社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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49.デートしませう。⑤

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今、藤澤さんとしているキスは、初めての時よりもずっとずっと刺激的だった。
どこで息継ぎしていいかわからないくらい、互いの唇は幾度となく重なり合っている。
その最中、身体の芯から甘く痺れるような感覚に陥り、力が入らなくなってきたものだから、私はずっと彼のコートを縋るように掴んでいた。

どのくらいキスを繰り返されたのか分からなかったけれど、最後にチュッと啄むようなキスをされて、ようやく唇が解放される。
彼から解放された唇はなんとなく濡れていて弛緩している気がして、今の私は、きっとブサイクで変な顔だと思うから。

そんな顔をどうしても見られたくなくて、そのままポスンと彼のコートに顔を埋める。
すると、私の背中に回されていた彼の腕に力が込められ、ギュッと少しだけキツく抱きしめられてしまった。
細身の身体からは想像のつかない胸板の固さに少し苦しい...けど、幸せを感じる。
逞しい腕の中でふわふわした気分に浸っていると、軽く頭に重みが加わった。

彼の顎が私の頭の上にちょこんと乗ったみたい。
そして、溜め息混じりの呟くような彼の言葉が、頭の上から降ってくる。

「...この、小悪魔め」

こ、小悪魔...?

私にとっては身に覚えのない意味不明な言葉だったけど、そんなのどうでもいいくらい、彼の腕の中は今の私にとっては居心地がいい。

ずっとこのままでいたかったけれども、ここは外で今は自宅に帰る途中。さっきの余韻キスに浸る間もなく、さっきと同じように繋がれた手に導かれ、また、私たちは大通りへと戻っていった。

「今度のデートはサンシャインの水族館にでもしようか?」

さっきまであんな事をしていたとは、到底、思えないくらい屈託のない笑顔を向けられ、先ほどまでの濃密な時間は、私自身の妄想だったのかもしれないと錯覚を起こすほど、彼は平然としている。

私はというと、ぼんやりして歩きながら気もそぞろ。
だから、返事もうわの空。
そんな返事もままならない私を心配して、突然、彼が顔を覗き込んできた。

「優里、聞いてる?」

私は、目の前に現れた彼の顔に飛び上がらんばかりに驚いて声を上げてしまう。

「やっぱり、ボンヤリしてた。それとも優里は普段から?」

ほん少し毒舌で、微笑みかけてくる藤澤さんは余裕綽々の大人の男性。
そんな彼に比べ、私は明らかに子供っぽかった。

「...水族館?それなら行ってみたい所があるんです。えーと...」

自分の好きなことに話題が逸れると、そちらに気を取られてしまうのは子供ならでは。その場所を必死に思い出そうとすると、それはそれは彼は微笑ましそうに見てくれる藤澤さんの視線が嬉しい。

だから、私は躍起になって思い出そうとしてようやく閃いた。

「...海が見えて...そう、神奈川県でした」

「神奈川?それなら...八景島のシーパラかな?あそこは遊園地もある有名な複合型施設だから、優里が好きそうな所だよ」

彼がヒントになるような事を教えてくれたけれど、それにはピンとこなくて。
私は眉を顰めて、小首を傾げる。

「いや...確か水族館だけだったような?それで、すぐ側に海があるんです...」

うーんと、私が、又、考え込んでしまうと、彼も首を捻って。

「海の近くで、八景島以外の水族館...ねぇ」

口元を手で抑えながら同じように考え込み、言葉を濁しているみたいにも見えた。
私はそんな彼の様子は気にもとめずに、今度こそ思い出した。

「あ、江の島!...江ノ島水族館です。水族館なら、そこに行ってみたいです!」

思い出した喜びで、つい、彼の前で屈託なく満面の笑みになってしまう。
それには、少々、微妙な顔で反応された。

「あー...江の島」

「行かれた事があるんですか?」

「うん...まあ。そこに優里は行きたいの?」

「はい、藤澤さんと一緒なら是非」

私の子供っぽいリクエストに、珍しく彼は少し言葉を濁している。

...藤澤さんは、水族館は苦手なんだ。

自分の好きなものを一緒に共有したかったけれども、無理強いはできなかった。
それならば、彼はどんな所が好きなんだろうと、聞こう聞こうと考えているうちに、コンビニの明かりがすぐ近くまで見えてくる。

私はその明かりで彼との別れの時間が近づいたかと思うと、一気にトーンダウン。

「もう、着いちゃいました...」

「そうだね」

藤澤さんの方も心なしか寂しそうに見えて、私たちはお互いの手を離せないでいると、彼の方から。

「年末年始の休みを必ず空けるから、今度は1日デートしようか?」

「...え!?1日ですか?」

今まで会社の帰りとかしか多忙な彼と会ったことのない私は、夢じゃないかと思わず聞き返してしまう。それには、すぐさま私の不安をかき消すように笑顔で返された。

「そう。今度は夜だけでなく1日。あの辺りは観光地で、ドライブも楽しい思うから、車でいこうか?」

しかも、半ば諦めかけた水族館に彼が行こうと提案してくれ、現金な私の表情は自分でも明るくなっていくのが分かる。
彼の方も私が心底喜んだのがわかったようで、私の手から自分の手をそっと外してゆく。

「ちゃんと、優里の好きなところに1日付き合うからそんな顔をしないこと!」

外されたその手で頰を撫でられながら、彼の真意が垣間見れる。
撫でられた親指先で頰を突かれると、彼の優しさが身に染みてきた。

だから私も、面白がられて頰をやたらと触られてしまっていても、くすぐったくても、じっとされるがまま。

彼も楽しそうにしていたので、こちらもつられて口元が緩む。
そうして、少しの間、人の邪魔にならないように隅っこで遊ばれたのち、彼がいつもみたいに穏やかな笑みを浮かべ、私に触れていた手を離した。

「また、連絡するからね」

その言葉で、ようやく踏ん切れる。

「はい、待ってます...」

それでも、その場所から離れることができずに、藤澤さんの後姿がだんだん遠ざかってゆくのを見守り、あの角を曲がると見えなくなると思うと寂しさが募った。
そして、その寂しさと戦っていると、彼が1度だけ振り返ってくれて小さく手を振るのが見える。私もそれには同じような仕草で応じていたけれど、角を曲がると。

...もう、見えなくなっちゃった。

こんな日常茶飯事の些細な別れすら、彼に対してだけは未だに慣れなくて。
昨日よりも今日の方が藤澤さんのことをずっとずっと好きになっていることに気がつく。

でも、そんな自分は嫌じゃないから困ったもの。
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