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128.Catharsis ①
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結局、私は他の住居を決める事なく実家へ戻る事にする。その実家への引っ越しが完了して間もなくの頃上司の田山さんがうちの会社を辞める事になり、今日はその送別会に私は出席していた。本当にこの人には公私ともにお世話になり、感謝しても、全然足りない。だから、うちの会社を退職すると聞いた時には、驚いたと同時に残念な気持ちでいっぱいだった。
それにしても、流石、田山さん。
彼は社内では顔が広かったので、営業だけでなく研究所の方にも知り合いが多い。その為、彼の送別会にはそれなりの人数の人が来ていた。私もその中の1人で本当は彼に片思いしている美波ちゃんも一緒に来るはずだったのだけれど、あまりのショックにドタキャンされてしまう。そんな大きく無いお店でも貸切になる位人が多いから心細くて。誰か知り合いでもいないかと探していたら偶然松浦を見つけた。
私は渡りに船とばかりに、彼に近づき声をかける。
「久しぶり。松浦も来てたんだ」
この頃は、新入社員時代の時よりも研究所に行く機会がめっきり減っていた。そんなワケで彼と会社で会ったのはかれこれ1ヶ月以上前になる。
「あー、本当に。お前も元気してたか?」
ビールのグラスを片手に私たちは会場の隅っこで小さく乾杯。そのまま、世間話になだれ込んだ。
「うん。ただ、実家に引っ越したばかりで、毎日、通うのが遠くてシンドイけど」
「ふうん、前に住んでたマンションを引っ越したのか?」
「古くなったから建て替えなの」
「...それはそれは、ご愁傷様」
そんな他愛もない世間話していた時、田山さんが集まった人たちにお礼の挨拶をしてその場が静まりかえる。その後、また各々知り合いとの雑談タイムが始まり、私たちはさっき挨拶した田山さんの退職を惜しんだ。
「しっかし、驚いたよな。あの田山さんがうちの会社辞めるだなんて。大事な人材がいなくなるなんてうちの会社相当ヤバイんかな?」
「なに言ってんのよ。松浦だって昇進したんでしょ?うちの会社にとっては大事な人材だよ」
松浦は先日主任に昇進したばかりだと風の頼りに聞いていた。その事を真っ先に自慢してきそうなものだけれど、今日はどことなく元気がないように見える。私は彼の空っぽのグラスにビールを注ぐと、松浦はすぐには飲まずにぼんやりしていた。
「うん、まあ...それでも、主任の足元にも及ばないさ」
彼の話す「主任」とは藤澤さんのことだ。藤澤さんが今の職場から離れても未だに「主任」と呼ぶほど、彼の事を慕っている。
「まだまだ、教えてもらい事いっぱいあったんだけどな...」
何やら苦々しい顔でビールを一息に飲む松浦。いつも藤澤さんの話になると自分の事のように自慢げに話すはずなのに。
「何言ってんのよ。あと何年かしたら帰ってくるのにまるでいない人みたいに...」
私はワザといちゃもんをつけて彼の毒舌を引き出そうとした。それが普段の松浦の態度だったから。それなのに彼は「はぁ?」と呆れたように答えるのみだった。
「三浦、知らないのか?」
松浦の予想外の返しに私が首を傾げると、彼は顔を横に振り。
「主任、先月、うちの会社辞めたんだよ」
...フジサワサンガ、カイシャヲヤメタ??
最初、松浦の言葉がうまく理解できずに、思考が一旦停止する。そして、ようやくその言葉の意味を噛み砕いて理解するまで、少しの時間がかかり、それでも認めたくない自分がいた。
「...な、なんでそんな嘘言うのよ!悪趣味!信じられない!!」
今度はいつものタチの悪い冗談かと思い、頭に来て、周りの目も憚らず、彼に食ってかかる。すると松浦は顔色1つ変えず、私以上に冷静さを保とうとしているようにも見えた。
「そんな非常識な冗談をお前に言って俺になんのメリットがあるんだ?言ってみろよ?」
確かに松浦が私を騙す嘘にしては内容が悪質だし、彼にとって藤澤さんは尊敬する人だから、その名前をこういう悪ふざけに利用するなんてあり得ない。そうして淡々と正論を返す彼に私はぐうの音も出なかった。
「それは...」
反論できない私に、松浦は容赦なく現実を突きつける。
「うちに退職の挨拶しに来たから間違いないよ。なんなら、田山さんにでも聞いてみたらいい」
言葉の端々に怒りを滲ませている松浦は、主賓の田山さんの方を向き、私に行けと顎で促す。そこまで言われて田山さんに聞きに行く勇気はなかった。
...なんで、藤澤さんは会社を辞めちゃったんだんだろう。
私からは連絡できないけれどいつ彼から連絡が来てもいいように、私の電話番号もメルアドも連絡先は一切変えていない。
それなのに今までずっと連絡をもらえなかった。
会社に来ていても、私に会おうともしてくれなかった。
これが認めたくない現実だった。
最初から藤澤さんは会社を辞めるつもりで私と別れたの?
私は藤澤さんにとってなんだったんだろう?
