152 / 199
152.誰が為に鐘は鳴る⑧
しおりを挟む
披露宴会場を後にしてお手洗いに行くとちょうど青山さんが洗面台の鏡の前でお化粧直しをしている。私に気がついた彼女はこの後の二次会に行くのかと問うた。
「...いいえ、今日はこれで」
二次会に参加する意思がない事を伝えると、鮮やかな色の口紅を引き直した彼女は残念と言いつつも二次会の話題に。そこでさっきの披露宴の話も上がった。
「そういえば、同じテーブルにいた...ふじ、なんとかさん。あの人って新郎の大学時代のなのね。てっきりうちの会社の人間かと思ったわ」
青山さんは私と同じ営業部だったけれど、研究職には馴染みのない部署に所属していた。そのうえ、藤澤さんが退職した後に営業部に異動してきた人だったから彼の事を知らなかったのは無理はなく。私はというと彼の苗字を聞いただけで、胸がざわめくのを感じていた。
「...藤澤さん...の事、ですか?」
「そうそう、その人。あら、三浦さんはあの人の事をよく知っているの?」
あの披露宴で藤澤さんは青山さんの興味を引いたらしい。私は彼について知らないふりをすれば良かったと思ったけれど、時すでに遅し。彼女は彼の情報を聞きたがった。
「ねえ、どんな人だったの?」
歳上の青山さんにここまで聞かれて見ず知らずの人と答えるわけにはいかなくなり、とりあえず当たり障りのない事だけを話す。
「...そんなに詳しくはないです。会社に入ったばかりの時に少し話した程度で」
そんな素っ気ない答えを聞くと青山さんはあからさまにがっかりした様子で、洗面台の鏡に自分の顔を近づけた。
「ま、二次会でお近づきになればいいわよね」
彼女が鏡で見ていたのはお化粧直しの出来栄えで、二次会で藤澤さんにアピールする予定みたいだ。それを察してしまった私は彼の指輪について伝える事が出来ない。私の中でもまだ整理がついていない最大の関心事だったからだ。
「...本当、お近づきになれると...良いですね」
つい、青山さんには全く気持ちの入っていない言葉だけを伝えてしまう。そんな自分に自己嫌悪してしまい、すぐさまホテルの自室へと戻る。部屋は田山さんに頼んで予約してもらっていたツインルーム。以前に泊まった事のある部屋と同じタイプの部屋だった。
部屋に戻ってくるとドッと疲れに襲われ、着替えもそこそこに片側のベッドの端に腰掛ける。この疲労感は慣れない披露宴に出たせいではなく、隣の席の誰かをずっと意識していたせい。
「...笑って言えたかな」
手で頰をさすりながら思う事は、藤澤さんの結婚をちゃんと祝福できたかどうか。でも、こんな状況になるなんてここに来るまでは全く予想できなかった...というより、したくなかった。
...5年も独身でいるわけない...か。
彼が会社を辞めた時点であの手紙の事は反故になっているはずなのに、今日会えて舞い上がって何を期待してしまったのか。あの指輪の前では藤澤さんへの気持ちがすごく邪なものに思えた。
「さっぱりしよ」
再会するまで抱えていた想いを忘れたくて、シャワーを浴びに行く。浴室から戻ってきた私は綺麗さっぱり気持ちを切り替え、持参していた楽な素材のワンピースに着替えて、披露宴で着ていたドレスをキャリーバッグの中へとしまう。そのついでに身につけていたアクセサリーもベッドの上で簡易のジュエリーボックスに入れ、最後にクラッチバッグも片付けようとして躊躇する。中に藤澤さんから貰った名刺が入っていたからだ。あの時、私は名刺を確認することなく放り込んだ。今も見る必要性はないけれど、好奇心に似た感情がフツフツと湧いてしまった。
...名刺の確認くらい、平気だもの。
誰でもない自分に言い訳しながらクラッチバッグから彼の名刺を取り出すと、そこには私の知らない藤澤さんの仕事が記してあった。
...この会社、知ってる。
私の予想に反して彼の勤め先は海外ではなく国内の同業他社。同じ業界の会社であるという事と所属の部署で彼の生活圏が関西にあるのがすぐに分かる。
「藤澤さん、関西にいたんだ...」
同じ日本にいたのなら最後の別れくらいちゃんとしてくれれば良いのにと、名刺の裏面を確認。名刺の表目に記されている情報の英語表記があるのは普通の事だったけれど、その他にある数字が目に付いた。
『090-△×◯□-×◯□△』
これはどうみても後から追加された手書きのもの。確認した表面の電話番号と違うことからすぐに彼のプライベートの回線の番号だと分かる。
...だから、連絡。
既婚者の藤澤さんが元カノの私に何を話したい事があるというのだろう?
