魔法少女はまだ翔べない

東 里胡

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六月十三日月曜日 晴天「ハジマリの日」

6/13③

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 え? あの男の子、キラって名前なの?
 初めて自分以外の名前でキラという響きを聞いて、さっきの彼の顔を改めて見つめた。
 あれ? 待って? 確か、あの顔は。

「あー、今朝の犬ド」

 彼を指さして、途中まで言ってしまってから我に返って口を塞ぐ。

「ちげえって言ってんだろ!」

 彼は顔を真っ赤にして立ち上がり、私に抗議したいる。
 周りは、私たちのやり取りに興味津々のようで。

「キラってば、もう友達になったの?」
 
 なんて楽しそうだ。
 どこをどう見たら友達のように見えるの!?

「そうなのね? じゃあ、柴田さんは青山くんの隣に座ってもらいましょうか」

 先生まで、私と彼がもう友達だと勘違いし始め、隣の席に座るように促された。
 さっきのショートカットの女の子が、後ろにあった机を、彼の隣にセッティングしてくれた。
 ああ、最悪だ……。今朝の第一声をくやみ始める。
 そんな私の様子に気づくことなく、席をピッと整えてくれた彼女は、こちらに向き直りニコッと微笑んだ。

「クラス委員の尾崎オザキ 花音カノンです。私も、キラリちゃん家の近くに住んでるの。どうぞ、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 面倒見の良さそうな人懐こい笑顔にホッと一安心したら、隣から大きなため息と。

「カノン、俺と席代われよ。お前が面倒見たらいいじゃん」

 声の主は青山くんだ。
 不貞腐れたような顔をして、こちらをチラリと見た。
 とても感じの悪い人だと思う、犬ドロボーのくせに、いや多分違うんだろうけども。

「キラ! あんた、いっつも真希さんに世話になってんだから、恩返ししたら?」

 真希さん? 確か、うちのおばあちゃんの名前だ。

「この辺の子供たちは、みーんな真希さん家の駄菓子で育ったの。キラなんて隣に住んでるから、駄菓子だけじゃなくてご飯まで時々ね? だから、キラリちゃん、キラに遠慮なんかしなくていいの。嫌なことされたら、真希さんに言いつけちゃえ!」
「チッ、カノン! 余計なこと言うな!」

 青山くんの舌打ちにひるむことなく、尾崎さんはアカンベエと舌を出しやり返して、席に戻っていく。

「うぜえ」

 もう尾崎さんには聞こえるわけでもないのに、青山くんは不機嫌そうな声でそうつぶやいた。
 私は何も聞こえなかったフリで、鞄の中から筆箱を出す。

「犬ドロボーなんかじゃねえから」
「そうですか」

 まあ隣に住んでるし、おばあちゃんも知り合いっぽいこと言ってたから、きっとそうなんだろう。
 どうでもいいけど、感じの悪い人とはあまり話したくはない。
 犬ドロボーじゃないからと言って謝る気もない。
 だって勝手に人の家の庭に入ってきてるのは、例えおばあちゃんの知り合いであれど、私にとっては知らない人だったもの。
 本当に警察に連絡してても、おかしくはない状況だったんだからね?
 それをしなかっただけ、感謝してほしいわ!
 心の中で大きく舌を出す。

「ノビルの散歩は俺の役目なんだよ」

 ノビル? 
 無視しようとしたけれど、どうしても気になった。

「ノビルって、なに?」
「犬だろ、お前ん家の」

 お前ん家の、犬? あの、茶色い子? シンだよね? も、もしかして!?

「シンじゃないの? あの犬の名前、ノビルって読むの?」
「おまえ……、マジで知らなかったわけ?」

 孫の癖にと言われているみたいな冷たい視線に、少し苛ついて返事をすることなく一時限目の数学の教科書を机から出す。
 仕方ないじゃん、孫って言ったって、生まれてからまだ三回しか会ったことないんだもん。
 おじいちゃんには生まれた頃に会っただけだというから、全く覚えてなんかないし。
 そもそも、おばあちゃんという存在だって、つい先月まで知らなかったんだもん。
 ノビルのことだって、まだ一度も撫でたこともない。
 撫でてみたいけど、アパート暮らしだった私には生き物とどう触れ合っていいのかもわからないのだ。

「とにかく、俺はノビルとも真希さんとも仲がいいの。それだけは覚えておけよ、犬ドロボーなんて二度と呼ぶなよ」

 うざっ!
 さっき、青山くんがつぶやいた言葉と同じものを吐き出しかけて、慌てて飲み込んだ。
 私だって、側にいたら、もっとずっと、ノビルとも仲良しだったのに!
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