それを思うと泣けてくる。今すぐ声を上げて泣きたかったけれど、悲しすぎて言葉が出なくて涙も出ない。それにこんな公の場で泣くわけにはいかないと、心のストッパーがかかり、目の前のビールグラスを手に取った。
「お、おい!?三浦っ?!止めろってば!」
松浦が慌てて止めるのも聞かずに、苦手なビールの残りを一気飲み。その後もアルコールを追加して何杯かジュースのように喉に流し込んだ。
飲んで飲んで、一晩寝たら夢だったなんて事になればいい。
そう思いながら、今まで生きてきた人生で1番飲んだ。
ビールと同じくらい、いや、それ以上に、苦くて、辛い想いをして。
私と藤澤さんを繋いでいたか細い糸は、この日、プツリと切れてしまった。
それにしても、流石、田山さん。
彼は社内では顔が広かったので、営業だけでなく研究所の方にも知り合いが多い。その為、彼の送別会にはそれなりの人数の人が来ていた。私もその中の1人で本当は彼に片思いしている美波ちゃんも一緒に来るはずだったのだけれど、あまりのショックにドタキャンされてしまう。そんな大きく無いお店でも貸切になる位人が多いから心細くて。誰か知り合いでもいないかと探していたら偶然松浦を見つけた。
私は渡りに船とばかりに、彼に近づき声をかける。
「久しぶり。松浦も来てたんだ」
この頃は、新入社員時代の時よりも研究所に行く機会がめっきり減っていた。そんなワケで彼と会社で会ったのはかれこれ1ヶ月以上前になる。
「あー、本当に。お前も元気してたか?」
ビールのグラスを片手に私たちは会場の隅っこで小さく乾杯。そのまま、世間話になだれ込んだ。
「うん。ただ、実家に引っ越したばかりで、毎日、通うのが遠くてシンドイけど」
「ふうん、前に住んでたマンションを引っ越したのか?」
「古くなったから建て替えなの」
「...それはそれは、ご愁傷様」
そんな他愛もない世間話していた時、田山さんが集まった人たちにお礼の挨拶をしてその場が静まりかえる。その後、また各々知り合いとの雑談タイムが始まり、私たちはさっき挨拶した田山さんの退職を惜しんだ。
「しっかし、驚いたよな。あの田山さんがうちの会社辞めるだなんて。大事な人材がいなくなるなんてうちの会社相当ヤバイんかな?」
「なに言ってんのよ。松浦だって昇進したんでしょ?うちの会社にとっては大事な人材だよ」
松浦は先日主任に昇進したばかりだと風の頼りに聞いていた。その事を真っ先に自慢してきそうなものだけれど、今日はどことなく元気がないように見える。私は彼の空っぽのグラスにビールを注ぐと、松浦はすぐには飲まずにぼんやりしていた。
「うん、まあ...それでも、主任の足元にも及ばないさ」
彼の話す「主任」とは藤澤さんのことだ。藤澤さんが今の職場から離れても未だに「主任」と呼ぶほど、彼の事を慕っている。
「まだまだ、教えてもらい事いっぱいあったんだけどな...」
何やら苦々しい顔でビールを一息に飲む松浦。いつも藤澤さんの話になると自分の事のように自慢げに話すはずなのに。
「何言ってんのよ。あと何年かしたら帰ってくるのにまるでいない人みたいに...」
私はワザといちゃもんをつけて彼の毒舌を引き出そうとした。それが普段の松浦の態度だったから。それなのに彼は「はぁ?」と呆れたように答えるのみだった。
「三浦、知らないのか?」
松浦の予想外の返しに私が首を傾げると、彼は顔を横に振り。
「主任、先月、うちの会社辞めたんだよ」
...フジサワサンガ、カイシャヲヤメタ??
最初、松浦の言葉がうまく理解できずに、思考が一旦停止する。そして、ようやくその言葉の意味を噛み砕いて理解するまで、少しの時間がかかり、それでも認めたくない自分がいた。
「...な、なんでそんな嘘言うのよ!悪趣味!信じられない!!」
今度はいつものタチの悪い冗談かと思い、頭に来て、周りの目も憚らず、彼に食ってかかる。すると松浦は顔色1つ変えず、私以上に冷静さを保とうとしているようにも見えた。
「そんな非常識な冗談をお前に言って俺になんのメリットがあるんだ?言ってみろよ?」
確かに松浦が私を騙す嘘にしては内容が悪質だし、彼にとって藤澤さんは尊敬する人だから、その名前をこういう悪ふざけに利用するなんてあり得ない。そうして淡々と正論を返す彼に私はぐうの音も出なかった。
「それは...」
反論できない私に、松浦は容赦なく現実を突きつける。
「うちに退職の挨拶しに来たから間違いないよ。なんなら、田山さんにでも聞いてみたらいい」
言葉の端々に怒りを滲ませている松浦は、主賓の田山さんの方を向き、私に行けと顎で促す。そこまで言われて田山さんに聞きに行く勇気はなかった。
...なんで、藤澤さんは会社を辞めちゃったんだんだろう。
私からは連絡できないけれどいつ彼から連絡が来てもいいように、私の電話番号もメルアドも連絡先は一切変えていない。
それなのに今までずっと連絡をもらえなかった。
会社に来ていても、私に会おうともしてくれなかった。
これが認めたくない現実だった。
最初から藤澤さんは会社を辞めるつもりで私と別れたの?
私は藤澤さんにとってなんだったんだろう?
それを思うと泣けてくる。今すぐ声を上げて泣きたかったけれど、悲しすぎて言葉が出なくて涙も出ない。それにこんな公の場で泣くわけにはいかないと、心のストッパーがかかり、目の前のビールグラスを手に取った。
「お、おい!?三浦っ?!止めろってば!」
松浦が慌てて止めるのも聞かずに、苦手なビールの残りを一気飲み。その後もアルコールを追加して何杯かジュースのように喉に流し込んだ。
飲んで飲んで、一晩寝たら夢だったなんて事になればいい。
そう思いながら、今まで生きてきた人生で1番飲んだ。
ビールと同じくらい、いや、それ以上に、苦くて、辛い想いをして。
私と藤澤さんを繋いでいたか細い糸は、この日、プツリと切れてしまった。
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