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132.Catharsis ⑤藤澤視点
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こちらの会社に転職してから日本に戻り初めて新入社員と接する。管理職という立場からの新人教育は、必須要件だと分かってはいたものの、何となく気が重い。もともと、1人でコツコツと作業する事が得意な分、周りの人間に対して気を使うという事が疎かになっていた。別に誰かに好かれる為に仕事をしに来ているわけでもあるまいし、特に女性社員には恋愛感情という面倒くさいものがあるので、遠ざける傾向にある。
それでも以前よりはいくらかマシだった。それは、誰のおかげかと言わずもがな。
「小鳥遊少しいいか?」
俺のデスクの前を忙しなく通り過ぎようとしていた長身の白衣の男性をつかまえる。彼はすぐに自分だと気がつき、俺はデスクに置いてあった学会誌のあるページを開いて見せた。
「今度の俺の東京出張のシンポジウム、小鳥遊も同行してみるか?」
「え?同行が俺でいいんですか?他にも...」
彼は周りを見渡し不安げに目を泳がす。そんな彼の言動に心当たりがある分、苦笑いしてしまう。
「別にとって食いやしないさ。これも勉強の一環として誘っているのだが、どうだ?」
「は、はいっ!それなら喜んで!」
普段から新人教育だとも思い、厳しく接しているせいか、こういう風に構えられると参ったなと思う。出張先ではもう少し柔らかく接するかと反省しきりで、彼をさっさと解放。すると、どこからか視線を感じた。その視線を辿ると彼と同じ新入社員の田中さんだった。小鳥遊とは違い、女性なのでほどほどの距離感を保ち小鳥遊ほど警戒されてはいなかったはずだが、目が合うと慌てて、視線を逸らされてしまった。
俺が帰国して管理職となった年に課に受け持つことになった新入社員はこの2人。2人とも名前は難なくすぐに覚えることができる。
1人は小鳥遊。最初の初見では恥ずかしながらこの苗字が読めなかった。彼も名前を聞き返される事は日常茶飯事のようで、自己紹介の時に分かりやすく例えてくれた。
「大きな鳥、例えば鷹とかがいなくて、小鳥が遊ぶ事ができるから、小鳥が遊ぶと書いて、タカナシって読むらしいです」
なるほど、その例えは分かりやすいと小鳥遊というのは何かの当て字かと思っていた俺の頭にスッと入った。そして、もう1人の新入社員は女子社員で田中さん。どこにでもありふれている苗字はいつもなら覚えるのに苦労したが、俺の方である点が気になりいつの間にか顔と名前をインプットしていたのである。
※※※
「なんか、東京って...すごいですね」
東京駅の改札口を出て会場までの道すがら、お上りさんの如く高層ビル群を見上げながらずっと小鳥遊が感嘆の声を上げている。
「そうか?特に俺は何とも...」
こちらは数ヶ月前実家に戻って来たばかり。もともと都内に実家のある俺にはさして目新しい風景ではない。小鳥遊と違って感動も薄く目的地へさっさと向かう。
「そんなにいいならここに置いていくぞ?」
「え?!あ、ちょっとっ、課長っ!!」
先ほどまで建物に圧倒されていた小鳥遊が、後ろから慌てて追いかけてきて俺は呆れるように小さく息を吐いた。
...本当、世話の焼ける。
終始彼はこんな感じで、シンポジウムが開催される会場に着いたのに気もそぞろで、見るに見かねた俺は腕時計で時刻を確認して。
「まだ時間があるから、後学の為に会場内をうろついてこい」
ここまであからさまに言うと皮肉ととったらしい。小鳥遊は殊勝な態度でこちらの様子を伺い見る。それには可笑しくて笑いそうなのを堪え、彼に小銭を渡した。
「ついでに見かけた自販機でコーヒー買っておいてくれ。ブラックな」
ようやくこちらの意図が伝わり小鳥遊は軽い足取りで離れていく。現金なやつと今にもスキップしそうな後ろ姿を見送っていると、懐かしい肩書きをたまたま耳にする。
