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146.誰が為に鐘は鳴る②
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6月吉日、快晴。本日はお日柄もよく絶好の結婚式日和。
私はというと元上司の田山さんの結婚披露宴にお呼ばれしていて、神奈川県の某ホテルに来ていた。披露宴にのみ招待されたので夕方からここに来ても充分間に合ったけれど、田山さんの奥さんの鈴木さんに頼んで部屋を予約しており、その為に少し早めに到着している。
結婚披露宴の招待状をもらった時、その組み合わせにも驚いたけれどその会場にも驚いた。このホテルは藤澤さんと初めて結ばれたホテルで、彼との思い出をふっきる為にいつかもう一度訪れたいと思っていたから。実際、こんな事もないと自分から訪れることはなかっただろうし、実家からはお見合いの話もチラホラ出ている。だから、これで藤澤さんの想い出に浸るのは最後のつもりで出席の返事を出した。
ホテルに着くと、当時と変わらない雰囲気に圧倒されおのぼりさん状態。あの時は藤澤さんにスマートにエスコートされていたけれど今は違う。もう、ひとりでも平気なんだからとフロントへと急いだ。
フロントはほどほどの人だかりが出来ていて、ちょうどチェックインの時間帯で混み合っているみたいだった。宿泊名簿の記名を済ませる間にたまたまラウンジの方を見た。そこにはフォーマルな服装の人たちが多く見受けられ、他にも結婚式がと呑気に思う。
その中でたまたま、あるテーブル席に座っている男性に目が釘付けになった。他の人間はモノクロに見えてもその人だけはカラーで見えているかのように選別してしまう私の片思いフィルターは未だに健在のようだ。こんな遠目でも藤澤さんをいとも容易く見つけてしまったのだから。彼もこちらの方を見た気がしたけれど、それを確認できるほどの距離ではなく、藤澤さんと向かい合う私の心の準備がまだできていない。早くこの場所から居なくならないととソワソワしていたらタイミングよく呼ばれる。
「三浦様、お部屋の準備ができました」
フロントで部屋のキーを受け取ると他の宿泊客の中に紛れるようにして、キャリーバッグをひき、宿泊棟の方へ足早に向かう。きっと、ほんの一瞬だけこちらを見たようだから藤澤さんには気がつかれてなかっただろうと途中から急ぎ足を緩めた途端、背後から。
「三浦さん」
その背中越しに聞いた懐かしくて低い声は、まぎれもなく藤澤さんの声。
私は1日たりともその声色を忘れたことはなかった。
振り返ればきっと彼が立っている事だろう。
いくら心の準備ができていないからといって、彼を無視していくだなんて出来そうにはなかった。
ゆっくりと振り返ると、こちらに歩み寄ってくる藤澤さんが見える。徐々に彼の輪郭、造形がはっきりしてきて、今、この瞬間が夢ではないのかと錯覚しそうだ。でも、目の前に向かい合うように立った彼は私の知っている藤澤さんそのもの。いくらか顔は日焼けして年齢的な渋みは加わったけれども精悍な顔立ちは変わっていなかった。
「えー...その」
何年ぶりかに会うのは彼の方も同じ。その切れ長な瞳は私に真っ直ぐに向けられるものの、その口は躊躇いがちに開かれた。
「...三浦さん、お久しぶりです。お元気...でしたか?」
以前みたいに「優里」と呼んでもらえない関係に心臓がチクンと痛む。それだけの時間、私たちは離れていたのだ。けれど、そんな気持ちを彼の前で出すわけにはいかなかった。
「...お久しぶりです。私は...元気にやっています。藤澤さんもお元気...でしたか?」
「ええ、自分も」
彼に懐かしむように目を細められ、自分だけに向けられる笑顔に息がつまるほど胸が苦しくなる。この感覚は、昔、彼に片思いしていた時に現れたものと同じだった。
少しでも長く彼と話していたくて、少しでも長く彼の事を見ていたくて。
そんな彼への恋心は少しも私の中で変わってはいなかった。
「あ、あの...私、今度、チームリーダーになったんです」
「へぇ、それはすごい」
彼に自慢したいわけではなく近況を報告した私に、藤澤さんはえらく感心してくれて、礼服の内ポケットを探る。
「じゃあ、名刺交換しましょうか?俺も今の会社の名刺を...と。あ、」
どうやら彼は名刺入れを忘れてきてしまったらしい。私も今は持っていなかったので、後ほど交換という事になり。話す事がなくなってしまった2人の間に変な沈黙が生まれてしまう。
「...三浦さん、その...」
そして、先に口火を切ったのは藤澤さんだった。
「あ...あの、けっこん...」
彼は「結婚」という言葉を言っていたようにも聞こえたが、私はそれよりも何よりも、口元を左手を触る癖を懐かしむように見ていた。だから、あるものを彼の左手に見つけた時、先ほどまでの自然な笑みがみるみるうちにこわばってゆくのが自分でも分かった。
...だから、結婚。
彼がその言葉を言いかけた意味に心当たる。それ以上その言葉を聞きたくなかった私は思いっきり作り笑いをして先手を打った。
