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決別を告げる音
15.憤りの鎖
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ハーファ、と目の前の男が手招きしながら知らないはずの名を呼ぶ。
「……ど、うして……」
どうして、あの人が相棒を知っている。
混乱するリレイを他所に、何故か父親の呼びかけに応じてハーファらしき男は声の主へ近付いていく。リレイには目もくれず。真っ直ぐに。その肩を抱き寄せながら目の前の男はにこりと笑った。
「これだけお前の魔力で満たされていれば分かりもする。可哀想に、一人置き去りにされて相棒を探し回っていたぞ?」
「っ……!」
ずくりと、胸が痛む。
一緒に行こうと言ってくれていたハーファを、置き手紙ひとつで黙って置いてきてしまったのは確かだ。心配させたのだろうか。悲しい気持ちにさせてしまっただろうか。
しかも今まで何かと理由を付けて魔力を口移ししていた事が仇になってしまった。まさか自分の魔力の気配を知っている父親本人が、あの街に出向いているなんて。
「何処に帰るというんだい、トルリレイエ。お前の居場所はこの子の隣なのだろう?」
父親はわざとらしい動きでハーファの頭を撫でる。まるで自分の子供にでもするような仕草で、ハーファの額にそっと口付けた。
――いや、おかしい。
ハーファがされるがままにされているはずがない。表情ひとつ動かないのも、らしくない。
幻の類いか、あるいは傀儡を操る術か。どちらかというと魔法騎士の父親よりも魔術師である母の方が得意としていた術だが、魔術も並以上の能力を持つ彼の事だ、全く使えないという事はないだろう。
「……え?」
ぱちりと、ハーファらしき人物と目が合った。ぼんやりした瞳の奥から【眼】の気配がする。開いたままの【眼】の奥に、何かが絡み付いているような――
「……精神掌握……?」
言ってから、いやまさかと頭が推察を否定する。
精神掌握は相手の自我を封じ込め、心身ともに自由を奪って操る禁術だ。拷問や兵士の狂戦士化と、歴史を辿っても真っ当な使用のされ方をしていない。そんな代物を使ったと嫌疑をかけられては怒りに油を注いでしまっただろうか。
けれどそんな葛藤をよそに、父親は微笑む。
「なるほど、魔術に関しては流石だな。禁術も分かるのか」
「そんな……拷問用の術なんて、普通の人間相手に使っていいわけが……」
否定もせず涼しい顔で笑う姿に、ぞわりと全身で鳥肌が立った。
出来損ないになる前は優しかった父親。
落ちこぼれた後もリレイ以外の周囲の人間には気遣いをしていたはずの父親。
なのに今目の前に居る男のしている事は、人としての道を逸している。一般人のハーファ相手に罪人、それも普通は使わない最終手段と言われている術をかけて従わせている。
そしてその状態で、何でもない顔をして立っている。あまりの違和感にリレイの警戒は恐怖へと形を変えていった。
「なかなか頑固な子でね、口説き落とすのに時間がかかってしまったよ」
父親はくすくす笑いながらついっとハーファの顎をすくう。ゆっくりと近付く二人の顔に、鳩尾がぎりぎりと不快感を訴えて堪えられなかった。
「貴様……ッ!」
触るなと叫ぶ代わりに、考える暇もなく杖を抜いた。咄嗟に魔力を風の刃に変えて解き放つ。
「おっと」
魔力の気配に気付いた男は、側にいたハーファを突き飛ばした。押し出されたその身体は真正面からリレイの術を受けて吹き飛んで。いつものような受け身を取ることはなく、糸の切れた人形のように仰向けに倒れ込む。
「愚かだねお前は。私が冒険者風情を守るとでも思ったかい」
「……ハー、ファ……?」
地面に倒れているハーファはぴくりとも動かない。肩から腰にかけて斬られたような傷を負って、じくじくと赤い液体を滲ませている。
それでも動かない。瞳を開いたまま、だらりと力無く横たわったまま。
「それとも、ここで始末する方が諦めもつくか」
