お前じゃないとダメなんだ

むらくも

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知らない君と揺らぐ想い

11.見つけた居場所

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 なかなか追いつけないハーファの背を追いかけて、宿への道を小走りで進む。
 ワースのせいで向こうの話が結局どうなったのか全く分からなかった。けれど、イチェストが近くに居る様子はない。
「なぁ……神殿には帰らないのか?」
 恐る恐る前を行く背に問いかけると、ハーファは立ち止まっていつも通りの顔で振り向いた。
「冒険者の方が性に合ってる。神官やってるオレなんか想像出来るか?」
「できないな」
「……即答かよ……」
 少し前に思ったことだったので迷いなく答えてしまった。
 ちょっとは悩めよな、と少しむくれた表情のハーファはひとつため息をついて歩き出す。今度はリレイが横に追い付くように、ゆっくりと。
「リレイの近くに居ると心強い。安心して背中を預けられるんだ。戦闘中に【眼】を閉じても怖くなくなった」
 そこまで言うと次の言葉を少し飲み込んだ様子で、すーっと息を吸う音がする。気の強そうな緑を隠した茶色い瞳が少し揺れながらリレイを見つめた。
 
「リレイが一番の相棒だと思ってる。オレはアンタと一緒がいい」
 
 痺れるような何かが、体の真ん中を走っていった。
 思わず立ち止まって俯くリレイをハーファは少し慌てた様子で覗き込んでくる。
 やっぱり大丈夫じゃなかったんじゃないかとか、オレひょっとして変な事言ったかとか。焦ったような声と表情が、全力でリレイを心配しているのだと伝えてくる。
「一番、か……それは光栄だ」
 真っ直ぐに視線を向けてくる瞳に微笑み返しながら、その手を取って祈るように額へ押し当てた。少し驚いたような振動が伝わってくるけれど、振り払われる事はない。
 やっと見つけた。必要としてくれる人、守りたいもの、手放したくないもの。ずっと探していた居場所。
 ――誰にも、渡さない。
 暖かい感情と共にどろりとしたものも沸き上がって来たが、リレイは気付かないふりをした。
 
 
 何となく二人とも無言のまま、宿に戻って取っていた部屋に足を踏み入れた。
 ハーファの言葉を何度も何度も頭の中で繰り返しているとどんどん頬が緩んでくる。旧友の誘いよりもリレイを選んでくれた。リレイが一番なのだと、一緒が良いと言ってくれた。
 浮かれている所へ急にガタンと大きな音がして、思わず小さく飛び上がる。
 振り返ると後から入ってきたはずの姿がない。視線を落とした先には――ハーファが椅子の足にもたれ掛かりながら床に座り込んでいた。
「ハーファ!? 大丈夫か!?」
「だい、じょぶ……久々に【眼】使いまくったから疲れただけ」
 慌てて駆け寄ると、少し青い顔がリレイを見る。
 ここのところ上手く【眼】を閉じられるようになった様子だったから油断していた。長期戦になったグランヴァイパー戦で力を使い続けていたのだろう。
「無理させてたんだな……! イチェストの援護に頼って連携出来なかったから」
 入る隙が無いだの自信がないだの、うじうじしている間にハーファへ負担をかけてしまっていたのだ。
 倒れそうだったのを酒場でも我慢していたかもしれない。思えばいつもより大人しかった気がする。なのにワースとのごたごたに巻き込んで、外で立ちっぱなしにさせて。
 ハーファの限界がきてから気づいた愚鈍さに、リレイは唇を噛んだ。
「リレイのせいじゃない。あとは寝るだけだから平気。今日はお疲れ……おやすみ……」
 リレイを宥めるように頭を撫でたハーファは、ふらつく足で立ち上がってベッドの縁に腰掛けた。
 
 気付いてやれなかった。ちゃんと見ていれば分かったかもしれないのに、自分のことばかりで。
 ……何が、一番の相棒だ。
「ハーファ」
「? なに、ん、ぅ……?」
 丁度上着を脱いでいたハーファの膝に乗ると、きょとんとした顔がリレイを見た。そのまま唇に口付ける。何度も何度も、魔力を流しながら。
「そのままじゃ疲労の回復だけで一晩使いきるぞ。少し多めに分けてやる」
 改めて触れると消耗の度合いが酷い。砂に水をかけているような勢いで、流す魔力があるだけ吸収されていく。最初の頃のハーファなら既に動けなくなるどころか倒れていたかもしれない。
「んぁ……ぅ……」
 もぞもぞとハーファの手がリレイの背を撫でる。するりと上がってきた手が後頭部に添えられたと思えば、そのままぐっと引き寄せられた。
 ……今まで受け取るだけだったのに。
 飢餓状態なのかハーファの唇がリレイのそれを食むように動き始めて魔力を吸い上げていく。
 予想外の行動に驚いていると魔力を一気に持っていかれて、リレイの頭も段々くらくらしてきた。分け与えているというより、吸い取られている。主導権が少しずつハーファに移っていく。しかし息が苦しいのか、ハーファの唇がゆっくりと開いていって。
 引き寄せられるように、その隙間へ舌をそっと差し込んだ。
 
