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孤独
29.失踪
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リレイが、居ない。
慌ててベッドの布団をめくっても、見えるのは綺麗に整えられたシーツだけ。昨日は確かに隣のベッドへ入ったはずだ。また明日って言い合って、寝息だって立てて眠っていたはずなのに。
サイドテーブルに置いていた装備も、壁にかけていた荷物も、残っているのはハーファのものだけになっている。一緒に置いていたはずの相棒のものがひとつ残らず消え去っていた。
ふと机の下に一枚だけ紙切れが落ちているのが見える。これは昨日の記憶にはない。リレイの置いていったものだろうかと、恐る恐る中身を改めた。
「……なんで……」
メモの中身に愕然とする。
一緒に行こうって、約束したのに。
消えた相棒の足取りを追うべく、慌てて部屋を飛び出した。
宿屋の支払いは昨日の内に終わっていたらしい。しかも数日先の分まで払っているというのだから、どう考えてもおかしい。最初から置いていくつもりだったとしか考えられない。
情報を求めてギルドへ行っても、街の人間に聞き込みをしても、昨日ハーファと居た以外にリレイの姿を見たという話は出てこなかった。
目的地はリレイしか知らないのに。
こんなことなら、どの方角へ行くのかくらいは聞いておくべきだった。いつも目的地へのルート把握すら頼りきっていたのがいけなかった。
……まさか一人置いていかれるなんて、思わなかったから。
『あの家には一人で行くことにした。街で待っていてくれ。すぐ戻る』
紙には、少し崩された綺麗な字でそう書かれていた。
「家ってどこだよ馬鹿……っ!」
すぐ戻ると言われても、待っていられない。
そう言って出掛けたハーファの両親は帰ってこなかった。【眼】で感じた危険を知らせに向かった途中で、山から降り注いだ土にのまれて消えた背中が最後に見た姿だった。
流石に、あの時と状況が違うとは理解している。けれど不安が先に立って我慢がきかない。追い立てられるように街中を走り回って、誰か一人くらいは相棒を見た人間がいないかと聞き込んで回った。
けれど……姿を見た人間すら居ない。
外からやって来た冒険者ですら、すれ違う姿を見ていないと言う。
いくら探し回っても、街には相棒の痕跡が何も残っていなかった。まるで最初から居なかったみたいに。
ついてくって、言ったのに。
また明日って、約束したのに。
「うそつき魔術師ぃ……ッ!」
一緒に居たいのに。
ハーファを置いて居なくなってしまった。追いかけるヒントすら何も残さずに、空に溶けるみたいに行方をくらませて。
焦りが積もって目の奥がつんと熱くなってくる。少し遅れて視界がゆらゆらと揺れ始め、ついには足が止まって。溢れてくるものを堪えようと眉間に力を入れても、少しずつ目の縁に溜まっていく。
「リレイ……リレ、イっ……」
どうして置いていかれてしまったんだろう。
今までのパーティみたいな喧嘩なんかしてないのに。深いことがしたいと言われた時に拒んだのがいけなかったのか。やっぱり蹴り飛ばしてしまったのがいけなかったのか。
でも……その後は普通に過ごしていた。お互いにごめんって言い合って、少し気まずかったけど一緒に行動していた。
なのに、どうしてこうなったのか。思い当たる理由もない。
また一人になってしまった――それだけしか、今のハーファには分からない。
「パーティ組みたいって、言ったのは……自分じゃねぇか」
リレイから寄ってきたくせに。
ハーファがパーティで居たいと伝えた時は微笑んでたくせに。
嫌になったんならそう言えばよかったじゃないか。散々好き勝手にキスをしておいて。抱きしめておいて。舌を入れるキスより深いことをしたいって、覆いかぶさってきたのは何だったんだ。
ふと見た左の手首には銀の腕輪が光っている。外すなと言われた腕輪。こんなものまで贈っておいて。
……なんで急に消えるんだ。
「どういう了見だよ……今更トンズラなんて許さねぇからな……!」
こんな消え方は許さない。絶対に見つけ出してやる。