最初は素直にそう思ったけれど、連絡して会う事になったらと思うと何かをを求めてしまいそうで怖かった。それに彼もそれを期待していたとしたら?
以前の関係に戻ってしまう事を想像するだけで今の私たちに未来はないと、名刺を細かくちぎってゴミ箱に捨てた。名刺を捨てながらそんな関係に誘おうとした藤澤さんにも少し失望していた。
...時が経てば、誰だって変わるものなのね。
私の好きだった藤澤さんはもういないと、踏ん切りをつけてベッドに入ろうとするとスマホの着信音。相手は挙式を終えたばかりの鈴木さんで渡したいものがあるからとこれから部屋まで届けてくれるという事らしい。既に遅い時間帯だったけれど、わざわざこちらまで来てくれるという事でそれには快諾。ほどなくして来客を知らせるチャイムが鳴る。
「はーい」
私は鈴木さんが来たとばかりにドアスコープを確認せずにドアノブに手をかけ、大きくドアを開けた。すると、そこには鈴木さんではなく予期せぬ訪問者がいて。私が目を見開いたまま固まってしまうと、訪問者は部屋の中に易々と進入していた。
バタンと、私ではない別の誰かが閉めたドアの音が部屋にこだますると、いつの間にか私は壁際まで追い詰められ、私と向かい合う形で訪問者は立っている。そして。
「...優里」
さっきまで「三浦さん」と他人行儀だった藤澤さんの低い声が、何年ぶりかに私の名を呼んだ。
「...いいえ、今日はこれで」
二次会に参加する意思がない事を伝えると、鮮やかな色の口紅を引き直した彼女は残念と言いつつも二次会の話題に。そこでさっきの披露宴の話も上がった。
「そういえば、同じテーブルにいた...ふじ、なんとかさん。あの人って新郎の大学時代のなのね。てっきりうちの会社の人間かと思ったわ」
青山さんは私と同じ営業部だったけれど、研究職には馴染みのない部署に所属していた。そのうえ、藤澤さんが退職した後に営業部に異動してきた人だったから彼の事を知らなかったのは無理はなく。私はというと彼の苗字を聞いただけで、胸がざわめくのを感じていた。
「...藤澤さん...の事、ですか?」
「そうそう、その人。あら、三浦さんはあの人の事をよく知っているの?」
あの披露宴で藤澤さんは青山さんの興味を引いたらしい。私は彼について知らないふりをすれば良かったと思ったけれど、時すでに遅し。彼女は彼の情報を聞きたがった。
「ねえ、どんな人だったの?」
歳上の青山さんにここまで聞かれて見ず知らずの人と答えるわけにはいかなくなり、とりあえず当たり障りのない事だけを話す。
「...そんなに詳しくはないです。会社に入ったばかりの時に少し話した程度で」
そんな素っ気ない答えを聞くと青山さんはあからさまにがっかりした様子で、洗面台の鏡に自分の顔を近づけた。
「ま、二次会でお近づきになればいいわよね」
彼女が鏡で見ていたのはお化粧直しの出来栄えで、二次会で藤澤さんにアピールする予定みたいだ。それを察してしまった私は彼の指輪について伝える事が出来ない。私の中でもまだ整理がついていない最大の関心事だったからだ。
「...本当、お近づきになれると...良いですね」
つい、青山さんには全く気持ちの入っていない言葉だけを伝えてしまう。そんな自分に自己嫌悪してしまい、すぐさまホテルの自室へと戻る。部屋は田山さんに頼んで予約してもらっていたツインルーム。以前に泊まった事のある部屋と同じタイプの部屋だった。
部屋に戻ってくるとドッと疲れに襲われ、着替えもそこそこに片側のベッドの端に腰掛ける。この疲労感は慣れない披露宴に出たせいではなく、隣の席の誰かをずっと意識していたせい。
「...笑って言えたかな」
手で頰をさすりながら思う事は、藤澤さんの結婚をちゃんと祝福できたかどうか。でも、こんな状況になるなんてここに来るまでは全く予想できなかった...というより、したくなかった。
...5年も独身でいるわけない...か。
彼が会社を辞めた時点であの手紙の事は反故になっているはずなのに、今日会えて舞い上がって何を期待してしまったのか。あの指輪の前では藤澤さんへの気持ちがすごく邪なものに思えた。
