お前じゃないとダメなんだ

むらくも

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相棒との出会い

01.遭遇

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 魔物と共存する大陸、ミラウェルト。
 存在するのは民を統べるいくつかの国家と、大陸の各宗教勢力を取りまとめるグレイズ教、大陸間の商工業を統率し貿易を司る商工ギルド。それぞれの勢力が協定を結んで、魔物によって引き起こされる災害に対抗する世界。

 商工ギルドには、冒険者という少し特殊な職業がある。
 国に仕えるでもなく、神殿で神に祈るでもなく、ギルドで工業や商業に従事する訳でもない。戦闘スキルという技能を生かしてギルドから下ろされる依頼をこなし生計を立てる者。どの国にも属さない渡り鳥。
 感謝される事もあるが、便利屋扱いであったり、ならず者扱いであったり、真っ当な職業から脱落した不適合者扱いであったり……国や人によって評価の分かれる不安定な職業だ。理不尽な扱いや命の危険と背中合わせの毎日を過ごしながらも、独自のネットワークを辿って大陸へ飛び立つ冒険者は後を絶たない。
 協定を結ぶ3つの勢力の中で、一番自由を約束されているから。
 どんな事情を持つ者も、スキルさえあれば一人の人間として扱って貰えるから。
 
 
「あった。よし、これで全部だな」
 街から少し離れた森の中、日の光が届きづらくなった巨木の根本で目的の薬草らしき草を見つけてしゃがみ込んだ。
 風に揺れる木の葉の隙間から差し込む木漏れ日で採取した薬草を照らしながら、手元のメモと見比べる。図鑑で調べた見た目や香りとも一致する。やはり目的物のようだと判断して採集用の布袋にしまい込んだ。
 冒険者のよくある便利屋仕事、素材探し。森の中の素材採集は魔物の棲むダンジョンに比べてリスクが低い代わりに報酬も低く、駆け出し冒険者の仕事扱いになっている。ただ今回の依頼のような地味な見た目の薬草は探しづらく、図鑑での下調べが必須で血の気の多い冒険者は好まない。
 ここのところ魔術師や神官といった知識職の新人が少なかった事もあり、地味に需要があるにも関わらず森の薬草集めはすっかり置き去りになっていた。こういう時に駆り出されるのが、この男のように単独行動をしている魔術師だ。
 
 ダンジョンとはいえ何事もなければ綺麗な森。のんびり探索するのはしている限りはピクニックの様なもの――なのだが。
「騒がしいな。俺は餌じゃないぞ」
 ただの薬草集めが冒険者に依頼される一番の要因がやってきたようだ。
 茂みの奥から響いてくる低い唸り声に男は腰へ挿していた杖を抜いた。獣の臭いと鉄のような臭いが混じる異臭が近づいてくる。
 出てきたのは、鋭い牙と爪を持った狼型の魔物。
 もう少し街の近くなら普通の狼が出るものだが、自警団が定期的に討伐をする郊外を外れると途端に魔物が闊歩し始めるのが常だ。出てきた奴は狩りでもしていたのだろうか。その口の周りには血がべっとりと付いている。
 目の前の魔物は入口で出会った同型より少し大きものの見た目の色や特徴は同じ。上位種というよりは狩られる事なく年数を経た個体かもしれない。
 
 そんな事を考えながら男が杖を構えた瞬間、目の前の狼が横方向に吹っ飛んだ。

 狼が居た場所には、動きやすい服と軽めの防具に身を包んだ人間。恐らく同業者だろうがその顔に見覚えがない。一年半くらいは今の街に留まっているから、ある程度は顔を覚えたと思ったのだけれど。
「大丈夫か!?」
 冒険者らしき見慣れない男は気遣うように駆け寄ってきた。武器は杖、装備は防具ではなく外套と、見るからに魔術師の出で立ちだったので慌てて加勢してくれたらしい。助けてもらった礼を言おうと口を開いたタイミングで、向こうが「あれっ」と声を上げる。忙しない人間だ。
「……オレ、余計な事したよな。ごめん」
「何故謝る? 助けに入ってくれたんだろう」
 急にすまなさそうな顔をしだして、こっちが首を傾げた。魔術師は前衛に向かない。だから助けに入るという判断をしただろうに。助けてやったと恩を着せられこそすれ、余計な事をしたと謝られるのは初めてだった。

「おっ、雑用魔術師のリレイじゃないか!」
「誰か一緒に居るぞ」
「見ない顔じゃん。やーっと雑用担当でも拾ってくれる仲間が見つかったかぁー!?」

 今日は騒がしい。賑やかな声と共に森の入り口の方から冒険者が数人やって来る。
 剣士、戦士、魔術師が組んでいる血の気の多いパーティだ。攻撃魔術を得意とする魔術師が居るためか、戦闘よりも素材集めに精を出している魔術師の男――リレイをよく揶揄ってくる。とはいえいつもの事なのでヤレヤレと溜息を吐いた。血の気の割に細々とした成果しか上げていない連中の煽りに乗るつもりも、理由もない。
 いつも通り立ち去るのを待とうとダンマリを決め込んだが、今日は勝手が違った。
「はぁ? 拾うも何も実力はこっちの魔術師の方が上だろうが!」
 眉を吊り上げてパーティへ噛みつく男に、少し驚いた。
 今の街にやってきてこの方、リレイは魔術師ではあるが戦闘には参加していないしパーティも組んでいない。のんびり一人でダンジョンを歩いて素材を集めているだけだ。さっきの魔物も杖を抜いただけで、倒したのは横から入ってきた己のはずなのに。
 この男は何をもって見知らぬ魔術師の実力を推し測ったのか……少しだけ、興味が湧いた。
「おいおい、お前頭大丈夫か?」
「ここ一年間草拾いの雑用しかしてない奴のどこに実力があるっていうんだよ」
 嫌味な笑みを浮かべる冒険者たちに、男は更に眉を吊り上げる。ムキになって言い返そうとする様子に思わずブレーキをかけた。血の気の多い奴らのことだ、ここで実力を見る試合だなんだと変な話にもっていかれかねない。そんな面倒事は御免被りたい。
 げらげら笑いながら去っていくパーティの背中を見送り、厄介ごとが過ぎて行った安堵にほっと溜息を吐いた。
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