はざまの中の僕らの話

むらくも

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β様と夏祭り【β×Ω】(2)

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 冬弥の落とした爆弾でリビングの時間が止まった、次の瞬間。
 母親のキラキラした黄色い声と、父親の何処かドン引きした驚愕の声と、春真の声にならない悲鳴が混ざってリビングに響き渡った。
「やだちょっと春真! 恋人を連れてくるなら前もって言いなさいよ!!」
「ニシナギってあの!? あの仁科儀グループの!? どんな手段で捕まえたんだそんな大物!!」
「うぅぅうっっせぇ! オレが捕まえたんじゃねぇし! とっ捕まえられたんだ!!」
 混乱する行家一家はそれぞれ思い思いの言葉を喚いて収集がつかない。しばらく混沌とした悲鳴の上がる様子を見守っていた冬弥が噴き出した辺りで、ようやくこの状況は収束に向かったのだった。
 

 しばらく冬弥が質問攻めに遭っていたけれど、両親の気が済んだ頃を見計らって春真の自室に引っ込んだ。
「はぁ……いきなり変な体験させてごめん」
 荷物をベッドの横に置き、どさりと仰向けに倒れ込む。壁に貼った写真を見ていた冬弥も近付いてきて、静かに隣へ腰を下ろした。
「まさかご両親に隠しているとは思わなかった」
 上から覗き込んでくる顔は笑っているけれど、その目は笑っていない。家族に冬弥の事をちゃんと話していなかった事が気に障ったんだろうか。
「ああなるの分かりきってたから、言いにくくて……恋人連れてくるなんてした事なかったし」
 第二性別の検査でΩだって分かってから、それはもう色々と心配されていた。特に母親からは小言と一緒に「恋人はまだか」「女子がダメなら男でもいいから誰か捕まえろ」と、誕生日がくる度にうるさく言われていたくらいに。
 だから、パートナー申請したいって話を切り出しただけでも大騒ぎだったのだ。
 今日は冬弥を連れてきてたから意識がそっちに向いたけれど、一対一で根掘り葉掘り質問攻めに遭うのはさすがにキツイ。あまりの億劫さで後回しにし続けて、今日になってしまった。
「……まあ、いい。簡単にでもご挨拶が出来て良かった」
 そっと顔が近付いてきて、額に唇が触れる。再び見えた顔は少しはにかむ様に微笑んでいた。
 思わず服を引っ張ると鼻先に冬弥の唇が触れる。その先を期待して抱き寄せ、鼻先を触れ合わせた。
 
 唇が触れるまで……もう少し。
 
「春真ー、暑いから二人でアイスでも食べ……あらやだ」

 突然母親の声とドアが開く音がが聞こえて、二人して飛び上がってしまった。
 ベッドの上で春真に覆い被さる冬弥を見て、何か察したらしい母親の顔がにんまりとほくそ笑む。
「ふふ、こっちを先に食べなさいね」
 意味深な声音でそう言って部屋を出ていく母親の背中を呆然と見送り、春真はベッドにめり込む勢いで頭を押し付けた。
 部屋に戻ってすっかり気を抜いていた。いつもの寮みたいな気分になっていたけれど、居るのだ。家族が。しかも見られた。よりによって母親に。
「何で急に来んだよぉぉ……!」
 恥ずかしい。この後どういう顔すればいいんだ。
 そして何よりも。
 冬弥を家に連れてきたくせに、それを忘れていつも通り甘えようとした自分を殴りたい。

 羞恥に一人のたうち回る春真をよそに、冬弥はテーブルに置かれた皿をしげしげと観察し始めた。
「アイス、というのはこの棒か?」
 かけられた声に身を起こすと冬弥がアイスバーを手に持ってしげしげと眺めていた。
 まさか。
「え、もしかしてアイス食べたことないとかそういう」
 いつもこっちが驚かされてるから、逆パターンの可能性にちょっと嬉しくなってしまった。
 それが顔に出てたんだろうか。冬弥は少しムッとした表情で睨んでくる。
「アイスくらい食べたことはある。いつもはラゲンダッツだが」
「高級アイスかよ……くっそ、ボンボンめ……」
 いつものアイスに関するレベルが違った。さすがβ様。高級アイスが似合いすぎる。
 つまり、庶民の食べるようなアイスバーは見たことないってやつだな。
 冬弥の手から棒が二本出たアイスバーを受け取る。少し力を入れると、中央の溝からパキンと微かな音を立てて二つに割れた。一本差し出すけれど、ポカンとしたまま動く様子はない。
「ん。口開けろ」
「なるほど、割って食べるのか」
 合点がようやくいったらしい。言われた通りに開いた口へアイスバーを放り込んで、自分も残りの一本に口をつけた。
 冷たくて美味い。ソーダ味のアイスバーはやっぱり夏って感じだ。
 
 しばらく夢中で食べていたけれど、冬弥の視線がじっとこっちに向いてるのが気になって仕方がない。ちゃんとアイスに集中しろよ。溶けるだろ。
 気付かないふりをして流していていてもガン見してくるから、たまらずに冬弥を見つめ返した。
「なんだよ」
「こうして見てると、食べる姿が中々エロいな」
 大真面目な顔してるから何考えてんのかと思ったら。出てきたしょうもない台詞に思いっきり噴き出した。
「アイスで何考えてんだムッツリか! そう見えるそっちの頭がエロいんだよ!!」
「ふむ、否定は出来ないな。春真が相手だと自制が難しい」
 あくまでも真顔で返ってくる言葉。昼間から何言ってんだと気恥ずかしくなりながら、もう一度アイスに集中しようと頭を切り替える。
 エアコンもつけてるけど、やっぱり昼間の気温は高い。
「……早く食わないと溶けるぞ」
「ん? おっと」
 熱心に人がアイスを食べる姿を観察していたらしい冬弥のアイスは、春真のものよりも多くの雫がぼたぼたと滴り始めていた。
「ほら、言わんこっちゃな……い……」
 濡れたアイスに這う赤い舌。
 アイスの表面についた雫を舐め取る冬弥の姿が、やけに色っぽい。
 
 その仕草はまるで、春真に触れる時の――
 
 はっと我に返った春真は慌てて頭を横に振り、変な妄想を中断した。けれど冬弥を見る度にちらついて、うまく消えなくて。……これじゃ、人の事を言えやしない。
 冬弥のせいだ。冬弥が変な事言いだすから。
 そう言い訳をしながら妄想から逃げるようにアイスを口に突っ込む。一心不乱に食べる事へ全神経を向かわせ、アイスバー完食の最短記録を打ち立ててしまった。

 アイスを食べ終えて互いの中学の頃の話をしていると、母親がまた部屋に顔を出す。
 ……さっきの今なんだからもう少し事前にノックするとかの配慮が欲しい。わざと突然登場してないか、むしろ。
 そんな息子の疑念もよそに、母親はリビングで白い紙の袋を並べて忙しなく何かの準備をしていた。
 やってきた二人を手招きして呼び寄せ、ガサガサと紙袋を開ける。その中に入っていたのは見覚えのある紺色と深い緑色の布地だった。
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