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異変
26.贈り物
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カチカチと時計の音だけが響く部屋で向かい合う二つの影。意識を取り戻したリレイとハーファはベッドの上で微動だにせず、ただただ無言で正座をしていた。
「……力加減が全く出来ず……申し訳ありませんでした……」
しばらく続いた沈黙に終止符を打ったのはハーファの方。シーツを睨んでいた視線を上げ、恐る恐るリレイを見る。
ゼロ距離で会心の一撃を食らった相棒は案の定、一発で行動不能状態に陥ってしまっていた。手持ちの気付け薬で何とか回復はさせたものの、その顔は未だ青い。
あの薬は最後の手段として持っていた、味覚にえげつないトラウマを残す味のもの。力一杯蹴り飛ばした上、緊急事態とはいえ作った本人ですら手が伸びない劇物を飲ませたのだ。
上手く体調が戻ったとしても、地獄のような後味のせいで本調子に戻れなくてもおかしくはない。
……怒っているだろうか。それでもいいから、視線を向けてほしいけれど。
「こちらこそ調子に乗ってわいせつ行為を働き、誠に申し訳ございませんでした……」
ぽつりとそう呟いて、相棒は完全に沈黙してしまった。
暗く沈んだ顔は変わらず、ハーファを見ない。蹴り飛ばす前はしつこいくらいの視線をあんなに向けてきていたのに。
もしかして、どこか痛むんだろうか。ダメージは魔術で治したって言っていたけれど。実は治りきっていない部分があるんだろうか。
「ほ、ほんとにゴメンな……痛かったよな……」
たまらずかけた声に、ようやく相棒の顔がハーファへ向いた。
「それは大丈夫だ、ハーファの気付け薬も効いたし」
リレイは力のない笑顔を浮かべている。その表情で申し訳なさと不安が募ってきた。
無理をさせている気がする。仲間に攻撃してしまったのだ、何をしてくれるんだと非難されてもおかしくない。それは覚悟している。
なのに相棒は優しいまま、逆に気遣ってくれている。
内心おろおろと慌てるハーファの頭をリレイの手がそっと撫でた。たったそれだけだというのに、その感触で鳩尾に引っ掛かっていた不安がじんわりと溶けていく。
体に触れていた手も同じくらい優しかった。すけべな動きをするから驚いたけれど、触れ方は優しくて、何だかんだ気持ち良――
「……っ」
押し倒された時の事を思い出して、ぶわっと頬が熱くなる。多分真っ赤だ。顔が上げられない。
何も言えずに黙り込んでいると、頭を撫でていた手が離れていってしまった。少し口惜しく思って視線を上げる。視界に映ったリレイはいつもの様に微笑んでいた。
「……やれやれ、お子様に色のある話は早かったか」
「なっ……はぁ!?」
急に出てきた言葉はいつもの軽口。少しほっとしながら乗って睨むと、相棒は少し離れた所に転がっていたボディバッグを漁り始めて。
すぐにハーファに向き直った手に握られていたのは銀色の輪っか。それを手に持ったまま、反対の手でガッと手首を掴まれた。
「仕方ない、これで我慢する」
「わっ、なに…………腕輪?」
悲しいかな、思わず身構えたハーファの左手にリレイの持っていた輪っかが通された。よくよく見ると装飾が施された腕輪だ。うっすらと光を放つそれからは少し魔力の様なものを感じる。
街の装備屋や商店では見た事のない代物に、思わずまじまじと見入ってしまった。
「お子様へのプレゼントだ」
いい雰囲気の中で聞こえてきた単語に、ぴしりと思考が固まる。
……そりゃリレイに頼り切っている部分が多いけれど。というより、前衛で戦闘してる以外はほぼ頼りきっているけれど。
にやにやしながら言う相棒に図星を突かれて、自分のやらかしも忘れて睨み返す。
「お子様お子様って……! そのお子様に蹴られて一発で沈んだくせに!」
あっと思った頃には、リレイの顔が苦笑を浮かべていて。しまったと思った頃には相棒の指が腕輪にかかってていた。
せっかくのプレゼント。やっぱりやめたと言われるのが怖くて、反射的にその手を押さえる。
目の前の顔は少し驚いた表情を浮かべたけれど、ふと目尻を下げてハーファの左手を持ち上げた。
「ちゃんと肌身離さず着けておけよ。俺の魔術がお前を護るから」
言葉と共に腕輪と左手の甲へリレイの唇が触れた。驚いている間にその感触は指先にも触れて、慌てた勢いで相棒の感触から逃げる様に手を引っ込める。
手首の腕輪が少し強く光ったと思えば、すぐに溶けるように消えていった。多分、何かの魔術だったんだろう。それは何とか思い至る事が出来たけれど……どれだけ自分に言い聞かせても心臓が落ち着かない。
幸い、手を振り払われてもリレイが意に介している様子はない。手の平で腕輪を包むハーファを見ながら、ただ微笑んでいる。
すっと滑るようにほくそ笑む顔が近付いてきて。今までの事をうっかり思い出した頭は反射的に体を後ろへ遠ざけた。そんなハーファを楽しそうに見つめながら、更に近付いてきた顔が囁く様に声を紡ぐ。
「お返事は?」
おかしい。
何も変なことは言われてないのに。押し倒されてから自分が変だ。顔が近くにくるだけで火照る頬が収まらない。
「っば……ばかやろう……」