「さっぱりしよ」
再会するまで抱えていた想いを忘れたくて、シャワーを浴びに行く。浴室から戻ってきた私は綺麗さっぱり気持ちを切り替え、持参していた楽な素材のワンピースに着替えて、披露宴で着ていたドレスをキャリーバッグの中へとしまう。そのついでに身につけていたアクセサリーもベッドの上で簡易のジュエリーボックスに入れ、最後にクラッチバッグも片付けようとして躊躇する。中に藤澤さんから貰った名刺が入っていたからだ。あの時、私は名刺を確認することなく放り込んだ。今も見る必要性はないけれど、好奇心に似た感情がフツフツと湧いてしまった。
...名刺の確認くらい、平気だもの。
誰でもない自分に言い訳しながらクラッチバッグから彼の名刺を取り出すと、そこには私の知らない藤澤さんの仕事が記してあった。
...この会社、知ってる。
私の予想に反して彼の勤め先は海外ではなく国内の同業他社。同じ業界の会社であるという事と所属の部署で彼の生活圏が関西にあるのがすぐに分かる。
「藤澤さん、関西にいたんだ...」
同じ日本にいたのなら最後の別れくらいちゃんとしてくれれば良いのにと、名刺の裏面を確認。名刺の表目に記されている情報の英語表記があるのは普通の事だったけれど、その他にある数字が目に付いた。
『090-△×◯□-×◯□△』
これはどうみても後から追加された手書きのもの。確認した表面の電話番号と違うことからすぐに彼のプライベートの回線の番号だと分かる。
...だから、連絡。
既婚者の藤澤さんが元カノの私に何を話したい事があるというのだろう?
最初は素直にそう思ったけれど、連絡して会う事になったらと思うと何かをを求めてしまいそうで怖かった。それに彼もそれを期待していたとしたら?
以前の関係に戻ってしまう事を想像するだけで今の私たちに未来はないと、名刺を細かくちぎってゴミ箱に捨てた。名刺を捨てながらそんな関係に誘おうとした藤澤さんにも少し失望していた。
...時が経てば、誰だって変わるものなのね。
私の好きだった藤澤さんはもういないと、踏ん切りをつけてベッドに入ろうとするとスマホの着信音。相手は挙式を終えたばかりの鈴木さんで渡したいものがあるからとこれから部屋まで届けてくれるという事らしい。既に遅い時間帯だったけれど、わざわざこちらまで来てくれるという事でそれには快諾。ほどなくして来客を知らせるチャイムが鳴る。
「はーい」
私は鈴木さんが来たとばかりにドアスコープを確認せずにドアノブに手をかけ、大きくドアを開けた。すると、そこには鈴木さんではなく予期せぬ訪問者がいて。私が目を見開いたまま固まってしまうと、訪問者は部屋の中に易々と進入していた。
バタンと、私ではない別の誰かが閉めたドアの音が部屋にこだますると、いつの間にか私は壁際まで追い詰められ、私と向かい合う形で訪問者は立っている。そして。
「...優里」
さっきまで「三浦さん」と他人行儀だった藤澤さんの低い声が、何年ぶりかに私の名を呼んだ。
0
お気に入りに追加
1,079
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
デキナイ私たちの秘密な関係
美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに
近寄ってくる男性は多いものの、
あるトラウマから恋愛をするのが億劫で
彼氏を作りたくない志穂。
一方で、恋愛への憧れはあり、
仲の良い同期カップルを見るたびに
「私もイチャイチャしたい……!」
という欲求を募らせる日々。
そんなある日、ひょんなことから
志穂はイケメン上司・速水課長の
ヒミツを知ってしまう。
それをキッカケに2人は
イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎
※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる