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9.あの夜に戻れたら

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「夏月は、美織ちゃんが心配だったんだって」
「え?」

 春陽が美織の肩を抱きハンカチを差し出した。
 大丈夫と遠慮する美織の頬にそっと春陽がハンカチを充てると、観念したように受け取って自分で涙を拭いている。

「春陽ちゃんは、夏月からなにか相談受けていたの?」
「相談というか、ね? 夏月が亡くなったあの日の昼間、合唱部の練習があったでしょ? それを夏月は偶然目撃していて」

 美織は悲し気に眉を下げた。
 見られていたのが恥ずかしかった、というのもあるのかもしれない。
 春陽には、美織の元に向かった理由を図書館で伝えたんだけど返事はしてくれなかった。
 作業に夢中なのと、カナたちの仕業に怒っていて耳に届いていないのかもと思ったけど、ちゃんと聞いていてくれたようだ。
 そうか、わかってくれてたんだ。

「夏月ね、電話で『これから美織ちゃんに会いに行く』って言ってたんだ、どうしても会わなきゃって」
「夏月が私に……?」
「うん、会って謝って、もう一度友達になってもらおうとしてたんだ」
「どうして? だって、謝るのは私の方で」
「ほら、夏月は、ずっと無視してたでしょ、美織ちゃんのこと。でもね、それには理由があって」
「わかってる……、私までイジメられないようにって、離れたんでしょ?」
「うん。あとね、学校を辞めずにいられたのは、美織ちゃんがそれでも夏月に連絡をくれていたからだよ?」
「嘘……、だって私直接声もかけられずにいたのに」
「嘘じゃないよ、夏月にはそれが心の支えだったの、自分のことを気にかけてくれる人がいるってことが。だから私には美織ちゃんのこと親友だって言ってたんだから」

 春陽がこんなにもうまく嘘をつけるだなんて思わなかった。
 まるで俳優みたいだと思ったけれど、ううん、違う、これは演技じゃないし、あながち嘘でもなくて。
 私の心の全てを代弁しようとしてくれているんだ。

「だから会いに行ったんだと思う。美織ちゃんの存在が、夏月を繋ぎ止めていてくれたから」
「そんな、だって、私は学校で夏月に話しかけることもできなくて、そんな勇気もなくて」
「だけど、思っててくれたでしょ、ちゃんと届いてたって。夏月、全部わかってたって」

 驚いて春陽の顔を見あげる美織が、瞳いっぱいの涙で笑う。

「春陽ちゃんに言われたら、本当にそうだったんじゃないかって思えちゃう……、なんでだろ。夏月に似てるから? まるで夏月がそう言ってくれてるみたいで」

 春陽は、美織の言葉にそっと私を見て微笑んだ。
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