「...主任?」
最初は自分の事だと思わず、振り返りもしなかったのだが、再び。
「藤澤主任...ですよね?」
今度は固有名詞付きで呼びかけられてしまい、これには流石に反応しざるおえなかった。
「何か?」
燻しがるように振り返ると明らかに見知った人間の姿。以前勤めていた会社の人間と思い当たる。
「え...と、まつ...」
ここまではすんなり出たが似たような名前が浮かび、間違えたら失礼だと思い固有名詞を言うのは躊躇う。それが相手方にも伝わったようでこちらの意図を見透かされた。
「...松浦です。大変ご無沙汰しております」
深々と頭を下げられ、相手方から名前を名乗られると思わず恐縮してしまう。そのスーツ姿の彼の名前はともかく顔は忘れたわけではなかった。
...そうだ、松浦。
以前の会社で、新入社員の頃からあの小鳥遊同様、俺が一から仕事のイロハを教えた男だ。一緒に働いていた時は頼りなく感じていたが、こうして対外的に会うとそんな事は微塵も感じられないほど自信に満ち溢れて見えた。
「あぁ、久しぶり。松浦も来てたんだ。今日は1人か?」
「はい。今度、チームリーダーになったので今回は私用で来ました」
「へぇ、お前も出世したな」
「いやいや、たまたまですよ」
「そんな、ご謙遜(笑)」
ありきたりな世間話を進めていくうちに時の流れを感じる。今の松浦はちょうど当時の俺の年回りくらいで俺の脳裏には彼らと会った時の事が蘇りつつあった。
「いや。俺なんか大したことないっすよ。しゅ...藤澤さんこそ今日はどんなご用件でこちらに?確か転職されたんですよね?」
「今は...」
そういえば転職先を伝えていなかったとスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、松浦に名刺を手渡す。それを両手で丁寧に受け取った彼は、その名刺にかかれている情報を早速読み取っていた。
「...今は関西に?」
「あぁ、京都に住んでる」
「それは...その...」
松浦が何かを俺に言いかけた時に「課長!」と背後から小鳥遊から呼ばれる。そのおかげで彼との話は立ち消えてしまう。松浦も俺が小鳥遊と同行しているのを知ってか知らずか、帰りに再び声をかけてくることはなかった。
それでも以前よりはいくらかマシだった。それは、誰のおかげかと言わずもがな。
「小鳥遊少しいいか?」
俺のデスクの前を忙しなく通り過ぎようとしていた長身の白衣の男性をつかまえる。彼はすぐに自分だと気がつき、俺はデスクに置いてあった学会誌のあるページを開いて見せた。
「今度の俺の東京出張のシンポジウム、小鳥遊も同行してみるか?」
「え?同行が俺でいいんですか?他にも...」
彼は周りを見渡し不安げに目を泳がす。そんな彼の言動に心当たりがある分、苦笑いしてしまう。
「別にとって食いやしないさ。これも勉強の一環として誘っているのだが、どうだ?」
「は、はいっ!それなら喜んで!」
普段から新人教育だとも思い、厳しく接しているせいか、こういう風に構えられると参ったなと思う。出張先ではもう少し柔らかく接するかと反省しきりで、彼をさっさと解放。すると、どこからか視線を感じた。その視線を辿ると彼と同じ新入社員の田中さんだった。小鳥遊とは違い、女性なのでほどほどの距離感を保ち小鳥遊ほど警戒されてはいなかったはずだが、目が合うと慌てて、視線を逸らされてしまった。
俺が帰国して管理職となった年に課に受け持つことになった新入社員はこの2人。2人とも名前は難なくすぐに覚えることができる。
1人は小鳥遊。最初の初見では恥ずかしながらこの苗字が読めなかった。彼も名前を聞き返される事は日常茶飯事のようで、自己紹介の時に分かりやすく例えてくれた。
「大きな鳥、例えば鷹とかがいなくて、小鳥が遊ぶ事ができるから、小鳥が遊ぶと書いて、タカナシって読むらしいです」
