社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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32.社内恋愛のオキテ②

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藤澤さんから見つめられることに慣れていない私は、いつも目をそらしていた。
でも、今ばかりは二人きりで、向かい合わせ。そんなことをしてしまったら、失礼極まりない。
それよりも何よりも、その視線から目を離せない自分がいる。
彼は意識せずともそれはそれは魅惑的な眼差しで、平凡な容姿の私の注意をひいてしまうのは造作もないことなのだろうけれど。

その魅惑的かつ真剣な眼差しを持つ彼から次に繰り出されるものはと、私が身構えることは当然のことだった。

「あの、こんな日にいう事ではないのですが。三浦さんにお願いがあるのです」

「はい...何でしょう...か?」

普通に聞き返したけれど、心臓は壊れそうなくらいバクバクしている。
お願いされるような事なんて、たくさん考えても1つも浮かばない。
彼が教えてくれるのをただひたすら待つしかなかった。

彼も非常に言いづらい事なのか、私から視線をそらして、ようやく。

「俺たちが付き合っていることを周りには、特に、会社...会社の人間には黙っててもらえませんか?」

...え?

意味不明とまではいかなかったけれど、その申し出には驚いて目をパチパチと瞬かせてしまう。本当にお付き合いをした当日にそんなお願いをされるだなんて思わなかったからだ。

...私と付き合っていることが知られたら、恥ずかしいとか、困るとか。

あらぬ方向、しかも悪い方でしか物事を考えられなくなっていると、さっきの言葉を彼が自ら補足する。

「俺は、結構女性社員の間では評判が悪いんですよ。その俺と三浦さんが付き合っていることが知れたら、変な噂を立てられたり、変な目で見られたりすることがあるかもしれません。俺は慣れていますが、三浦さんにはそういう目にあってほしくないんです」

私はそんな噂話とかは実際に聞いたことはなかったけれど、彼が話してくれたことにはその表情からして間違いはないのだと感じた。

そもそも誰ともお付き合いをしたことがない私には、会社の人間に話さないで欲しいという意味がよく分からなかった。
だから、今の私にとってはこんな些細なことで彼との関係がこじれることの方が大問題。そうなると、自ずと答えは出る。

「わかりました。私たちのことは絶対誰にも話しません」

私がその意思を伝えると、彼の強張っていた表情が一気に綻ぶ。

「あー、よかった。ホッとしました」

彼が漏らした言葉に、私も同じように気が緩みホッとする。

それからは、藤澤さんの好きなものがカキフライとか実は左利きではなくて両利きだったとか、普段だったら絶対に知ることのできない情報を聞いてしまって、もう今日だけで私の片想いメモは許容量めいいっぱい。

帰りも、彼の車を駐車したコインパーキングまで一緒に歩いてくれることになった。
私が冬の空を見るのが好きと話したから、車を取りに行くのをわざわざやめてくれてまで。

並んで歩く時も相変わらず私にあわせてくれる。
そんな風にのんびり歩き、二人で空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。
今日は特にきれいに見えるのは、隣に彼がいるから。
同じように空を見上げている藤澤さんの様子が気になってしまう。

...私と同じ気持ち、だったら嬉しいけど。

なんて夢見がちなことを男性の彼が思うわけがなく、ボソッと呟いてくれたのは星に関する質問だった。

「あの星は何の星座とかってわかりますか?」

藤澤さん、ガッツリ、理系なお人。

こういう時にこんな質問されるのって?と困っていたら、もっと詳しく星に関して質問をされた。そして、好きだというわりに私が全然答えられなくて、彼の方が詳しかったというオチがついてしまう。ええ、それには、たいそう笑われましたとも!

でも、こんな会話すら嬉しい。
会社と違う素の笑顔を私にだけ向けてくれるのだから。


今、流れ星とか見てしまったら、きっと願うことはただ1つ。

「一分でも一秒でも長く、彼とのお付き合いが続きますように」

こうして、憧れてやまない彼との秘密の社内恋愛が始まったのである。
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