動揺を隠しきれない、苦し紛れで見当違いな返事。顔の熱さに負けまいと睨むハーファを見て、人でなしの顔をしたリレイは満足そうに微笑んだ。
「……力加減が全く出来ず……申し訳ありませんでした……」
しばらく続いた沈黙に終止符を打ったのはハーファの方。シーツを睨んでいた視線を上げ、恐る恐るリレイを見る。
ゼロ距離で会心の一撃を食らった相棒は案の定、一発で行動不能状態に陥ってしまっていた。手持ちの気付け薬で何とか回復はさせたものの、その顔は未だ青い。
あの薬は最後の手段として持っていた、味覚にえげつないトラウマを残す味のもの。力一杯蹴り飛ばした上、緊急事態とはいえ作った本人ですら手が伸びない劇物を飲ませたのだ。
上手く体調が戻ったとしても、地獄のような後味のせいで本調子に戻れなくてもおかしくはない。
……怒っているだろうか。それでもいいから、視線を向けてほしいけれど。
「こちらこそ調子に乗ってわいせつ行為を働き、誠に申し訳ございませんでした……」
ぽつりとそう呟いて、相棒は完全に沈黙してしまった。
暗く沈んだ顔は変わらず、ハーファを見ない。蹴り飛ばす前はしつこいくらいの視線をあんなに向けてきていたのに。
もしかして、どこか痛むんだろうか。ダメージは魔術で治したって言っていたけれど。実は治りきっていない部分があるんだろうか。
「ほ、ほんとにゴメンな……痛かったよな……」
たまらずかけた声に、ようやく相棒の顔がハーファへ向いた。
「それは大丈夫だ、ハーファの気付け薬も効いたし」
リレイは力のない笑顔を浮かべている。その表情で申し訳なさと不安が募ってきた。
無理をさせている気がする。仲間に攻撃してしまったのだ、何をしてくれるんだと非難されてもおかしくない。それは覚悟している。
なのに相棒は優しいまま、逆に気遣ってくれている。
内心おろおろと慌てるハーファの頭をリレイの手がそっと撫でた。たったそれだけだというのに、その感触で鳩尾に引っ掛かっていた不安がじんわりと溶けていく。
体に触れていた手も同じくらい優しかった。すけべな動きをするから驚いたけれど、触れ方は優しくて、何だかんだ気持ち良――
「……っ」
押し倒された時の事を思い出して、ぶわっと頬が熱くなる。多分真っ赤だ。顔が上げられない。
何も言えずに黙り込んでいると、頭を撫でていた手が離れていってしまった。少し口惜しく思って視線を上げる。視界に映ったリレイはいつもの様に微笑んでいた。
「……やれやれ、お子様に色のある話は早かったか」
「なっ……はぁ!?」
急に出てきた言葉はいつもの軽口。少しほっとしながら乗って睨むと、相棒は少し離れた所に転がっていたボディバッグを漁り始めて。
すぐにハーファに向き直った手に握られていたのは銀色の輪っか。それを手に持ったまま、反対の手でガッと手首を掴まれた。
「仕方ない、これで我慢する」
「わっ、なに…………腕輪?」
悲しいかな、思わず身構えたハーファの左手にリレイの持っていた輪っかが通された。よくよく見ると装飾が施された腕輪だ。うっすらと光を放つそれからは少し魔力の様なものを感じる。
街の装備屋や商店では見た事のない代物に、思わずまじまじと見入ってしまった。
「お子様へのプレゼントだ」
いい雰囲気の中で聞こえてきた単語に、ぴしりと思考が固まる。
……そりゃリレイに頼り切っている部分が多いけれど。というより、前衛で戦闘してる以外はほぼ頼りきっているけれど。
にやにやしながら言う相棒に図星を突かれて、自分のやらかしも忘れて睨み返す。
「お子様お子様って……! そのお子様に蹴られて一発で沈んだくせに!」
あっと思った頃には、リレイの顔が苦笑を浮かべていて。しまったと思った頃には相棒の指が腕輪にかかってていた。
せっかくのプレゼント。やっぱりやめたと言われるのが怖くて、反射的にその手を押さえる。
目の前の顔は少し驚いた表情を浮かべたけれど、ふと目尻を下げてハーファの左手を持ち上げた。
「ちゃんと肌身離さず着けておけよ。俺の魔術がお前を護るから」
言葉と共に腕輪と左手の甲へリレイの唇が触れた。驚いている間にその感触は指先にも触れて、慌てた勢いで相棒の感触から逃げる様に手を引っ込める。
手首の腕輪が少し強く光ったと思えば、すぐに溶けるように消えていった。多分、何かの魔術だったんだろう。それは何とか思い至る事が出来たけれど……どれだけ自分に言い聞かせても心臓が落ち着かない。
幸い、手を振り払われてもリレイが意に介している様子はない。手の平で腕輪を包むハーファを見ながら、ただ微笑んでいる。
すっと滑るようにほくそ笑む顔が近付いてきて。今までの事をうっかり思い出した頭は反射的に体を後ろへ遠ざけた。そんなハーファを楽しそうに見つめながら、更に近付いてきた顔が囁く様に声を紡ぐ。
「お返事は?」
おかしい。
何も変なことは言われてないのに。押し倒されてから自分が変だ。顔が近くにくるだけで火照る頬が収まらない。
「っば……ばかやろう……」
動揺を隠しきれない、苦し紛れで見当違いな返事。顔の熱さに負けまいと睨むハーファを見て、人でなしの顔をしたリレイは満足そうに微笑んだ。
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