魔法少女はまだ翔べない

東 里胡

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六月十三日月曜日 晴天「ハジマリの日」

6/13①

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 ワォンオンオーン!
 ……、犬の鳴き声がする。
 犬? なんで、犬?
 ぼんやりと開けた視線の先には、昨日までとは違う景色。
 人の顔みたいに見える古い木目の天井が私を見下ろしていて、ここがどこなのか思い出した。
 そうだ、おばあちゃんの家だった。
 ようやく覚醒しはじめた私の耳に、やはり犬の鳴き声が壁一枚隔てた中庭から響く。
 茶色い柴犬もどきの、中くらいの大きさの、なんだっけ?
 犬小屋にマジックで名前が、えっと。
 そう、「シン」だっけか、お腹でも空いて鳴いてるのかな?
 枕もとに置いていたスマホで時間を確認したら、六時ニ十分。
 セットしたアラームが鳴るまで、あと十分はあるのに、こんなに騒がれてちゃ寝てもいられない。
 伸の様子が気になり、庭に面した建付けの悪い窓を勢いをつけて、パァンッと開け放った。
 
 え? 誰?

 ポールから犬のリードを外そうとしている男の子がそこに立っていた。
 突然開いた窓から顔を覗かせた私に、驚いている様子だ。
 でも、驚いているのはこっち! 絶対、こっちの方!
 スーッと大きく息を吸い込んで静かに吐いた。
 もう一度吸い込んでから、大声で叫ぶ。

「犬ドロボー! おばあちゃん、犬ドロボーがいる!! 犬ドロボー!! 犬ドロボーでーす!」
「は? え? 俺!? いや、違う、え?」
「警察、呼ぶよ! 犬を置いてさっさと立ち去ってくれなかったら、警察呼ぶんだからね!」

 スマホを手にし、震える指先で緊急ダイヤルをプッシュしようとした瞬間に。

「違うからな! ドロボーなんかじゃねえから!!」

 慌ててリードをポールに引っかけて、庭の低い垣根を飛び越えて隣家の方に逃げていく男の子。
 その姿が見えなくなってから、ようやくヘナヘナと力が抜けて壁に寄りかかる。
 勝った……? 被害はない?

希星キラリ、朝っぱらから何の騒ぎだい?」

 裏の畑にでも行っていたのか、農作業姿のお婆ちゃんがザル籠に茄子やらトマトを入れて私の部屋の扉を開けた。

「おばあちゃん、大変! 犬ドロボーが出たの! ねえ、警察呼ばなきゃダメだよね?」
「ああ、犬ドロボーじゃないよ、あの子は」

 あの子? 見てもいないのに、わかるの?
 確かに子供、私と同じくらいの年の男の子だったけど?

「おばあちゃんの知り合いなの?」
「まあ、説明はおいおいとね。そんなことより、さっさと顔洗って着替えておいで。朝ごはんにするよ。転校初日から遅刻するわけにゃ、行かないだろ?」
「はーい」

 確かにそうだ、今日は俗にいう大事な日、かな。
 私にとってはそうでもないけど、大事な日なんだろう、転校初日というものは。
 今まで転校生を迎え入れた側ではあっても、自分がそうなるのは初めてのこと。
 そう思ったら多少は緊張をするし、ご飯も喉を……、喉を。

「おばあちゃん、茄子のお味噌汁おかわりしてもいい?」
希帆キホからは、キラリは少食だって聞いてたんだけどね?」

 不思議そうに首を傾げたおばあちゃんに、ニシシと笑った。
 希帆は私のママで、おばあちゃんの娘。
 ママはフルタイムでお仕事をしていて、朝は忙しいから、いつも自分でトーストと牛乳だけですましてた。
 味気なくて、一枚しか食べてなかったし、確かに小食だったと思う。
 先月、初めておばあちゃんの料理を食べた時も感じたのだけれど。

「だってね? 茄子がこーんなに美味しいって知らなかったんだよ、私」
「そうかい? その辺のスーパーに売ってるものと品種は違わないと思うけどねえ?」
「違うよ、違う! トマトだって、こんなに赤くて甘くてジューシーだし。おばあちゃんの畑で作った野菜は、なんでこんなにおいしいんだろう? 絶対、他とは違う気がする」

 朝漬けのキュウリをポリポリかじっていたら、おばあちゃんがクックックと楽しそうに笑って。

「そら、おばあちゃんは食べ物を美味しくできる魔法が一等得意だからね? そのせいかもしれないよ」

 食べ終わった茶碗をキッチンに下げるおばあちゃんに習って、私も手を合わせ「ごちそうさまでした」と食器を持っていく。

「キラリは、どんな魔法が得意なんだい?」
「う~ん、食べて寝ることかな」

 冗談でハハッと笑って見せたら、おばあちゃんは首をかしげていた。
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