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出会い
01.遭遇
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魔物と共存する大陸、ミラウェルト。
いくつかの国と、グレイズ教を始めとした宗教と、商工ギルドが存在する世界。
昔は国同士や宗教同士の戦争が山ほどあって、そのせいで魔物に人間の勢力が負けて絶滅しかけたと言い伝えられている。大陸にある各勢力が同盟を結んでいるのは、魔物に滅ぼされかけた時代に抵抗しようとした名残だと。
それぞれの国や団体は管轄の地域を管理して、人々は所属する勢力の管轄範囲で活動する。けれど商工ギルドに所属する冒険者は少しだけ違っていて。
どこかの国でもなく、宗教でもなく、国を跨いで仕事をする。持っている技能に合わせてギルドから下ろされる依頼をこなして移動するから、渡り鳥と言われたりもする。
つまるところ、便利屋。
冒険者だからこそ解決できる事が沢山ある。
商工ギルドがどの国にもあって、どの宗教勢力とも協力関係にあって。冒険者が自由にあちこち移動できるのは、それぞれの組織だけじゃどうにもならない、動くにしても都合のつけ辛い事が存在するから。
たとえば――国を跨いで探したいものがある、とか。
「はー、やっと街の近くに出た……」
地図と標識を見比べて、ひとつ安堵の溜め息が出る。山の中で迷ったと気付いた時は本当にどうしようかと思った。
魔物の落とすアイテムを収集する依頼は、夢中になって魔物を追うと現在地を見失いやすい。単独行動をしている時に迷ったり群れに囲まれたりすると厄介な分、普段は必要以上に深追いしないように気を付けていたはずなのに。
「最後の一つだからって焦りすぎたな」
ここのところずっと同じアイテムを求めて山籠りをしていた。いよいよ街に戻って補給するか否かという状況だっただけに、あと一匹を何としても仕留めたかったのだ。
……まぁ、そのせいで道を見失い、麓の街と軽く一往復は出来るだけの日数を山で彷徨ってしまった訳だけれど。大人しく拠点に帰った方が結果的に早かった。
何はともあれ、人里の近くまで降りてこられた。後はこの森を抜ければ街に着けるはず。
久々の宿屋に向けて少し浮かれながら、目の前に広がる森へ意気揚々と足を踏み入れた。
外から見ると鬱蒼としていそうな森だったけれど、入ってみれば意外と明るい。穏やかな風がいつも吹いていて、重なりあった木の葉がさわさわと音を立てて揺れている。
景色だけ見ていれば魔物が出るとは思えない、静かな森だ。
けれど。
「……近くにいる」
威嚇するような唸り声が風に乗って耳に届いた。低い狼のようなそれに警戒しながら少し進むと、食い散らかされた大型動物の死骸が目に入る。
近付いてよく見れば頭部は狼のような形をしているけれど、動物の狼にしては牙も頭骨もやけに大きい。少し離れた場所に転がっていた脚の爪は異常発達といってもいいくらいの巨大さだ。
見る限り、攻撃に特化して魔物化した狼。それを倒して食い散らかした相手も同じく魔物の可能性が高い。不意打ちを食らう前に仕掛けた方が安全だろう。
のどかに見えてもやはりダンジョンだ。
周囲を警戒しながら、血の臭いを追って足を進めた。
血の臭いが濃くなってきたと思えば人の声が聞こえる。他の冒険者だろうかと様子を伺うと、そこに居たのは一人だけ。
装備しているのは明るい空色の外套に短い杖。身を守る鎧も、敵を倒す武器もない。
「魔術師……!? な、なんで単独なんだ!?」
武器や格闘術で敵と直接戦う前衛と比べて、魔術という不思議な力で戦う魔術師は味方の後ろに居ることが多い。術を使うのに時間がかかったり、そもそも打たれ弱かったりと直接戦うのに向いていないからだ。
