魔法少女はまだ翔べない

東 里胡

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六月十三日月曜日 晴天「ハジマリの日」

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 ようやくひと段落ついた頃、青山くんも終わったらしく、二人とも曲がった腰を伸ばすお年寄りみたいに、傾いた太陽に向かって腕を高くあげた。

「キラ」

 おばあちゃんに声をかけられて縁側を向いたら。

「あら、紛らわしいね、キラって呼んだらキラリまで振り返ったわ」

 ハハハッと笑うおばあちゃんに私も青山キラもムッと口を尖らせた。
 今日一日何度そんなことがあったことか!

「ノビルの散歩、キラリがいる間は、時々キラリにもお願いしようかと思うんだけど、どうかね?」
「は? ノビルは俺と真希さんの言うことしかきかないよ?」
「そうかねえ? まあ確かに私ら以外は無視する子だけどさ?」

 ノビルと言われたあの茶色の子は、尻尾をブンブンさせて青山キラにじゃれついている。

「キラリは犬は苦手かい?」
「わかんない。触ったことないから」
「え!? おまえ、犬も触ったことないの?」

 青山キラもおばあちゃんも驚いたように目を丸くする。

「ノビル、おいで」

 おばあちゃんが呼ぶと、ノビルが駆けてきて、ハッハと嬉しそうにジャンプした。

「お座り、伏せ、まわれ!」

 おばあちゃんの号令に、ノビルは上手に従った。

「キラも見せておやり?」
「う、うん。ノビル、お手! お座り!」

 ノビルはこれまた利口そうな顔をしてやり遂げる。

「キラリもやってごらん?」
「え?」
「まずは、ノビルを撫でてごらん」

 撫でる?
 ノビルの前にしゃがみ込んで、じっと目を覗く。
 撫でてもいいですか?
 そーっと手を伸ばしたら、不意にノビルがクワッと大きな口を開けて欠伸をした。
 その仕草に驚いて手を引っ込めてしまったら。

「ノビルは、首とか顎の下とか、耳の後ろを撫でられるのが好きなんだ。あと背中とか。怖かったら背中から撫でてみろよ、絶対にコイツは人を噛んだりしないから」
「え?」
「ほら、こうやって」

 私の隣にしゃがんで、青山キラが撫で方を教えてくれる。
 気持ち良さそうに笑ってるみたいな顔になったノビルの背中に私もおずおずと触れてみた。

「モフモフしてるんだ……」

 あったかくて、モフモフでなんだか気持ちのいい感触に笑みがこぼれた。

「キラが時々丁寧にブラッシングしてくれるからね。そこいらの血統書付きのワンコより、いい毛並みだろ?」

 おばあちゃんの言葉に彼をみたら、照れたような顔をしていた。

「あ、そうだ、キラ! あんた、キラリにも散歩の仕方教えてあげておくれよ。ノビルのお気に入りの散歩コースを知っているのは、今じゃ私よりもあんたの方だしね。さ、そうと決まれば二人とも夕方の散歩行っておいで」
「「え!?」」
「ほらほら、陽が暮れちゃうよ。キラリ、明日っから朝は五時起きだよ? キラは五時半には散歩に出かけるからね?」

 も、もしかして、今朝私が見たのは散歩帰りだったのか。
 五時起きはツライ、起きたことがないよ……。
 肩を落とした私に、おばあちゃんは笑う。

「キラリは運動神経抜群だって聞いたから、てっきり体力もあるもんだとばっかり思ってたんだけどねえ」

 挑発的なおばあちゃんの言葉に顔をあげて。

「体力ならあるもん」

 ノビルのリードを手にして、立ち上がった。

「おい、待てって」

 散歩くらい一人で、とポールからリードを外した瞬間に。

「えっ」

 リードを持った右手をノビルが突然力強く引っ張った。

「おい、絶対離すなよ、離すんじゃねえぞ!」
「え、待って、ねえ、ノビル!?」
「いってらっしゃい、夕飯までには戻っておいでー」

 おばあちゃんの声に見送られ、全速力で走り出したノビルのリードをしっかり握りしめ、引き摺られるように走り出した。
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