「なっ、やめっ……!」
ズシャ、と鈍い音を立てて槍がハーファの左腕を穿つ。痛みのせいか、貫かれた反動か、倒れている体がびくんと跳ねた。
「安心しなさい、次は愛らしい女性を宛がってやる。お前には子供に能力を残す役割があるんだ。もう役立たずだなんて言わないさ」
笑う目の前の男はゆらりと血の滴る槍を持ち上げる。その先端が向かったのは、ハーファの喉元。
つぎ……? 次なんかあるもんか。
次なんてない。ハーファが居なくなった次なんて、あるはずがない。
なのにこの男はハーファを壊そうとしている。リレイから取り上げようとしている。
ブチリと、リレイの中で何かが引きちぎれるような音がした気がした。
「うるさい……黙れ……かえせ……っ! ハーファを返せぇぇぇぇぇぇッッ!!!」
衝動に任せて杖を力一杯振り抜いた。集まった魔力を一度組み上げて一気に解き放つと、槍を振り下ろそうとしていた腕が弧を描いて飛んでいく。
「……っ、な……?」
肘から先の無くなった腕から血を溢れさせて、目の前の男はリレイを見る。まさかという顔をしながら。
「出来損ないなのは本当だ。役立たずなのも本当だ。貴方を追い詰めたまま逃げた……でも!」
杖を、振り上げた。
腹の底から沸き上がってくる感情を周囲から繋ぎ集めた魔力に乗せて練り上げる。
「だからって……何故何もかも取り上げられないといけないんだ! やっと見つけたのに!!」
一気に杖を振り下ろした。
目の前の男が魔力の盾を作り出してリレイの魔力をせき止める。しばらく競り合った後、派手に砕け散った盾の音と一緒に、どしゃっと重たい音がした。
「トール!? 何をしている!」
誰かの声がする。
でも、聞きたい声じゃない。
「一緒に居られるだけでよかったのにっ……こんな……おまえは……おまえが、おまえのせいで!!」
自分と同じ、能力持ちの人間。
その力に振り回されて、孤独で。けれど逃げたりしない。見えない傷も沢山あっただろうに、力を使うことを躊躇わない。見つめ返してくる瞳も、笑う声や表情も、真っ直ぐで。
眩しくて、暖かくて、力をくれる。
勢い余って迫った時は拒否されてしまったけれど、相棒としての態度は変わらなかった。想い方は違っていても見守っていたい。側に居たい。
ハーファの隣にずっと居たい。
そう、思っていたのに。
繋いだ魔力がまとわりついて杖が重たい。何とか空気を割いて力一杯斜め上に振り抜いた。
尾を引きながら魔力が直進していく。地面に倒れ込んでいた男が、片腕のない体を器用に動かして起き上がったのが視界の端に映った。立ち上がる時間までは無いと判断したのだろう、這うように攻撃と反対側へその身を引きずっていく。
ぱぁん、と魔力が爆ぜる音がして。
何か細長いものが飛んでいく光景を、リレイは冷ややかに見つめていた。
「やめろトール!!」
「まずい! ハーファ!」
……ハーファ? でも、この声じゃない。
ハーファは言葉を喋れなくなってしまった。笑えなくなってしまった。あいつのせいで怪我まで負って。
――あいつが、俺のハーファを取り上げたんだ。
そんな声がリレイの頭の中に反響しながらうるさく響く。感情がまた、いや今まで以上にごぼごぼと沸騰してくる。焼き切れた思考は膨らんでいく魔力の塊に気付いても何もしようとしなかった。
「……かえせ……ハーファを返せ……俺の……おれの……っ……かえせかえせカエセかえせぇぇぇェェぇぇェェェェェッッッ!!!!」
無我夢中で振り下ろした杖は魔力を制御するどころか拡散させて振り撒く。制御する箍の外れた魔力のうねりは家具をなぎ倒し、壁を砕いて、屋根をも吹き飛ばした。
吹き飛ばす対象にぶつかって弾けた魔力は何度も何度も繋がり直して、練り上げられて、勢いを増しながらまた波のように広がって周囲にぶつかっていく。属性を無視して組み上げられるそれはみるみる間にどす黒く変質していった。
黒い波の真ん中で、自分と世界との境界線が崩れていく。壊れていく己の殻から侵食するように、じわじわと外側から世界が染み込んでくるような感覚が強くなる。