だというのに、目の前の魔術師は一人で巨大な狼型の魔物に対峙して杖を向けている。
……周囲を伺うが、仲間が居る様子はない。
慌てて駆け出すとすぐに、魔物も獲物に飛びかかろうと地面を蹴った。スピードには少し自信はある。しかし間に合うだろうか。
冒険者になる前に神殿で覚えた補助魔法で少しだけ身体能力を強化する。少し速くなった足でスピードを上げ、全速力で助走をつけて少し離れた所から踏み切った。空中で身を捻り、狼の横っ面を力一杯蹴り飛ばす。
丁度襲いかかろうと下降していた事もあってか上手くダメージが入ったようだ。会心の一撃で吹っ飛んだ狼は、頭から大岩に突っ込んでそのまま力尽きた。
「大丈夫か!?」
遠目から見る限りは戦闘が始まってすぐだったように思えたけれど、実際はどうなのか分からない。魔術師に駆け寄ると背を向けていた体が振り返った。
とても薄い茶色の髪に、同じ色の目。左耳につけている耳飾りの長い飾りがしゃらりと音を立てて揺れる。
服装を考えれば男だとは思うけれど、少し低い位置の頭にはやけに綺麗な顔がついている。どうにも自分の目が少し疑わしくなってしまって、思わずまじまじと見つめてしまった。
「ああ、大丈夫だ。立っているだけで終わった」
にこりと微笑んだ口元から出てきたのは、少し高いけれどやっぱり男の声。
「……あれっ?」
よく見ると、魔術師の背後にある景色がかなりの範囲で滲んで見える。陽炎みたいにゆらゆらしているだけじゃない。さざ波みたいに波打っている。
これは魔力が起こす現象だ。魔力が強かったり、魔力量が多かったりする魔術師の周囲に見える力の流れ。ここまで波が広範囲ではっきり見える事は滅多にない。
「……オレ、余計な事したよな。ごめん」
波打つほどの魔力を身に宿しているこの魔術師は、見た目より強いのだ。そもそも一人でダンジョンに来るという事は、普通に考えればそれだけの力と技術を持っているということ。
だけど相手は不機嫌になる様子もなく、少し不思議そうに首を傾げた。
「何故謝る? 助けに入ってくれたんだろう」
その顔は微笑んでいて怒りの類いは感じられない。少しほっとして言葉を返そうとした時だ。
「おっ、雑用魔術師のリレイじゃないか!」
「誰か一緒に居るぞ」
「見ない顔じゃん。やーっと雑用担当でも拾ってくれる仲間が見つかったかぁー!?」
賑やかな笑い声が森の奥の方から聞こえたと思ったら、冒険者らしき集団が数人やって来るのが見えた。剣士、戦士、魔術師のように見える。パーティだろうか。
顔見知りみたいだけれど、明らかに目の前の男を見下した物言いが少し耳に障る。特に向こうの魔術師。自分は大した魔力もないくせに、反論されないのを良いことに好き勝手言っている。
「はぁ? 拾うも何も実力はこっちの魔術師の方が上だろうが!」
何故か沈黙を通す単独の魔術師を押し退けて、パーティの奴らに言葉を返す。驚いた顔をしたけれど何も言う様子はない。
するとパーティの奴らが嫌みな笑みを浮かべた。
「おいおい、お前頭大丈夫か?」
「ここ一年間草拾いの雑用しかしてない奴のどこに実力があるっていうんだよ」
「なっ……!」
自分が他人と違うものが見えているのは知っている。視覚で力量が何となく分かるのは異端だと認識している。
けれど魔術師は魔力を操り関知する力に長けているはずだ。ここまで力量の差があるのに何故気付かないのか。あまりにも感覚がなまくらではないか。
ニタニタと笑うパーティへ更に言い募ろうとしたけれど、さりげなく静止されてしまった。
それを良いことに好き勝手言いながら、パーティはげらげら笑いながら去っていく。その背中を見送り、少し前に立っていた魔術師はほっと小さく溜め息をついた。
なんで。