なるほど、その例えは分かりやすいと小鳥遊というのは何かの当て字かと思っていた俺の頭にスッと入った。そして、もう1人の新入社員は女子社員で田中さん。どこにでもありふれている苗字はいつもなら覚えるのに苦労したが、俺の方である点が気になりいつの間にか顔と名前をインプットしていたのである。
※※※
「なんか、東京って...すごいですね」
東京駅の改札口を出て会場までの道すがら、お上りさんの如く高層ビル群を見上げながらずっと小鳥遊が感嘆の声を上げている。
「そうか?特に俺は何とも...」
こちらは数ヶ月前実家に戻って来たばかり。もともと都内に実家のある俺にはさして目新しい風景ではない。小鳥遊と違って感動も薄く目的地へさっさと向かう。
「そんなにいいならここに置いていくぞ?」
「え?!あ、ちょっとっ、課長っ!!」
先ほどまで建物に圧倒されていた小鳥遊が、後ろから慌てて追いかけてきて俺は呆れるように小さく息を吐いた。
...本当、世話の焼ける。
終始彼はこんな感じで、シンポジウムが開催される会場に着いたのに気もそぞろで、見るに見かねた俺は腕時計で時刻を確認して。
「まだ時間があるから、後学の為に会場内をうろついてこい」
ここまであからさまに言うと皮肉ととったらしい。小鳥遊は殊勝な態度でこちらの様子を伺い見る。それには可笑しくて笑いそうなのを堪え、彼に小銭を渡した。
「ついでに見かけた自販機でコーヒー買っておいてくれ。ブラックな」
ようやくこちらの意図が伝わり小鳥遊は軽い足取りで離れていく。現金なやつと今にもスキップしそうな後ろ姿を見送っていると、懐かしい肩書きをたまたま耳にする。
「...主任?」
最初は自分の事だと思わず、振り返りもしなかったのだが、再び。
「藤澤主任...ですよね?」
今度は固有名詞付きで呼びかけられてしまい、これには流石に反応しざるおえなかった。
「何か?」
燻しがるように振り返ると明らかに見知った人間の姿。以前勤めていた会社の人間と思い当たる。
「え...と、まつ...」
ここまではすんなり出たが似たような名前が浮かび、間違えたら失礼だと思い固有名詞を言うのは躊躇う。それが相手方にも伝わったようでこちらの意図を見透かされた。
「...松浦です。大変ご無沙汰しております」
深々と頭を下げられ、相手方から名前を名乗られると思わず恐縮してしまう。そのスーツ姿の彼の名前はともかく顔は忘れたわけではなかった。
...そうだ、松浦。
以前の会社で、新入社員の頃からあの小鳥遊同様、俺が一から仕事のイロハを教えた男だ。一緒に働いていた時は頼りなく感じていたが、こうして対外的に会うとそんな事は微塵も感じられないほど自信に満ち溢れて見えた。
「あぁ、久しぶり。松浦も来てたんだ。今日は1人か?」
「はい。今度、チームリーダーになったので今回は私用で来ました」
「へぇ、お前も出世したな」
「いやいや、たまたまですよ」
「そんな、ご謙遜(笑)」
ありきたりな世間話を進めていくうちに時の流れを感じる。今の松浦はちょうど当時の俺の年回りくらいで俺の脳裏には彼らと会った時の事が蘇りつつあった。
「いや。俺なんか大したことないっすよ。しゅ...藤澤さんこそ今日はどんなご用件でこちらに?確か転職されたんですよね?」
「今は...」
そういえば転職先を伝えていなかったとスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、松浦に名刺を手渡す。それを両手で丁寧に受け取った彼は、その名刺にかかれている情報を早速読み取っていた。
「...今は関西に?」
「あぁ、京都に住んでる」
「それは...その...」
松浦が何かを俺に言いかけた時に「課長!」と背後から小鳥遊から呼ばれる。そのおかげで彼との話は立ち消えてしまう。松浦も俺が小鳥遊と同行しているのを知ってか知らずか、帰りに再び声をかけてくることはなかった。
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