社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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【spin-off】bittersweet first love

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自分の腕の中の高澤の温もりが嬉しくて、なかなか開放してあげられなかった。それどころか、ますます想いは募るばかり。

...これが、

ふと誰かに言われた「恋はするものではなく、落ちるもの」という言葉を思い出す。その感覚を自覚してしまうと、無意識に腕に力が入ってしまったらしい。ずっと無言で俺の腕の中にいた高澤の身体がみじろぎ、呻き声が聞こえる。

「...ふじ、さ、わ、くる...し」

咄嗟に慌てて腕の力を抜くと、するりと彼女の身体が俺から少しだけ離れてしまう。その距離感が先程までの気持ちの昂りを冷却し、どうしよもない照れを生み出した。


「あ、悪い...」

「...ううん、気にしないで」

こんなやり取りでさえ、なんだか、こそばゆくて気まずさを覚える。実際、女性とこんな雰囲気になった場面はいくらでもあったが、ここまで場の雰囲気が読めないことは初めてだった。いつもなら、阿吽の呼吸でなし崩しに一夜を共にする事は俺にとっては造作もない事で躊躇はしないだろう。ただ、今夜の俺はそんな風になるわけがないと薄々感じている。相手が高澤だというだけで、こんなに調子が狂うものかと初めての体験に戸惑っていたからだ。

彼女はというと、帰る素振りも見せずにじっと俺の顔を見つめ続けている。こちらの出方を待っているようにも見えた。

...このまま、彼女と別れてしまっていいのだろうか?

今の俺たちは曖昧で刹那的で、確固たるものがなにもないに等しい。その真実が俺にやり切れない気持ちを持たせた。だが、初めて誰かを好きになった弊害なのか、行動が雁字搦めになり、ギクシャクしてしまう。相手が高澤だとここまでスマートにできないものかと考えあぐねていると、空から何かが落ちてきた。

「...雨?」

2人でほぼ同時に上を向き気がつくと、ポツリポツリと落ちてきた点の雨は、やがて線になり激しさをましてゆく。

「マズイ、走るぞ!」

傘を持っていない俺たちは慌てて花火の後片付けもそこそこに手に手を取り合い、駅へと走る。そして、駅に着いた頃には、本降りの雨模様。幸い、タイミングがよかったのか、殆ど濡れずに駅舎に雨宿りできた。

「...今日は雨なんて降る予報じゃなかったのに」

「まあ、天気予報だって外れることはあるさ」

まるで、先ほどまでの熱量が嘘みたいにいつもの口調に戻り、恨めしげに空を見上げる。ただ、どちらからともなく繋がれた手は離せずにいた。俺は彼女から離したら離そうと思いながらも。

...このまま、帰したくないな。

建前と本音のせめぎあいで、絡める指に変な力が入らないように最新の注意を払う。どう、伝えたら彼女を繋ぎ止められるかとらしくない事を思い、言葉少なになってしまった俺の手が他者の力でピクリと動いた。

「...どうした?」

呼ばれたと思い、高澤の反応で我に帰ると、彼女は俯いてこちらを見ていない。でも、俺にしか聞こえない小さな声が聞こえた。

「雨が止むまで一緒にいて?」


疑問系であったのは、彼女の自身もそこまで言うことに躊躇いがあったのだろう。その奥ゆかしさに高澤の新たな一面を垣間見れて嬉しくもあり、ますます落ちてゆく。



Down, down, down.



はなれたくない。

はなしたくない。



この願いに、嘘はなかった。


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