はざまの中の僕らの話

むらくも

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2年目

β様と夏祭り【β×Ω】(4)

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 級友の一団から離れてしばらくした頃、冬弥の歩く速度が少しだけ緩んだ。
「……すまなかった」
「なにが?」
「春真の友人からの提案を、独断で袖にしてしまった」
 ぽつりとそう呟くと、春真の袖を掴んでいた手がするりと離れていく。
 早い歩行も、強く引かれた手も、どうやらそれが要因らしい。春真としては冬弥自ら振り切ってくれたお陰で、級友への嫉妬心が綺麗に霧散したのだけれど。
 完全に立ち止まってしまった冬弥は、俯いて地面を睨んだまま。
「どうしても、お前と二人がよかったんだ」
 少し小さな声。視線を上げて春真を見つめる顔はどこか切なげな表情を浮かべていた。
 その顔の威力が強すぎて、気の利いた言葉が全然出てこない。何か絞り出そうとしても全部喉の奥へ逆流していく。
 春真と同じ様にモヤモヤとした気持ちを抱えてくれていたのだろうか。こんな嬉しい事を言われて、一体どんな言葉を返すのが正解なんだろう。
 
「……花火、綺麗に見える場所があるんだ」
 しばらく考えてみたけど、上手い言葉は見つからなくて。冬弥の手を取って丘の上へ続く道に足を踏み入れた。
 どんどん縁日から離れていくのに驚いたのか、冬弥が少しだけ引っ張り返してくる。
「お、おい、会場から離れるぞ」
「戻ったらアイツらに見つかるだろ」
 男子は一体どういう事だって聞いてくるだろうし、女子はまた冬弥にちょっかいをかけてくるかもしれない。春真の見た目でいいなら自分でも可能性があるかもしれないって、諦めの悪い事を考える奴も居るだろうから。
 またそんな光景を見たら、オレのに触るなって今度こそ叫び出してしまいそうだ。
「オレも、冬弥と二人がいい」
 ――二人きりになりたい。
 寮では当たり前だった環境が、一歩外に出ると中々叶わない。それがずっともどかしかった。
 ぎゅっと手を握りしめて坂を上る。
 しばらく無言で道なりに進んで石で組まれた階段を登る。三か所ある階段の内、二つ目の手前で道を外れて反対方向の茂みを突っ切る。
 しばらく草を踏み分けて進むと、少し開けた所に出た。
「ここは……」
「秘密基地」
 高台の柵があるけれど木に囲まれていて大人はこの空間に気付かない。小さい頃は家からお菓子や漫画を持ち込んで、日が暮れるまで過ごしていた秘密の場所だ。その時の友達は引っ越していってしまったから、今この場所を知ってるのはきっと春真だけ。
 二人っきりになるにはここが一番いい。この祭りに来ると決まった時から目を付けていた、とっておきの場所だ。

 どん、と遠くから乾いた音がして。
 しばらくすると暗い空に金色の花が咲いた。この場所からだと花火の打ち上がる方角には遮るものが何もない。
「ちょっと会場から離れてるけど、ここからだと全体がよく見えるんだ」
 一発目を皮切りに、色とりどりの花火が空に咲いていく。打ち上げるやつだけじゃなくて、地面から吹き出すタイプのやつも少しだけど見えた。
 持ってきたレジャーシートを広げて、食べかけだった綿あめをつつきながら二人並んで空に咲く花を見る。あの花火は何の形だとか、初めて見るやつだとか、そんな会話を続けながら。
「引いて見るのもいいな。観覧席だと近くで見えるが、人も多いし」
 花火が開く度に感嘆の声を上げていた冬弥がしみじみと呟く。
 また聞きなれない単語だ。
「かんらん……?」
「間近で見るための有料席だ。食事が出る事もある」
「……ほんっとボンボンだな……」
 聞くと冬弥の花火大会といえばそれらしい。
 テーブルを設置した専用区画だったり、船に乗って水の上から見たり、高層階にあるレストランの一等席だったり。何か他にも色々あるらしいけど、ちょっと庶民には想像がつかない世界の話過ぎて頭に入ってこなかった。
 冬弥と居ると、急に異世界みたいな話が出てくるから油断ならない。
「観覧席に行ったことはあるか?」
「たぶん世の中の高校生ほぼ行かねぇよ」
 大人でもわざわざ有料席に行くかどうか。近くに行けば見えるものだから、少なくとも我が家にそんな発想はなかった。
 まぁ……人生で一回くらいはそんな席で見てみたいと思わなくもないけど。

 春真の返答に目を丸くした冬弥は、ふむ、と少し考える仕草をした。
「来年はヒート休みも無くなるし、そっちに行こうか。予約しておくから」
「へっ?」
 唐突に異世界に放り込まれる気配がして冬弥を見つめ返す。待ってくれ、金持ちだらけの世界に連れてかれてもマナーとか知らないぞ。
 考えてる事がばれたのか、そんな堅苦しい場所じゃないぞという笑い声が聞こえてくる。
「またこの浴衣を借りて行こう。二人っきりになれるのは……花火の後になるが」
 そう言った冬弥は口にキスをしてきて。そっと頭が春真の肩に寄りかかってくる。
「……うん」
 来年の約束。
 今年で卒業して側にいなくなってしまう冬弥からの、この先も一緒に居ようという意思表示。不覚にも胸がいっぱいになってしまった春真は、少し小さな体に思い切り抱きついた。
 抱きしめると香る、浴衣をしまう時の虫除けの匂い。けれどそれに混じって少し甘い香りがする気がした。
 
「なあ、春真……この後、なんだが――……」
 
 どこか甘えるような表情で囁かれる、とろみを含んだ声。連続で開く大量の花火が轟かせる音にかき消されながらも、耳のすぐそばで囁かれたそれは春真の鼓膜をしっかりと揺らした。
 ひとつ縦に頷くと、すぐに冬弥が膝に乗ってくる。花火を見に来たはずなのに。
 派手に散る花火を背にして微笑む恋人に、綺麗だなぁなんて呑気な感想を思い浮かべつつ。ぴたりと密着してくる体を抱きしめて、触れてくる唇に応えた。
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