アイツらなんて黙らせられるはずなのに。
意味も分からずむしゃくしゃとした気分を抱えながら、臆病者の魔術師を睨み付けた。
いくつかの国と、グレイズ教を始めとした宗教と、商工ギルドが存在する世界。
昔は国同士や宗教同士の戦争が山ほどあって、そのせいで魔物に人間の勢力が負けて絶滅しかけたと言い伝えられている。大陸にある各勢力が同盟を結んでいるのは、魔物に滅ぼされかけた時代に抵抗しようとした名残だと。
それぞれの国や団体は管轄の地域を管理して、人々は所属する勢力の管轄範囲で活動する。けれど商工ギルドに所属する冒険者は少しだけ違っていて。
どこかの国でもなく、宗教でもなく、国を跨いで仕事をする。持っている技能に合わせてギルドから下ろされる依頼をこなして移動するから、渡り鳥と言われたりもする。
つまるところ、便利屋。
冒険者だからこそ解決できる事が沢山ある。
商工ギルドがどの国にもあって、どの宗教勢力とも協力関係にあって。冒険者が自由にあちこち移動できるのは、それぞれの組織だけじゃどうにもならない、動くにしても都合のつけ辛い事が存在するから。
たとえば――国を跨いで探したいものがある、とか。
「はー、やっと街の近くに出た……」
地図と標識を見比べて、ひとつ安堵の溜め息が出る。山の中で迷ったと気付いた時は本当にどうしようかと思った。
魔物の落とすアイテムを収集する依頼は、夢中になって魔物を追うと現在地を見失いやすい。単独行動をしている時に迷ったり群れに囲まれたりすると厄介な分、普段は必要以上に深追いしないように気を付けていたはずなのに。
「最後の一つだからって焦りすぎたな」
ここのところずっと同じアイテムを求めて山籠りをしていた。いよいよ街に戻って補給するか否かという状況だっただけに、あと一匹を何としても仕留めたかったのだ。
……まぁ、そのせいで道を見失い、麓の街と軽く一往復は出来るだけの日数を山で彷徨ってしまった訳だけれど。大人しく拠点に帰った方が結果的に早かった。
何はともあれ、人里の近くまで降りてこられた。後はこの森を抜ければ街に着けるはず。
久々の宿屋に向けて少し浮かれながら、目の前に広がる森へ意気揚々と足を踏み入れた。
外から見ると鬱蒼としていそうな森だったけれど、入ってみれば意外と明るい。穏やかな風がいつも吹いていて、重なりあった木の葉がさわさわと音を立てて揺れている。
景色だけ見ていれば魔物が出るとは思えない、静かな森だ。
けれど。
「……近くにいる」
威嚇するような唸り声が風に乗って耳に届いた。低い狼のようなそれに警戒しながら少し進むと、食い散らかされた大型動物の死骸が目に入る。
近付いてよく見れば頭部は狼のような形をしているけれど、動物の狼にしては牙も頭骨もやけに大きい。少し離れた場所に転がっていた脚の爪は異常発達といってもいいくらいの巨大さだ。
見る限り、攻撃に特化して魔物化した狼。それを倒して食い散らかした相手も同じく魔物の可能性が高い。不意打ちを食らう前に仕掛けた方が安全だろう。
のどかに見えてもやはりダンジョンだ。
周囲を警戒しながら、血の臭いを追って足を進めた。
血の臭いが濃くなってきたと思えば人の声が聞こえる。他の冒険者だろうかと様子を伺うと、そこに居たのは一人だけ。
装備しているのは明るい空色の外套に短い杖。身を守る鎧も、敵を倒す武器もない。
「魔術師……!? な、なんで単独なんだ!?」
武器や格闘術で敵と直接戦う前衛と比べて、魔術という不思議な力で戦う魔術師は味方の後ろに居ることが多い。術を使うのに時間がかかったり、そもそも打たれ弱かったりと直接戦うのに向いていないからだ。
だというのに、目の前の魔術師は一人で巨大な狼型の魔物に対峙して杖を向けている。
……周囲を伺うが、仲間が居る様子はない。
