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3.鏡合わせの私たち

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 階下では今夜も二人の怒鳴り合いのような声が聴こえている。
 話し合いは並行のまま、ママだけが家族の中から弾かれていく、そんな流れになっているのを感じていた。
 仕事は辞められないとママは言っていたから。
 子どもたちのことは可愛い、だけどそれとは関係なく、自分のことを認めて評価してくれたのは、会社だけだからと。
 ママは孤児として育ち奨学金やアルバイトで生計を立て大学を出て今の会社に勤めた。
 そこで初めて社会で認められ、自分に自信がついたのだという。
 そうして、ある日友人の紹介でパパと出会い、私たちが生まれたけれど、子育てをしている期間が社会から弾かれたようで怖かったのだという。
 子育てだけに縛られる人生は寂しい、長野に行けば自分はきっとただの主婦になってしまう。
 だから皆と一緒には行けないと、パパの説得にママは耳を貸さなかった。
 震えるながら泣く春陽を抱きしめて私も泣いていた。
 その時階下からガシャンという、なにか割れるような大きな音が聞こえて、私たちは顔を見合わせて、静かに気づかれないように階段の途中まで降りてみた。

「もう、放っておいて! 私は、どうせ母親失格なのよ。春陽はもちろん、夏月だってあなたといる方が楽しそうだもの。二人とも、あなたといた方が幸せだと思うわ」

 ママの泣き叫ぶような声が聞こえて、私たちは無言でお互いの手を握り合う。
 どちらの震えなのか、わからないけれどシンクロしているように同じ顔で怯えていた。
 今まであったはずの日常が壊れていくのを、何もできずに結果を待つだけしかできない。
 私も春陽も家族の一員であることに変わりはないのに、子どもだから口を挟んではいけない。
 勝手にそう思い込んで、時が過ぎるのを待とうと思っていた。
 少なくとも、その日までは。

「君のことを責めたのは謝る。子供二人育てることの大変さは、僕だって少しはわかってるつもりだ。君は、夏月に母乳を与えながら、同時に春陽にミルクをあげていた。僕にはできないことだったし、愛情がなきゃ無理だ。そうだろう?」
「それでもね、それでも、私、どこかでずっと思ってたの。春陽が夏月くらい元気だったならって。いつだって大事な時に熱を出して旅行を取りやめなきゃになったり、発達も夏月に比べたら遅くて」

 胸の奥で心臓の血が凍ってしまっているみたいに、手足が冷たくなっている。
 春陽の震えが寄せ合った身体から伝わってきて、止めるように抱きしめた。

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