社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
上 下
195 / 199
【spin-off】bittersweet first love

35

しおりを挟む
予定通り田山の会社に入社した俺は、郊外の研究所に配属された。そこで、癖のある上司に出会う。

『早く出世して海外で働きたいんです!』

入社したてのど新人が何を言うかと一蹴されてしまったが、なんだかんだ可愛がってもらえているので結果オーライといったところだ。仕事は多忙を極めたがいたって順調。入社してから何回か異性からアプローチをかけられたが、会社関係の人間はゴメンだという理由でプライベートな関わりは拒絶をする。おかげで近寄り難いというイメージが先行してくれて、無駄なことに時間をさく必要性はなくなった。と言ってもまだ、よわい20代。会社外の異性に対してはガードはそこそこ緩め、誘われるままに異業種意見交換会ならぬ、合コンには他意はなく参加して後腐れのない楽しい時間を過ごすこともあった。

「なあ、今度の金曜日の夜、暇?」

社食で遅めの昼食を終え、食後のコーヒーで一服しようとしたところで、田山に捕まる。支社の違う彼がここにいるのは珍しく、うちの研究所に用事があったようだ。俺の答えを聞く前に資材の箱を椅子に起き、自身もどっかりと向かいの席に座った。

「また飲み会だったら行かない。今月は引っ越しやらで忙しい」

先日、昇進と転属を言い渡されたばかりなので、仕事の方がもちろん優先。飲み会は暇な時に行くので今回は断る。

「へえ、すごいじゃん。今度はどこ配属?関西?」

「いや、本社。田山お前のとこの研究所」

「ああ、あそこ。すげー近いじゃん!」

「そうだよ。だからってちょこちょこ遊びに来るなよ、忙しいんだから」

「はいはい、分かってますよー」

そんな軽口を叩き合い田山はすぐに帰ってしまったのだが、結局、大事な用事があるという事で金曜日の夜は押し切られた。


待ち合わせた場所は夕食を奢ってくれるというので遠慮なく、和食の店を希望。相変わらず、田山の選ぶ店はセンスが良いと敷居の高そうな天ぷら屋の暖簾をくぐる。ほどほどに空腹だったのでカウンター席に座るなり、お任せメニューを注文。先付けとともに運ばれてきたビールを大口で飲むと、隣の田山そっちのけで天ぷらの存在が気になる。俺が天ぷらを好きなのを知っている田山は、その辺りを抑えているのは流石としか言いようがない。

「で、わざわざ、こんな所まで呼び出して何の用?」

「はは。焦るなって。お前天ぷら好きだろう?」

長年の付き合いで頼み事をされるというのは分かっていた。ここまでお膳立てするくらいなので、火急の用件なのだろう。俺は素知らぬふりをしてカウンターから揚げられる天ぷらを味わいながら、食してゆく。田山は天ぷらもそこそこにビールを飲んでいたのだが、俺があらかた食べ終えたのを確認したのか、先ほどまでのゆるりとした姿勢を正した。

「なに、そんな改って?俺にだって出来る事と出来ない事があるからな」

「流石、話が早いね!お前なら全然大丈夫な事だから、うん」

「だから、なに?」

「実は...今年度の入社式の裏方手伝って欲しいんだ。人手不足なんだよ、お願い!!」

拝むように言われた頼み事は、出来なくはないが。

「...入社式はいつだ?」

「4月1日」

「俺はいつから異動だっけ?」

「4月...かな?(笑)」

「引っ越しはいつだと思う?」

「3月の末ぐらいかなぁ?(笑)」

てへって感じで悪戯が見つかった小学生みたいな顔をしている田山を見て、確信犯だと呆れた。

「...おい、本気かよ」

さっきまで軽快に天ぷらを挟んでいた箸が進まなくなる。それを見越して、田山は営業を始めた。

「ささ、ここのお店は穴場でなかなか予約取れないお店で有名なんですよ。ほら、この車海老なんか絶品。確か藤澤さんのお好みだったと思いますが、いかがですか?(笑)」

至れり尽くせりで、飲み物を頼まれ、好物を勧められると、歯向かう気が失せてくる。

「...今回だけだぞ?」

口の中で車海老の芳醇な余韻を味わいながら凄むが、カッコがついていないというのは田山の笑顔で薄々分かる。

...タダほど高いものは、ない。

かくして、引っ越し&異動の準備しての最中に入社式の設営手伝いという、世にも恐ろしいタイトなスケジュールが出来上がってしまった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...