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【spin-off】bittersweet first love
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予定通り田山の会社に入社した俺は、郊外の研究所に配属された。そこで、癖のある上司に出会う。
『早く出世して海外で働きたいんです!』
入社したてのど新人が何を言うかと一蹴されてしまったが、なんだかんだ可愛がってもらえているので結果オーライといったところだ。仕事は多忙を極めたがいたって順調。入社してから何回か異性からアプローチをかけられたが、会社関係の人間はゴメンだという理由でプライベートな関わりは拒絶をする。おかげで近寄り難いというイメージが先行してくれて、無駄なことに時間をさく必要性はなくなった。と言ってもまだ、齢20代。会社外の異性に対してはガードはそこそこ緩め、誘われるままに異業種意見交換会ならぬ、合コンには他意はなく参加して後腐れのない楽しい時間を過ごすこともあった。
「なあ、今度の金曜日の夜、暇?」
社食で遅めの昼食を終え、食後のコーヒーで一服しようとしたところで、田山に捕まる。支社の違う彼がここにいるのは珍しく、うちの研究所に用事があったようだ。俺の答えを聞く前に資材の箱を椅子に起き、自身もどっかりと向かいの席に座った。
「また飲み会だったら行かない。今月は引っ越しやらで忙しい」
先日、昇進と転属を言い渡されたばかりなので、仕事の方がもちろん優先。飲み会は暇な時に行くので今回は断る。
「へえ、すごいじゃん。今度はどこ配属?関西?」
「いや、本社。田山のとこの研究所」
「ああ、あそこ。すげー近いじゃん!」
「そうだよ。だからってちょこちょこ遊びに来るなよ、忙しいんだから」
「はいはい、分かってますよー」
そんな軽口を叩き合い田山はすぐに帰ってしまったのだが、結局、大事な用事があるという事で金曜日の夜は押し切られた。
待ち合わせた場所は夕食を奢ってくれるというので遠慮なく、和食の店を希望。相変わらず、田山の選ぶ店はセンスが良いと敷居の高そうな天ぷら屋の暖簾をくぐる。ほどほどに空腹だったのでカウンター席に座るなり、お任せメニューを注文。先付けとともに運ばれてきたビールを大口で飲むと、隣の田山そっちのけで天ぷらの存在が気になる。俺が天ぷらを好きなのを知っている田山は、その辺りを抑えているのは流石としか言いようがない。
「で、わざわざ、こんな所まで呼び出して何の用?」
「はは。焦るなって。お前天ぷら好きだろう?」
長年の付き合いで頼み事をされるというのは分かっていた。ここまでお膳立てするくらいなので、火急の用件なのだろう。俺は素知らぬふりをしてカウンターから揚げられる天ぷらを味わいながら、食してゆく。田山は天ぷらもそこそこにビールを飲んでいたのだが、俺があらかた食べ終えたのを確認したのか、先ほどまでのゆるりとした姿勢を正した。
「なに、そんな改って?俺にだって出来る事と出来ない事があるからな」
「流石、話が早いね!お前なら全然大丈夫な事だから、うん」
「だから、なに?」
「実は...今年度の入社式の裏方手伝って欲しいんだ。人手不足なんだよ、お願い!!」
拝むように言われた頼み事は、出来なくはないが。
「...入社式はいつだ?」
「4月1日」
「俺はいつから異動だっけ?」
「4月...かな?(笑)」
「引っ越しはいつだと思う?」
「3月の末ぐらいかなぁ?(笑)」
てへって感じで悪戯が見つかった小学生みたいな顔をしている田山を見て、確信犯だと呆れた。
「...おい、本気かよ」
さっきまで軽快に天ぷらを挟んでいた箸が進まなくなる。それを見越して、田山は営業を始めた。
「ささ、ここのお店は穴場でなかなか予約取れないお店で有名なんですよ。ほら、この車海老なんか絶品。確か藤澤さんのお好みだったと思いますが、いかがですか?(笑)」
至れり尽くせりで、飲み物を頼まれ、好物を勧められると、歯向かう気が失せてくる。
「...今回だけだぞ?」
口の中で車海老の芳醇な余韻を味わいながら凄むが、カッコがついていないというのは田山の笑顔で薄々分かる。
