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51.trigger②

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この時期の鎌倉は、正月が過ぎたばかりなのに、恐ろしいくらい混んでおり、駐車場の確保が大変みたいだった。
それでも、運よく、たまたま空いたスペースに停めることができる。
ただ、その場所は目的地からは少し遠いみたいで、彼は歩くのが下手な私を気にかけてくれた。

「少し歩くけど平気?」

藤澤さんに様子を聞かれて、初めて自分から彼の手をとる。

「頑張ります。その代わり、この手を...はなさないで下さいね」

こんな機会がないと自分から手なんて繋げない。これは、挨拶をキスで奪われたささやかな仕返しだった。
彼は私の大胆な行動に目を一瞬、大きく見開いて少しだけ目を逸らしながらも。

「そんなに心配しなくても、はなさないから大丈夫」

強く握り返された手の感触に、私はすぐに白旗をあげて降参。
彼の方が一枚も二枚も上手で、私の仕返しは彼にとっては単なる戯れなんだろうなと思った。

そして、少し歩き、鎌倉駅のすぐ近くにてあるものを発見する。
それは鳩がモチーフの母が好きなお菓子の広告だった。

「...あのお菓子。鎌倉のだったんですね」

私の呟くような言葉も、藤澤さんはちゃんと聞いて関心を持ってくれて。

「そうだよ。確かこの近くに...店が」

「どんなお菓子でしたっけ?」

「....いや、そこまでは」

2人ともお菓子だというのは知っていたのだけれど、その内容は思い出せず、とりあえず、店内へ入ってみようということになった。
すると、店内に入った途端、その名前は大々的に宣伝されていたため、もちろん判明。

「そうそう、鳩サブレーでした」

「...ああ、確かそんな名前」

その正体が分かり、納得。来たついでだったので。

「母がここのお菓子大好きなんです。お土産に買ってもいいですか?」

「それは構わないよ。確か、うちの母も好きだった気がする。俺も一緒に買っていこうかな」

そう言いながら、藤澤さんが2人分の商品を持ってくれて、いつの間にか会計まで済ませてくれていた。

「あ、ありがとうございます」

「いえ、どういたしまして」

このやり取りは、この後のランチでも。
いつも彼は会計を私にさせてくれなくて、「今度ね」とはぐらかされてしまう。
こんな風に言われると、私は喰い下がれない。

その後、大通りに出たため人波にのまれはしたものの、しっかり彼と手を繋いでいたのでハグれることなく、着いた先は鶴岡八幡宮。

鎌倉に詳しくない私でも聞いたことがある場所で、人は多かったけれど藤澤さんがせっかく来たからにはと、勧めてくれた。

そのおかげで、彼と来る初めての初詣は、こんな名所中の名所になった。

それを意識しながら敷地内に入るとなかなかの盛況ぶり。
しばらく順番待ちをして、ようやく横並びで拝むことができた。

その時に願ったことといえば、隣で私と同じように拝んでいる彼とのこと。

...また、来年も私の隣には藤澤さんがいてくれますように。

この時、少々、熱心に長く祈ってしまい、藤澤さんにはどういうワケか真面目な顔で心配されてしまう。

「...すごい真剣に拝んでいたけど、何か悩み事でも?」

「そ、そんなことは...滅多に来れないところなので」

たまたま出た言葉で何とか誤魔化せて、彼の方も何かいいかけてから。

「あ、そうだ。水族館は確か夕方までのはずだったから急がないと」

鶴岡八幡宮から駐車場へ戻る途中、藤澤さんが言い出したものだから、私も腕時計を確認。水族館は夜までやっていると思い込んでいた私は、びっくり仰天。
すっかり焦ってしまった私に、彼は慌てることもなく「大丈夫」と、駐車場までの道のりも手を繋がれて戻った。

そして、水族館までの道のりは海沿いのドライブ。
江ノ電という路面電車が併走して、素敵なロケーションを目の当たりにする。

私は、昔、鎌倉を舞台にした漫画を読んだことを思い出して、江ノ電とやらに思いを馳せた。

「わぁ...江ノ電って海沿いを走る電車なんですね。1度乗ってみたいなぁ...」

「そうだね、江ノ電に乗って海沿いを眺めるのも楽しいかもしれない。実際に、映画とかの舞台になった事が何度もあったみたいだよ」

彼は運転していたので江ノ電の光景を殆ど見ていないようだったけれども、話す内容はやたらと具体的なことばかり。この辺りをよく知っているような口ぶりだった。

...もしかして、この辺り詳しいのかな?

ほんのりと疑問が湧いたけれど、それは陽射しに煌めく海岸線の眺めにうっとりしているうちに、何処かへ消えてなくなってゆく。

藤澤さんといる楽しさに比べれば、そんな些細な出来事は忘れて当然だった。
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