まるで、自分が世界へ溶け出していくような。
それに気付いたリレイは、薄く笑って荒れ狂う波の中に立ち尽くしていた。
「……ど、うして……」
どうして、あの人が相棒を知っている。
混乱するリレイを他所に、何故か父親の呼びかけに応じてハーファらしき男は声の主へ近付いていく。リレイには目もくれず。真っ直ぐに。その肩を抱き寄せながら目の前の男はにこりと笑った。
「これだけお前の魔力で満たされていれば分かりもする。可哀想に、一人置き去りにされて相棒を探し回っていたぞ?」
「っ……!」
ずくりと、胸が痛む。
一緒に行こうと言ってくれていたハーファを、置き手紙ひとつで黙って置いてきてしまったのは確かだ。心配させたのだろうか。悲しい気持ちにさせてしまっただろうか。
しかも今まで何かと理由を付けて魔力を口移ししていた事が仇になってしまった。まさか自分の魔力の気配を知っている父親本人が、あの街に出向いているなんて。
「何処に帰るというんだい、トルリレイエ。お前の居場所はこの子の隣なのだろう?」
父親はわざとらしい動きでハーファの頭を撫でる。まるで自分の子供にでもするような仕草で、ハーファの額にそっと口付けた。
――いや、おかしい。
ハーファがされるがままにされているはずがない。表情ひとつ動かないのも、らしくない。
幻の類いか、あるいは傀儡を操る術か。どちらかというと魔法騎士の父親よりも魔術師である母の方が得意としていた術だが、魔術も並以上の能力を持つ彼の事だ、全く使えないという事はないだろう。
「……え?」
ぱちりと、ハーファらしき人物と目が合った。ぼんやりした瞳の奥から【眼】の気配がする。開いたままの【眼】の奥に、何かが絡み付いているような――
「……精神掌握……?」
言ってから、いやまさかと頭が推察を否定する。
精神掌握は相手の自我を封じ込め、心身ともに自由を奪って操る禁術だ。拷問や兵士の狂戦士化と、歴史を辿っても真っ当な使用のされ方をしていない。そんな代物を使ったと嫌疑をかけられては怒りに油を注いでしまっただろうか。
けれどそんな葛藤をよそに、父親は微笑む。
「なるほど、魔術に関しては流石だな。禁術も分かるのか」
「そんな……拷問用の術なんて、普通の人間相手に使っていいわけが……」
否定もせず涼しい顔で笑う姿に、ぞわりと全身で鳥肌が立った。
出来損ないになる前は優しかった父親。
落ちこぼれた後もリレイ以外の周囲の人間には気遣いをしていたはずの父親。
なのに今目の前に居る男のしている事は、人としての道を逸している。一般人のハーファ相手に罪人、それも普通は使わない最終手段と言われている術をかけて従わせている。
そしてその状態で、何でもない顔をして立っている。あまりの違和感にリレイの警戒は恐怖へと形を変えていった。
「なかなか頑固な子でね、口説き落とすのに時間がかかってしまったよ」
父親はくすくす笑いながらついっとハーファの顎をすくう。ゆっくりと近付く二人の顔に、鳩尾がぎりぎりと不快感を訴えて堪えられなかった。
「貴様……ッ!」
触るなと叫ぶ代わりに、考える暇もなく杖を抜いた。咄嗟に魔力を風の刃に変えて解き放つ。
「おっと」
魔力の気配に気付いた男は、側にいたハーファを突き飛ばした。押し出されたその身体は真正面からリレイの術を受けて吹き飛んで。いつものような受け身を取ることはなく、糸の切れた人形のように仰向けに倒れ込む。
「愚かだねお前は。私が冒険者風情を守るとでも思ったかい」
「……ハー、ファ……?」
地面に倒れているハーファはぴくりとも動かない。肩から腰にかけて斬られたような傷を負って、じくじくと赤い液体を滲ませている。
それでも動かない。瞳を開いたまま、だらりと力無く横たわったまま。
「それとも、ここで始末する方が諦めもつくか」
「なっ、やめっ……!」
ズシャ、と鈍い音を立てて槍がハーファの左腕を穿つ。痛みのせいか、貫かれた反動か、倒れている体がびくんと跳ねた。
