8 / 53
五月十四日土曜日 曇天「母VS祖母」
5/14①
しおりを挟む
「行くよ、キラリ」
「うん」
降り立った駅は、私たち以外に数人しか降りる人がいない。
鳥のさえずりさえ、ハッキリと聞こえるぐらい静かな場所だった。
改札を抜けると目の前に広がる畑や小さな森、柔らかな春の陽ざしの中で、潮をまとった風が流れてくる。
都会の喧騒から遠ざかるにつれ、電車や高速バスの中から見える風景は少しずつ緑に変わっていった。
この小さくて穏やかそうな町。
ここは、確かに昔ママが住んでいた町なのだろう。
ママはスタスタと迷うことなく角を曲がっていく。
歩き出す背中は何だか戦いに出向く戦士みたいな意気込みを感じた。
ママは緊張をしているのだ。
十二年ぶりとなるママの両親との再会に。
「やっぱり、連絡してから来れば良かったんじゃない? もしかしたら、留守にしてるかもしれないし」
「大丈夫、いるはずよ。それに、電話じゃ用は足りないし。結局、会って話さなきゃなんないことだからさ」
昨日から、ずっとこの調子。
ママはどこか、おかしかった。
――昨日、学校から帰ったらママが家にいた。
いつもは仕事の兼ね合いで、十八時過ぎに帰ってきたり、時にはもっと遅くなることもあった。
バリバリの営業マンのママにとっては、金曜日にこんなに早く帰ってきてることなんかなかったのだ。
泣きはらしたような真っ赤な目をしていたから、何かあったのだということはわかった。
「ママ、仕事でなんかあった?」
「仕事じゃないけどねえ。あった、あった。なんか、すっごいことがあった」
あーあ、とため息をつきながら鼻をズズッと吸い上げて、それでも足りずに今度はティッシュを手にしてズビビっと噛んでいた。
「明日、千葉に行くよ、キラリ」
「え? どこ? ランド? それとも、水族館とか?」
「どっちも違う、あんたにとって千葉といえばそういうとこなのね」
そっか、と微笑んだママは、ふううっと大きく息を吐き出して。
「九十九里の方にあるママの実家に行くのよ」
「実家……? え? 実家!?」
あれ? ママ、言ってたよね?
実家はもうないんだって。
ということは、多分、私にとってのおじいちゃん、おばあちゃんはもういないんだろうって。
ママがその話をした時は、とっても素っ気なくて、子供心に聞かない方がいいんだって思っていたけれど。
「ママ、実家あるの?」
「多分」
「ってことは、おじいちゃんとかおばあちゃんとかも、いたり……?」
「生きていれば、ね? 多分、おばあちゃんは生きてる。今日、電話したら元気そうな声してたし」
「話したの?」
「いや、話したというか」
どうも話がしどろもどろになるママに詰め寄る。
「私のことは知ってるの? おばあちゃんに会いに行くって伝えたら、なんて言ってたの?」
見たことのないママ以外の身内が気になって仕方がないのに。
「まあ、あんたのことは生まれた時に見せてるし。ただ、いや、あのね? 今日のところは、生存確認でかけただけで。……、その、非通知で、……ワン切り、で」
最後は聞き取れないくらいママの声は小さくなった。
怒られた子供の言い訳みたいに、しどろもどろだ。
「それ、いたずら電話じゃん?」
「違うわよ! 話そうとしたけど、切っちゃっただけだし」
「じゃあ、かけ直そう? 明日行くこと伝えないと」
「いいの! 大丈夫なの! 会って話さなきゃなんないんだし、どうせ」
子供のようにむくれた顔をしたママに、それ以上何も言えなくて。
「うん」
降り立った駅は、私たち以外に数人しか降りる人がいない。
鳥のさえずりさえ、ハッキリと聞こえるぐらい静かな場所だった。
改札を抜けると目の前に広がる畑や小さな森、柔らかな春の陽ざしの中で、潮をまとった風が流れてくる。
都会の喧騒から遠ざかるにつれ、電車や高速バスの中から見える風景は少しずつ緑に変わっていった。
この小さくて穏やかそうな町。
ここは、確かに昔ママが住んでいた町なのだろう。
ママはスタスタと迷うことなく角を曲がっていく。
歩き出す背中は何だか戦いに出向く戦士みたいな意気込みを感じた。
ママは緊張をしているのだ。
十二年ぶりとなるママの両親との再会に。
「やっぱり、連絡してから来れば良かったんじゃない? もしかしたら、留守にしてるかもしれないし」
「大丈夫、いるはずよ。それに、電話じゃ用は足りないし。結局、会って話さなきゃなんないことだからさ」
昨日から、ずっとこの調子。
ママはどこか、おかしかった。
――昨日、学校から帰ったらママが家にいた。
いつもは仕事の兼ね合いで、十八時過ぎに帰ってきたり、時にはもっと遅くなることもあった。
バリバリの営業マンのママにとっては、金曜日にこんなに早く帰ってきてることなんかなかったのだ。
泣きはらしたような真っ赤な目をしていたから、何かあったのだということはわかった。
「ママ、仕事でなんかあった?」
「仕事じゃないけどねえ。あった、あった。なんか、すっごいことがあった」
あーあ、とため息をつきながら鼻をズズッと吸い上げて、それでも足りずに今度はティッシュを手にしてズビビっと噛んでいた。
「明日、千葉に行くよ、キラリ」
「え? どこ? ランド? それとも、水族館とか?」
「どっちも違う、あんたにとって千葉といえばそういうとこなのね」
そっか、と微笑んだママは、ふううっと大きく息を吐き出して。
「九十九里の方にあるママの実家に行くのよ」
「実家……? え? 実家!?」
あれ? ママ、言ってたよね?