「ん……ふぅっ!?」
 
 舌同士が触れた瞬間、びくんとハーファの全身が飛び上がる。
「あ。舌……入れるぞ」
 何も言わずに舌はまずかったかもしれない。
 宥めるように鼻先をふれ合わせると、案の定ハーファが少し涙目で睨み付けてくる。
「い、入れたの間違いだろ!? 何のつもりだよ急にっ」
「……この方が一気に魔力を渡せる」
「そう言えばいいと思って!」
 狼狽えた様子でぐいぐいと押し戻される。
 やはり早まりすぎたらしい。このまま寝入ってしまいそうな勢いだ。
 けれど、まだ押し返してくる力は弱い。前衛は体力も必要とされるというのに、本当に疲労を回復するだけで体力が戻りきらずに夜が終わってしまう。
「嘘じゃない。早く楽にしてやりたいんだ」
 ぎゅうっと抱き締めると、少しだけハーファが大人しくなる。
「頼む。口を開けてくれ、ハーファ」
 真っ赤な嘘は言っていない。唇をふれ合わせるだけより若干多くはなる。……若干、だが。
 頬を両手で包んでじっと瞳を見つめると、困ったように眉尻を下げたハーファの口がおずおずと開いていく。
「いい子だ」
 ぱかりと開いた口の中に舌を差し込んでゆっくりと口付ける。口の中を撫でてやると、肩にかけられていた手がぎゅうっとリレイの服を握りしめた。

 
 ――くぐもった吐息が部屋に響く。
 キスだけだというのに、慣れないせいか必死に息をしようとするハーファの声がやけに色っぽく感じてしまう。うっかり魔力を渡すのを忘れてしまいそうだ。
「……もう大丈夫だな」
「ふ、ぁ……」
 いつの間にか力一杯抱きついてきていたハーファの体を何とか離した。酸欠で目が潤みきった顔が見える。口の端から伝っている唾液を舐め取ってやると、ん、とひとつ息をこぼした。
「急に悪かった。ちゃんと動けるか?」
「んん……大丈夫。すげぇ体軽くなった」
 いつも通り拳を開いたり閉じたり、動きを確かめるように腕を動かし始める。
「よかった。これでゆっくり眠れるはずだ」
 座っていたハーファの膝から下りて、自分も寝る支度をしようと着たままだった外套を脱ぐ。荷物と一緒にベッド脇へ置こうとすると急にぐいっと後ろへ引っ張られた。
「おっと! ……ハーファ?」
 丁度歩き始めた所だったせいで、踏ん張りきれずにベッドに尻餅をついてしまった。
 見れば腰に回ったハーファの腕にガッチリと捕まえられている。外して再び立ち上がろうとするものの、逆にぎゅうっと力が込められてしまってお手上げ状態だ。
 
 後ろから抱き締めているような格好で、ハーファはぐりぐりと頭を肩に押し付けてくる。
「リレイは、本当はトールなのか……? なぁ、アンタ誰なんだよ……」
 聞こえてくるのは拗ねたような声。
 ダンジョンに足を踏み入れてからずっと感じていた違和感の正体が見えてきた気がした。ハーファには何も説明出来ていなかったのだ。ワースに何故トールと呼ばれているのか、そもそもワースは何者なのか。
 もしかしたら、ハーファとイチェストを見ていたリレイと似たような疎外感を感じていたのかもしれない。
「もう忘れたのか? 俺はトルリレイエだ」
「えっ? ……あ」
 ひとまずハーファの疑問に答えながら頭をゆっくり撫でてやると、腰に巻き付いた腕が少し緩んだ。
「リレイも、トールも、どっちも俺だ。ワースは出てきた家の弟だから、昔の呼び名で呼ぶ」
 緩んだ腕の中で身を捻って反転させると、丁度ハーファの顔がふにゃりと緩む所だった。安堵したような微笑みを浮かべたまま、ぎゅうっとまた抱きついてくる。
「そ、っか……よかった……アイツのトールになっちまうのかと思った……」
 
 どくりと、リレイの心臓が大きく脈打った。
 
 その言葉に隠された意味を探して、意味もないのに頭がぐるぐると回る。ハーファのことだ、きっと言葉以上の意味なんてない。分かっているのに都合よく隠された言葉を探して変換しようとしてしまう。
「ハーファ……」
「ん、っ……リレイ……」
 恐る恐るキスを仕掛けると、ハーファは受け入れる。
 啄むようなキスも、唇を撫でるようなキスも、口の中を探るようなキスも。
 
「……とるりれいえ……」

 とろんとした声でリレイの真名を呼ぶハーファを、思わず押し倒していた。
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