社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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56.Encounter①

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ザーッと勢いよく泡とともに流れるお湯。

このお湯みたいにこんなモヤモヤした気持ちが流れてしまえばいいのにと、今日のお茶汲み当番だった私は給湯室で、来客用の湯飲み茶わんを洗っていた。

手紙が届いてからも藤澤さんからの連絡はなく、その手紙を読んで勇気がなくなってしまった私も自分からも連絡はできていない。

もう、彼の中では私との事が終わってしまっていると認めざる終えなかった。
でも、未だにそれを認めたくない自分がおり、1人になると走馬燈のように彼と一緒に過ごした幸せな日々を思い出し、泣きたくなる。

「...諦めろってことだよね」

あんな素敵な人に付き合ってもらえたこと自体が夢みたいな話。
彼の事を思い出さないように一心不乱にシンクの泡を流していると、それを遮るように突然、湯飲み茶わんが背後から置かれた。

「ひっ...!?」

元来ビビリな私は可笑しな声をあげ、飛び上がらんばかりに驚いてしまう。

「ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」

その湯飲み茶わんの持ち主は田山さん。今日は外回りがなかったのでお客様の応対で忙しそうにしていた。

「悪いけど、ついでにコレも洗ってくれる?」

「は、はい」

ずっと一人きりで耽っていたから、田山さんが給湯室に入ってきたことに全然気がつかなかった。彼は用事を終えすぐに帰ると思いきや、腕組みをして壁に寄りかかり、こちらの様子をジッと見ている。

「あの他に何か用事でも...?」

その視線に耐えかね、シンクの片付けをひと段落したところで質問すると、彼は珍しくぎこちない言い方をする。

「...実は三浦さんに用事があって...ね」

「...はい...?」

私には田山さんの用事とやらは思い当たらず、小首を傾げると、彼は言いづらそうにしていたが、意外と単刀直入に聞いてきた。

「...最近、元気ないみたいだけど、会社で何か問題でもあった?」

「...それは」

私が口篭ると自分の予想は当たりとばかりに、今度は立て板に水の如く、諭しにかかった。

「やっぱり何か有ったんだ。それなら相談に乗るよ?うちの会社は男性社会だから、数少ない女子社員の相談に乗るのも、上司としての大事な仕事。あ、もちろん、三浦さんの不利益になるような事は絶対しないから。あー、何てことだ。俺のチームで問題なんて...!」

私の悩みが会社での何かのハラスメントだと勘違いされ、大袈裟に嘆かれてしまう。
困った私は口が滑る。

「いや、違うんですっ...そんな会社での事じゃなくて、全然、プライベートなことで」

私が懸命に誤解を解こうとしているのに対し、田山さんは上司とは思えない人懐っこい笑みを浮かべた。

「なんだ。プライベートの...彼氏との悩み?それなら、なおさら相談に乗れると思うよ?」

「いや、そんな滅相もございません!こんなくだらないプライベートな相談を上司の田山さんになんて!!」

水を出しっぱなしにしているのも忘れるくらい、慌ててしまう。
そんなんだから、目の前の田山さんに冷静に蛇口を止めてもらうという失態を犯してしまった。

「...落ちついて話そうか。その前にコレ止めるからさ」

「すみません...」

本当に穴があったら、いや、なくても、どこかに掘ってでもこの場から消えてしまいたい気分だ。そんな意気消沈な私に対して、冷静対応の田山さん。
洗い終わった湯飲み茶わんを戸棚の定位置に戻してくれて、ますます申し訳ない気分を味わった。

「本当、三浦さんは顔に出るタイプだよね。因みに課長も三浦さんのこと心配していたよ」

「課長もご存知だったんですか?...本当にご迷惑おかけして、すみません...」

いろいろな人に迷惑をかけてしまっているとシュンとなると、田山さんは大した事ではないと、フォローしてくれるのはいつもの通り。

「まぁ、人間観察は営業マンの必須スキルだから。仕事での事なら上司として対処してあげなきゃならないし...」

「いや...でも、仕事の事じゃないんです。本当に」

「うん、それはよく分かった。ただ、プライベートで仕事まで影響するのはやっぱり見過ごせないかな。決して口外はしないから、相談してくれるのは一向にかまわないよ」

「...でも」

それでも煮え切らない私の肩を田山さんは軽くポンと叩いた。

「男の気持ちは男の方がよく分かると思うけど...気が向かなかったら無理にとは言わない。ただ、三浦さんみたいに顔に出ると周りは楽だよね。藤澤なんか全然だもの...」

「え?」

私の戸惑いを他所に軽くため息をついたと思ったら、忙しい彼は給湯室から出て行った。そして、彼がいなくなった後、心臓の音がばくばくと早鐘のように騒がしくなっているのに気がつく。

それは一瞬でも藤澤さんの名前を聞いてしまったからだろう。
もう、これは条件反射に等しい。

...たまたま...よね?

私たちが付き合っていることを田山さんは知らないはずと、熱を持っている頰を両手で挟んで火照りが鎮まるのを待った。
けれども。

『男の気持ちは男の方がよく分かる』

この言葉にすごく説得力を覚え、田山さんの誘いは一度は断ったものの、いつも仕事上で的確なアドバイスをくれるのを無視ができなくて、結局。
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