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1.好きだよ。
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「やーっと、終わった!!」
この研修期間で親しくなった鳴沢真央ちゃんは、講師の先輩社員が新入社員研修会場であるこの会議室から退出した途端、上半身を会議テーブルに投げ出すように突っ伏す。
私もその気持ちはわからなくもなく。
「本当だね。何で入社早々こんなに覚えることが...」
せっかく厳しい就職戦線を乗り越えたというのに、いきなりこんなハードな新人研修が待ち構えているとは思いもよらなかった。
こんなものだから先が思いやられて、隣の席の彼女が愚痴をこぼすのも無理はなかった。
私たちが就職したのは国内大手の理化学メーカーと言われる会社で、真央ちゃんはもともと文系学部出身だったので、営業配属は希望通り。
私、三浦優里はというと理系学部出身にもかかわらず、希望した研究所の方に配属が叶わなかった。
ただ、今回の研修で入社当初に於いて営業職と研究職の垣根は殆どないらしく、入社3年までくらいの間に配属転換が可能という話だった。
それなら、今からでも研究職を目指すのもアリなのではと気分を仕切り直して。
「優里ちゃん、もう帰れる?」
「あ、ごめん。さっき研究所の方に持っていく書類を頼まれてたから、帰る前に行ってきちゃうね」
「わかった。じゃ、いつものとこに先に行ってる」
「うん」
いつものとことは、会社の最寄り駅にあるファミレスのこと。
研修中、もう1人仲良しになった西嶋真奈美ちゃんを加えて、毎日のように寄り道してはお喋りしていた。
多分、2人とも同じように今日も待っていると思うから。
私はまだ不慣れな社内を急ぎ足で巡る。
...確か、三階に研究所への連絡通路があったはず。
壁に設置してある案内図を確認して、目的地の通路を発見。その通路を早歩きで通り過ぎようとすると、フワッと風が前髪を揺らした。
...こんなとこに窓なんて?
急いでいたから周りの事を知る余裕がなかったけれど、通路には大きな窓ガラスが連続的に外に面しており、風景が眺められるようになっていた。
...へぇ、中庭があって向こうには屋外駐車場?
窓ガラスから外を覗き込み、改めて知る自社の造り。それに感心しつつも、急がなくてはと思い直して再び進行方向へと前を向く。
すると、2、3メールくらい前から歩いてくる長身の男性と目があった気がした。
白衣の格好からして、多分研究所の人。
その人もスマホを耳に当てながらこちらを見ていたようにも思えたけれど、お話し中だったから、それはたまたま。
私も彼と目があってしまったという恥ずかしさからか、俯き加減になり視線を外し、何事もなかったかのようにその彼の横を通り過ぎようとした。
その時、どこからともなく爽やかな香りとともに、耳触りのいい低音が降ってくる。
「...あぁ、好きだよ」
あまりにもタイミング良く聞いたその言葉は、まるで、自分に言われたかのよう。
でも、言われる理由もそんな偶然あり得るわけもなく、私は終始俯いたまま、研究所の入り口へと向かった。
...トクトクトクトク。
その間、私の心臓は壊れそうなくらい早いリズムをずっと打ちっぱなし。
それからというもの、その通路の付近を通るとドキドキするようになった。
このドキドキする感覚は、中学の時憧れていて好きだった先輩を見かける度に胸が苦しくなった時と似ている気がする。
...いつも、ここを通る人なのかな?
顔は俯いてしまっていたからよく覚えていないけれど、爽やかな香りと、耳触りのいい優しくて穏やかな低い声。
これだけは、ちゃんと覚えた。
この研修期間で親しくなった鳴沢真央ちゃんは、講師の先輩社員が新入社員研修会場であるこの会議室から退出した途端、上半身を会議テーブルに投げ出すように突っ伏す。
私もその気持ちはわからなくもなく。
「本当だね。何で入社早々こんなに覚えることが...」
せっかく厳しい就職戦線を乗り越えたというのに、いきなりこんなハードな新人研修が待ち構えているとは思いもよらなかった。
こんなものだから先が思いやられて、隣の席の彼女が愚痴をこぼすのも無理はなかった。
私たちが就職したのは国内大手の理化学メーカーと言われる会社で、真央ちゃんはもともと文系学部出身だったので、営業配属は希望通り。
私、三浦優里はというと理系学部出身にもかかわらず、希望した研究所の方に配属が叶わなかった。
ただ、今回の研修で入社当初に於いて営業職と研究職の垣根は殆どないらしく、入社3年までくらいの間に配属転換が可能という話だった。
それなら、今からでも研究職を目指すのもアリなのではと気分を仕切り直して。
「優里ちゃん、もう帰れる?」
「あ、ごめん。さっき研究所の方に持っていく書類を頼まれてたから、帰る前に行ってきちゃうね」
「わかった。じゃ、いつものとこに先に行ってる」
「うん」
いつものとことは、会社の最寄り駅にあるファミレスのこと。
研修中、もう1人仲良しになった西嶋真奈美ちゃんを加えて、毎日のように寄り道してはお喋りしていた。
多分、2人とも同じように今日も待っていると思うから。
私はまだ不慣れな社内を急ぎ足で巡る。
...確か、三階に研究所への連絡通路があったはず。
壁に設置してある案内図を確認して、目的地の通路を発見。その通路を早歩きで通り過ぎようとすると、フワッと風が前髪を揺らした。
...こんなとこに窓なんて?
急いでいたから周りの事を知る余裕がなかったけれど、通路には大きな窓ガラスが連続的に外に面しており、風景が眺められるようになっていた。
...へぇ、中庭があって向こうには屋外駐車場?
窓ガラスから外を覗き込み、改めて知る自社の造り。それに感心しつつも、急がなくてはと思い直して再び進行方向へと前を向く。
すると、2、3メールくらい前から歩いてくる長身の男性と目があった気がした。
白衣の格好からして、多分研究所の人。
その人もスマホを耳に当てながらこちらを見ていたようにも思えたけれど、お話し中だったから、それはたまたま。
私も彼と目があってしまったという恥ずかしさからか、俯き加減になり視線を外し、何事もなかったかのようにその彼の横を通り過ぎようとした。
その時、どこからともなく爽やかな香りとともに、耳触りのいい低音が降ってくる。
「...あぁ、好きだよ」
あまりにもタイミング良く聞いたその言葉は、まるで、自分に言われたかのよう。
でも、言われる理由もそんな偶然あり得るわけもなく、私は終始俯いたまま、研究所の入り口へと向かった。
...トクトクトクトク。
その間、私の心臓は壊れそうなくらい早いリズムをずっと打ちっぱなし。
それからというもの、その通路の付近を通るとドキドキするようになった。
このドキドキする感覚は、中学の時憧れていて好きだった先輩を見かける度に胸が苦しくなった時と似ている気がする。
...いつも、ここを通る人なのかな?
顔は俯いてしまっていたからよく覚えていないけれど、爽やかな香りと、耳触りのいい優しくて穏やかな低い声。
これだけは、ちゃんと覚えた。
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