上 下
1 / 20
相棒との出会い

01.遭遇

しおりを挟む
 魔物と共存する大陸、ミラウェルト。
 存在するのは民を統べるいくつかの国家と、大陸の各宗教勢力を取りまとめるグレイズ教、大陸間の商工業を統率し貿易を司る商工ギルド。それぞれの勢力が協定を結んで、魔物によって引き起こされる災害に対抗する世界。

 商工ギルドには、冒険者という少し特殊な職業がある。
 国に仕えるでもなく、神殿で神に祈るでもなく、ギルドで工業や商業に従事する訳でもない。戦闘スキルという技能を生かしてギルドから下ろされる依頼をこなし生計を立てる者。どの国にも属さない渡り鳥。
 感謝される事もあるが、便利屋扱いであったり、ならず者扱いであったり、真っ当な職業から脱落した不適合者扱いであったり……国や人によって評価の分かれる不安定な職業だ。理不尽な扱いや命の危険と背中合わせの毎日を過ごしながらも、独自のネットワークを辿って大陸へ飛び立つ冒険者は後を絶たない。
 協定を結ぶ3つの勢力の中で、一番自由を約束されているから。
 どんな事情を持つ者も、スキルさえあれば一人の人間として扱って貰えるから。
 
 
「あった。よし、これで全部だな」
 街から少し離れた森の中、日の光が届きづらくなった巨木の根本で目的の薬草らしき草を見つけてしゃがみ込んだ。
 風に揺れる木の葉の隙間から差し込む木漏れ日で採取した薬草を照らしながら、手元のメモと見比べる。図鑑で調べた見た目や香りとも一致する。やはり目的物のようだと判断して採集用の布袋にしまい込んだ。
 冒険者のよくある便利屋仕事、素材探し。森の中の素材採集は魔物の棲むダンジョンに比べてリスクが低い代わりに報酬も低く、駆け出し冒険者の仕事扱いになっている。ただ今回の依頼のような地味な見た目の薬草は探しづらく、図鑑での下調べが必須で血の気の多い冒険者は好まない。
 ここのところ魔術師や神官といった知識職の新人が少なかった事もあり、地味に需要があるにも関わらず森の薬草集めはすっかり置き去りになっていた。こういう時に駆り出されるのが、この男のように単独行動をしている魔術師だ。
 
 ダンジョンとはいえ何事もなければ綺麗な森。のんびり探索するのはしている限りはピクニックの様なもの――なのだが。
「騒がしいな。俺は餌じゃないぞ」
 ただの薬草集めが冒険者に依頼される一番の要因がやってきたようだ。
 茂みの奥から響いてくる低い唸り声に男は腰へ挿していた杖を抜いた。獣の臭いと鉄のような臭いが混じる異臭が近づいてくる。
 出てきたのは、鋭い牙と爪を持った狼型の魔物。
 もう少し街の近くなら普通の狼が出るものだが、自警団が定期的に討伐をする郊外を外れると途端に魔物が闊歩し始めるのが常だ。出てきた奴は狩りでもしていたのだろうか。その口の周りには血がべっとりと付いている。
 目の前の魔物は入口で出会った同型より少し大きものの見た目の色や特徴は同じ。上位種というよりは狩られる事なく年数を経た個体かもしれない。
 
 そんな事を考えながら男が杖を構えた瞬間、目の前の狼が横方向に吹っ飛んだ。

 狼が居た場所には、動きやすい服と軽めの防具に身を包んだ人間。恐らく同業者だろうがその顔に見覚えがない。一年半くらいは今の街に留まっているから、ある程度は顔を覚えたと思ったのだけれど。
「大丈夫か!?」
 冒険者らしき見慣れない男は気遣うように駆け寄ってきた。武器は杖、装備は防具ではなく外套と、見るからに魔術師の出で立ちだったので慌てて加勢してくれたらしい。助けてもらった礼を言おうと口を開いたタイミングで、向こうが「あれっ」と声を上げる。忙しない人間だ。
「……オレ、余計な事したよな。ごめん」
「何故謝る? 助けに入ってくれたんだろう」
 急にすまなさそうな顔をしだして、こっちが首を傾げた。魔術師は前衛に向かない。だから助けに入るという判断をしただろうに。助けてやったと恩を着せられこそすれ、余計な事をしたと謝られるのは初めてだった。