「安心しなさい、次は愛らしい女性を宛がってやる。お前には子供に能力を残す役割があるんだ。もう役立たずだなんて言わないさ」
笑う目の前の男はゆらりと血の滴る槍を持ち上げる。その先端が向かったのは、ハーファの喉元。
つぎ……? 次なんかあるもんか。
次なんてない。ハーファが居なくなった次なんて、あるはずがない。
なのにこの男はハーファを壊そうとしている。リレイから取り上げようとしている。
ブチリと、リレイの中で何かが引きちぎれるような音がした気がした。
「うるさい……黙れ……かえせ……っ! ハーファを返せぇぇぇぇぇぇッッ!!!」
衝動に任せて杖を力一杯振り抜いた。集まった魔力を一度組み上げて一気に解き放つと、槍を振り下ろそうとしていた腕が弧を描いて飛んでいく。
「……っ、な……?」
肘から先の無くなった腕から血を溢れさせて、目の前の男はリレイを見る。まさかという顔をしながら。
「出来損ないなのは本当だ。役立たずなのも本当だ。貴方を追い詰めたまま逃げた……でも!」
杖を、振り上げた。
腹の底から沸き上がってくる感情を周囲から繋ぎ集めた魔力に乗せて練り上げる。
「だからって……何故何もかも取り上げられないといけないんだ! やっと見つけたのに!!」
一気に杖を振り下ろした。
目の前の男が魔力の盾を作り出してリレイの魔力をせき止める。しばらく競り合った後、派手に砕け散った盾の音と一緒に、どしゃっと重たい音がした。
「トール!? 何をしている!」
誰かの声がする。
でも、聞きたい声じゃない。
「一緒に居られるだけでよかったのにっ……こんな……おまえは……おまえが、おまえのせいで!!」
自分と同じ、能力持ちの人間。
その力に振り回されて、孤独で。けれど逃げたりしない。見えない傷も沢山あっただろうに、力を使うことを躊躇わない。見つめ返してくる瞳も、笑う声や表情も、真っ直ぐで。
眩しくて、暖かくて、力をくれる。
勢い余って迫った時は拒否されてしまったけれど、相棒としての態度は変わらなかった。想い方は違っていても見守っていたい。側に居たい。
ハーファの隣にずっと居たい。
そう、思っていたのに。
繋いだ魔力がまとわりついて杖が重たい。何とか空気を割いて力一杯斜め上に振り抜いた。
尾を引きながら魔力が直進していく。地面に倒れ込んでいた男が、片腕のない体を器用に動かして起き上がったのが視界の端に映った。立ち上がる時間までは無いと判断したのだろう、這うように攻撃と反対側へその身を引きずっていく。
ぱぁん、と魔力が爆ぜる音がして。
何か細長いものが飛んでいく光景を、リレイは冷ややかに見つめていた。
「やめろトール!!」
「まずい! ハーファ!」
……ハーファ? でも、この声じゃない。
ハーファは言葉を喋れなくなってしまった。笑えなくなってしまった。あいつのせいで怪我まで負って。
――あいつが、俺のハーファを取り上げたんだ。
そんな声がリレイの頭の中に反響しながらうるさく響く。感情がまた、いや今まで以上にごぼごぼと沸騰してくる。焼き切れた思考は膨らんでいく魔力の塊に気付いても何もしようとしなかった。
「……かえせ……ハーファを返せ……俺の……おれの……っ……かえせかえせカエセかえせぇぇぇェェぇぇェェェェェッッッ!!!!」
無我夢中で振り下ろした杖は魔力を制御するどころか拡散させて振り撒く。制御する箍の外れた魔力のうねりは家具をなぎ倒し、壁を砕いて、屋根をも吹き飛ばした。
吹き飛ばす対象にぶつかって弾けた魔力は何度も何度も繋がり直して、練り上げられて、勢いを増しながらまた波のように広がって周囲にぶつかっていく。属性を無視して組み上げられるそれはみるみる間にどす黒く変質していった。
黒い波の真ん中で、自分と世界との境界線が崩れていく。壊れていく己の殻から侵食するように、じわじわと外側から世界が染み込んでくるような感覚が強くなる。
まるで、自分が世界へ溶け出していくような。
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