「ご結婚、おめでとうございます」
藤澤さんの結婚指輪なんて、私は1分1秒でも見ていたくない。
私はというと元上司の田山さんの結婚披露宴にお呼ばれしていて、神奈川県の某ホテルに来ていた。披露宴にのみ招待されたので夕方からここに来ても充分間に合ったけれど、田山さんの奥さんの鈴木さんに頼んで部屋を予約しており、その為に少し早めに到着している。
結婚披露宴の招待状をもらった時、その組み合わせにも驚いたけれどその会場にも驚いた。このホテルは藤澤さんと初めて結ばれたホテルで、彼との思い出をふっきる為にいつかもう一度訪れたいと思っていたから。実際、こんな事もないと自分から訪れることはなかっただろうし、実家からはお見合いの話もチラホラ出ている。だから、これで藤澤さんの想い出に浸るのは最後のつもりで出席の返事を出した。
ホテルに着くと、当時と変わらない雰囲気に圧倒されおのぼりさん状態。あの時は藤澤さんにスマートにエスコートされていたけれど今は違う。もう、ひとりでも平気なんだからとフロントへと急いだ。
フロントはほどほどの人だかりが出来ていて、ちょうどチェックインの時間帯で混み合っているみたいだった。宿泊名簿の記名を済ませる間にたまたまラウンジの方を見た。そこにはフォーマルな服装の人たちが多く見受けられ、他にも結婚式がと呑気に思う。
その中でたまたま、あるテーブル席に座っている男性に目が釘付けになった。他の人間はモノクロに見えてもその人だけはカラーで見えているかのように選別してしまう私の片思いフィルターは未だに健在のようだ。こんな遠目でも藤澤さんをいとも容易く見つけてしまったのだから。彼もこちらの方を見た気がしたけれど、それを確認できるほどの距離ではなく、藤澤さんと向かい合う私の心の準備がまだできていない。早くこの場所から居なくならないととソワソワしていたらタイミングよく呼ばれる。
「三浦様、お部屋の準備ができました」
フロントで部屋のキーを受け取ると他の宿泊客の中に紛れるようにして、キャリーバッグをひき、宿泊棟の方へ足早に向かう。きっと、ほんの一瞬だけこちらを見たようだから藤澤さんには気がつかれてなかっただろうと途中から急ぎ足を緩めた途端、背後から。
「三浦さん」
その背中越しに聞いた懐かしくて低い声は、まぎれもなく藤澤さんの声。
私は1日たりともその声色を忘れたことはなかった。
振り返ればきっと彼が立っている事だろう。
いくら心の準備ができていないからといって、彼を無視していくだなんて出来そうにはなかった。
ゆっくりと振り返ると、こちらに歩み寄ってくる藤澤さんが見える。徐々に彼の輪郭、造形がはっきりしてきて、今、この瞬間が夢ではないのかと錯覚しそうだ。でも、目の前に向かい合うように立った彼は私の知っている藤澤さんそのもの。いくらか顔は日焼けして年齢的な渋みは加わったけれども精悍な顔立ちは変わっていなかった。
「えー...その」
何年ぶりかに会うのは彼の方も同じ。その切れ長な瞳は私に真っ直ぐに向けられるものの、その口は躊躇いがちに開かれた。
「...三浦さん、お久しぶりです。お元気...でしたか?」
以前みたいに「優里」と呼んでもらえない関係に心臓がチクンと痛む。それだけの時間、私たちは離れていたのだ。けれど、そんな気持ちを彼の前で出すわけにはいかなかった。
「...お久しぶりです。私は...元気にやっています。藤澤さんもお元気...でしたか?」
「ええ、自分も」
彼に懐かしむように目を細められ、自分だけに向けられる笑顔に息がつまるほど胸が苦しくなる。この感覚は、昔、彼に片思いしていた時に現れたものと同じだった。
少しでも長く彼と話していたくて、少しでも長く彼の事を見ていたくて。
そんな彼への恋心は少しも私の中で変わってはいなかった。
「あ、あの...私、今度、チームリーダーになったんです」
「へぇ、それはすごい」
彼に自慢したいわけではなく近況を報告した私に、藤澤さんはえらく感心してくれて、礼服の内ポケットを探る。
「じゃあ、名刺交換しましょうか?俺も今の会社の名刺を...と。あ、」
どうやら彼は名刺入れを忘れてきてしまったらしい。私も今は持っていなかったので、後ほど交換という事になり。話す事がなくなってしまった2人の間に変な沈黙が生まれてしまう。
「...三浦さん、その...」
そして、先に口火を切ったのは藤澤さんだった。
「あ...あの、けっこん...」
彼は「結婚」という言葉を言っていたようにも聞こえたが、私はそれよりも何よりも、口元を左手を触る癖を懐かしむように見ていた。だから、あるものを彼の左手に見つけた時、先ほどまでの自然な笑みがみるみるうちにこわばってゆくのが自分でも分かった。
...だから、結婚。
彼がその言葉を言いかけた意味に心当たる。それ以上その言葉を聞きたくなかった私は思いっきり作り笑いをして先手を打った。
「ご結婚、おめでとうございます」
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