた藤澤さんが我に帰り、ようやく私の存在に気がついた。
「...!?」
私を見たと同時に息を飲んで、その場に固まっている。彼にとっても、私がここにいる事は想定外の様だった。
お互い顔を見合わせ言葉に詰まっていると、彼の方から辿々しくも「...こんばんは」と当たり障りのない挨拶をしてきて、それでも私が返せないでいると向かいの田山さんが堪えきれないといった様子で噴き出した。
「ぶっ、なんだそれ。新種のギャグか?いやー、久々見たわ。お前のその驚いた顔」
相当おかしかったのか、身体をくの字にしてお腹を抱える様に笑っている。
私はそんな上司の姿に呆気にとられてしまうと、ひとしきり笑い終えた田山さんは藤澤さんに指図した。
「ずっと立ってないで座れば?」
笑いながら言う田山さんに対して、藤澤さんは憮然とした様子で私の隣に座る。
こんな風に近距離に来られるのは久しぶりだったので、藤澤さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。彼の方は私の方を殆ど見なかった。
田山さんはそんな私たちの態度に焦れたみたいで。
「なんでそんなに2人の関係が拗れているのさ?もしやと思うけど、藤澤が浮気でもしたの?」
「は?」
突拍子のない質問に、藤澤さんは反論するというより反射的に反応する。
私はというと浮気疑惑よりも私たちの関係がバレていることに驚いていた。
田山さんは残り少ないビールを飲み干し、私たちの反応にニンマリ。
「まさか...2人とも付き合ってるのバレてないと思ったの?俺はとっくに知っていたのに」
田山さんの言葉に初めて私の顔を伺う様に見る藤澤さん。疑いの眼差しを向けられていると感じた私は、小さく顔を横に振り否定するジェスチャーをした。
すると、彼はすぐに私を信じてくれて顔を顰める。どうやら、どこからバレたのかと考え込んでいるみたいだった。それには私も同感で。
何故だろうと思っていると、田山さんはすぐに種明かしをしてくれた。
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