社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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147.誰が為に鐘は鳴る③藤澤視点

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俺が優里に結婚と言いあぐねてしまっていたら、優里の口から「結婚」という言葉は思いがけない形で返された。しかも笑顔を添えられて。

「ご結婚、おめでとうございます」

「え?」

それは本当に自分に向けられている言葉なのかと耳を疑う。その真意を探るべく、彼女に凝視されている視線の先を辿ると、口元にある己の左手あった。不思議に思い、改めてその手のひらを確認すると、その原因が一目瞭然。

「あぁっ!?」

人目もはばからず発してしまった俺の声に、彼女は目を真ん丸くしていたのだがどうにか気を取り直したようで。

「急ぎの用事がありますので失礼します」

とりつく島もなく、その場から逃げられてしまう。

「ちょっ...」

彼女を追いすがろうと伸ばしかけた左手の薬指には誤解された原因がハマっている。それを見てしまった俺は追いかけるのを諦めた。

まさか、こんな事態になろうとは...迂闊だった。
久々の再会に後先考えずに行動した結果、自分のあり得ない失態により墓穴を掘った。

優里とは披露宴で初めて会う予定のはずが、それよりも早い段階で再会。そのため、準備不十分でテンパってしまった俺は、重要なプレゼンに失敗した気分だった。『結婚しよう』と言っていた男が、別の誰かと既に結婚していたとなれば、彼女のとった行動は納得せざるおえない。

...さて、これからどうしたものか。

失意のどん底に陥りながらも、とりあえずラウンジへと戻った。すると、吉岡だけ残っているはずのテーブルには、人の姿が増えそのせいか賑やかな声が上がっている。俺がすぐ側まで近づくと、吉岡より早く隣に座っていた女性がこちらに気がついた。

「こんにちは。いつも主人がお世話になってます」

そのあと、吉岡が「ウチの」と紹介してくれて、お互いに会釈を交わす。そういう吉岡の膝の上に乗っている子供には見覚えがあった。俺がその子供を目を奪われていると、それを察した吉岡はその小さな手を取り、背後から名前をアテレコして笑いを誘う。

「渚でーす。藤澤のおじちゃん、お小遣いよろしくね!」

まだ話がおぼつかないらしく、父親にされるがままの人形状態。その愛くるしい仕草と見た目に思わず笑みがこぼれる。

「おじちゃんって...同じ年のお前に呼ばれたくはないわ。ねー、渚ちゃん?」

何を言われているか分からないキョトンとしている子供に向かい、父親に似てなくて良かったと、その父親にこれ見よがしに言ってはみたものの。吉岡の家族は、噂通り絵に描いたような幸せ家族だった。俺は家族水入らずの所を邪魔になるまいと席には座らず、さりげなくテーブルに置いてあった会計のプレートを手にとると、吉岡がそれに気がついた。

「もう行くのか?まだ、披露宴まで時間があるぞ?」

わざわざ引き止めてくれたのだが、疲れたので部屋で休みたいと伝える。そして、吉岡の家族のおかげで先ほどの沈んだ気持ちはいくらか薄れ、部屋に戻る頃には冷静さを取り戻していた。

その冷静な頭で考えてしまうのは、自分が覚えている時よりも幼さが抜け、グッと大人の女性へと変わっていた優里のことだけである。

「...どストライク」

ベッドに腰掛け、思わず天井に向かって呟いてしまうほど好みだった。俺が想像していた以上の彼女の変化に離れていた時間の長さを痛感せざるおえない。

逃した魚はよほど大きかったのか?
それとも自業自得なのか?

どちらも正解のような気もしたがそれを認めたくない自分がいる。
だが、ここから巻き返せる可能性はなくもない。

そう思えたのは先ほどの優里の態度からだ。

※※※

披露宴の受付時間が近づき、混むと面倒くさそうなので早めに行くと、案の定、まだそんなに人は集まっていなかった。俺はさっさと受付を済ませ、受け取ったばかりの席次表で自席を確認すると、絶妙な席の配置に唸りそうになる。

...なるほど、そう来たか。

今回、優里をここに呼べたのも田山の協力があってこそ。彼にだけ、左手のリングの意味を前もって話しておいたのだ。通常なら今の俺は田山と同じ会社でもないので、学生時代の友人扱いとなり、そのグループに属する。だが、今日の席は転職する前の会社の人間がいるグループの中にあった。ここにも俺の知った顔が多く、話に入れず孤立するなんていうこともない。寧ろ、懐かしいと話が盛り上がる可能性の方が高かった。そんな彼の粋な計らいに感謝しつつ自席のあるテーブルへと向かうと、まだ誰も座っていない。

俺はそのグループの中でも一番乗りだったらしく、退屈しのぎにその場所から次々に入ってくる招待客の様子をボンヤリと眺める。でも、考えていることは別のことだ。

...この後に及んでドタキャンなんてことは常識的に考えられない...が。

先ほどの優里の態度と彼女の性格から鑑みると、こちらに来るのは時間ギリギリだろうと踏んだ。そうこうしているうちに、大分、席が埋まってきており、俺の左隣の席にもようやく人がくる気配がした。

「うわっ、藤澤さん!?なんで!?」

大学時代の後輩でもあり、以前同じ会社に属していた山崎は、席に座るなり俺をお化けのように扱う。

「俺がここにいたら悪いのか?」

乾いた笑いで返事をすると「違いますって」と彼は顔を大きく横に振った。

「いつ、日本に?」

「去年。配置転換でこっちに戻ってきたんだ。ほら、これやるよ」

スーツの内ポケットに先ほどしまったばかりの名刺入れから名刺を一枚取り出し、裏に携帯番号を添え、彼の目の前に置く。すると、山崎はそれを受取り子供のようにはしゃいだ後、俺に文句を言う。

「いきなり音信不通になるなんて酷いですよ」

「はい、はい。俺が悪かった」

彼の言う通り、当時、職場と家族以外にはほぼ没交渉。今思えば、それはやり過ぎだったと反省している。だから、今日は罪滅ぼしの意味もあり、望まれれば積極的に名刺を渡し、自ら連絡先を教えようと思っていた。そのおかげで名刺入れの中身は残り少なくなっており、1番もらってほしい人間に渡せないという、このジレンマ。

自分が撒いてしまった種なので、今のところはそれを甘んじて受け入れている。
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