慌てて駆け出すとすぐに、魔物も獲物に飛びかかろうと地面を蹴った。スピードには少し自信はある。しかし間に合うだろうか。
冒険者になる前に神殿で覚えた補助魔法で少しだけ身体能力を強化する。少し速くなった足でスピードを上げ、全速力で助走をつけて少し離れた所から踏み切った。空中で身を捻り、狼の横っ面を力一杯蹴り飛ばす。
丁度襲いかかろうと下降していた事もあってか上手くダメージが入ったようだ。会心の一撃で吹っ飛んだ狼は、頭から大岩に突っ込んでそのまま力尽きた。
「大丈夫か!?」
遠目から見る限りは戦闘が始まってすぐだったように思えたけれど、実際はどうなのか分からない。魔術師に駆け寄ると背を向けていた体が振り返った。
とても薄い茶色の髪に、同じ色の目。左耳につけている耳飾りの長い飾りがしゃらりと音を立てて揺れる。
服装を考えれば男だとは思うけれど、少し低い位置の頭にはやけに綺麗な顔がついている。どうにも自分の目が少し疑わしくなってしまって、思わずまじまじと見つめてしまった。
「ああ、大丈夫だ。立っているだけで終わった」
にこりと微笑んだ口元から出てきたのは、少し高いけれどやっぱり男の声。
「……あれっ?」
よく見ると、魔術師の背後にある景色がかなりの範囲で滲んで見える。陽炎みたいにゆらゆらしているだけじゃない。さざ波みたいに波打っている。
これは魔力が起こす現象だ。魔力が強かったり、魔力量が多かったりする魔術師の周囲に見える力の流れ。ここまで波が広範囲ではっきり見える事は滅多にない。
「……オレ、余計な事したよな。ごめん」
波打つほどの魔力を身に宿しているこの魔術師は、見た目より強いのだ。そもそも一人でダンジョンに来るという事は、普通に考えればそれだけの力と技術を持っているということ。
だけど相手は不機嫌になる様子もなく、少し不思議そうに首を傾げた。
「何故謝る? 助けに入ってくれたんだろう」
その顔は微笑んでいて怒りの類いは感じられない。少しほっとして言葉を返そうとした時だ。
「おっ、雑用魔術師のリレイじゃないか!」
「誰か一緒に居るぞ」
「見ない顔じゃん。やーっと雑用担当でも拾ってくれる仲間が見つかったかぁー!?」
賑やかな笑い声が森の奥の方から聞こえたと思ったら、冒険者らしき集団が数人やって来るのが見えた。剣士、戦士、魔術師のように見える。パーティだろうか。
顔見知りみたいだけれど、明らかに目の前の男を見下した物言いが少し耳に障る。特に向こうの魔術師。自分は大した魔力もないくせに、反論されないのを良いことに好き勝手言っている。
「はぁ? 拾うも何も実力はこっちの魔術師の方が上だろうが!」
何故か沈黙を通す単独の魔術師を押し退けて、パーティの奴らに言葉を返す。驚いた顔をしたけれど何も言う様子はない。
するとパーティの奴らが嫌みな笑みを浮かべた。
「おいおい、お前頭大丈夫か?」
「ここ一年間草拾いの雑用しかしてない奴のどこに実力があるっていうんだよ」
「なっ……!」
自分が他人と違うものが見えているのは知っている。視覚で力量が何となく分かるのは異端だと認識している。
けれど魔術師は魔力を操り関知する力に長けているはずだ。ここまで力量の差があるのに何故気付かないのか。あまりにも感覚がなまくらではないか。
ニタニタと笑うパーティへ更に言い募ろうとしたけれど、さりげなく静止されてしまった。
それを良いことに好き勝手言いながら、パーティはげらげら笑いながら去っていく。その背中を見送り、少し前に立っていた魔術師はほっと小さく溜め息をついた。
なんで。
アイツらなんて黙らせられるはずなのに。
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