「おっ、雑用魔術師のリレイじゃないか!」
「誰か一緒に居るぞ」
「見ない顔じゃん。やーっと雑用担当でも拾ってくれる仲間が見つかったかぁー!?」

 今日は騒がしい。賑やかな声と共に森の入り口の方から冒険者が数人やって来る。
 剣士、戦士、魔術師が組んでいる血の気の多いパーティだ。攻撃魔術を得意とする魔術師が居るためか、戦闘よりも素材集めに精を出している魔術師の男――リレイをよく揶揄ってくる。とはいえいつもの事なのでヤレヤレと溜息を吐いた。血の気の割に細々とした成果しか上げていない連中の煽りに乗るつもりも、理由もない。
 いつも通り立ち去るのを待とうとダンマリを決め込んだが、今日は勝手が違った。
「はぁ? 拾うも何も実力はこっちの魔術師の方が上だろうが!」
 眉を吊り上げてパーティへ噛みつく男に、少し驚いた。
 今の街にやってきてこの方、リレイは魔術師ではあるが戦闘には参加していないしパーティも組んでいない。のんびり一人でダンジョンを歩いて素材を集めているだけだ。さっきの魔物も杖を抜いただけで、倒したのは横から入ってきた己のはずなのに。
 この男は何をもって見知らぬ魔術師の実力を推し測ったのか……少しだけ、興味が湧いた。
「おいおい、お前頭大丈夫か?」
「ここ一年間草拾いの雑用しかしてない奴のどこに実力があるっていうんだよ」
 嫌味な笑みを浮かべる冒険者たちに、男は更に眉を吊り上げる。ムキになって言い返そうとする様子に思わずブレーキをかけた。血の気の多い奴らのことだ、ここで実力を見る試合だなんだと変な話にもっていかれかねない。そんな面倒事は御免被りたい。
 げらげら笑いながら去っていくパーティの背中を見送り、厄介ごとが過ぎて行った安堵にほっと溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お願い神様っ! どうにかしてッッ!!

むらくも
BL
何かといちゃつく仲間に振り回されて苦悩する、とある神官Iの心の叫び。 関係を深めたい魔術師(溺愛)×格闘家(ウブ)のコメディ風味な短いお話。 ・いちゃいちゃ成分多め。 ・「*」のついたお話は他に比べて背後注意度が強め。 ・元は会話比率30%の縛りをつけて書いていたものなので、地の文がかなり少なめ。 ※「お前じゃなきゃダメなんだ」後の短いお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

パーティー全員転生者!? 元オタクは黒い剣士の薬草になる

むらくも
BL
楽しみにしてたゲームを入手した! のに、事故に遭った俺はそのゲームの世界へ転生したみたいだった。 仕方がないから異世界でサバイバル……って職業僧侶!? 攻撃手段は杖で殴るだけ!? 職業ガチャ大外れの俺が出会ったのは、無茶苦茶な戦い方の剣士だった。 回復してやったら「私の薬草になれ」って……人をアイテム扱いしてんじゃねぇーーッッ! 元オタクの組んだパーティは元悪役令息、元悪役令嬢、元腐女子……おい待て変なの入ってない!? 何故か転生者が集まった、奇妙なパーティの珍道中ファンタジーBL。 ※戦闘描写に少々流血表現が入ります。 ※BL要素はほんのりです。

アンタじゃないとダメなんだ

むらくも
BL
パーティを組まずに単独で活動している格闘家のハーファ。 とある森で出会ったのは、同じく単独で行動している魔術師トルリレイエ。 魔術師の提案でパーティを組むことになったけれど、相棒はどこか訳アリの様子で……? 「オレを置いてかないで……トルリレイエ」 少し特殊な能力を持つ者同士、生涯の相棒になった2人のお話。 魔術師(溺愛)×格闘家(ウブ) *RPG的な世界が舞台の冒険ファンタジー風BL。 *「お前じゃなきゃダメなんだ(魔術師視点)」の格闘家視点。  少しエピソードも追加しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

処理中です...