実家はもうないんだって。
ということは、多分、私にとってのおじいちゃん、おばあちゃんはもういないんだろうって。
ママがその話をした時は、とっても素っ気なくて、子供心に聞かない方がいいんだって思っていたけれど。
「ママ、実家あるの?」
「多分」
「ってことは、おじいちゃんとかおばあちゃんとかも、いたり……?」
「生きていれば、ね? 多分、おばあちゃんは生きてる。今日、電話したら元気そうな声してたし」
「話したの?」
「いや、話したというか」
どうも話がしどろもどろになるママに詰め寄る。
「私のことは知ってるの? おばあちゃんに会いに行くって伝えたら、なんて言ってたの?」
見たことのないママ以外の身内が気になって仕方がないのに。
「まあ、あんたのことは生まれた時に見せてるし。ただ、いや、あのね? 今日のところは、生存確認でかけただけで。……、その、非通知で、……ワン切り、で」
最後は聞き取れないくらいママの声は小さくなった。
怒られた子供の言い訳みたいに、しどろもどろだ。
「それ、いたずら電話じゃん?」
「違うわよ! 話そうとしたけど、切っちゃっただけだし」
「じゃあ、かけ直そう? 明日行くこと伝えないと」
「いいの! 大丈夫なの! 会って話さなきゃなんないんだし、どうせ」
子供のようにむくれた顔をしたママに、それ以上何も言えなくて。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
甘い香りがする君は誰より甘くて、少し苦い。
めぇ
児童書・童話
いつもクールで静かな天井柊羽(あまいしゅう)くんはキレイなお顔をしていて、みんな近付きたいって思ってるのに不愛想で誰とも喋ろうとしない。
でもそんな天井くんと初めて話した時、ふわふわと甘くておいしそうな香りがした。
これは大好きなキャラメルポップコーンの匂いだ。
でもどうして?
なんで天井くんからそんな香りがするの?
頬を赤くする天井くんから溢れる甘い香り…
クールで静かな天井くんは緊張すると甘くておいしそうな香りがする特異体質らしい!?
そんな天井くんが気になって、その甘い香りにドキドキしちゃう!
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
【完結】だからウサギは恋をした
東 里胡
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞応募作品】鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」
入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。
困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。
自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。
※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)
初恋の王子様
中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。
それは、優しくて王子様のような
学校一の人気者、渡優馬くん。
優馬くんは、あたしの初恋の王子様。
そんなとき、あたしの前に現れたのは、
いつもとは雰囲気の違う
無愛想で強引な……優馬くん!?
その正体とは、
優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、
燈馬くん。
あたしは優馬くんのことが好きなのに、
なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。
――あたしの小指に結ばれた赤い糸。
それをたどった先にいる運命の人は、
優馬くん?…それとも燈馬くん?
既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。
ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。
第2回きずな児童書大賞にて、
奨励賞を受賞しました♡!!
ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~
ことは
児童書・童話
星野桜、小学6年生。わたしには、ちょっとだけマーメイドの血が流れている。
むかしむかし、人魚の娘が人間の男の人と結婚して、わたしはずっとずっと後に生まれた子孫の一人だ。
わたしの足は水に濡れるとうろこが生え、魚の尾に変化してしまう。
――わたし、絶対にみんなの前でプールに入ることなんてできない。もしそんなことをしたら、きっと友達はみんな、わたしから離れていく。
だけど、おぼれた麻衣ちゃんを助けるため、わたしはあの日プールに飛び込んだ。
全14話 完結
カラフルマジック ~恋の呪文は永遠に~
立花鏡河
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞】奨励賞を受賞しました!
応援して下さった方々に、心より感謝申し上げます!
赤木姫奈(あかぎ ひな)=ヒナは、中学二年生のおとなしい女の子。
ミステリアスな転校生の黒江くんはなぜかヒナを気にかけ、いつも助けてくれる。
まるで「君を守ることが、俺の使命」とばかりに。
そして、ヒナが以前から気になっていた白野先輩との恋を応援するというが――。
中学生のキュンキュンする恋愛模様を、ファンタジックな味付けでお届けします♪
★もっと詳しい【あらすじ】★
ヒナは数年前からたびたび見る不思議な夢が気になっていた。それは、自分が魔法少女で、
使い魔の黒猫クロエとともに活躍するというもの。
夢の最後は決まって、魔力が取り上げられ、クロエとも離れ離れになって――。
そんなある日、ヒナのクラスに転校生の黒江晶人(くろえ あきと)がやってきた。
――はじめて会ったのに、なぜだろう。ずっと前から知っている気がするの……。
クールでミステリアスな黒江くんは、気弱なヒナをなにかと気にかけ、助けてくれる。
同級生とトラブルになったときも、黒江くんはヒナを守り抜くのだった。
ヒナもまた、自らの考えを言葉にして伝える強さを身につけていく。
吹奏楽を続けることよりも、ヒナの所属している文芸部に入部することを選んだ黒江くん。
それもまたヒナを守りたい一心だった。
個性的なオタク女子の門倉部長、突っ走る系イケメンの黒江くんに囲まれ、
にぎやかになるヒナの学校生活。
黒江くんは、ヒナが以前から気になっている白野先輩との恋を応援するというが――。
◆◆◆第15回絵本・児童書大賞エントリー作品です◆◆◆
表紙絵は「イラストAC」様からお借りしました。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
児童書・童話
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
<第2回きずな児童書大賞にて奨励賞を受賞しました>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる