社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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54.persona

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さっきの男性は吉岡さんといって、学生時代よりも古くからののお友達だと寄り道したファミレスで夕食を食べながら教えてもらう。
その事に対し私がうわの空で相槌を打つだけだったので、付け加えるように「田山もその頃からの知り合いなんだ」と何かと鋭い藤澤さんは補足。
私も流石に知っている田山さんの話題にはさっきのような反応はできずに、愛想笑いをして、気持ちが晴れないまま、彼の顔を正視することを躊躇う。

苦し紛れに席に面している窓ガラスを見ると、ポツポツと雨粒が当たっているに気がついた。

「...雨が降ってきましたね」

今朝の天気予報は夜から雨で、今日はズバリ的中。
向かいに座っていた藤澤さんも私に言われて窓ガラスを見ると、ちょうど雨が強くなった所で。私と同じく天気予報を見ていたらしい彼は眉をひそめる。

「朝はドライブ日和だったと思ったのに。天気予報は当たり...か」

頬杖をつきながらため息をつく彼とは対照的に、私は食後のケーキを一口パクついて、さっきまでの鬱々とした気持ちが少しだけ回復傾向。そのうえ、今の天気を残念がっている藤澤さんも少しは今日のドライブを楽しみにしてくれていたのだと分かると、嬉しかった。

だから、さっきまでの不貞腐れたような態度は改めて。

「でも、ずっと昼間はお天気だったから。ここまでもってくれて良かったです」

とってつけたみえみえのフォローだったけれども、藤澤さんはそれにはにっこりと微笑みながら「そうだね」と相槌を打ってくれた。
そして、デザートのケーキの代わりに飲んでいた食後のコーヒーを飲み終えた彼は真顔で私の方を見つめている。

私はというと、彼に見られたままというのは慣れていなくて、ケーキを食べ終えてか、思い切って尋ねた。

「あの...私の顔に何かついていますか?」

彼は少し間を空けたかと思うと、口元を綻ばせて顔を横に振る。

「...いや、美味しそうに食べている優里の顔が可愛いから、つい、見惚れた」

歯の浮くようなセリフなのに藤澤さんが言うともっともらしく聞こえてしまうから不思議だった。それでもそんな甘い言葉を言われ慣れていない私は、瞬間湯沸かし器のように顔が赤くなるのが分かる。
額面通りに受け取ると照れてしまい、また俯き加減になると、「そういう所も可愛い」と、ダメ押しをされたからたまったものじゃない。

「もう!からかってます?」

「いや、いたって真面目だよ。あ、ほら。雨がひどくならないうちに、帰らないとね」

ちょっと拗ねた私を制して、藤澤さんはいつもの様にテーブルの伝票を持ち会計へと立ち上がる。私は、今日こそは払いますと主張して伝票を奪い、彼を先に行かせる事に成功した。
それでも、藤澤さんは車にすぐには戻らず、店の軒下で待っていてくれる。

会計を終えた私は、コソッと近づくと彼は雨空を見上げており、こちらには気がついていなかった。

「忌々しい雨...だな」

なかなか止みそうにない雨に、小さくチッと舌打ちしてしていたのが聞こえて、彼らしくないと思う。

お友達に会ってからの藤澤さんは少しいつもと様子が違って、変だった。

※※※

帰りの高速は渋滞もなくわりとスムーズ流れる。
けれど、走っている間も雨は止まずに強くもならずに、小雨模様。
彼の口数は少なく私から話題を提供することは多くなかったので、一言、二言話しては言葉が途切れてしまう。

そんな中、車のスピーカーから聞こえるBGMとワイパーの規則正しく動く音が、静かな車中ではちょうど良くて、変な緊張感が漂う嫌な空気のまま、私の自宅マンションの近くの駐車場に到着する。

彼がエンジンを切ったと同時に小さく聞こえたため息に気がついてしまった私は、いたたまれない気持ちに苛まれてしまい、シートベルトをはずして。
とうとう...心の中で燻っていた本音が漏らしてしまった。

「今日はありがとうございました。あの...私と一緒にいて楽しくなかったのでしょうか?」

もう、お別れだというのにこんな事を言い出す私に、彼は珍しく動揺して弁解しようとしていたけれど、決定的な言葉を聞きたくない私はその隙を与えず彼の言葉を遮る。

「いいんです、分かってます。藤澤さんみたいに素敵な人が私なんかと釣り合うわけ...ない...」

これは今日だけでなく、いつも思っていた劣等感こと。けれども、彼に直接言ったことはなかったので、私の思わぬ気持ちを聞いた彼は相当驚いた様で切れ長の目を見開く。
ただ、その後、短く息を吐き、その態度は彼の不快感を露わにした。

「...優里は俺の何を見てそんな事言ってるの?」

彼の声色はいつも通りだったけれどトーンが違う。
怒らせてしまったと悟った私は彼の顔が見れず俯いたけれど、両腕を捕まれ、それを許してもらえない。
そんな強引な事を彼にされるのは初めてで、涙目になる。

「あ、あの...ふじさわさ...」

「君にだけはそういう事を言われたくなかった」

そんなつもりじゃないと、言うよりも彼の方が一足早く。

「っ...!?」

私の言葉をキスで塞ぐ。
ただ、そのキスはいつもの様な唇を重ねるだけのものではなかった。
酷く乱暴に私の口をこじ開けるように舌を侵入させ、歯列をなぞられる。

「んんっ....ん!?」

こういう一方的なキスに不慣れな私は息苦しくて辛かった。
彼の突然の深い口づけから逃れる為に、苦し紛れで、辛うじて動く手を使い、なりふり構わずどこかを叩く。

それでも力ずくでシートに押さえつけられ、逃げ場を奪われてしまうと身体が硬直してしまい、思う様に動けなくなってしまう。
彼はそれを同意と受け止めたのか、唇から、頰、首筋へと口づけを落としてゆき、私の胸の膨らみへと食指を伸ばしていった。

ただ、藤澤さんにも強引に事を進めたという良心の呵責があったのか、一旦、私の身体を探る手を止める。

「...これは...その」

私の様子を伺う彼に対して、私は涙ながらに精一杯の抗議をした。

「...こんなの...ひどいです」

その言葉に彼は気まずそうに目を伏せる。それでも、なぜか、再び私に覆いかぶさろうとしてきて、私は力一杯彼を押しやった。

すると、油断をしていたのか、彼の身体は押された勢いで後ずさり、身体のどこかがクラクションに触った様で、音が鳴り響く。
彼がそのクラクションの音に気をとられた隙に、私は助手席のドアを開けることができた。

「藤澤さんのばか!!」

好きな人に向ける言葉ではない言葉を捨て台詞に、その場から走って逃げる。
背中越しに呼び止める声が聞こえた気もしたけれど、それでも、藤澤さんは私を追いかけてくる事はしなかった。


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