上 下
62 / 89
10.二人分の想いをあなたたちに

10-1

しおりを挟む
「信じられない、ひどいよ、夏月ってば! 勝手に決めちゃって」

 ブツブツ言いながらも首にヘッドホンをかけた春陽は、私のキーボードの電源を入れた。

『や、でも思った以上に春陽がHarukaだったわ、ちょっとビックリ』
「笑いごとじゃないでしょ! まるで他人事みたいに」
『ごめんごめん、でも』
「でも?」

 ちょっとイジワルしてみた、なんて言えない。

『ううん……、あ、デスクトップパソコンの電源も入れてくれる?』
「うん? このボタン?」
『違うって、電源マークあるでしょうよ』

 気難しい顔で電源ボタンを入れた春陽にため息が出る。
 聞けば長野で使っているのは、タブレットタイプのものらしく、それだって辞書替わりや、ネットで何か調べる時だけ起動させていたとか。
 つまりは、本格的機械音痴だ。
 基本のキ、まずは電源を入れるところから教え込まなければいけないのだ。
 しかも五日以内に曲を創り上げるとか、本当に無謀だけど。

「曲なんか作ったことないんだけど、私にできるのかな?」
『夏月は、楽譜読めるでしょ? じゃあ大丈夫。天才プロデューサーがしっかり教え込むから』
「自分で言ってるし」

 ようやく春陽が機嫌を直し、クスクスと笑いだす。

『そういえば、明後日の祭りの日のことだけど』

 その話を振った瞬間、ピタリとまた春陽から笑みが消えた。

「止めないでね、夏月」
『私に止められるなら止めてるわ! 物理的に無理だから、春陽に止めてってお願いするしかないの。美織にだって迷惑がかかるんだよ? わかってんの?』
「わかってる。でも、無理。これはもう夏月の問題だけじゃないから。それに美織ちゃんも納得してくれた」
 
 そう言って春陽は大きなため息をつきヘッドフォンをすると、私の歌を聴いている。
 あ、この件に関しては無視ですか、そうですか!
 いや、まだ二日あるから説得していきますけどね!
 春陽が道路に崩れ落ちるように泣いたのは、私がイジメられてきたあのグループメッセージを見てしまったせいだ。
 なんなら私が死んだときよりも悔しそうに泣いていた春陽の姿を思い出すと胸が痛む。
 泣かせちゃって、ごめん。
 悔しい思いさせちゃって、ごめん。
 自分のことだからって、生前放置していたものを春陽が今全部背負い込もうとしてるんじゃないだろうか。

「夏月、もう一度歌って? あの歌の始まりを夏月はどう歌いたかった?」

 ヘッドホンを外して真正面から私を見据える春陽の瞳が、今まで見たこともないほど燃えている、そんな気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

[1分読書]彼女を寝取られたので仕返しします・・・

無責任
青春
僕は武田信長。高校2年生だ。 僕には、中学1年生の時から付き合っている彼女が・・・。 隣の小学校だった上杉愛美だ。 部活中、軽い熱中症で倒れてしまった。 その時、助けてくれたのが愛美だった。 その後、夏休みに愛美から告白されて、彼氏彼女の関係に・・・。 それから、5年。 僕と愛美は、愛し合っていると思っていた。 今日、この状況を見るまでは・・・。 その愛美が、他の男と、大人の街に・・・。 そして、一時休憩の派手なホテルに入って行った。 僕はどうすれば・・・。 この作品の一部に、法令違反の部分がありますが、法令違反を推奨するものではありません。

Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! ボカロカップ9位ありがとうございました! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

処理中です...