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24.そのぬくもりの意味

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「お疲れ様でした」

今日はノー残業デーだったので懇親会もあっさり終わり、ミーティングルームを皆が一斉に後にする。
私たち片付け班は、ゴミ捨てやその他もろもろの関係で他の人から少し遅れて営業部に戻ることになった。
その帰りに乗ろうとしたエレベーターはわりと混んでいて、とても3人は乗れなさそう。私は帰りを急いでいる2人に先を譲った。

「優里、ゴメン」

「うん、私は大丈夫。戻ってからもやる事があるから」

彼女らを見送り、時間をおかずに乗れた次のエレベーターは思っていたよりも空いていた。それでも、後から人が入ってくるといけないので奥へと進むと、閉まる寸前のところで駆け込んできた人がいた。

「すみません」

その人は、無理やり気味に乗り込み、奥の方に入ってくる。
その人は、何処からか走ってきたみたいで、私のすぐ右側で呼吸を整えている。
私は自分の右側のその人のことを見れずにいた。

♪♫♪

シンとした静寂の中で鳴るエレベーターの電子音は、思いのほか大きい。
音につられて階数表示を見上げると、右肩がトントンと突っつかれる感覚がある。
それに見向きもせず無視をし続けると、今度は自分の身につけている香りが、一層、色濃く鼻を掠め、誰かが近づく気配した。
私の右側に立っているあの人藤澤さんの声とともに。

「...お願いします。これからなにが起こっても、黙ってまっすぐそのまま前を見ていて下さい」

その声から切羽詰まったような彼の余裕のなさを感じる。私は少しくらいならと頷いてみせた。

そんな張りつめた空気のなか。

「でさー、昨日...」

さっきの階で入ってきた人たちが私たち前方のドア付近で、声大きく何やら話し始め、他の人たちもそれにつられて続く。そのおかげでエレベーターの中は一気に煩くなってしまう。

その話し声の方に気を取られると、右手に何かが触れた気がした。

でも、それは気のせいでもなんでもなく、ずっと確かに触れてくるのものは右側に立っている藤澤さんから。彼の左手が私の右手に触れている。

...手が、なんで?

伝わってくる彼の温もりが私を動けなくさせた。

それをいいことに、まっすぐ前を向いたままの彼は私の掌の中に自分の指先を探るように差し入れようとしていた。
そこから、何かを捻じ込ませようとする意思が感じられ、それを察した私は、握っている手の力を緩め、その侵入を容易にする。

その時、入れられたのは紙みたいなもので。

ただ、彼の行為はそれだけでは済まなくて、軽く握った私の拳の上から自分の手をすっぽりと覆い被せてきた。
これは手を繋ぐという行為ではなく、手を開かせまいとする手段。
私は何かを握らされ、自分の意志で手を開くことができないようにされてしまっていた。

すぐ近くに人がいるというのに、なんて信じられない事をする人なのだろう。

そう思っても、彼の手の温もりを私は振り払うことができず、目的の階に着くまで無言で階数表示を見つめるしかできなかった。全意識が自分の右手に集中して彼の左手の感触を記憶しようとしていた。

...温かくて、大きな手。これが藤澤さんの...。

そんな非現実な時間夢みたいな時間が続いていたのは、時間にしてほんの数分。
エレベーターがある階に着くと、彼は何事もなかったかのように出て行ってしまう。

顔色ひとつ変えない彼とは対照的に、自分のデスクに戻ってもドキドキが治らない私は彼から受け取ったものを開いてみる。開くとそこには、お世辞にも上手いとは言えない彼の字で。

『今日の7時に研究所の方に来て下さい』

裏を見ても明かりに透かしても、それ以上の事は何も書いておらず。

...こんなものの為に、わざわざあんな事を?

私に触れたその理由は、に知りえない事なのである。

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