ぼろぼろと目から落ちてくる水を拭いながら、ハーファは再び顔を上げた。
更に半日。
思いつく限り動き回ってみたけれど、何の手がかりも見つけられなかった。もう追い付ける見込みは無いに等しい。姿を見失ってから時間が経ちすぎてしまった。
もちろん、リレイが戻ってくる気配は……ない。
どうすることも出来ずに呆然と街の外れで立ち尽くすハーファの元へ、ひとつの足音が向かってくる。
「君がトルリルイエのお友達かな?」
トルリルイエ――リレイの本来の名前だ。
その名を呼んだ声に、何かの手がかりかもしれないと勢い良く振り向いた。
後ろに立っていたのは濃い灰色の髪を後ろに撫で付けた男。ワースラウルの服装をもっと豪華にしたような出で立ちで、その腰にはやはり剣が差してある。
見るからに前衛職だけれど、その表情は柔和で余裕を感じさせる。どう見ても戦いを生業にしている人間の装備を身にまとっているのに。そんな気配なんて少しも感じさせない、不思議な人間。
もしかしたら、と。直感が囁く。
「……アンタは」
「トルリルイエの父親だ。彼の母親が危篤でね。急ぎ連絡を取りたいのだけれど」
予想通りの答えに、すとんと納得がいった。薄い茶色の瞳とその顔立ちは、年齢こそ違うけれど相棒の持つ雰囲気とよく似ている。
リレイがもし魔術師ではなく騎士だったら、こんな風になっていたのかもしれない。
「……もう、家に向かってると思う。ワースラウルが知らせにきたから」
ハーファの答えにリレイの父親はふわりと笑みを浮かべた。その微笑みもよく似ていて変な感じだ。リレイを見つめている時みたいな眩しさは感じないけれど。
「そうか……伝わっていたのなら良かった」
リレイに似た雰囲気の顔が目を細めてハーファを見つめる。相棒とよく似た微笑み。全くの別人だけれど、すぐにでも座り込んでしまいそうなハーファにはそれだけでも十分だった。
ほんの少しだけ、沈み込んだ気持ちが浮かんでくる。
けれど。
「それなら君はどうして、トルリルイエの事を尋ねて回っていたんだい?」
恐らく、悪気なく放たれた言葉。
しかしそれはハーファの奥底へ鋭く突き刺さった。
慌ててベッドの布団をめくっても、見えるのは綺麗に整えられたシーツだけ。昨日は確かに隣のベッドへ入ったはずだ。また明日って言い合って、寝息だって立てて眠っていたはずなのに。
サイドテーブルに置いていた装備も、壁にかけていた荷物も、残っているのはハーファのものだけになっている。一緒に置いていたはずの相棒のものがひとつ残らず消え去っていた。
ふと机の下に一枚だけ紙切れが落ちているのが見える。これは昨日の記憶にはない。リレイの置いていったものだろうかと、恐る恐る中身を改めた。
「……なんで……」
メモの中身に愕然とする。
一緒に行こうって、約束したのに。
消えた相棒の足取りを追うべく、慌てて部屋を飛び出した。
宿屋の支払いは昨日の内に終わっていたらしい。しかも数日先の分まで払っているというのだから、どう考えてもおかしい。最初から置いていくつもりだったとしか考えられない。
情報を求めてギルドへ行っても、街の人間に聞き込みをしても、昨日ハーファと居た以外にリレイの姿を見たという話は出てこなかった。
目的地はリレイしか知らないのに。
こんなことなら、どの方角へ行くのかくらいは聞いておくべきだった。いつも目的地へのルート把握すら頼りきっていたのがいけなかった。
……まさか一人置いていかれるなんて、思わなかったから。
『あの家には一人で行くことにした。街で待っていてくれ。すぐ戻る』
紙には、少し崩された綺麗な字でそう書かれていた。
「家ってどこだよ馬鹿……っ!」
すぐ戻ると言われても、待っていられない。
そう言って出掛けたハーファの両親は帰ってこなかった。【眼】で感じた危険を知らせに向かった途中で、山から降り注いだ土にのまれて消えた背中が最後に見た姿だった。
流石に、あの時と状況が違うとは理解している。けれど不安が先に立って我慢がきかない。追い立てられるように街中を走り回って、誰か一人くらいは相棒を見た人間がいないかと聞き込んで回った。
けれど……姿を見た人間すら居ない。