...タダほど高いものは、ない。
かくして、引っ越し&異動の準備しての最中に入社式の設営手伝いという、世にも恐ろしいタイトなスケジュールが出来上がってしまった。
『早く出世して海外で働きたいんです!』
入社したてのど新人が何を言うかと一蹴されてしまったが、なんだかんだ可愛がってもらえているので結果オーライといったところだ。仕事は多忙を極めたがいたって順調。入社してから何回か異性からアプローチをかけられたが、会社関係の人間はゴメンだという理由でプライベートな関わりは拒絶をする。おかげで近寄り難いというイメージが先行してくれて、無駄なことに時間をさく必要性はなくなった。と言ってもまだ、齢20代。会社外の異性に対してはガードはそこそこ緩め、誘われるままに異業種意見交換会ならぬ、合コンには他意はなく参加して後腐れのない楽しい時間を過ごすこともあった。
「なあ、今度の金曜日の夜、暇?」
社食で遅めの昼食を終え、食後のコーヒーで一服しようとしたところで、田山に捕まる。支社の違う彼がここにいるのは珍しく、うちの研究所に用事があったようだ。俺の答えを聞く前に資材の箱を椅子に起き、自身もどっかりと向かいの席に座った。
「また飲み会だったら行かない。今月は引っ越しやらで忙しい」
先日、昇進と転属を言い渡されたばかりなので、仕事の方がもちろん優先。飲み会は暇な時に行くので今回は断る。
「へえ、すごいじゃん。今度はどこ配属?関西?」
「いや、本社。田山のとこの研究所」
「ああ、あそこ。すげー近いじゃん!」
「そうだよ。だからってちょこちょこ遊びに来るなよ、忙しいんだから」
「はいはい、分かってますよー」
そんな軽口を叩き合い田山はすぐに帰ってしまったのだが、結局、大事な用事があるという事で金曜日の夜は押し切られた。
待ち合わせた場所は夕食を奢ってくれるというので遠慮なく、和食の店を希望。相変わらず、田山の選ぶ店はセンスが良いと敷居の高そうな天ぷら屋の暖簾をくぐる。ほどほどに空腹だったのでカウンター席に座るなり、お任せメニューを注文。先付けとともに運ばれてきたビールを大口で飲むと、隣の田山そっちのけで天ぷらの存在が気になる。俺が天ぷらを好きなのを知っている田山は、その辺りを抑えているのは流石としか言いようがない。
「で、わざわざ、こんな所まで呼び出して何の用?」
「はは。焦るなって。お前天ぷら好きだろう?」
長年の付き合いで頼み事をされるというのは分かっていた。ここまでお膳立てするくらいなので、火急の用件なのだろう。俺は素知らぬふりをしてカウンターから揚げられる天ぷらを味わいながら、食してゆく。田山は天ぷらもそこそこにビールを飲んでいたのだが、俺があらかた食べ終えたのを確認したのか、先ほどまでのゆるりとした姿勢を正した。
「なに、そんな改って?俺にだって出来る事と出来ない事があるからな」
「流石、話が早いね!お前なら全然大丈夫な事だから、うん」
「だから、なに?」
「実は...今年度の入社式の裏方手伝って欲しいんだ。人手不足なんだよ、お願い!!」
拝むように言われた頼み事は、出来なくはないが。
「...入社式はいつだ?」
「4月1日」
「俺はいつから異動だっけ?」
「4月...かな?(笑)」
「引っ越しはいつだと思う?」
「3月の末ぐらいかなぁ?(笑)」
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「...おい、本気かよ」
さっきまで軽快に天ぷらを挟んでいた箸が進まなくなる。それを見越して、田山は営業を始めた。
「ささ、ここのお店は穴場でなかなか予約取れないお店で有名なんですよ。ほら、この車海老なんか絶品。確か藤澤さんのお好みだったと思いますが、いかがですか?(笑)」
至れり尽くせりで、飲み物を頼まれ、好物を勧められると、歯向かう気が失せてくる。
「...今回だけだぞ?」
口の中で車海老の芳醇な余韻を味わいながら凄むが、カッコがついていないというのは田山の笑顔で薄々分かる。
...タダほど高いものは、ない。
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