外からやって来た冒険者ですら、すれ違う姿を見ていないと言う。
いくら探し回っても、街には相棒の痕跡が何も残っていなかった。まるで最初から居なかったみたいに。
ついてくって、言ったのに。
また明日って、約束したのに。
「うそつき魔術師ぃ……ッ!」
一緒に居たいのに。
ハーファを置いて居なくなってしまった。追いかけるヒントすら何も残さずに、空に溶けるみたいに行方をくらませて。
焦りが積もって目の奥がつんと熱くなってくる。少し遅れて視界がゆらゆらと揺れ始め、ついには足が止まって。溢れてくるものを堪えようと眉間に力を入れても、少しずつ目の縁に溜まっていく。
「リレイ……リレ、イっ……」
どうして置いていかれてしまったんだろう。
今までのパーティみたいな喧嘩なんかしてないのに。深いことがしたいと言われた時に拒んだのがいけなかったのか。やっぱり蹴り飛ばしてしまったのがいけなかったのか。
でも……その後は普通に過ごしていた。お互いにごめんって言い合って、少し気まずかったけど一緒に行動していた。
なのに、どうしてこうなったのか。思い当たる理由もない。
また一人になってしまった――それだけしか、今のハーファには分からない。
「パーティ組みたいって、言ったのは……自分じゃねぇか」
リレイから寄ってきたくせに。
ハーファがパーティで居たいと伝えた時は微笑んでたくせに。
嫌になったんならそう言えばよかったじゃないか。散々好き勝手にキスをしておいて。抱きしめておいて。舌を入れるキスより深いことをしたいって、覆いかぶさってきたのは何だったんだ。
ふと見た左の手首には銀の腕輪が光っている。外すなと言われた腕輪。こんなものまで贈っておいて。
……なんで急に消えるんだ。
「どういう了見だよ……今更トンズラなんて許さねぇからな……!」
こんな消え方は許さない。絶対に見つけ出してやる。
ぼろぼろと目から落ちてくる水を拭いながら、ハーファは再び顔を上げた。
更に半日。
思いつく限り動き回ってみたけれど、何の手がかりも見つけられなかった。もう追い付ける見込みは無いに等しい。姿を見失ってから時間が経ちすぎてしまった。
もちろん、リレイが戻ってくる気配は……ない。
どうすることも出来ずに呆然と街の外れで立ち尽くすハーファの元へ、ひとつの足音が向かってくる。
「君がトルリルイエのお友達かな?」
トルリルイエ――リレイの本来の名前だ。
その名を呼んだ声に、何かの手がかりかもしれないと勢い良く振り向いた。
後ろに立っていたのは濃い灰色の髪を後ろに撫で付けた男。ワースラウルの服装をもっと豪華にしたような出で立ちで、その腰にはやはり剣が差してある。
見るからに前衛職だけれど、その表情は柔和で余裕を感じさせる。どう見ても戦いを生業にしている人間の装備を身にまとっているのに。そんな気配なんて少しも感じさせない、不思議な人間。
もしかしたら、と。直感が囁く。
「……アンタは」
「トルリルイエの父親だ。彼の母親が危篤でね。急ぎ連絡を取りたいのだけれど」
予想通りの答えに、すとんと納得がいった。薄い茶色の瞳とその顔立ちは、年齢こそ違うけれど相棒の持つ雰囲気とよく似ている。
リレイがもし魔術師ではなく騎士だったら、こんな風になっていたのかもしれない。
「……もう、家に向かってると思う。ワースラウルが知らせにきたから」
ハーファの答えにリレイの父親はふわりと笑みを浮かべた。その微笑みもよく似ていて変な感じだ。リレイを見つめている時みたいな眩しさは感じないけれど。
「そうか……伝わっていたのなら良かった」
リレイに似た雰囲気の顔が目を細めてハーファを見つめる。相棒とよく似た微笑み。全くの別人だけれど、すぐにでも座り込んでしまいそうなハーファにはそれだけでも十分だった。
ほんの少しだけ、沈み込んだ気持ちが浮かんでくる。
けれど。
「それなら君はどうして、トルリルイエの事を尋ねて回っていたんだい?」
恐らく、悪気なく放たれた言葉。
しかしそれはハーファの奥底へ鋭く突き刺さった。
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